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冬眠されたら
(冬には、まだ少しばかり早いんだが…)
 動物たちには今が忙しい季節だよな、とハーレイは、ふと考えた。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(人間様だって、食欲の秋で…)
 美味しいものが欲しくなる季節だけれども、動物たちもそれに似ている。
 せっせと食べ物を探さなくても、実りの秋は、お腹一杯食べられて…。
(おまけに美味くて、最高なんだが…)
 問題は、その後のことだった。
 人間の場合は、自然の恵みも、農作物も、収穫して蓄えておけばいい。
 昔だったら、干したり漬けたり、様々な工夫が必要だった。
 貯蔵用の倉庫を作るにしたって、風通しなどを考慮しないと駄目だったけれど…。
(今の時代は、うんと技術が進んだからなあ…)
 専用の倉庫に入れておいたら、腐ったりする心配は無い。
 お蔭で店には、いつも新鮮な品が並んで、冬でも色々なものが食べられる。
 栽培や養殖の技術も進んでいるから、文字通り「とれたて」の品も並べられている。
(だが、動物だと、そういうわけにはいかないし…)
 秋の間に、冬に備えて頑張っておく必要があった。
 種族によっては、食べ物を貯蔵するものもいるけれど…。
(大抵のヤツらは、何処かに保存しておく代わりに…)
 栄養を余分に摂取しておいて、自分の身体に蓄えてゆく。
 いつも活動する分に加えて、食べ物の少ない冬に活動する分を。
 身体の周りに皮下脂肪をつけ、まるまると太って冬に動けるようにしておく。
(鳥だと、ふくら雀ってヤツで…)
 見た目も丸くて、とても愛らしい。
 とはいえ、雀の方にしてみれば、可愛く見えるように太ったわけでは全くない。
 太らないままで冬を迎えたら、食糧不足で、たちまち飢える。
 雀の餌になる小さな虫は、寒い季節には殆どいない。
 何か無いかと田んぼに行っても、穀物は収穫されてしまって、米粒も落ちていないだろう。
(腹が減ったら、もう飛べなくて…)
 食べ物を探しに他所へ行こうにも、もはやどうすることも出来ない。
 そうならないよう、栄養をつける努力をするのが、動物たちの秋だった。
 美味しく食べて丸く太って、寒さの季節に備えるシーズン。
 山に行ったら、リスが頬袋を膨らませていることだろう。
 ドングリを埋めたりもすると聞くけれど、その前に、まずは口一杯に詰め込んで。


 動物の秋は忙しそうだ、と思うと同時に、嬉しくもある。
 前の自分が生きた時代は、地球に動物はいなかった。
 それが今では、山にも森にも、冬を迎えるために駆け回るものたちがいる。
 「今の間に太らないと」と木の実などを食べ、まるまると太ってゆく鳥や獣が。
(そういえば、冬眠するヤツだって…)
 今の時代はいるんだよな、と思い当たった生き物たち。
 代表格は熊だろうか、と今の自分が暮らす地域に棲む動物を考えてみる。
(この辺りだと、ツキノワグマで…)
 もっと北の方へ行ったら、ツキノワグマよりも大きなヒグマになるらしい。
 彼らは秋に山のように食べて、冬の間は眠って過ごす。
 安全な巣穴を確保しておき、其処に潜って、春が来るまで目を覚まさずに…。
(ひたすら眠り続けるらしいな、飲まず食わずで)
 そうするためには、しっかり食っておかないと…、と冬眠前の熊の苦労を思う。
 どれほど腹に詰めるのだろうか、人間の身では全く分からない。
(もう食えない、ってほどに食っても、次の日が来りゃ、また食えるのが人間様で…)
 実際、お腹も減るものだから、冬眠などは出来ないだろう。
 「春まで寝るぞ」と決意を固めて準備をしても、三日ほどしか持たない気がする。
 布団に潜って眠っていたのに、お腹が鳴る音で目が覚めて。
 するとたちまち、「腹が減ったし、喉も乾いた」と自覚させられ、布団から出て…。
(何か食い物はあったかな、と探し回って…)
 ガツガツと食べて、冬眠はすっかり台無しになる。
 たらふく食べて満足した後、ウトウト眠ってしまったとしても…。
(腹が減ったら、また目を覚まして食うしかなくて…)
 冬眠するために休暇を取っていたとしたって、休暇の間は、その繰り返し。
 下手をしたなら、「こんな筈ではなかったんだが…」と、買い出しにだって行かねばならない。
 春まで眠る予定だったら、食料の備蓄は「目覚めた時に食べる分」しか無いかもしれない。
 それだと何回か目覚める間に、底を尽いてしまうことだろう。
(でもって、仕方なく、食い物を買いに店に行ったら…)
 其処で同僚にバッタリ出くわし、大笑いされてしまいそう。
 「おや、冬眠はどうしたんです?」と、食料品を詰めた籠を覗き込まれて。
 「それとも、今から冬眠でしたか?」と可笑しそうに尋ねてくる同僚。
 休暇を取ったのは何日も前で、本当だったら、とっくに眠っている筈だから。
 春まで起きて来るわけがなくて、家を訪ねても、鍵がかかっていて、出ては来なくて。


(赤っ恥っていうヤツだよなあ…)
 そいつは御免だ、と肩を竦める。
 冬眠も面白そうだけれども、人間に出来る芸当ではない。
 バカンス気分で「冬眠します」と休暇を取っても、けして眠って過ごせはしない。
 三日も眠れば上等な方で、自分の場合は二日くらいで限界が来ることだろう。
 「腹が減った」と、目が覚めて。
 グウグウと空腹を訴える音で、嫌でも意識を揺り起こされて。
(…そういう種族の動物でないと、冬眠なんかは…)
 出来やしないぞ、と思ったけれども、ハタと気付いた遥かな時の彼方の記憶。
 白いシャングリラで生きていた頃、前のブルーは…。
(十五年間も眠って過ごして、一度も起きやしなかった…)
 飯も食わなきゃ、水の一滴も飲んじゃいない、と今も鮮やかに覚えている。
 深く眠ってしまったブルーは、何の栄養も、もはや必要とはしなかった。
 ノルディが何度も調べたけれども、点滴さえも不要だという。
 ただの昏睡状態ではなく、身体の機能を極限まで落としてしまっていたから、何も要らない。
 生命を維持するための栄養、それは「摂らなくてもいいのだ」と聞いた。
 むしろ与えたら、過剰な摂取で、悪い影響が出てしまう。
(太っちまうとか、身体がむくんでしまうとか…)
 それでは本末転倒だから、ノルディは「何もしなかった」。
 ブルーの身体を診察するだけで、医療と名の付くことは一切していない。
(あれは一種の冬眠だよな?)
 前のあいつには出来たのか、と改めて「前のブルー」の能力の高さを思い知らされた。
 人間には不可能だと思える冬眠、それさえもやってのけたくらいに、前のブルーは強かった。
(それに比べて、今のあいつは…)
 まるで全く駄目なんだよな、とチビのブルーを思い浮かべる。
 今のブルーは、サイオンが不器用になってしまって、思念さえもろくに紡げはしない。
 あれでは冬眠しようとしたって、どうにもならないことだろう。
 さっき自分が考えていたケースと同じで、お腹が空いて目を覚ます。
(ハーレイ、何か食べるものは、って…)
 出て来るんだな、とクックッと笑う。
 一緒に暮らし始めた後で、ブルーが冬眠宣言をしたら、きっとそうなる。
 「ぼくは春まで起きないからね!」と、勇んで寝室に籠っても。
 お腹一杯に食べ物を詰め込み、冬眠しようと頑張っても。


(…せいぜい、持って二日ってトコか…)
 いや、二日でも危ないな、とブルーの食の細さから計算し直した。
 食べられる量が少ないのだから、当然、胃袋の中身が減るのも早くなる。
 ハーレイだったら「三日はいける」かもしれないけれども、ブルーの場合は…。
(次の日の昼には、腹が減って起きて来そうだな)
 そしたら笑いながら飯を作ってやろう、と「冬眠に失敗したブルー」に思いを馳せる。
 罰の悪そうな顔で起きて来るのか、あるいは「何か食べるもの、ない?」と当然のように…。
(俺に要求するのか、どっちだ?)
 こればっかりは蓋を開けてみないと…、と想像する間に、別のことが空から降って来た。
 「今のブルーは冬眠しない」と、いったい誰が言ったんだ、という声が。
(…誰も言ってはいないんだが…)
 そもそも「眠る」必要が無いし、と思ったけれども、どうだろう。
 必要があるから冬眠するのが動物たちで、前のブルーも「そうだった」。
 自分の力が必要とされる時が来るまで、眠り続けて…。
(前の俺たちを助けるために、メギドを沈めて…)
 命尽きたわけで、今のブルーには、そんな局面は来ないけれども…。
(必要がありさえすれば、今のブルーも…)
 もしかしたら、冬眠するかもしれない。
 けれどブルーには、冬眠してまで「やらねばならない」ことは一つも無い筈で…。
(…大丈夫だよな?)
 あいつが冬眠するわけがない、と答えを出して、「待てよ?」と顎に手を当てた。
 前のブルーが「冬眠した」のが、力を温存するためならば…。
(…今のあいつだと、まるで使えない状態のサイオンってヤツをだな…)
 覚醒させるために深く眠って、体質を変えるかもしれない。
 「起きたまま」では不可能だけれど、「冬眠のように眠り続けて」、肉体を…。
(根本から変えてしまうんだったら、いけるんじゃあ…?)
 なにしろタイプ・ブルーだけに、と空恐ろしいけれど、ブルーなら可能性はある。
 前のブルーの生まれ変わりで、サイオンの能力は、本来、高い。
 ブルー自身にも自覚は無くても、ある日、突然、前のように深く眠り始めて…。
(目が覚めた時は、前のあいつと全く同じに…)
 サイオンを使いこなせる「ブルー」になるのかもしれない。
 不器用だったのが別人のように、前のブルーと同じ能力を身につけて。


(……うーむ……)
 まさかな、と否定したいけれども、否定し切れない部分も大きい。
 今のブルーも、前のブルーも、その能力は未知数だった。
 それだけに、ブルーと暮らし始めた後、急にブルーの食欲が増して…。
(もっと食べたい、お腹が減った、と…)
 食事も、おやつも、食べる量が目に見えて増えてゆく。
 冬に備えて山ほど食べる動物みたいに、ブルーもドッサリ食べる毎日。
(飯の支度をする、俺にしてみりゃ…)
 作り甲斐のある日々が続いて、朝から張り切ることだろう。
 「ホットケーキは何枚食べる?」と、「オムレツの卵は何個なんだ?」と。
 仕事に出掛けている間に、ブルーが家で食べる昼食、そちらの準備も抜かりなく。
 帰り道では、食料品店で片っ端から買い込んで…。
(家に着いたら、もう早速にキッチンに立って…)
 腕を奮って、ブルーの期待に応える。
 「もっと食べたい」、「お腹が減った」と、いくらでも食べてくれるのだから。
(いいことだよな、って毎日、もう嬉しくて…)
 せっせと料理を作り続けて、ケーキなども焼いて過ごす間に…。
(なんだか眠くなって来ちゃった、と…)
 いつものように「ベッドに入った」ブルーだけれども、次の日の朝…。
(ホットケーキを何枚も焼いて、オムレツを焼く準備もして、だ…)
 待てど暮らせど、ブルーが起きては来ないものだから、起こしに行ってみたら…。
(呼んでも、揺すっても、頬を叩いても…)
 起きてくれなくて、慌てて救急車を呼んで病院へ。
 祈るような気持ちで、医者に呼ばれるのを待って待ち続けて、やっと呼ばれて…。
(大丈夫ですよ、とノルディが昔、そう言ったように…)
 医者がケロリと告げて来る。
 「サイオンが目覚めるまで眠るだけです、心配なんかは要りませんよ」と。
 栄養も水も必要は無くて、ベッドに寝かせておくだけだけれど…。
(何年か、かかるかもしれませんね、と…)
 言われちまったら、俺は泣くぞ、と思うものだから、祈るしかない。
 「ブルーが冬眠しませんように」と。
 冬眠されたら、眠るブルーを見ていることしか出来ないから。
 また十五年も待たされるなんて、サイオンが目覚めるためにしたって、御免だから…。



             冬眠されたら・了


※ブルー君が冬眠してしまうかも、と恐ろしいことを考えてしまったハーレイ先生。
 前のブルーが15年間も眠ったからには、有り得ないとは言い切れないのが怖いですよねv








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