冬眠されちゃったら
(人間には、食欲の秋なんだけど…)
動物だと違うらしいよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
実りの秋は、食べ物が美味しくなる季節。
人間も食欲が増してゆくから、食欲の秋とよく言われる。
動物にとっても、秋は食べ物が多い季節で、森では木の実が食べ放題。
他にも色々、食べられるものがドッサリとあって、皆、食べるのに忙しい。
リスだとドングリを頬袋一杯に詰め、パンパンに膨らませていたりもするらしい。
(だけど、動物が秋に食べるのは…)
食欲の秋だからではなくて、冬に備えての行動だという。
冬は木の実も、他の食べ物も、手に入りにくくなる季節。
その上、寒くて、体力を消耗するのも早い。
(秋よりも栄養が沢山要るのに、食べられる物が減ってしまうから…)
飢えて困るようなことが無いよう、動物たちは秋の間に、冬の分まで食べておく。
せっせとお腹に詰め込んでいって、脂肪に変えて、身体の周りにくっつけて…。
(蓄えておくらしいよね?)
だから真ん丸、と冬に見掛ける鳥たちの姿を頭に描いた。
羽根を膨らませているせいもあるけれど、皮下脂肪も丸くなる理由の一つ。
他の動物でも、冬場は皮下脂肪を増やして、毛皮も厚い冬毛になる。
(そうするためには、うんと沢山、食べないと…)
動物の秋は大変だよね、と思うけれども、もっと大変な動物も存在している。
食べて蓄えて、冬の間は眠って過ごす種族だったら…。
(…寝てる間は食べられない分まで、食べておかなきゃならなくて…)
美味しいだとか、不味いだとかは、言っていられないことだろう。
少々固くて味が悪くても、見付けた食べ物は片っ端から、胃袋に送り込むしかない。
でないと、後で自分が困る。
食べ物が何も無い冬の最中に、パッチリと目が覚めてしまって。
「お腹が空いた」と外に出たって、寒い風が吹いて、雪が降っているだけ。
(何か無いかな、って歩き回っても…)
残り少ない脂肪と体力が減ってゆくだけで、食べ物は手に入らない。
運が悪いと、そのまま死んでしまいかねない。
食べ物が何も見付からなくて、巣穴に戻る力もすっかり無くなって。
巣穴で深く眠っていたなら、凍死することは無いのだけれども、外の世界は条件が違う。
疲れ果てて眠ってしまったが最後、雪に埋もれて冷える一方、いずれ凍ってしまうのだから。
秋の恵みに命が懸かった、冬眠をする種族たち。
彼らに「食欲の秋」などと言ったら、怒って牙を剥くかもしれない。
「人間なんかに分かるもんか」と、「こっちは命が懸かってるんだ」と、食べながら。
「邪魔をしないで、お前の食べ物もこっちに寄越せ」と、ウーウー唸って。
(…そうなっちゃうかも…)
彼らは本当に命が懸かっているわけなのだし、食欲の秋などと寝言は言えない。
不味い物でも食べて、食べまくって、冬の眠りに備えるための戦いの季節。
(人間なんかに分かるもんか、っていうのも、本当…)
人間は冬眠しないもんね、と部屋を見回す。
寒い冬でも、人間の世界には暖房などがある上、食べ物にだって困らない。
貯蔵するための施設もあるし、冬でも収穫出来るものなら、幾らでもある。
(冬野菜もあるし、冬しか獲れない種類の魚も…)
あるんだもの、と指を折ってみて、「人間で良かった」とホッとする。
秋に必死に食べなくてもいいし、冬に飢え死にすることもない。
だから人間は冬眠しないし、その必要も無いのだけれど…。
(…そういえば…)
前のぼく、冬眠しちゃったっけ、とハタと気付いた。
自分では自覚が無かったけれども、まさに「冬眠」だったという。
身体の機能を極限まで落とし、食べ物も水も要らない状態になって、深く眠って眠り続けて…。
(……十五年間も……)
眠っていたのが前の自分で、傍から見たなら、冬眠以外の何物でもない。
自分自身では、「眠っていた」だけのつもりでも。
眠くなったから、ほんのちょっぴり、眠るだけの気で眠り始めていても。
(…そのせいで、前のハーレイは…)
とても寂しい思いをさせられ、長い歳月を過ごしたらしい。
何度、青の間を訪ねて行っても、「ブルー」は目覚めなかったから。
話し掛けても、手を握っても、反応は何も返って来ない。
思念さえも少しも揺らぎはしないで、「前のブルー」は眠り続けた。
ハーレイが待っていることも知らずに、ただ昏々と。
(でもって、やっと目を覚ましたら…)
アッと言う間にメギドへと飛んで行ってしまって、二度と戻って来なかった。
前のハーレイの心を思うと、申し訳ない気持ちになる。
十五年間も眠り続けた挙句に、この世から消えてしまったなんて。
ハーレイを独りぼっちで残して、自分だけ「いなくなった」だなんて。
(…でも、ぼくだって…)
ハーレイの温もりを落としてしまって、泣きじゃくりながら死ぬ羽目になった。
「だから、おあいこ」と、自分に向かって言い訳をする。
「ぼくだって、悲しかったんだから」と、「罰が当たったって言うんだよね」と。
(…ホントに、おあいこ…)
ぼくを責めないで欲しいんだけど、と思うけれども、ハーレイの気持ちはどうだろう。
まさか、仕返しをされたりは…。
(……しないよね……?)
第一、人間は冬眠なんかはしないんだから、と言い切れないのは、今ので分かった。
前の自分が「やった」以上は、ハーレイだって「やる」かもしれない。
(…でも、あればかりは、やろうとしたって…)
出来やしないし、大丈夫、と考えたけれど、本当に「出来ない」のだろうか。
自分の意思では無理だとしても、何か切っ掛けがあったなら…。
(ハーレイだって、冬眠しちゃうかも…)
まさか、まさかね…、と「前の自分」を思い返す内に、頭の中に浮かんだこと。
前の自分が長く冬眠していた理由は、サイオンを温存しておくためだったらしい。
「いつか必要とされる時」が来るまで、深く眠って寿命を延ばした。
そして目覚めて、残ったサイオンを全て使って、ミュウの仲間を守ったのだから…。
(ハーレイだって、それと似たようなことになったら…)
冬眠するかも、と考えてみると、そうなりそうな切っ掛けは…。
(…ぼくの命の危機だよね?)
何処かから転がり落ちるとか…、と連想したのは、青いケシの咲く山だった。
前のハーレイと約束していて、今のハーレイとも約束したのが、其処へ行くこと。
高い山にだけ咲いているという、青いケシの花を二人で見に行く。
(もちろん、二人きりで見に行きたいから…)
山岳ガイドを雇っていても、何処かに待たせておくだろう。
「此処からは二人で行ってくるから」と、恋人同士の時間の邪魔をされないように。
そうして二人で登って行って、青いケシの花を眺めて、写真も撮って…。
(摘んじゃ駄目だろうし、あちこち歩いて、あっちにも、って…)
青いケシを見に夢中で歩く間に、ウッカリと足を滑らせたなら…。
(今のぼくだと、止まれなくって、転がって行って…)
目も眩むような崖から放り出されて、それでも止まることは出来ない。
サイオンが不器用になってしまった身体は、多分、ギリギリの所でしか…。
(…命を守るために、目覚めはしなくって…)
ハーレイの耳に、「ブルーの悲鳴」が届くことになる。
急な斜面を転がり落ちてゆく、恐ろしい光景とセットになって。
ハーレイが「それ」を目にしたならば、取る行動は「一つだけ」だと思う。
咄嗟に自分も飛び出して行って、「ブルー」の命を守ること。
(ハーレイは、タイプ・グリーンだから…)
瞬間移動で助けに行くのは不可能だけれど、そちらにも実は「前例」があった。
ミュウの時代になった今でも、たった一つだと言われているケース。
(…ジョナ・マツカ…)
前の自分が生きた時代に、キース・アニアンに仕えたミュウ。
彼は本当はミュウだったのに、ミュウの側に逃げては来なかった。
代わりに最後までキースを守って、人類の船で死んでいったのだけれど…。
(前のぼくがメギドで、キースを巻き添えに死のうとした時…)
寸前でマツカが飛び込んで来て、キースを抱えて瞬間移動で飛び去った。
それが唯一の例なのだけれど、今のハーレイなら、やりかねない。
「ブルー!」と叫んで、瞬間移動で追い掛けて来て、落っこちてゆく「ブルー」を捕まえる。
崖からポーンと放り出された所へ、パッと現れて。
「ブルー」を抱き締め、タイプ・グリーンのサイオンで包んで、一緒に下まで落っこちて…。
(防御能力だと、タイプ・グリーンは最強だから…)
何千メートルも落っこちたって、二人とも、傷一つ無いだろう。
ついでに衝撃も全く無くて、緑色のサイオンを纏ったハーレイが微笑み掛ける。
「怪我はないか?」と、優しい声で。
「肝が冷えたぞ」と、「お前が無事で良かったよな」と、嬉しそうに。
(ぼくも、「ごめんね」って謝って…)
山の上に置き去りにされたガイドから、「大丈夫でしたか!?」と思念が届く。
それにハーレイが「ああ、大丈夫だ」と笑顔で返して、後は二人で…。
(先に降りるね、って思念で連絡するんだけれど…)
そうした直後に、ハーレイが「ふああ…」と、大きな欠伸。
「安心したら、眠くなっちまった」と、頭を掻きながら。
「ちょっぴり昼寝をしてっていいか?」と、「直ぐに起きるさ」と。
(そりゃ、そんなサイオンを使ったら…)
眠くなるのも当然だから、止めはしないし、駄目とも言わない。
ハーレイは「じゃあ、少しだけな」と地面に転がり、じきに寝息が聞こえて来る。
穏やかなハーレイの寝顔を見ながら、「ホントにごめんね」と何度も心で謝り続ける。
それでも幸せ一杯な気分、その内にガイドの連絡を受けて、山荘の人たちもやって来て…。
(ベッドでゆっくり寝て頂きましょう、って…)
二人で泊まっていた山荘まで、ハーレイを車で運んでくれる。
朝、出発した部屋に戻って、ハーレイが目を覚ますのを待つのだけれど…。
(夜になっても、ハーレイ、起きてくれなくて…)
ホントに疲れちゃったんだよね、と申し訳なく思いながらも、自分もベッドに潜り込む。
明日の朝には、ハーレイもきっと起きるだろうし、寝坊をしたら悪いから。
(だってハーレイ、いつも早起き…)
先に起きて待っていなくっちゃ、と勇んで寝たのに、崖から落ちたショックで寝過ごす。
目が覚めた時は、朝日どころか、とっくに昼になっていて…。
(いけない、ってベッドから飛び起きて…)
ハーレイの「空になったベッド」を目にする筈が、ハーレイは「まだ夢の中」。
いつもだったら、「なんだ、今頃、起きたのか?」と言われそうなのに。
「俺は朝飯、食っちまったぞ」と可笑しそうな顔で、「もう昼飯の時間じゃないか」と。
(お昼になっても起きられないほど、サイオン、使っちゃったんだ、って…)
ホントにごめん、と心で謝り、言葉にも出して謝ってから、一人で食事に出掛けてゆく。
「ハーレイの分も作って貰えますか」と、頼むことだって忘れない。
一人きりで遅い朝食を済ませて、作って貰った「ハーレイの分」をトレイに載せて…。
(部屋に戻って、テーブルに置いて、何か本でも読みながら…)
ハーレイが起きて来るのを待つのだけれども、食事が冷めても、ハーレイは起きない。
昼食の時間が終わっても。
「お腹、空いちゃったから、食べて来るね」と、我慢し切れずに食べに行って来ても…。
(部屋に戻ったら、ハーレイはまだ寝たままで…)
夜になっても起きて来なくて、夕食も一人で食べに出掛けて、ハーレイの分を…。
(…作り直して貰って、夜食用に、って…)
持って戻っても、やはりハーレイは眠ったまま。
次の日の朝にも起きてくれなくて、お昼になっても寝たままで…。
(流石に、ちょっと心配になって…)
山荘の人に「お医者さんを呼んで欲しいんです」と、念のために呼んで貰ったら…。
(…お医者さん、何度も首を捻って…)
「また明日、来てみます」と帰って行って、次の日に来ても同じこと。
その繰り返しが三日ほど続いて、其処で「大きな病院へ」と言われて、不安になって…。
(大きな病院で診て貰っている間、ブルブル震えて待ってたら…)
扉が開いて、出て来た医師が「大丈夫ですよ」と笑顔で診察結果を教えてくれる。
「サイオンを使い過ぎただけです」と、「冬眠みたいなものですね」と。
(その内に目が覚めるだろうから大丈夫、って言われても…!)
十五年間も冬眠されちゃったら、とゾッとするから、それだけは勘弁願いたい。
いくらハーレイの身体が無事でも、一人、待たされるのは嫌だから。
目が覚めるのを待って、待ち続けて、十五年なんて、あんまりだから…。
冬眠されちゃったら・了
※ハーレイ先生が冬眠してしまったら、と考えてしまったブルー君。前例はあるのです。
サイオンを使い過ぎたら、ハーレイ先生も冬眠状態になってしまうかも。15年間とか…v
動物だと違うらしいよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
実りの秋は、食べ物が美味しくなる季節。
人間も食欲が増してゆくから、食欲の秋とよく言われる。
動物にとっても、秋は食べ物が多い季節で、森では木の実が食べ放題。
他にも色々、食べられるものがドッサリとあって、皆、食べるのに忙しい。
リスだとドングリを頬袋一杯に詰め、パンパンに膨らませていたりもするらしい。
(だけど、動物が秋に食べるのは…)
食欲の秋だからではなくて、冬に備えての行動だという。
冬は木の実も、他の食べ物も、手に入りにくくなる季節。
その上、寒くて、体力を消耗するのも早い。
(秋よりも栄養が沢山要るのに、食べられる物が減ってしまうから…)
飢えて困るようなことが無いよう、動物たちは秋の間に、冬の分まで食べておく。
せっせとお腹に詰め込んでいって、脂肪に変えて、身体の周りにくっつけて…。
(蓄えておくらしいよね?)
だから真ん丸、と冬に見掛ける鳥たちの姿を頭に描いた。
羽根を膨らませているせいもあるけれど、皮下脂肪も丸くなる理由の一つ。
他の動物でも、冬場は皮下脂肪を増やして、毛皮も厚い冬毛になる。
(そうするためには、うんと沢山、食べないと…)
動物の秋は大変だよね、と思うけれども、もっと大変な動物も存在している。
食べて蓄えて、冬の間は眠って過ごす種族だったら…。
(…寝てる間は食べられない分まで、食べておかなきゃならなくて…)
美味しいだとか、不味いだとかは、言っていられないことだろう。
少々固くて味が悪くても、見付けた食べ物は片っ端から、胃袋に送り込むしかない。
でないと、後で自分が困る。
食べ物が何も無い冬の最中に、パッチリと目が覚めてしまって。
「お腹が空いた」と外に出たって、寒い風が吹いて、雪が降っているだけ。
(何か無いかな、って歩き回っても…)
残り少ない脂肪と体力が減ってゆくだけで、食べ物は手に入らない。
運が悪いと、そのまま死んでしまいかねない。
食べ物が何も見付からなくて、巣穴に戻る力もすっかり無くなって。
巣穴で深く眠っていたなら、凍死することは無いのだけれども、外の世界は条件が違う。
疲れ果てて眠ってしまったが最後、雪に埋もれて冷える一方、いずれ凍ってしまうのだから。
秋の恵みに命が懸かった、冬眠をする種族たち。
彼らに「食欲の秋」などと言ったら、怒って牙を剥くかもしれない。
「人間なんかに分かるもんか」と、「こっちは命が懸かってるんだ」と、食べながら。
「邪魔をしないで、お前の食べ物もこっちに寄越せ」と、ウーウー唸って。
(…そうなっちゃうかも…)
彼らは本当に命が懸かっているわけなのだし、食欲の秋などと寝言は言えない。
不味い物でも食べて、食べまくって、冬の眠りに備えるための戦いの季節。
(人間なんかに分かるもんか、っていうのも、本当…)
人間は冬眠しないもんね、と部屋を見回す。
寒い冬でも、人間の世界には暖房などがある上、食べ物にだって困らない。
貯蔵するための施設もあるし、冬でも収穫出来るものなら、幾らでもある。
(冬野菜もあるし、冬しか獲れない種類の魚も…)
あるんだもの、と指を折ってみて、「人間で良かった」とホッとする。
秋に必死に食べなくてもいいし、冬に飢え死にすることもない。
だから人間は冬眠しないし、その必要も無いのだけれど…。
(…そういえば…)
前のぼく、冬眠しちゃったっけ、とハタと気付いた。
自分では自覚が無かったけれども、まさに「冬眠」だったという。
身体の機能を極限まで落とし、食べ物も水も要らない状態になって、深く眠って眠り続けて…。
(……十五年間も……)
眠っていたのが前の自分で、傍から見たなら、冬眠以外の何物でもない。
自分自身では、「眠っていた」だけのつもりでも。
眠くなったから、ほんのちょっぴり、眠るだけの気で眠り始めていても。
(…そのせいで、前のハーレイは…)
とても寂しい思いをさせられ、長い歳月を過ごしたらしい。
何度、青の間を訪ねて行っても、「ブルー」は目覚めなかったから。
話し掛けても、手を握っても、反応は何も返って来ない。
思念さえも少しも揺らぎはしないで、「前のブルー」は眠り続けた。
ハーレイが待っていることも知らずに、ただ昏々と。
(でもって、やっと目を覚ましたら…)
アッと言う間にメギドへと飛んで行ってしまって、二度と戻って来なかった。
前のハーレイの心を思うと、申し訳ない気持ちになる。
十五年間も眠り続けた挙句に、この世から消えてしまったなんて。
ハーレイを独りぼっちで残して、自分だけ「いなくなった」だなんて。
(…でも、ぼくだって…)
ハーレイの温もりを落としてしまって、泣きじゃくりながら死ぬ羽目になった。
「だから、おあいこ」と、自分に向かって言い訳をする。
「ぼくだって、悲しかったんだから」と、「罰が当たったって言うんだよね」と。
(…ホントに、おあいこ…)
ぼくを責めないで欲しいんだけど、と思うけれども、ハーレイの気持ちはどうだろう。
まさか、仕返しをされたりは…。
(……しないよね……?)
第一、人間は冬眠なんかはしないんだから、と言い切れないのは、今ので分かった。
前の自分が「やった」以上は、ハーレイだって「やる」かもしれない。
(…でも、あればかりは、やろうとしたって…)
出来やしないし、大丈夫、と考えたけれど、本当に「出来ない」のだろうか。
自分の意思では無理だとしても、何か切っ掛けがあったなら…。
(ハーレイだって、冬眠しちゃうかも…)
まさか、まさかね…、と「前の自分」を思い返す内に、頭の中に浮かんだこと。
前の自分が長く冬眠していた理由は、サイオンを温存しておくためだったらしい。
「いつか必要とされる時」が来るまで、深く眠って寿命を延ばした。
そして目覚めて、残ったサイオンを全て使って、ミュウの仲間を守ったのだから…。
(ハーレイだって、それと似たようなことになったら…)
冬眠するかも、と考えてみると、そうなりそうな切っ掛けは…。
(…ぼくの命の危機だよね?)
何処かから転がり落ちるとか…、と連想したのは、青いケシの咲く山だった。
前のハーレイと約束していて、今のハーレイとも約束したのが、其処へ行くこと。
高い山にだけ咲いているという、青いケシの花を二人で見に行く。
(もちろん、二人きりで見に行きたいから…)
山岳ガイドを雇っていても、何処かに待たせておくだろう。
「此処からは二人で行ってくるから」と、恋人同士の時間の邪魔をされないように。
そうして二人で登って行って、青いケシの花を眺めて、写真も撮って…。
(摘んじゃ駄目だろうし、あちこち歩いて、あっちにも、って…)
青いケシを見に夢中で歩く間に、ウッカリと足を滑らせたなら…。
(今のぼくだと、止まれなくって、転がって行って…)
目も眩むような崖から放り出されて、それでも止まることは出来ない。
サイオンが不器用になってしまった身体は、多分、ギリギリの所でしか…。
(…命を守るために、目覚めはしなくって…)
ハーレイの耳に、「ブルーの悲鳴」が届くことになる。
急な斜面を転がり落ちてゆく、恐ろしい光景とセットになって。
ハーレイが「それ」を目にしたならば、取る行動は「一つだけ」だと思う。
咄嗟に自分も飛び出して行って、「ブルー」の命を守ること。
(ハーレイは、タイプ・グリーンだから…)
瞬間移動で助けに行くのは不可能だけれど、そちらにも実は「前例」があった。
ミュウの時代になった今でも、たった一つだと言われているケース。
(…ジョナ・マツカ…)
前の自分が生きた時代に、キース・アニアンに仕えたミュウ。
彼は本当はミュウだったのに、ミュウの側に逃げては来なかった。
代わりに最後までキースを守って、人類の船で死んでいったのだけれど…。
(前のぼくがメギドで、キースを巻き添えに死のうとした時…)
寸前でマツカが飛び込んで来て、キースを抱えて瞬間移動で飛び去った。
それが唯一の例なのだけれど、今のハーレイなら、やりかねない。
「ブルー!」と叫んで、瞬間移動で追い掛けて来て、落っこちてゆく「ブルー」を捕まえる。
崖からポーンと放り出された所へ、パッと現れて。
「ブルー」を抱き締め、タイプ・グリーンのサイオンで包んで、一緒に下まで落っこちて…。
(防御能力だと、タイプ・グリーンは最強だから…)
何千メートルも落っこちたって、二人とも、傷一つ無いだろう。
ついでに衝撃も全く無くて、緑色のサイオンを纏ったハーレイが微笑み掛ける。
「怪我はないか?」と、優しい声で。
「肝が冷えたぞ」と、「お前が無事で良かったよな」と、嬉しそうに。
(ぼくも、「ごめんね」って謝って…)
山の上に置き去りにされたガイドから、「大丈夫でしたか!?」と思念が届く。
それにハーレイが「ああ、大丈夫だ」と笑顔で返して、後は二人で…。
(先に降りるね、って思念で連絡するんだけれど…)
そうした直後に、ハーレイが「ふああ…」と、大きな欠伸。
「安心したら、眠くなっちまった」と、頭を掻きながら。
「ちょっぴり昼寝をしてっていいか?」と、「直ぐに起きるさ」と。
(そりゃ、そんなサイオンを使ったら…)
眠くなるのも当然だから、止めはしないし、駄目とも言わない。
ハーレイは「じゃあ、少しだけな」と地面に転がり、じきに寝息が聞こえて来る。
穏やかなハーレイの寝顔を見ながら、「ホントにごめんね」と何度も心で謝り続ける。
それでも幸せ一杯な気分、その内にガイドの連絡を受けて、山荘の人たちもやって来て…。
(ベッドでゆっくり寝て頂きましょう、って…)
二人で泊まっていた山荘まで、ハーレイを車で運んでくれる。
朝、出発した部屋に戻って、ハーレイが目を覚ますのを待つのだけれど…。
(夜になっても、ハーレイ、起きてくれなくて…)
ホントに疲れちゃったんだよね、と申し訳なく思いながらも、自分もベッドに潜り込む。
明日の朝には、ハーレイもきっと起きるだろうし、寝坊をしたら悪いから。
(だってハーレイ、いつも早起き…)
先に起きて待っていなくっちゃ、と勇んで寝たのに、崖から落ちたショックで寝過ごす。
目が覚めた時は、朝日どころか、とっくに昼になっていて…。
(いけない、ってベッドから飛び起きて…)
ハーレイの「空になったベッド」を目にする筈が、ハーレイは「まだ夢の中」。
いつもだったら、「なんだ、今頃、起きたのか?」と言われそうなのに。
「俺は朝飯、食っちまったぞ」と可笑しそうな顔で、「もう昼飯の時間じゃないか」と。
(お昼になっても起きられないほど、サイオン、使っちゃったんだ、って…)
ホントにごめん、と心で謝り、言葉にも出して謝ってから、一人で食事に出掛けてゆく。
「ハーレイの分も作って貰えますか」と、頼むことだって忘れない。
一人きりで遅い朝食を済ませて、作って貰った「ハーレイの分」をトレイに載せて…。
(部屋に戻って、テーブルに置いて、何か本でも読みながら…)
ハーレイが起きて来るのを待つのだけれども、食事が冷めても、ハーレイは起きない。
昼食の時間が終わっても。
「お腹、空いちゃったから、食べて来るね」と、我慢し切れずに食べに行って来ても…。
(部屋に戻ったら、ハーレイはまだ寝たままで…)
夜になっても起きて来なくて、夕食も一人で食べに出掛けて、ハーレイの分を…。
(…作り直して貰って、夜食用に、って…)
持って戻っても、やはりハーレイは眠ったまま。
次の日の朝にも起きてくれなくて、お昼になっても寝たままで…。
(流石に、ちょっと心配になって…)
山荘の人に「お医者さんを呼んで欲しいんです」と、念のために呼んで貰ったら…。
(…お医者さん、何度も首を捻って…)
「また明日、来てみます」と帰って行って、次の日に来ても同じこと。
その繰り返しが三日ほど続いて、其処で「大きな病院へ」と言われて、不安になって…。
(大きな病院で診て貰っている間、ブルブル震えて待ってたら…)
扉が開いて、出て来た医師が「大丈夫ですよ」と笑顔で診察結果を教えてくれる。
「サイオンを使い過ぎただけです」と、「冬眠みたいなものですね」と。
(その内に目が覚めるだろうから大丈夫、って言われても…!)
十五年間も冬眠されちゃったら、とゾッとするから、それだけは勘弁願いたい。
いくらハーレイの身体が無事でも、一人、待たされるのは嫌だから。
目が覚めるのを待って、待ち続けて、十五年なんて、あんまりだから…。
冬眠されちゃったら・了
※ハーレイ先生が冬眠してしまったら、と考えてしまったブルー君。前例はあるのです。
サイオンを使い過ぎたら、ハーレイ先生も冬眠状態になってしまうかも。15年間とか…v
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