家出されちゃったら
(今日はハーレイに会えなかったよ…)
後姿だって見ていない、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は古典の授業が無かった上に、廊下でさえもハーレイに会えはしなかった。
何処かに姿が無いだろうか、と窓から見ても、帰りにグラウンドを見渡した時も…。
(ハーレイ、何処にもいなくって…)
仕事の帰りに来てくれるかも、と待っていたのに、ハーレイの愛車は来なかった。
ツイていない、と残念だけれど、こういう日だって少なくない。
別々の家で暮らす以上は、仕方ないとも言えるだろう。
(結婚したら、毎日、一緒に暮らすんだから…)
それまでの我慢で、結婚した後は、顔を見られない日の方が珍しくなる。
第一、顔を見られない日など、あるのかどうか。
(泊まりがけの研修とかでも、同じホテルに部屋を取ったら…)
ハーレイは其処に帰って来るから、昼食はともかく、朝食と夕食は二人で食べる。
昼休みだって、ハーレイは部屋に来るかもしれない。
配られた自分のお弁当を持って、ブルー用のも何処かで調達して来て。
(そうなるかもね?)
名物が入ったお弁当とか…、と大きく頷く。
「ハーレイだったら、きっとそうだよ」と、「お昼御飯が、お弁当だったら」と。
そんな具合で、会えない日などは全く無くなるかもしれない。
いつも、いつでも、どんな時でも、ハーレイと離れる日などは無くて。
(前のぼくたちも、そうだったんだし…)
今度も似たようなことになりそう、とクスッと笑った。
「時代も場所も変わっちゃったけど、やってることは同じだよね」と嬉しくなって。
青い地球まで辿り着いても、二人の暮らしは、遠い昔に夢に見た通り。
シャングリラという船が無くなり、ソルジャーでも、キャプテンでもなくなっても。
「ただのハーレイ」と「ブルー」になっても、「いつも一緒」と心が温かくなる。
本物の地球で生きてゆけるし、ハーレイと離れることなど二度と無いから。
時の彼方で、メギドで泣きながら死んだ時には、こんな日が来るとは思わなかった。
それを思えば、今日みたいに会えない日が「たまに」あっても、文句は言えないだろう。
神様の粋な計らいのお蔭で、あと何年か待てば、ハーレイと結婚出来るのだから。
(そしたら、二度と離れることなんか無くて…)
ハーレイの顔を見られない日は、ホントのホントに無くなるかも、と気持ちが浮き立つ。
「あと少しだけの我慢だものね」と、自分自身に言い聞かせて。
(…結婚したら、ハーレイの家で暮らすんだから…)
ハーレイが家出でもしない限りは、嫌でも顔を合わせる日々。
前の生では酷い喧嘩はしなかったけれど、今度はするかもしれなくて…。
(ハーレイなんか大嫌いだ、って叫んで、怒って…)
「自分」が家出することはあっても、ハーレイの方はしないだろう。
なんと言っても其処は「ハーレイの家」で、ハーレイが出てゆくわけもないから。
(大喧嘩をして、お互い、頭に来たって…)
家出するのは「ブルー」の方で、ハーレイは家から動かない。
廊下でブルーと出くわす度に、露骨に顔を顰めても。
「お前なんか、俺は知らないからな!」とプイと顔を背けて、口さえ利いてくれなくても。
(それでも、ぼくの分の御飯は…)
ハーレイが「自分のを作るついでに」作ってくれて、テーブルにドンと置いてありそう。
怒っているから、嫌がらせとばかりに、とんでもない量が盛ってあっても。
(…ぼくが普段に食べてる量の、二倍はあるっていう勢いで…)
おかずも御飯も、恐ろしいほどの大盛りサイズ。
スープや味噌汁も、「おかわりは鍋にあるから、温めて食え」とメモがついている。
だからテーブルの上には、当然のように、こう書かれたメモ。
「残さずに全部、綺麗に食えよ。残したら、二度と作ってやらないからな!」と大きな字で。
(…ぼく、それだけで降参しそう…)
一食くらいは何とかなっても、三食は無理、という気がする。
胃袋が悲鳴を上げてしまって、いくら美味しくても食べ切れなくて。
(早くハーレイに謝らないと…)
食事を作って貰えなくなるから、降参するしかないだろう。
「ごめんなさい」と、ハーレイに頭を下げて。
ハーレイの方が悪いと思っていたって、其処の所は、グッと堪えて。
(……ハーレイ、最強……)
食事を大盛りにして出すだけで、ぼくが謝りに行くんだから、と可笑しくなる。
今のハーレイも料理が得意で、作るのも好きで、一人暮らしでも自炊をしているほど。
料理を作るのが苦になるどころか、楽しみながら毎日やっているのに…。
(ぼくと喧嘩になった時には、ドンと大盛りにするだけで…)
ブルーが詫びを入れに来るのだから、どう考えても最強だろう。
武器は「おたま」や「しゃもじ」の類で、自在に操り、ブルーを倒す。
美味しい料理をドッサリ作って、器にたっぷり盛り付けて。
「残した時には、二度と作ってやらないからな」と、脅迫めいたメモを隣に添えて。
(…ホントに強すぎ…)
勝てやしない、と肩を竦めて、未来の自分が気の毒になった。
ハーレイと派手に喧嘩をやらかし、捨て台詞を吐いて、部屋を出たまではいいけれど…。
(廊下で会っても、プイッて知らん顔をして…)
無視して得意になっていたのに、ハーレイが「飯だぞ!」とだけ言いに来る。
ブルーが立てこもっている部屋の前で、扉を叩いて、大きな声で。
「俺はもう、先に食ったからな」と、「後はお前が好きな時に食え!」とも付け足して。
(…ハーレイの顔なんか、見てやるもんか、って…)
返事もしないで放っておいて、少し経ってから扉を開けて、ダイニングへ。
普段はハーレイと食事するテーブル、其処で一人で食べようと。
(…食べ終わったら、お皿も洗わずに放っておこう、って…)
まだプリプリと怒りながらも、お腹は減るから、食事には行く。
そうして、其処で目にするものは…。
(大盛りになってる凄い量の食事と、「残すな」ってメモ…)
「皿はきちんと洗っておけよ」のメモが無くても、大盛りと「残すな」だけで充分。
未来のブルーは大ダメージで、打ちのめされることだろう。
「この量を、ぼくが一人で食べるの?」と。
少しでも残してしまったが最後、ハーレイは二度と作ってくれない。
そうなったならば、自分で何か作って食べるか…。
(外へ食べに出掛けて行くしかなくって…)
そういうブルーを横目で見ながら、ハーレイは自分の分の食事を鼻歌交じりに楽しく作る。
わざとコトコト音を立てたり、長い時間をかけてじっくり料理したり、といった具合に。
(それって、惨めすぎるから…!)
あんまりだよね、と悲しくなってくるから、未来のブルーは詫びるしかない。
たとえ「ハーレイの方が悪いんだよ!」と思っていても。
まだまだ文句を言い足りなくても、白旗を掲げて降参するだけ。
「ごめんなさい」と、「だから、ぼくにも食べさせてよ」と頭を下げて。
(…まさか料理で、ぼくが謝るしか無いなんて…)
情けないよね、と悔しいけれども、料理の腕では敵わない。
ついでに今のチビの自分が、結婚までに料理の腕を磨くというのも難しそう。
(向き不向きっていうのもあるし…)
前の自分も厨房に立った経験は無いし、せいぜい、前のハーレイの手伝いくらい。
だから今度の自分にしたって、母の手伝いが精一杯といった所だろう。
(今のハーレイの大好物の、パウンドケーキだけは…)
なんとか覚えて作りたいけれど、それだって上手くゆくのかどうか。
今のハーレイの母が作るのと、同じ味だと聞く「今の自分」の母が焼くケーキを…。
(ちゃんと再現出来るようになるには、何年もかかっちゃうのかも…)
そうなってくると、未来の自分に「料理」という名の武器は無い。
「パウンドケーキ、二度と作ってあげないからね!」と言い放ったって、武器はそれだけ。
(…ケーキくらい、食べ損なったって…)
ハーレイは何も困りはしないし、「そうか、それなら俺が焼くかな」と言い出しそう。
もう早速に、ケーキの材料を量り始めて。
「今ある材料で作れるヤツは…」と、冷蔵庫や戸棚を覗き込んで。
(でもって、おやつの時間になったら…)
キッチンの方から、美味しそうな匂いが漂ってくることだろう。
「ハーレイが自分用に作ったケーキ」が、オーブンの中で焼き上がって。
それを取り出し、コーヒー党のくせに紅茶まで淹れて、ハーレイが一人でティータイム。
「よし、なかなかに上手く焼けたな」などと、大きな声で独り言を言いながら。
「実に美味い」と、「我ながら、これは大傑作だぞ」と自画自賛して。
(…ぼくが謝りに出て行かないと、ハーレイ、美味しいケーキを全部…)
一人で食べてしまうんだから、と思うものだから、ケーキの場合も降参あるのみ。
ケーキではなくて、パイが焼けても。
あるいはホカホカと湯気を立てている、中華饅頭が蒸し上がっても。
(…もう完全に敗北だってば…!)
食事で来られても、おやつで来ても…、と未来の自分の惨敗が目に見えるよう。
ハーレイはただ、普段通りにキッチンに立って、調理用の器具を操るだけ。
それだけで未来のブルーを倒せて、美味しい料理やお菓子も出来る。
「おたま」や「しゃもじ」やフライパンやら、オーブンなんかも武器に仕立てて。
(……ということは、もっと強烈な最終兵器は……)
家出じゃないの、と背筋が凍り付いた。
確かに「ハーレイの家」だけれども、だからといって「家出してはならない」わけではない。
そんな決まりは何処にも無いし、ハーレイがブルーに最後通牒を突き付けるなら…。
「俺は、この家を出て行くからな!」と荷物を纏めて、玄関から出て行けばいい。
大股で庭をズンズン横切り、愛車に乗り込み、エンジンをかけて…。
(ガレージから、車ごと出て行っちゃって…)
それっきり二度と戻って来なくて、「ブルー」は家に一人きり。
最初の間は、「好きにしたら?」と舌まで出して、勝ち誇った気でいそうだけれど…。
(…ハーレイが出てった時間によっては…)
たちまち困るかもしれない。
お腹が空いて来たというのに、食べられる料理が何処にも無くて。
冷蔵庫の中にも残り物は無くて、あるのは戸棚のパンくらいで。
(…一食くらいは、パンにバターとか、ジャムだとか…)
ちょっと工夫して、溶けるチーズを乗っけてみたり、と二食目も乗り切れるかもしれない。
けれども、多分、其処までが…。
(ぼくの限度で、ママたちの家に御飯を食べに行くとか、外で食べるとか…)
あるいは何かを買って来るとか、もはや「自分の腕」では無理。
冷蔵庫に食材が詰まっていたって、どうすることも出来はしなくて…。
(もう駄目だよ、って泣きそうな頃に、ハーレイが…)
窓を外からコンと叩いて、「冷蔵庫!」という声がするのだろう。
「中の食材、無駄にするなよ」と、「駄目にしたら、俺は二度と帰って来ないからな!」と。
(…そういう時に限って、うんと難しそうな…)
食材ばっかり詰まってるんだよ、という気がするから、もう泣きながら謝るしかない。
「ごめんなさい!」と、「ぼくには無理だから、ハーレイ、作って…!」と。
(…これって、文字通りに、最終兵器…)
メギドより怖い気がするんだけれど、とブルーは震え上がる。
「メギドだったら、前のぼく、壊せたんだけど…」と、今の自分をよく考えてみて。
料理なんかは出来そうになくて、今のハーレイには勝てそうもない腕前では…。
(…ハーレイ、倒せないんだから…!)
家出されちゃったら、おしまいだよ、と首をブンブンと横に振るしかない。
ハーレイが家出をしてしまったら、降参するしか無さそうだから。
「そうか、お前には、やっぱり無理か」と、ハーレイが意地悪そうな顔で嘲笑っても。
「だったら、謝るしかないよな、お前?」と、偉そうに胸を張りながら、威張られても…。
家出されちゃったら・了
※ハーレイ先生と喧嘩した場合、食事で困りそうなブルー君。自分では上手く作れなくて。
その状況でハーレイ先生に家出されたら、大惨事。メギド以上の最終兵器は料理らしいですv
後姿だって見ていない、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は古典の授業が無かった上に、廊下でさえもハーレイに会えはしなかった。
何処かに姿が無いだろうか、と窓から見ても、帰りにグラウンドを見渡した時も…。
(ハーレイ、何処にもいなくって…)
仕事の帰りに来てくれるかも、と待っていたのに、ハーレイの愛車は来なかった。
ツイていない、と残念だけれど、こういう日だって少なくない。
別々の家で暮らす以上は、仕方ないとも言えるだろう。
(結婚したら、毎日、一緒に暮らすんだから…)
それまでの我慢で、結婚した後は、顔を見られない日の方が珍しくなる。
第一、顔を見られない日など、あるのかどうか。
(泊まりがけの研修とかでも、同じホテルに部屋を取ったら…)
ハーレイは其処に帰って来るから、昼食はともかく、朝食と夕食は二人で食べる。
昼休みだって、ハーレイは部屋に来るかもしれない。
配られた自分のお弁当を持って、ブルー用のも何処かで調達して来て。
(そうなるかもね?)
名物が入ったお弁当とか…、と大きく頷く。
「ハーレイだったら、きっとそうだよ」と、「お昼御飯が、お弁当だったら」と。
そんな具合で、会えない日などは全く無くなるかもしれない。
いつも、いつでも、どんな時でも、ハーレイと離れる日などは無くて。
(前のぼくたちも、そうだったんだし…)
今度も似たようなことになりそう、とクスッと笑った。
「時代も場所も変わっちゃったけど、やってることは同じだよね」と嬉しくなって。
青い地球まで辿り着いても、二人の暮らしは、遠い昔に夢に見た通り。
シャングリラという船が無くなり、ソルジャーでも、キャプテンでもなくなっても。
「ただのハーレイ」と「ブルー」になっても、「いつも一緒」と心が温かくなる。
本物の地球で生きてゆけるし、ハーレイと離れることなど二度と無いから。
時の彼方で、メギドで泣きながら死んだ時には、こんな日が来るとは思わなかった。
それを思えば、今日みたいに会えない日が「たまに」あっても、文句は言えないだろう。
神様の粋な計らいのお蔭で、あと何年か待てば、ハーレイと結婚出来るのだから。
(そしたら、二度と離れることなんか無くて…)
ハーレイの顔を見られない日は、ホントのホントに無くなるかも、と気持ちが浮き立つ。
「あと少しだけの我慢だものね」と、自分自身に言い聞かせて。
(…結婚したら、ハーレイの家で暮らすんだから…)
ハーレイが家出でもしない限りは、嫌でも顔を合わせる日々。
前の生では酷い喧嘩はしなかったけれど、今度はするかもしれなくて…。
(ハーレイなんか大嫌いだ、って叫んで、怒って…)
「自分」が家出することはあっても、ハーレイの方はしないだろう。
なんと言っても其処は「ハーレイの家」で、ハーレイが出てゆくわけもないから。
(大喧嘩をして、お互い、頭に来たって…)
家出するのは「ブルー」の方で、ハーレイは家から動かない。
廊下でブルーと出くわす度に、露骨に顔を顰めても。
「お前なんか、俺は知らないからな!」とプイと顔を背けて、口さえ利いてくれなくても。
(それでも、ぼくの分の御飯は…)
ハーレイが「自分のを作るついでに」作ってくれて、テーブルにドンと置いてありそう。
怒っているから、嫌がらせとばかりに、とんでもない量が盛ってあっても。
(…ぼくが普段に食べてる量の、二倍はあるっていう勢いで…)
おかずも御飯も、恐ろしいほどの大盛りサイズ。
スープや味噌汁も、「おかわりは鍋にあるから、温めて食え」とメモがついている。
だからテーブルの上には、当然のように、こう書かれたメモ。
「残さずに全部、綺麗に食えよ。残したら、二度と作ってやらないからな!」と大きな字で。
(…ぼく、それだけで降参しそう…)
一食くらいは何とかなっても、三食は無理、という気がする。
胃袋が悲鳴を上げてしまって、いくら美味しくても食べ切れなくて。
(早くハーレイに謝らないと…)
食事を作って貰えなくなるから、降参するしかないだろう。
「ごめんなさい」と、ハーレイに頭を下げて。
ハーレイの方が悪いと思っていたって、其処の所は、グッと堪えて。
(……ハーレイ、最強……)
食事を大盛りにして出すだけで、ぼくが謝りに行くんだから、と可笑しくなる。
今のハーレイも料理が得意で、作るのも好きで、一人暮らしでも自炊をしているほど。
料理を作るのが苦になるどころか、楽しみながら毎日やっているのに…。
(ぼくと喧嘩になった時には、ドンと大盛りにするだけで…)
ブルーが詫びを入れに来るのだから、どう考えても最強だろう。
武器は「おたま」や「しゃもじ」の類で、自在に操り、ブルーを倒す。
美味しい料理をドッサリ作って、器にたっぷり盛り付けて。
「残した時には、二度と作ってやらないからな」と、脅迫めいたメモを隣に添えて。
(…ホントに強すぎ…)
勝てやしない、と肩を竦めて、未来の自分が気の毒になった。
ハーレイと派手に喧嘩をやらかし、捨て台詞を吐いて、部屋を出たまではいいけれど…。
(廊下で会っても、プイッて知らん顔をして…)
無視して得意になっていたのに、ハーレイが「飯だぞ!」とだけ言いに来る。
ブルーが立てこもっている部屋の前で、扉を叩いて、大きな声で。
「俺はもう、先に食ったからな」と、「後はお前が好きな時に食え!」とも付け足して。
(…ハーレイの顔なんか、見てやるもんか、って…)
返事もしないで放っておいて、少し経ってから扉を開けて、ダイニングへ。
普段はハーレイと食事するテーブル、其処で一人で食べようと。
(…食べ終わったら、お皿も洗わずに放っておこう、って…)
まだプリプリと怒りながらも、お腹は減るから、食事には行く。
そうして、其処で目にするものは…。
(大盛りになってる凄い量の食事と、「残すな」ってメモ…)
「皿はきちんと洗っておけよ」のメモが無くても、大盛りと「残すな」だけで充分。
未来のブルーは大ダメージで、打ちのめされることだろう。
「この量を、ぼくが一人で食べるの?」と。
少しでも残してしまったが最後、ハーレイは二度と作ってくれない。
そうなったならば、自分で何か作って食べるか…。
(外へ食べに出掛けて行くしかなくって…)
そういうブルーを横目で見ながら、ハーレイは自分の分の食事を鼻歌交じりに楽しく作る。
わざとコトコト音を立てたり、長い時間をかけてじっくり料理したり、といった具合に。
(それって、惨めすぎるから…!)
あんまりだよね、と悲しくなってくるから、未来のブルーは詫びるしかない。
たとえ「ハーレイの方が悪いんだよ!」と思っていても。
まだまだ文句を言い足りなくても、白旗を掲げて降参するだけ。
「ごめんなさい」と、「だから、ぼくにも食べさせてよ」と頭を下げて。
(…まさか料理で、ぼくが謝るしか無いなんて…)
情けないよね、と悔しいけれども、料理の腕では敵わない。
ついでに今のチビの自分が、結婚までに料理の腕を磨くというのも難しそう。
(向き不向きっていうのもあるし…)
前の自分も厨房に立った経験は無いし、せいぜい、前のハーレイの手伝いくらい。
だから今度の自分にしたって、母の手伝いが精一杯といった所だろう。
(今のハーレイの大好物の、パウンドケーキだけは…)
なんとか覚えて作りたいけれど、それだって上手くゆくのかどうか。
今のハーレイの母が作るのと、同じ味だと聞く「今の自分」の母が焼くケーキを…。
(ちゃんと再現出来るようになるには、何年もかかっちゃうのかも…)
そうなってくると、未来の自分に「料理」という名の武器は無い。
「パウンドケーキ、二度と作ってあげないからね!」と言い放ったって、武器はそれだけ。
(…ケーキくらい、食べ損なったって…)
ハーレイは何も困りはしないし、「そうか、それなら俺が焼くかな」と言い出しそう。
もう早速に、ケーキの材料を量り始めて。
「今ある材料で作れるヤツは…」と、冷蔵庫や戸棚を覗き込んで。
(でもって、おやつの時間になったら…)
キッチンの方から、美味しそうな匂いが漂ってくることだろう。
「ハーレイが自分用に作ったケーキ」が、オーブンの中で焼き上がって。
それを取り出し、コーヒー党のくせに紅茶まで淹れて、ハーレイが一人でティータイム。
「よし、なかなかに上手く焼けたな」などと、大きな声で独り言を言いながら。
「実に美味い」と、「我ながら、これは大傑作だぞ」と自画自賛して。
(…ぼくが謝りに出て行かないと、ハーレイ、美味しいケーキを全部…)
一人で食べてしまうんだから、と思うものだから、ケーキの場合も降参あるのみ。
ケーキではなくて、パイが焼けても。
あるいはホカホカと湯気を立てている、中華饅頭が蒸し上がっても。
(…もう完全に敗北だってば…!)
食事で来られても、おやつで来ても…、と未来の自分の惨敗が目に見えるよう。
ハーレイはただ、普段通りにキッチンに立って、調理用の器具を操るだけ。
それだけで未来のブルーを倒せて、美味しい料理やお菓子も出来る。
「おたま」や「しゃもじ」やフライパンやら、オーブンなんかも武器に仕立てて。
(……ということは、もっと強烈な最終兵器は……)
家出じゃないの、と背筋が凍り付いた。
確かに「ハーレイの家」だけれども、だからといって「家出してはならない」わけではない。
そんな決まりは何処にも無いし、ハーレイがブルーに最後通牒を突き付けるなら…。
「俺は、この家を出て行くからな!」と荷物を纏めて、玄関から出て行けばいい。
大股で庭をズンズン横切り、愛車に乗り込み、エンジンをかけて…。
(ガレージから、車ごと出て行っちゃって…)
それっきり二度と戻って来なくて、「ブルー」は家に一人きり。
最初の間は、「好きにしたら?」と舌まで出して、勝ち誇った気でいそうだけれど…。
(…ハーレイが出てった時間によっては…)
たちまち困るかもしれない。
お腹が空いて来たというのに、食べられる料理が何処にも無くて。
冷蔵庫の中にも残り物は無くて、あるのは戸棚のパンくらいで。
(…一食くらいは、パンにバターとか、ジャムだとか…)
ちょっと工夫して、溶けるチーズを乗っけてみたり、と二食目も乗り切れるかもしれない。
けれども、多分、其処までが…。
(ぼくの限度で、ママたちの家に御飯を食べに行くとか、外で食べるとか…)
あるいは何かを買って来るとか、もはや「自分の腕」では無理。
冷蔵庫に食材が詰まっていたって、どうすることも出来はしなくて…。
(もう駄目だよ、って泣きそうな頃に、ハーレイが…)
窓を外からコンと叩いて、「冷蔵庫!」という声がするのだろう。
「中の食材、無駄にするなよ」と、「駄目にしたら、俺は二度と帰って来ないからな!」と。
(…そういう時に限って、うんと難しそうな…)
食材ばっかり詰まってるんだよ、という気がするから、もう泣きながら謝るしかない。
「ごめんなさい!」と、「ぼくには無理だから、ハーレイ、作って…!」と。
(…これって、文字通りに、最終兵器…)
メギドより怖い気がするんだけれど、とブルーは震え上がる。
「メギドだったら、前のぼく、壊せたんだけど…」と、今の自分をよく考えてみて。
料理なんかは出来そうになくて、今のハーレイには勝てそうもない腕前では…。
(…ハーレイ、倒せないんだから…!)
家出されちゃったら、おしまいだよ、と首をブンブンと横に振るしかない。
ハーレイが家出をしてしまったら、降参するしか無さそうだから。
「そうか、お前には、やっぱり無理か」と、ハーレイが意地悪そうな顔で嘲笑っても。
「だったら、謝るしかないよな、お前?」と、偉そうに胸を張りながら、威張られても…。
家出されちゃったら・了
※ハーレイ先生と喧嘩した場合、食事で困りそうなブルー君。自分では上手く作れなくて。
その状況でハーレイ先生に家出されたら、大惨事。メギド以上の最終兵器は料理らしいですv
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