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お前の他には
(…あと何年か、待ったなら…)
 あいつと暮らせるんだよな、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 今日は会えずに終わってしまった、小さなブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
(今日は、一度も会えなかったが…)
 何年か待てば、ブルーに会えない日など、無くなる。
 まだ十四歳にしかならないブルーが、結婚出来る年の十八歳になりさえすれば。
(プロポーズはともかく、その後の、あれやこれやが、だ…)
 多少、厄介かもしれないけれども、ハードルは必ず乗り越えてみせる。
 今度こそ、ブルーを手に入れるために。
 前の生では叶わなかった、「ブルーと二人だけの暮らし」を掴み取らなければ。
(そのために生まれて来たんだからな?)
 あいつも、俺も…、と改めて思う。
 遠く遥かな時の彼方で、何度、ブルーと語り合ったことか。
 「いつか、地球まで辿り着いたら…」と、青い地球で生きてゆく夢を。
 人類に追われ、狩られることなく、ただの「ミュウという種族」になって。
(その日が来たなら、あいつはソルジャーではなくなって…)
 シャングリラという白い箱舟もお役御免で、キャプテンだって要らなくなる。
 船の仲間たちも、それぞれに散ってゆくだろう。
 自分が生きたい道を選んで、暮らしたい場所を見付け出して。
(そうなりゃ、あいつも、前の俺も、だ…)
 肩書などは消えてしまって、「ただのブルー」と、「ただのハーレイ」。
 役目も重荷も、背負う必要などは何処にもないから、二人、気ままな旅に出る。
 地球まで辿り着く前に夢見た、様々なことをするために。
 あちこち巡って、あれこれと食べて、他愛ないことを話したりもして。
 ミュウの未来を憂えなくても、何の心配も要らない世界は、幸せに満ちているだろう。
 「ただのブルー」と「ただのハーレイ」では、誰一人、気に留める者が無くても。


 前の自分と、前のブルーが見ていた夢。
 とても細やかな夢だけれども、それでいて大変な夢でもあった。
(まず、人類との和解ってヤツが問題で…)
 和解が無理なら、戦い、道を開くしかない。
 文字通り茨の道になる上、犠牲も多く出ることだろう。
 その戦いを始めるためには、戦力も要るし、どれほどの準備と覚悟が必要になるか。
(…でもって、それを決断するのは…)
 前のブルーと、前の自分と、長老たちという勘定。
 仲間たちにも諮るけれども、最終的には、その決断は…。
(前のあいつが…)
 下す形になってしまって、ブルーは、その責を負うことになる。
 勝ち戦が続く間は良くても、そうそう上手くゆくわけがない。
 何処かで必ず、負けの一つや二つは来る。
 負ければ仲間が怪我をするとか、命を落とす結果にもなる。
 そうなった時に、ブルーの心は、どれほど傷付き、血を流すことか。
(…ぼくが戦いに出ていれば、と…)
 悔やみ、嘆いて、いつまでも自分を責め続ける。
 青い地球まで辿り着いても、ふとしたはずみに思い出して。
 「あの仲間が、生きていたならば…」と、自分の暮らしに重ねもして。
(…きっと、そうなっていたんだろうなあ…)
 あいつも、俺も…、という気がする。
 地球での暮らしが、満ち足りたものであればあるほど、悔いも大きくなったろう。
 「違う選択をしていれば」と、払った犠牲を、全て自分たちの過ちにして。
 本当のところは違っていたって、「自分のせいだ」と、背負い込んで。
(…前の俺たちの夢ってヤツは…)
 細やかなんかじゃなかったんだ、と今にして思う。
 沢山の夢を描いた時には、二人とも、そういう気でいたけれど。
 「いつか地球まで辿り着いたら」と、子供みたいに無邪気に考え、夢を増やした。
 あれもしようと、これもしたいと、その時が来たら「やりたいこと」を。


(…大それた夢ってヤツだったから…)
 一つも叶わなかったのかもな、と苦笑し、カップを指でカチンと弾いた。
 そもそも、青い地球でさえもが、あの頃は存在していなかった。
 死の星のままで宇宙に転がり、人が住めるような場所などは無くて…。
(青いどころか、赤茶けた星で…)
 辿り着いた仲間は、皆、涙した。
 「こんな星のために、ずっと戦って来たのか」と。
 多くの犠牲を払い続けて、長い道のりを歩んだのか、と呆然として。
(…そして、地球まで辿り着くために…)
 必要だった犠牲の中には、前のブルーも含まれていた。
 命を捨ててメギドを破壊し、シャングリラを逃がして、ブルーは消えた。
(…前の俺の前から、消えてしまって…)
 二度と戻りはしなかった人を、本当は、何処までも追い掛けたかった。
 白いシャングリラも、キャプテンの務めも、何もかも捨てて、ブルーの後を追う。
 それは甘美な夢だったけれど、前のブルーが許さなかった。
 最後の最後に、「ジョミーを頼む」と言い残して。
 決して自分の後を追うな、と前に二人で交わした誓いを、反故にして。
(あいつが死んだら、前の俺も、すぐに…)
 葬儀を済ませて、ブルーの後を追ってゆく。
 そう決めて、ブルーも「そのつもり」でいた。
 決めた時には、まだ船は平和だったから。
 戦いは始まってさえもいなくて、ブルーの寿命が尽きた後にも、そうだと思い込んでいた。
 次のソルジャーが後を継ぐだけで、シャングリラの日々も変わりはしない、と。
(…どうやって地球まで行くつもりだったんだろうなあ…)
 変わり映えのしない日々が続く船で、と可笑しくなる。
 だからこそブルーの寿命が尽きる日が近付き、あんな誓いを立てることに…、とも。
 けれど、戦いは始まった。
 そうして前のブルーも戦い、前の自分の前から消えた。
 一人ぼっちで残された船で、仲間たちを指揮し、地球まで辿り着いたけれども…。


(前の俺の夢は、ただの一つも…)
 叶わないまま終わってしまって、気付けば、今の自分が「いた」。
 おまけに「ブルー」も、今の自分の前にいた。
 生まれ変わって、十四歳の子供になって。
 タイプ・ブルーのサイオンはあっても、それが使えない不器用なブルー。
(俺は、あいつを…)
 もう一度、手に入れたんだ、と感慨深いものがある。
 失くした筈の愛おしい人が、自分の前に帰って来てくれた。
 まだ一緒には暮らせなくても、何年か待てば、前の自分たちが夢見た通りに…。
(…結婚式を挙げて、ただのブルーと、ただのハーレイになって…)
 前の生では叶わなかった、幾つもの夢を叶えてゆく。
 青い地球の上を二人で旅して、様々な場所へ出掛けて行って。
 夢でしかなかった色々なものも、今なら、いくらでも手に入れられる。
 前のブルーの夢の朝食、「ホットケーキ」も、今のブルーには、日常になった。
 血が繋がった本物の「ブルーの母」に頼みさえすれば、毎日だって食べられるだろう。
 地球の草を食んで育った牛のミルクで作った、美味しいバターをたっぷり塗って。
 サトウカエデの森で育まれた、メープルシロップを好きなだけかけて。
(…神様のお蔭ってヤツだよなあ…)
 どんな贅沢な夢も叶うぞ、と実感出来る、今の自分の暮らし。
 前の自分たちには「夢で幻だったこと」の全てが、今では普通で「当たり前」。
 そう考えると、夢を叶えられる世界も嬉しいけれど…。
(それより、何より、大切なものは…)
 あいつなんだ、と思いを深くする。
 時の彼方で失くした「ブルー」が、再び、この手に戻って来たこと。
(…本当の意味では、まだ手に入れてはいないからなあ…)
 今のあいつは子供だからな、と大きく頷く。
 「まだ何年か、待つしか無いが」と。
 ブルーが結婚出来る年になるまで、本当の意味では「手に入らない」愛おしい人。
 けれども、待てば手に入るのだし、焦る必要などは全く無い。
 今のブルーが育ってゆくのを、ただ見守っていればいい。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が、チビのブルーが育ってゆくのを見ていたように。


(…そうさ、あと何年か待てばだな…)
 ブルーは、この手に戻って来る。
 何の犠牲も払うことなく、戦いの日々を経ることもなく。
 ただ平穏な時が流れて、その先に、前の自分たちが夢見た未来が広がる。
 「ただのブルー」と「ただのハーレイ」、そういう二人として生きてゆく。
 この地球の上で、幸せに。
 仲間たちの血が流れることなど、其処までの間に、ありはしなくて。
(…いいもんだよなあ…)
 最高だ、とコーヒーのカップを傾ける。
 なんと素晴らしい未来なんだ、と前の自分の夢が潰えた日と比べてみて。
 ブルーを失い、悲嘆に暮れたあの長い日々も、色鮮やかな未来の前には、どうでも良くなる。
 もう悲しみなど何処にも無くて、ブルーは帰って来てくれたから。
 あと何年か待ちさえすれば、前の自分が夢見た暮らしが、そっくりそのまま始まるから。
(あいつさえ、側にいてくれるんなら…)
 それだけで俺は満足なんだ、と充足感が胸に満ちてゆく。
 今のブルーがいてくれるだけで、もう満足だと言ってもいい。
 本当の意味では、まだ手に入っていなくても。
 結婚出来る時が来るまで、側で見守るだけの日々でも。
(あいつさえいれば、俺は他には、もう何一つ…)
 望まないよな、と前の自分だった頃を今に重ねて、「そうだな」と思う。
 「ブルー」さえいれば、何も要らない。
 失くしてしまった愛おしい人が、この手に戻って来てくれたから。
 その人と生きてゆけるのだったら、それだけで日々は満ち足りていることだろう。
 遠く遥かな時の彼方で夢見た「それ」は、「大それた夢」で、叶わずに終わったのだけれど。


(…何の犠牲も、払いはせずに…)
 待っているだけで、ブルーとの暮らしが手に入る。
 最高の未来で、想像するだけで顔が綻ぶ。
 「あと何年かの辛抱なんだ」と、「今でも、充分、幸せだがな」と。
(…俺は、お前の他には、何も…)
 何一つ無くても、幸せなんだ、とコーヒーを口に含んだけれど。
 「ブルーさえいれば」と思ったけれども、このコーヒーも、今ならでは。
(…青い地球で採れた、本物のコーヒー豆で淹れたヤツで、だ…)
 代用品だったキャロブとは違うんだよな、と白いシャングリラを思い出す。
 自給自足の暮らしに入った後の船では、もう本物のコーヒーは味わえなかった。
 それが今では幾らでも飲めて、おまけに青い地球産のもの。
 他にも色々、前の自分には夢だったことが、当たり前にあるものだから…。
(…お前の他には、何も要らない、と言いたいんだが…)
 実感としてはあるんだがな、と眉間を指でトンと叩いた。
 「すまんが、他にも欲しいようだ」と。
 今の自分の当たり前の日々も、ブルーと二人で暮らす未来には、是非、欲しい。
 「お前の他には、何も要らない」と思う気持ちは本当でも。
 ブルーさえいれば、他には何も要らなくても。
(なんたって、これが日常で、だ…)
 ブルーもホットケーキを食ってるんだし、いいじゃないか、と自分自身に言い訳をする。
 「あいつだって、俺の他にも、あれこれ欲しいと思うだろうさ」と。
 青い地球でやりたいと幾つも夢に見たこと、それも欲しくて当然だよな、と…。



              お前の他には・了


※ブルー君さえいれば他には何も要らない、と思ったハーレイ先生ですけれど…。
 そう思う気持ちは本当ですけど、他にも欲しくなるのです。青い地球にいるんですものねv








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