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家出されたら
(今日は会い損なっちまったなあ…)
 それでも明日は会えるだろうさ、とハーレイはブルーの面影を頭に描く。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
 今日はブルーと、全く顔を合わせなかった。
 お互い、同じ学校にいたというのに、すれ違った覚えさえも無い。
 ブルーの方も、きっと今頃、ガッカリしていることだろう。
 「今日はハーレイに会えなかったよ」と、家に寄ってくれなかったことも含めて。
(たまにあるんだ、こういう時が)
 前の俺たちだと考えられんな、とシャングリラの時代に思いを馳せる。
 遠く遥かな時の彼方では、船の中だけが世界の全てだった。
 しかもハーレイはキャプテンだったし、ブルーは皆を纏めるソルジャー。
(…たとえ喧嘩をしちまったって…)
 船の頂点とも言える二人が「会わない」わけにはいかなかった。
 会議はもちろん、青の間での朝食などもあったし、嫌でも顔を合わせるしかない。
(まあ、会いたくもない程の喧嘩なんぞは…)
 しちゃいないがな、と思うけれども、今の生ではどうなるだろうか。
 ブルーが結婚出来る年になったら、一緒に暮らすと決めている。
 この家にブルーの部屋を作って、仕事で出掛ける時間以外は、常にブルーと…。
(二人っきりで、うんと幸せな毎日で…)
 何処へ行くのも一緒なんだ、と甘い夢を見る日々だけれども、未来のことは分からない。
 今のブルーは、前のブルーと同じ魂、同じ記憶を持ってはいても、育ち方が違う。
 本物の両親を持っている上、幼い時代の記憶もある。
 その分、我慢ばかりだった前のブルーよりも、我儘に出来ているものだから…。
(ちょっとしたことで機嫌を損ねちまって、プイと部屋から出て行って…)
 それきり何日も口を利かずに、膨れっ放しということもあるかもしれない。
 同じ家で暮らしているというのに、「いってらっしゃい」とも言わないブルー。
 仕事が終わって帰って来たって、「おかえりなさい」の言葉も無しで。


 そうなったとしても不思議は無いな、と苦笑する内に、ポンと浮かんで来た言葉。
(……家出……)
 今度のあいつは出来るんだ、と「家出」なる単語に愕然とした。
 口を利かないどころではなくて、ブルーが家から「いなくなる」。
 荷物を纏めて、「当分、帰らないからね!」と捨て台詞を残して、出て行って。
 着替えなどを詰めた大きな鞄を提げて、「家ではない」何処かへ行ってしまって。
(…前のあいつだと、そういうわけにはいかなくて…)
 ソルジャーでなくても、そいつは無理だ、と考えなくても答えは出て来る。
 ミュウは人類に追われていたから、いくらブルーでも「外の世界」では生きられない。
 正確に言えば、サイオンで情報操作などをしたなら、生きてゆくことは出来るけれども…。
(周りに仲間は誰もいなくて、敵陣の中での暮らしってヤツで…)
 心が落ち着くわけもないから、ブルーが暮らせる世界ではない。
 毎日が緊張の連続だなんて、誰だって音を上げるだろう。
(しかし、今度のあいつの場合は…)
 怒って家から出て行ったって、生きてゆける場所は幾らでもある。
 まずはブルーが育った家で、ブルーが使っていた部屋が「そのまま」あるだろうから…。
(暫く此処で暮らすからね、と…)
 家に上がり込んで、勝手知ったる「元の家」の廊下をズンズン進んで…。
(元の自分の部屋に入って、鞄を置いて…)
 中身を引っ張り出すのではなく、鞄は其処に放り出しておいて、向かう先は恐らく階下の部屋。
 ダイニングなのか、キッチンなのか、とにかく、母がいそうな場所へ。
(ママ、ぼくのおやつは何かあるの、と…)
 ケーキやらパイといった菓子が目当てで、それがあったら、早速、食べる。
 家に置いて来た「ハーレイ」なんぞは、綺麗サッパリ忘れ去って。
 「ママのお菓子は美味しいよね」などと、御機嫌になって。
(…何かあったの、と質問されてもだな…)
 今のブルーなら、「言いたくないよ!」の一言で切って、バッサリと捨てることだろう。
 悪いのは「ハーレイの方」なんだから、と怒り心頭、理由など話す必要も無い。
 顔も見たくない相手の話は、するだけで腹が立って来るから。
(…お母さんだって、その辺はだな…)
 察して「そうね」で終わってしまって、ブルーは元通りに家の住人、怒ったままで。


 ブルーが家から出て行った場合、一番に浮かぶ行先が「実家」。
 人間が地球しか知らなかった時代は、定番の家出の先だったらしい。
 嫁に来た妻が「実家に帰らせて頂きます!」と荷物を纏めて、帰って行ってしまう元の家。
 時には子供たちも引き連れ、家には夫だけを残して、何もかも放り出してしまって。
(…うーむ…)
 今のあいつなら、やりかねないぞ、と思えてしまうから恐ろしい。
 のびのびと育てられたブルーは、前のブルーよりも我儘な上に、我慢も出来ない。
 現に今でも、じきに怒って、頬っぺたをプウッと膨らませる。
 子供の間はそれで済むけれど、一緒に暮らし始めたら…。
(膨れるどころか、荷物を纏めて出て行っちまって…)
 帰って来そうにないんだが、と眉間に手をやった。
 「そうなるかもな」と、未来の自分が容易に想像出来る。
 ブルーに家出をされてしまって、途方に暮れている「ハーレイ」が。
(…実家だったら、まだいいんだが…)
 謝りに行くのも簡単だしな、と土下座する自分が頭に浮かぶ。
 ブルーを育てた両親の家なら、いくらブルーが怒っていたって、中には入れて貰えるだろう。
 玄関を開けるのは、ブルーの母か父だから。
 「ブルー君に謝りに来ました」と玄関先で告げたら、逆に謝られるかもしれない。
 恐縮しながら「すみません、ブルーが御迷惑をお掛けしているようで…」と。
 更には「どうぞ入って、中でお茶でも」と、招き入れられて「客人」扱い。
(お茶とお菓子を御馳走になって、それから二階へ行ってだな…)
 ブルーの部屋の前で「すまん」と土下座で、詫びを入れる日々。
 せっせと通って、ブルーの怒りが解けるまで。
 閉まったままの部屋の扉が開いて、中からブルーが出て来るまで。
 「分かったよ、ハーレイと一緒に帰るよ」と、お許しが出たら、家出はおしまい。
 出て来たブルーを愛車に乗せて、二人で家へと帰ってゆく。
 車の中では、助手席のブルーが恩着せがましく、「懲りておいてよね」と文句でも。
 「次は無いよ」と膨れっ面でも、連れて帰れたらそれでいい。
 帰ってブルーをギュッと抱き締め、「悪かった」と謝り、キスをしたなら…。
(あいつの怒りも、いつの間にやら…)
 雪のようにすっかり溶けてしまって、また元通りの、幸せな日々が戻るだろうから。


(…よしよしよし…)
 土下座くらいはお安いモンだ、と思うけれども、この手が何処でも通用するとは限らない。
 家出したブルーの行先によっては、土下座の余地も無いかもしれない。
 謝りたくて訪ねて行っても、「門前払い」というヤツで。
 お茶とお菓子が出て来る代わりに、玄関先で追い払われる。
(…その玄関にも立てないだとか…)
 ありそうだよな、と頭を抱えたくなる、ブルーが行きそうな場所の心当たりが一つ。
(……俺の親父と、おふくろの家……)
 二人とも、ブルーに甘そうだしな、と両親の人柄が恨めしい。
 あの二人ならば、「実の息子」よりも、ブルーの方を取るだろう。
 怒って家を出て来たブルーが、隣町に住むハーレイの両親の家の扉を叩いたら…。
(おふくろは、「あら、どうしたの」で…)
 親父の方も同じだよな、と二人の反応に頭が痛い。
 ブルーが家出をして来たことは、大きな荷物と、「ハーレイがいない」現実で分かる。
 二人はブルーの母と同じく、「察して」ブルーを迎え入れて…。
(この部屋を好きに使えばいい、と…)
 普段なら、ハーレイと一緒に泊まるだろう部屋、其処にブルーを住まわせる。
 自分たちの息子が何をしたのか、ブルーに理由を聞きもしないで。
 「いつまでも此処にいて構わないから」と、食事も、おやつも提供して。
(でもって、俺がブルーに詫びに行ったら…)
 ガレージに車を停めた途端に、父が飛び出して来そうな感じ。
 「何しに来た!」と仁王立ちされて、車のドアを開けることさえ出来ないで…。
(追い返されて、すごすごと…)
 方向転換、元来た道を帰ってゆくしかないかもしれない。
 両親はブルーの味方なのだし、充分、ありそう。
(そうやって、俺を追い返したら…)
 父は「ハーレイが来たから、追っ払ったぞ」とブルーに誇らしげに語ることだろう。
 「あいつに庭の土は踏ません」と、「ブルー君が許す気になるまで、追い払うから」と。
 つまり玄関先にも立てない、とても厳しい戦いになる。
 ブルーに向かって土下座しようにも、其処まで辿り着けないから。


 なんとも困った、ブルーが行きそうな「家出先」。
 実家に帰って行かれた方が、まだしもマシと言えるけれども、選ぶのはブルー。
 ついでに言うなら、もっと悲惨なケースもある。
(…あいつにも、友達、いるからなあ…)
 その友達の家に行かれたら、行先がまるで分からない。
 ブルーが「友達の家に泊まっている」のは、なんとか把握出来たとしても…。
(どの友達の家かってトコが、まず問題で…)
 それを掴むのは、簡単なことではないだろう。
 片っ端から通信を入れて、「ブルー君が、お宅に泊まってますか?」と尋ねても…。
(ブルーが「いないと言っといて!」と言おうものなら…)
 友達は当然、そう言うだろうし、心当たりのある先が、全て「来ていない」になる。
 その内のどれが「当たり」なのかは、サイオンを使わない限り…。
(分かりゃしないし、サイオンは使わないのが社会のマナーで…)
 お手上げじゃないか、と泣きたいような気分になる。
 ブルーの居場所が分からないのでは、門前払いよりもまだ酷い。
 門前払いをされる場合は、「其処までは行った」事実があるから、それを重ねれば…。
(ブルーの気持ちも、その内にだな…)
 変わるだろうし、怒りも解けてくることだろう。
 ところが、それも出来ないケースが「友達の家」に行かれてしまった時。
 そうそう何度も「ブルー君は来ていますか?」と訊けはしないし、様子を探りに行こうにも…。
(友達に現場を見付かっちまって、「ハーレイ先生の車が来てたみたいだぞ」と…)
 ブルーに報告されてしまおうものなら、逆効果になる危険が非常に高い。
 それを聞いたブルーが、「ハーレイ、こそこそ嗅ぎ回ってるの!?」と顔を強張らせて。
 「なんで素直に謝らないの」と、「手紙でも置いて行けばいいじゃない!」と。
(…そうか、手紙か…!)
 そいつをポストに入れて帰れば…、と思ったけれども、入れるポストはどれなのか。
(…どの友達の家かが、分からないんだが…!)
 まるで打つ手が無いじゃないか、と頭痛がしそうで、「これは駄目だな」と低く唸った。
 家出されたら、場合によってはおしまいらしい。
 土下座しようにも、其処にも辿り着けないで。
 謝るどころか裏目に出続け、ブルーは帰って来てくれなくて…。



           家出されたら・了


※今のブルー君を怒らせたら、家出されるかも、と考え始めたハーレイ先生ですけれど。
ブルー君が選んだ家出先によっては、厄介なことになりそうです。土下座で詫びるのも無理v









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