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身分違いなら
(…ずっと昔は、この世界には…)
 身分ってヤツがあったんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(今の俺たちが、暮らしている地域の辺りは…)
 人間が地球しか知らなかった時代は、日本と呼ばれた島国だった。
 士農工商に分けられていた、其処に住んでいた人間の身分。
(農民だと、上から二つ目なんだが…)
 本当に「上から二番目の地位」を誇れた者は、ほんの僅かしかいなかったという。
 実際の所は、一番下の商人の方が豊かな暮らしで、仕事の中身も楽だった。
(しかし、人間が生きてゆくには…)
 農民が作る米が大事で、一番上の身分の大名の優劣も、米の収穫量で決まっていたらしい。
 だから農民が不満を持たないように、「身分だけは」上から二番目の地位。
 「偉いんだぞ」と言ってやったら、その気になって頑張る者も…。
(はてさて、存在していたんだか…)
 今となっては謎だよな、と首を捻って、ブルーの顔を思い浮かべた。
 前の生から愛し続ける、愛おしい人。
 今は子供になっているけれど、いずれは前の生と同じに…。
(育って、うんと美人になって…)
 神々しいほどに気高くなるから、身分制度があった頃なら、間違いなく最上級だろう。
 士農工商で言えば士族で、武士の階級。
 大名の一人息子といった所で、あるいは将軍様かもしれない。
(…だがなあ…)
 チョンマゲは、ちと似合わないよな、と考えるまでもなく答えが出て来る。
 「あれは駄目だ」と、「ブルーには少しも似合いやしない」と。
 もっと時代を遡ってみれば、平安時代の貴族というのもあるけれど…。
(アレだって、子供時代はともかく、育てば一種の…)
 チョンマゲなのだし、やはりブルーには似合わない。
 とても身分が高いブルーなら、美しくいて欲しいと思う。
 一番上の身分に生まれて、相応しい暮らしをしているのなら。


 そうなってくると、この「日本」では駄目だろう。
 チョンマゲを結わない、ヨーロッパ辺りが良さそうだ。
(あそこで一番、身分にうるさかったのは…)
 確かイギリスだったっけな、と今の生で仕入れた知識を引き出す。
 前の生でも、イギリス貴族の話は聞いていたけれど…。
(断然、今の俺の方が、だ…)
 あれこれと本を読んだりしたから、遥かに詳しくなっている。
 「日本」では身分制度が無くなった後は、階級制度は、見事に崩れ去ってしまった。
 ある程度は残っていたらしいけれど、あからさまな差別は消えたという。
 店に入るのも、宿に泊まるのも、それに見合った服装や持ち金さえあれば…。
(元の身分が何であろうが、何も言われやしなくって…)
 きちんとサービスを受けることが出来て、買い物だって自由に出来た。
 お蔭でマナーなども自然と身につき、何処へ行っても相応に振る舞えるものだから…。
(元の身分が何だったかなんて、もう傍目にも分からなくなって…)
 いつの間にやら、誰もが同じで横並びの社会になっていた。
 農民だろうが、商人だろうが、それは身分というものではなく、職業になって。
(ところが、イギリスって国の場合は…)
 階級制度が根強く残って、貴族などの上流階級の者と、それ以外とでは月とスッポン。
 他の国では身分制度が消えていっても、まるで伝統を守るかのように…。
(しつこく残っていたらしいよなあ…)
 だから昔は、もっと酷いぞ、と「今の自分」の知識が教えてくれる。
 上流階級の特権意識は、それは強くて、とんでもなかった。
 自分より下の階級の者は、人間扱いしなかったほど。
 なんとも酷いと思うけれども、「ブルー」に似合いそうな身分ではある。
 チョンマゲなんかは結っていなくて、服装だって洗練されたもの。
(…前のあいつと、同じ姿に育ったら…)
 それは素晴らしいイギリス貴族の、「ブルー」が見られることだろう。
 立ち居振る舞いも仕草も優雅で、誰もが見惚れてしまうほどの。


(うん、なかなかに…)
 いいじゃないか、と想像していて、「だったら、俺は?」と疑問が浮かんだ。
 ブルーが上流階級だったら、自分は何になるのだろう。
(…もちろん俺も、あいつと同じに…)
 上流階級に生まれていないと、ブルーと付き合うことは出来ない。
 うっかり農民だったりしたなら、ブルーの家が所有している領地で暮らして…。
(ブルーが馬車で通ってゆくのを、見てるだけってか?)
 そいつは困る、と思ったけれども、身分や生まれは「選べはしない」。
 其処に生まれてしまったのなら、その場所で生きてゆく他はない。
 身分制度が壊れた後の時代だったら、何も問題無いけれど…。
(ブルーが上流階級に生まれて、其処で暮らしているってことは、だ…)
 上流階級は健在なのだし、階級制度も「生きている」。
 運良く、ブルーと同じ貴族に、生まれられればいいけれど…。
(…世の中、そうそう上手くいかないモンでだな…)
 今の俺たちはレアケースだぞ、と「今の生」の貴重さは承知している。
 神様が起こした奇跡のお蔭で、ブルーと二人で、青い地球の上に生まれて来られた。
 言うなれば「運が良かった」わけで、こんな幸運は、そう多くは無い。
(前の俺たちも、考えようによっては悲惨で…)
 不幸なカップルだったもんなあ、と苦笑する。
 幸せなことも多かったけれど、結局、最後は離れ離れで、一種の悲恋と言えるだろう。
 それを思うと、「ブルーが上流階級に生まれた」世界があったら…。
(幸せになれるとは、限らなくて…)
 俺の片想いで終わっちまうかも、という気がする。
 貴族と農民の間の溝は、当時だと、越えられるわけがない。
 橋を架けようにも、道具も、場所も見付かりはしない。
 ブルーは何処まで行っても貴族で、「ハーレイ」は、ただの農民のまま。
 どんなに努力してみた所で、どうこう出来るものでもない。
 ブルーは馬車で通ってゆくだけ、「ハーレイ」は馬車を見ているだけ。
 馬車の中のブルーが、どんなに気高く、美しくても。
 「あんなに綺麗な人がいるのか」と、見る度に、心を奪われていても。


(…うーむ…)
 こいつは厳しい世界だよな、と溜息が一つ零れ落ちた。
 貴族のブルーは「お似合い」だけれど、それに似合いの「ハーレイ」がいるとは限らない。
 違う身分に生まれたら最後、ブルーに恋することは出来ても、その恋はけして実りはしない。
 ブルーに気付いて貰えもしなくて、片想いで終わってしまいそう。
 とはいえ、そういうことになっても…。
(俺があいつに、惚れずに終わることなんて…)
 絶対にあるわけがない、と絶大な自信だけはあるから、そういう悲恋もあるかもしれない。
 ブルーと自分の生まれた「世界」が違ったら。
 同じ地球の上には違いなくても、階級制度があった時代に、違う身分に生まれたら。
(あいつは貴族で、俺は農民…)
 俺は、あいつの親父の所有物として生まれるんだな、と「今の自分」の知識が教える。
 ブルーが貴族に生まれて来るなら、当然、ブルーの父親がいる。
 公爵や侯爵、伯爵といった、立派な爵位を持った人物。
 広大な領地を所有していて、それを農民に任せているから、農民だって財産の一部。
 つまり「ハーレイ」は生まれた時から、ブルーの父親の持ち物になる。
 将来的には、ブルーの父親の領地を耕し、収入源になる家畜や農作物を育てるための使用人。
 家も畑も、何もかも、ブルーの父から借り受けているものでしかない。
 其処から生まれた収入の一部くらいは、好きに使わせて貰えても。
 市に出掛けて何か買うとか、そういったことは許されていても。
(…身分違いなら、そうなっちまうな…)
 俺は「持ち物」に過ぎないわけだ、と悲しいけれども、仕方ない。
 身分の壁は越えられないから、その地位に甘んじるしかない。
 農民として生きる間に、「ブルー」を目にすることがあっても。
 ある日、領地の見回りに来た「ブルーの父親」が、幼い息子を伴っていても。
(…チビのあいつに、一目惚れ…)
 五歳くらいにしかならない「ブルー」でも、会ってしまったら「惚れる」だろう。
 「なんて可愛い子供だろう」と、「いつまでも側にいられたら」と。
 それきり「ブルー」が忘れられなくて、ブルーの父の馬車が来る度に…。
(ブルーが一緒に乗っていないか、目を凝らすんだ)
 運が良ければ、其処に「ブルー」がいるだろうから。


 そんな具合に始まった恋は、どういう風になってゆくのか。
 片想いの悲恋で終わるにしたって、「見るだけ」で諦めたくなどはない。
 少しでも「ブルー」に近付きたいし、出来るものなら…。
(…側にいたい、と思うよなあ…?)
 毎日、ブルーを見ていられたら、と思い始めるのに違いない。
 ブルーが暮らす屋敷に行けたら、そうすることが出来るだろう。
 屋敷で雇われ、使用人として働くことを許されたなら。
(…農民の仕事も、屋敷の中にはある筈だしな?)
 お屋敷にだって菜園はある、と「今の自分」は知っている。
 新鮮な野菜を主人の食卓に届けるために、専用の畑が何処かに設けられているもの。
 まずは、屋敷の使用人用の門を叩いて…。
(下働きの見習いでいいんで、働かせて下さい、と…)
 畑で働く者に頼んで、上の使用人に話を通して貰う。
 「こういう者が来ておりますが、雇ってみてもいいでしょうか」と、お伺いを。
(…身元を聞かれて、面接みたいな感じになって…)
 お眼鏡に適うことが出来たら、畑で働く下っ端になれることだろう。
 使い走りなどにも便利に使われ、生まれ育った農家にいるより、仕事が多くて辛い毎日。
 寝る場所も厩の藁の上とか、納屋の隅とかになりそうだけれど…。
(それでも、ブルーの姿を、だ…)
 チラリと一目でも見られたならば、その日は、きっと幸せ一杯。
 「来て良かった」と心の底から満足しながら、満たされて眠りに就くのだろう。
 「このお屋敷の何処かで、ブルーも眠っている筈だ」と思いを馳せて。
 ブルーの部屋など、想像することも出来なくても。
 屋敷の中には入れないから、絨毯さえも知らないような身分でも。
(だが、頑張って、経験を積めば…)
 いつかは屋敷の中に入って、働ける時が来るかもしれない。
 屋敷の中で働く誰かが、「ハーレイ」の働きに目を留めてくれたなら。
 「こいつは、お屋敷でも使えそうだ」と、畑からスカウトされることがあったら。


(…そうなりゃ、運が向くってわけで…)
 屋敷に入って仕事していれば、昇進する機会は幾らでもある。
 ブルーを見られる日だって増えるし、いつかは、ブルー専属の…。
(使用人になって、紅茶を運べるくらいになれたら…)
 もう、それで俺は満足なんだ、と笑みを浮かべる。
 「身分違いなら、その程度でも、うんと幸せってモンだよな?」と。
 一生、片想いの悲恋だろうと、ブルーの側にいられれば。
 ブルーに紅茶を運び続けて、屋敷で働き続ける間に、ある日、寿命が尽きるのならば。
(…最期まで、あいつの側にいられた、って…)
 俺は喜んで天国に行くさ、とマグカップの縁をカチンと弾く。
 「なんたって、ブルー専属だぞ?」と。
 生涯、ブルーに仕え続けて、紅茶を運んでいられたんだぞ、と…。



           身分違いなら・了


※ブルー君に身分違いの恋をしてしまった自分を、想像してみたハーレイ先生。
 片想いの恋でも、ブルー君専属の使用人になれれば、それだけで満足らしいですよv









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