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身分違いだったら
(ずうっと昔は、身分っていうものが…)
 あったんだよね、と小さなブルーの頭の中を、不意に過っていったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…今のぼくが住んでる地域だと…)
 士農工商ってヤツだったっけ、と歴史の授業を思い出す。
 遠い昔に「日本」と呼ばれた小さな島国、それが在った辺りに今の自分は住んでいる。
 日本は消えてしまったけれども、その名はSD体制が崩壊した後、復活して来た。
 機械の支配がとうに無くなり、青い地球まで蘇ったからには、文化も復興させねば、と。
(だから今でも、此処は日本って地域だけれど…)
 其処では昔、住民は皆、四つの身分に分けられて暮らしていたという。
 支配階級の武士たちが士族で、その下に農民、といった具合に。
(でも、今は身分って制度は無くて…)
 前の自分が生きた時代にも、何処にも残っていなかった。
 そもそも身分制度自体が、時の彼方に消え去った後で。
(…もしも残っていたとしたって…)
 SD体制を敷くとなったら、身分制度は滅びただろう。
 武士は何処まで行っても武士で、農民は努力を積んでみたって農民のまま。
 自分が生を享けた階級、それは一生、変わらないから。
(先祖代々、受け継がれるのが階級だから…)
 血の繋がった親子がいない時代に、身分制度は馴染まない。
 旧世代の人間と共に宇宙に散らばり、滅びるしかなかった身分というもの。
(だけど、残っていなかったから…)
 すんなりSD体制の時代に入って、前の自分は身分制度を体験してなどはいない。
 今の時代もあるわけがなくて、どんなものかは、歴史の授業で学んだだけ。
(…身分が違うと、人間扱いされなかったりしたんだよね?)
 なんだかミュウと人類みたい、と少し可笑しくなった。
 「身分制度は無かったけれども、前のぼくは少し経験していたみたい」と。
 もっとも、経験していた頃には、楽しむどころではなかったけれど。


 相容れなかった、人類とミュウという二つの種族。
 人類が支配階級だったら、ミュウは「人間扱いされない」階級。
 「日本」で言うなら武士と農民、そういった違いになるのだろうか。
(…武士が農民を斬り捨てちゃっても、罪にはならなかったらしいし…)
 ちょっと似てるよ、と思ったはずみに、違う考えが頭を掠めた。
 「ぼくとハーレイなら、どうなったかな?」と。
 前の生では、同じミュウという種族に生まれて、苦楽を共にした恋人。
 新しい命を貰った今の時代は、人間は全てミュウになったから、差別を受ける者などいない。
(ぼくとハーレイが、違う身分になるんなら…)
 うんと昔のことになるよね、と浮かんだ「もしも」は、なかなかに楽しそうではある。
 ハーレイと「違う身分」に生まれた場合は、何が待ち受けているのだろうか。
(えーっと…?)
 ハーレイにチョンマゲは似合わないよね、という気がするから、日本とは違う国がいい。
 いわゆる「洋服」を着ている所で、身分にうるさい国といったら…。
(…イギリスかな?)
 シャングリラでもイギリス貴族を気取ったよね、と収穫祭を思い出した。
 一番最初の収穫を祝って、皆で食べたのがサンドイッチ。
(キュウリだけで作ったサンドイッチは、アフタヌーンティーに欠かせなくって…)
 最高の食べ物だったというから、収穫祭のパーティー用に選ばれた。
 何の贅沢も出来ない船でも、「気分だけはイギリス貴族といこう」と。
 誰もが幸せ一杯になった、キュウリを挟んだサンドイッチが出て来たパーティー。
(あの時、とっても楽しかったし…)
 身分違いを考えるのならイギリスにしよう、と舞台を決めた。
 次に決めるものは、互いの身分。
 ハーレイと自分、どちらかが貴族で、もう一方は農民にするのが良さそうだ。
 貴族は広大な領地を所有していて、それを農民たちに耕させて…。
(その収穫が、収入源だったらしいから…)
 農民も「持ち物」の一つだったと言えるだろう。
 ハーレイと自分、どちらかは貴族、もう一方は貴族の所有物の農民。
 それで考えるのが面白そうだし、そういう身分に生まれた二人にするのがいい。
 二人の身分が違っていたなら、二人を取り巻く世界もまるで違うだろうから。


(次は、どっちを貴族にするかで…)
 順当にゆけば、ぼくの方かな、と首を捻った。
 今の生では、ハーレイは「ブルー」に敬語を使いはしない。
 逆に「ブルー」が使う立場で、そうなるのは身分のせいではなくて、学校のせい。
 けれども、遥かな時の彼方では、「ハーレイ」が「ブルー」に話す時には…。
(必ず敬語で、そうなったのは…)
 エラが口うるさく徹底させていた、「ソルジャーに対する作法」が原因。
 船で一番偉いのだから、敬語を使って話すべきだ、という決まり。
(…あれも一種の身分制度ってヤツだったかも…)
 前のぼくだけが貴族ってヤツ、と思うものだから、そのまま転用するのなら…。
(ぼくが貴族になるんだけれど…)
 今の生では敬語を使う立場が逆だし、逆で考えるのが良さそうな感じ。
 第一、「ブルーの方が偉い」ままでは、想像してみても、さほど面白くないだろう。
 「意外な部分」が多くなるほど、「もしも」の世界に奥行きが出そう。
(よーし、貴族はハーレイの方で!)
 どうなるかな、とワクワクと思考をスタートさせた。
 舞台は遠い昔のイギリス、ハーレイは其処で生まれた貴族の一員。
(今のぼくたちと同じくらいの年の差で…)
 ハーレイは貴族の当主といったところだろうか。
 先祖代々の領地を受け継ぎ、何不自由なく暮らしている。
 働かなくても済む身分だから、狩りに出掛けたり、旅をしたり、と。
(…ぼくは、ハーレイが持ってる領地で、農民の家に生まれた子供で…)
 幼い頃から家の手伝い、乳搾りをしたり、畑で草を毟ったり。
 川に出掛けて魚を釣るのも、遊びではなくて食事のため。
 魚を沢山釣って戻れば、その日は食卓が豪華になる。
(そうやって毎日、家の仕事を手伝って…)
 生きている内に、ある日、ハーレイとバッタリ出会う。
 領地の見回りに来た馬車を見るのか、それとも川で釣りをしていたら…。
(ハーレイが、お忍びで…)
 釣りにやって来て、「釣れるか?」と尋ねてくるのだろうか。
 「釣れるんだったら、此処で釣ろう」と、「隣、いいかな?」と。


 考えただけで心臓がドキリと跳ねた。
 馬車の中のハーレイを目にするよりも、断然、そっちの方がいい。
 釣りをしていて、偶然、声を掛けられるのが。
 立派な釣竿を持ったハーレイが、隣に座って一緒に釣りを始めるのが。
(釣竿も立派で、服だって…)
 目立たない格好をしてはいたって、きっと仕立ての良い品だろう。
 農家で生まれた「ブルー」は知らない、見たこともないような布を使った服。
(この人、だあれ、って…)
 不思議に思って訊いてみたって、ハーレイは「さてな?」と微笑むだけ。
 「ただの釣り人でいいじゃないか」と、「今日は、お前さんと釣るんだからな」と。
 並んで釣りをしている間に、時間が経ってゆくものだから…。
(…ぼくの方が先に、お腹が減るよね?)
 農家の子ならば、朝から家の仕事も済ませて、釣りに来た筈。
 食事は粗末な内容だろうし、昼が来るまでにお腹が減るのに違いない。
(…お腹が、グーッて鳴っちゃって…)
 空腹なのだ、と訴えたならば、ハーレイは笑い始めるだろうか。
 ハーレイの方は、朝からたっぷり食べて来た上、何の仕事もしていない。
 強いて言うなら釣りをするために、何処かから歩いてやって来ただけ。
(お腹が減るのも、ずっと先だから…)
 釣り仲間になった子供のお腹が鳴ったら、「腹が減ったんだな」と思うことだろう。
 「子供は腹が減るのも早いし、当然だよな」と。
 ついでに農家の子供だったら、働いている分、貴族の子供よりも早く空腹になる。
(最初はそれに気が付かないで、お腹が鳴ったことを笑って…)
 「もう昼なのか?」と目を丸くしそうだけれども、じきに真相を見抜くだろう。
 「この子は、朝から一仕事してから、釣りに来たんだ」と。
 「腹も減るさ」と、「家に帰っても、飯は充分あるんだろうか?」と。
 もちろん「ブルー」の家に帰れば、食事は用意されている。
 農家の子供に似合いの料理で、うんと質素な食卓の中身。
 ハーレイならば、其処まで見通すだろうから…。
(ぼくのお腹が鳴った時には…)
 何も知らずに笑ってしまっても、その後には、きっと…。


 お弁当を分けてくれると思う、と「貴族のハーレイ」に胸が高鳴った。
 お忍びで釣りにやって来たなら、お弁当を持っていることだろう。
 屋敷の厨房で作らせたもので、ハーレイの一食分より遥かに量が多いのを。
(だって、お弁当が足りなかったら…)
 厨房の者の失態になるし、ハーレイは叱らなかったとしても、執事が叱る。
 「なんてことを」と、「お詫びしなさい」と。
 そうならないよう、ぎっしり詰まった、お弁当入りのバスケット。
 ハーレイは笑顔でバスケットを開けて、「食べていいぞ」と言ってくれそう。
 「どれでもいいから、好きなのを取っていいんだぞ」と。
(そう言われたら、とっても嬉しいんだけど…)
 美味しそうな匂いもするのだけれど、初めて見る料理に途惑って…。
(手を伸ばせなくて、困っていたら…)
 ハーレイが「ほら」と、選んで渡してくれるのだろう。
 「美味いんだぞ」と、「お前は、これを見たことないのか?」と微笑みながら。
(貰って食べたら、頬っぺたが落っこちるくらいに美味しくって…)
 他の料理も気になってしまって、バスケットを食い入るように見詰めるだろうか。
 「あれは何なの?」と、「どんな味がする食べ物かな?」と。
(ハーレイの顔より、バスケットの中身のお弁当…)
 色気より食い気っていうヤツだよね、と「自分」の姿に呆れるけれども、ありそうな話。
 なにしろ「ただの農家の子供」で、貴族の食事は知らないのだから。
(ハーレイ、笑い出しそうだけれど…)
 そんな「ブルー」が満腹するまで、お弁当の中身を惜しみなく分けてくれるのだろう。
 「全部食べてもいいんだぞ?」と、自分はのんびり釣りをしながら。
 「俺は帰ってから、家で食べればいいんだしな」と、「遠慮するなよ」と。
(いい人だよね、って…)
 心の底から思ってしまって、いつの間にか、恋に落ちている。
 自分でも、そうと知らないで。
 多分、生涯、恋をしたとは思わないままで、「御領主様」に一目惚れ。
 バスケットの中身が空になったら、二人で仲良く釣りを続けて。
 釣りを終えたら、「またね」とハーレイに元気に手を振り、家に帰って。


 それから何日か経った頃合いで、馬車の中に「ハーレイ」を見付けるのだろう。
 畑仕事を手伝う間に、両親が「御領主様だ」と言った方向に。
 お辞儀するように言われた馬車の、立派な座席に腰を下ろしているハーレイを。
(ビックリしちゃって、声も出なくて…)
 両親に頭を押さえ付けられて、馬車のハーレイにお辞儀しながら、考え始めるのに違いない。
 「御領主様じゃないハーレイに、また会えるかな?」と。
 いつもの釣り場で釣りをしていたら、またハーレイが来るだろうか、と。
(…ホントにハーレイが来てくれたなら…)
 隣で釣り糸を垂れてくれたら、とても幸せなことだろう。
 お弁当の中身を分けて貰えたら、前よりも、ずっと嬉しくて…。
(ハーレイの方でも、ぼく用に、お弁当を用意してくれていたら…)
 釣り場で会うだけの仲に過ぎなくても、最高に幸せだろうと思う。
 恋だと気付いていないままでも、ただの「釣り仲間」で生涯を終えることになっても。
(身分違いだったら、下手にハーレイの屋敷の使用人に迎えられちゃうよりも…)
 釣り仲間で過ごす方がいいよね、と頬を緩めて、うっとりとする。
 「その方がきっと、うんと幸せ」と。
 「ハーレイと、ずっと釣りをするんだ」と、「釣り仲間で終わる恋もいいよね」と…。



            身分違いだったら・了


※ハーレイ先生と身分違いの恋だったら、と想像してみたブルー君。貴族と農民な二人で。
 なんとハーレイ先生が貴族で、おまけに釣りで始まる恋。一生、ただの釣り仲間でも幸せv









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