傷の手当ては
「ねえ、ハーレイ。傷の手当ては…」
早めにするのがいいんだよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「傷だって? どうかしたのか?」
ささくれでも剥けてしまったのか、とハーレイは慌てた。
今日は朝から来ているくせに、まるで気付いていなかった。
ブルーが怪我をしていたなんて。
手当てはそれこそ早めが肝心、急いで対処しなくては。
だから椅子から立ち上がったけれど、直ぐに座り直した。
ブルーが笑って「そうじゃないよ」と答えたから。
ささくれなんか出来てないし、とブルーはクスクス笑った。
今現在の話ではなくて、思い出話というものらしい。
白いシャングリラの頃には、医療スタッフが何人もいた
入院設備も立派に整い、二十四時間、治療が出来た。
けれども、改造する前の船は、医務室が存在していただけ。
二十四時間、いつでも対応するのは、とても難しかった。
「だけど、ノルディは頑張ってたでしょ?」
「そうだな、怪我も病気も、早い間に手当てしておけば…」
長引かないで治るものだし、とハーレイは大きく頷く。
白いシャングリラになってからでも、皆に何度も注意した。
「いいか、早めに医務室に行って来るんだぞ」と。
病気はともかく、怪我の方は軽視されがちだった。
「このくらい、後で薬を塗ればいいさ」と後回しにして。
健康な身体の者だったならば、それも選択の一つと言える。
ところが、ミュウは虚弱な者が多くて、掠り傷でも…。
(化膿しちまって、後が長引いて…)
医務室通いで、仕事の方まで滞るケースがありがちだった。
化膿してズキズキ痛む手指では、無理な仕事も少なくない。
そういった者を叱ったことなら、山ほどあった。
今となっては思い出だけれど、当時は焦ったりもした。
代わりの者が何人もいれば、さほど困りはしないのに…。
(自分の代わりがいないヤツほど、傷の手当てを…)
後回しにして、目の前の仕事をこなして、後でツケが来た。
代わりの者がいないとなったら、どうにもならない。
「怪我したヤツが休んじまって、ゼルが現場に入るとか…」
多かったよな、とハーレイが言うと、ブルーも笑い始める。
「そう、そういうの! ゼルが一番、多かったかな」
「まあなあ…。機関部は怪我をしやすい場所で…」
ついでに専門知識も要るし、と二人で散々、笑い合った。
今だからこそ笑える話で、当時は笑えなかったから。
「それでね、ハーレイ…」
やっぱり今でも、常識だよね、とブルーが尋ねる。
「傷の手当ては、早めにするのがいいんだよね」と。
「当然だよな、いくら時代が変わっても…」
人間、そうそう変わらないぞ、とハーレイは返した。
ミュウは丈夫になったけれども、怪我も病気も、今もある。
怪我をしたなら、早めに手当ては昔と同じに常識だった。
「ね、ハーレイもそう思うでしょ?」
だったら、手当てをしてくれない、とブルーが自分を指す。
「おい、お前、怪我をしてたのか!?」
さっき、違うと言ったくせに、とハーレイの顔が青くなる。
ブルーは我慢強い方だし、実は朝から、足の裏とか…。
(見えない所に怪我をしているのに、黙ってたとか…)
ありそうだぞ、と心臓が縮み上がってしまう。
気付かないままで話していたとは、恋人失格。
ブルーが「自分の不調を口にしない」のは、いつものこと。
前の生でもそうだったけれど、今の生でも変わらなかった。
ハーレイと一緒に過ごしたいからと、無理をする。
倒れそうなくせに登校したり、熱があるのに黙っていたり。
(今日もなのか…!)
実にマズイぞ、とハーレイはブルーに急いで聞いた。
「いったい、何処に怪我をしたんだ!?」
足の裏か、と問うと「違うよ」とブルーは首を横に振る。
「外からだと、見えない場所なんだけど…」
「腕か、それなら袖をだな…」
早く捲れ、とハーレイは椅子から立ち上がった。
とにかく傷を確認しないと、手当ては出来ない。
腕の傷にしても、背中に怪我をしていたとしても。
(傷を見てから、ブルーのお母さんに頼んで…)
救急箱を出して貰って、手当てすることになるだろう。
もっと早くに、ブルー自身が、そうしてくれれば…。
(良かったんだが、まさに機関部の連中みたいに…)
俺に会う方を優先したな、と容易に想像がついた。
怪我の手当てにかける時間より、恋人と話す時間を優先。
そうした挙句に、今頃になって痛み出したか、あるいは…。
(俺に手当てをして貰えばいい、と思ったかだな)
どちらにしても、早く手当てをしなければ。
ハーレイは、まるで動こうとしないブルーを叱った。
「早くしろ! 腕か背中か、俺は知らんが…」
悪化しちまったら大変だぞ、と傷口を見せるように急かす。
「いったい何処だ」と、「怪我を見せろ」と。
そうしたら…。
「違うよ、心の傷だってば!」
キスをくれないから、今も痛くて…、とブルーは言った。
「だから早めに手当てしてよ」と、「キスで治して」と。
(なんだって…!)
そういう魂胆だったのか、と騙された自分が情けない。
またもブルーの罠にはまって、無駄に心配してしまった。
「馬鹿野郎!」
そんな怪我なら放っておけ、とハーレイは軽く拳を握る。
銀色の頭を、コツンと叩いてやるために。
「悪化したって死にやしない」と、ブルーを睨み付けて…。
傷の手当ては・了
早めにするのがいいんだよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「傷だって? どうかしたのか?」
ささくれでも剥けてしまったのか、とハーレイは慌てた。
今日は朝から来ているくせに、まるで気付いていなかった。
ブルーが怪我をしていたなんて。
手当てはそれこそ早めが肝心、急いで対処しなくては。
だから椅子から立ち上がったけれど、直ぐに座り直した。
ブルーが笑って「そうじゃないよ」と答えたから。
ささくれなんか出来てないし、とブルーはクスクス笑った。
今現在の話ではなくて、思い出話というものらしい。
白いシャングリラの頃には、医療スタッフが何人もいた
入院設備も立派に整い、二十四時間、治療が出来た。
けれども、改造する前の船は、医務室が存在していただけ。
二十四時間、いつでも対応するのは、とても難しかった。
「だけど、ノルディは頑張ってたでしょ?」
「そうだな、怪我も病気も、早い間に手当てしておけば…」
長引かないで治るものだし、とハーレイは大きく頷く。
白いシャングリラになってからでも、皆に何度も注意した。
「いいか、早めに医務室に行って来るんだぞ」と。
病気はともかく、怪我の方は軽視されがちだった。
「このくらい、後で薬を塗ればいいさ」と後回しにして。
健康な身体の者だったならば、それも選択の一つと言える。
ところが、ミュウは虚弱な者が多くて、掠り傷でも…。
(化膿しちまって、後が長引いて…)
医務室通いで、仕事の方まで滞るケースがありがちだった。
化膿してズキズキ痛む手指では、無理な仕事も少なくない。
そういった者を叱ったことなら、山ほどあった。
今となっては思い出だけれど、当時は焦ったりもした。
代わりの者が何人もいれば、さほど困りはしないのに…。
(自分の代わりがいないヤツほど、傷の手当てを…)
後回しにして、目の前の仕事をこなして、後でツケが来た。
代わりの者がいないとなったら、どうにもならない。
「怪我したヤツが休んじまって、ゼルが現場に入るとか…」
多かったよな、とハーレイが言うと、ブルーも笑い始める。
「そう、そういうの! ゼルが一番、多かったかな」
「まあなあ…。機関部は怪我をしやすい場所で…」
ついでに専門知識も要るし、と二人で散々、笑い合った。
今だからこそ笑える話で、当時は笑えなかったから。
「それでね、ハーレイ…」
やっぱり今でも、常識だよね、とブルーが尋ねる。
「傷の手当ては、早めにするのがいいんだよね」と。
「当然だよな、いくら時代が変わっても…」
人間、そうそう変わらないぞ、とハーレイは返した。
ミュウは丈夫になったけれども、怪我も病気も、今もある。
怪我をしたなら、早めに手当ては昔と同じに常識だった。
「ね、ハーレイもそう思うでしょ?」
だったら、手当てをしてくれない、とブルーが自分を指す。
「おい、お前、怪我をしてたのか!?」
さっき、違うと言ったくせに、とハーレイの顔が青くなる。
ブルーは我慢強い方だし、実は朝から、足の裏とか…。
(見えない所に怪我をしているのに、黙ってたとか…)
ありそうだぞ、と心臓が縮み上がってしまう。
気付かないままで話していたとは、恋人失格。
ブルーが「自分の不調を口にしない」のは、いつものこと。
前の生でもそうだったけれど、今の生でも変わらなかった。
ハーレイと一緒に過ごしたいからと、無理をする。
倒れそうなくせに登校したり、熱があるのに黙っていたり。
(今日もなのか…!)
実にマズイぞ、とハーレイはブルーに急いで聞いた。
「いったい、何処に怪我をしたんだ!?」
足の裏か、と問うと「違うよ」とブルーは首を横に振る。
「外からだと、見えない場所なんだけど…」
「腕か、それなら袖をだな…」
早く捲れ、とハーレイは椅子から立ち上がった。
とにかく傷を確認しないと、手当ては出来ない。
腕の傷にしても、背中に怪我をしていたとしても。
(傷を見てから、ブルーのお母さんに頼んで…)
救急箱を出して貰って、手当てすることになるだろう。
もっと早くに、ブルー自身が、そうしてくれれば…。
(良かったんだが、まさに機関部の連中みたいに…)
俺に会う方を優先したな、と容易に想像がついた。
怪我の手当てにかける時間より、恋人と話す時間を優先。
そうした挙句に、今頃になって痛み出したか、あるいは…。
(俺に手当てをして貰えばいい、と思ったかだな)
どちらにしても、早く手当てをしなければ。
ハーレイは、まるで動こうとしないブルーを叱った。
「早くしろ! 腕か背中か、俺は知らんが…」
悪化しちまったら大変だぞ、と傷口を見せるように急かす。
「いったい何処だ」と、「怪我を見せろ」と。
そうしたら…。
「違うよ、心の傷だってば!」
キスをくれないから、今も痛くて…、とブルーは言った。
「だから早めに手当てしてよ」と、「キスで治して」と。
(なんだって…!)
そういう魂胆だったのか、と騙された自分が情けない。
またもブルーの罠にはまって、無駄に心配してしまった。
「馬鹿野郎!」
そんな怪我なら放っておけ、とハーレイは軽く拳を握る。
銀色の頭を、コツンと叩いてやるために。
「悪化したって死にやしない」と、ブルーを睨み付けて…。
傷の手当ては・了
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