「すみません、キッチンをお借りします」
ブルーの母にそう断って、ハーレイはワイシャツの袖をまくった。
学校を休んでしまったブルー。
今日は教室にいなかったブルー。
仕事の帰りに寄ってみたらば、案の定。
朝から殆ど何も食べずに部屋で眠っていると言うから。
そんなことではないかと思って来たのだから、とキッチンへ。
この家のキッチンにもすっかり慣れた。
小さなブルーは、夕食などは食べられそうにないけれど。
ブルーの両親は食べるのだから、母が夕食の支度をしている。
邪魔をしないように気を付けながら、いつものように野菜を選んだ。
そして細かく刻んでゆく。どれも端から、細かく、細かく。
キャベツにニンジン、タマネギにセロリ…。
決まったものは無いけれど。
これが無くては始まらない、というものも無いし、要は何でもいいのだけれど。
とにかく沢山、スープに似合いの野菜を沢山、それが鉄則。
後は細かく、食べやすいように。早くとろけるようにと、細かく細かく刻むこと。
(…こんなものかな)
刻み終えたものから、小さな鍋へと入れてゆく。
次から次へとリズミカルに。
トントンと刻み、刻み終えたらパパッと鍋へ。
全部の野菜を刻み終わって鍋に入れたら、その次は水。
スープを煮るための水をたっぷり、野菜の旨味が溶け出すように。
鍋を火にかけ、コトコトと煮る。
吹きこぼれないよう、野菜の風味を損なわないよう、弱火でゆっくり。
少しずつ透明になってゆく野菜。とろけてゆく何種類もの野菜たち。
(…あいつはこの味が好きなんだ)
野菜を煮ただけの素朴なスープが、基本の調味料だけで煮込んだスープが。
前のブルーの気に入りの味。
小さなブルーも大好きなスープ。
(さて、と…)
パラリと塩を振り、味見をしてみた。
もう少しか、と塩を一振り、そうして火を止め、器に注ぐ。
野菜を煮込んだだけのスープを、何の工夫も凝らされていない野菜スープを。
最初にキッチンを借りた時には、目を丸くしていたブルーの母。
あれこれとアドバイスをしようとした母。
彼女も今では何も言わない。
これがブルーの、前世の記憶を持った息子のお気に入りだと知っているから。
「では、行って来ます」
ブルー君の部屋へ、とスープの器をトレイに載せた。
「ハーレイ先生、お世話になります」
すみません、と頭を下げる母に「いいえ」と笑顔で返して、キッチンを出た。
さあ、階段の方へ急ごう、小さなブルーが待っているから。
自分が来たことに気付いているなら、きっとスープを待っているから。
二階へ、ブルーの部屋へと急ぐ。
野菜スープのトレイを手にして、小さなブルーが待っている部屋へ…。
ハーレイのスープ・了
※ハーレイ先生の野菜スープの舞台裏(?)
とにかく刻んで煮るのですv