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邪魔をされちゃっても
(ハーレイ、今頃、何してるのかな?)
 書斎なのかな、と小さなブルーは首を傾げた。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は会えずに終わってしまった恋人だけれど、この時間は何をしているのだろう。
 他の先生と食事でなければ、もう夕食を済ませた後で、コーヒーを淹れているかもしれない。
(ぼくはコーヒー、苦手だけれど…)
 ハーレイの方は、今も昔もコーヒーが好きで、今の生では地球のコーヒーを満喫している。
 前の生では、キャロブで作った代用品が人生の殆どを占めていた分、その差は大きい。
(第一、あの時代には、地球は死の星だったから…)
 ハーレイがミュウでなかったとしても、地球のコーヒーは無理だった。
 人類側の要人だったとしたって、いくら大金を積み上げようとも、地球産は手に入らない。
 地球で収穫されたコーヒー豆など、宇宙の何処にも無かったから。
(それを思うと、凄い贅沢なコーヒーだよね…)
 ハーレイも充分、承知しているから、心して淹れる日もあるだろう。
 「まさに最高の贅沢ってもんだ」と豆から挽いて、ゆっくりと時間をかけて淹れる日。
(だけど、仕事をして来た日だと…)
 そこまで時間をかけはしないで、多分、ドリップする程度なのに違いない。
 夕食が済んだら準備を始めて、出来上がったらカップに注ぐ。
(…今の時間だと、そんな頃かな?)
 でもって、カップを持って書斎、とハーレイが動くコースを考えてみる。
 夕食の片付けを手際良く終えて、寛ぎの時間といった頃合いの時刻を指している時計。
 恐らく、行先は書斎だろう、と見当をつけた。
(…ひょっとしたら、リビングで飲んでいるかもしれないけれど…)
 最終的には書斎だよね、と大きく頷く。
(本を読もう、って予定が無くても…)
 お気に入りの場所だと聞いてもいるし、書斎には愛用の机もある。
 一日に一度は其処に座って、やっていることがあるのが今のハーレイ。
 前の生でもやっていたけれど、今度も変わらない習慣が一つ。


(一日の終わりには、日記なんだよ)
 研修旅行とかの時には、どうしているのか知らないけれど、と謎な部分も無いことはない。
 旅先にも持って行って書くのか、帰宅してから纏めて書くかは、聞いてはいない。
(…覚えていたら、聞いてみようかな?)
 そう思うけれど、答えは返って来ない気がする。
 正確に言うと、返って来ないと言うよりは…。
(はぐらかされちゃって、何も教えて貰えない感じ…)
 だって、ハーレイの日記だものね、と指先で額をトンと叩いた。
 前の自分が生きていた頃から、「ハーレイの日記」は、ガードが堅かった記憶がある。
(だから今のぼくが、研修先でも日記を書くの、って質問しても…)
 ハーレイの返事は「それは、お前には関係ないだろ?」になるかもしれない。
 「そんなこと、お前が知ってどうする」と、バッサリ切り捨てられてしまって。
(それから、ぼくを軽く睨んで…)
 「読ませないぞ」と言うんだろうな、とブルーは肩を竦めた。
 今のハーレイが書いている日記も、読ませては貰えないのだろう、と。
(…前のハーレイだって、そうだったもの…)
 プライベートなことは一切、書いていなかったくせに、と前のハーレイが憎らしい。
 今では第一級の歴史資料として名高い、キャプテン・ハーレイの航宙日誌が、その日記。
 前の自分が読もうとする度、ハーレイは「それ」をガードした。
 「俺の日記だ」と、「コッソリ読むのも許さないぞ」と釘まで刺して。
(前のぼくも、律儀にそれを守って…)
 最後まで一度も読まずに終わって、それっきりになる筈だった。
 ところがどっこい、こうして新しい命を貰って、生まれ変わって来たものだから…。
(今度は読ませて貰えるんだよ)
 キャプテン・ハーレイの解説つきで、と、そちらの方には期待している。
 いつかハーレイと結婚したなら、復刻版を買おうと約束をした。
 前のハーレイの筆跡をそのまま写した、とても高価な本なのだけれど、全巻、揃える。
(復刻版だと、ハーレイ、自分の筆跡を見て…)
 当時の気持ちが分かるそうだから、それを教えて貰える筈。
 どういう思いで書いていたのか、日誌には書かれていない出来事を、色々と。


 前のハーレイの「日記」については、秘密の鍵を手に入れた。
 チビの自分は、まだその鍵を使えはしないけれども、いずれ使える時が来る。
 復刻版の航宙日誌を手に入れ、今のハーレイから昔話を聞ける日が。
(でも、今のハーレイの日記の方は…)
 きっと今度も秘密なんだ、と深い溜息が零れ落ちた。
 どれほど中身が気になろうとも、日記を仕舞った机の引き出しは開けられないのに違いない。
 ハーレイが家を空ける時には、引き出しには鍵が掛けられる。
 学校に出勤してゆく時も、柔道部の合宿などに行く時にも。
(…今はまだ、鍵なんか掛けていないだろうけど…)
 一緒に暮らし始めた後には、あのハーレイなら、そうするだろう。
 毎晩、日記をつけるのと同じに、それを入れてある引き出しに鍵を掛けるのも忘れない。
 きっと新しい習慣として、寝る前や、家を出る前には…。
(引き出しの鍵は掛けたよな、って…)
 確認するのが、今のハーレイの大事な約束事になる。
 もしもウッカリ忘れたりしたら、日記を読まれてしまうから。
 家で留守番している「ブルー」が、虎視眈々と狙っているのは確実だから。
(今日こそは、って…)
 机の引き出しに挑みに行っても、鍵が掛かってビクともしない。
 合鍵を作れば開くけれども、ハーレイの方も、用心深く…。
(鍵の在り処を内緒にしていて、ぼくには何処にあるのかも…)
 分からないんだ、と悲しい気持ち。
 サイオンが不器用でなかったならば、鍵の在り処が分かるのに。
 ハーレイの心を読んでしまえば、答えは其処に転がっているから、簡単なこと。
(第一、合鍵なんか無くても…)
 引き出しの中から、瞬間移動で取り出せばいい。
 ハーレイが留守にしている間に、読んでしまって、戻しておけば…。
(バレないだろうし、バレたとしても…)
 頭に軽くコツンと一発、そのくらいで許して貰えると思う。
 そんな程度の「もの」だというのに、それを「読ませて貰えない」。
 前の自分がそうだったように、今の自分も「日記は駄目だ」と睨み付けられて。


(ケチなんだから…!)
 でも、絶対にそうなっちゃう、と思うものだから、今の自分に出来そうなことは…。
(…日記を書こうとしている時に…)
 書斎の扉を開けて入って、肩越しに覗き込むくらい。
 「何を書くの?」と興味津々、読んでやろうと赤い瞳を輝かせて。
 運が良ければ一行くらいは、目に出来る可能性もある。
(その日の日付かもしれないけれど…)
 見えるかもね、とクスッと笑った。
 それで充分、満足だけれど、ハーレイの方は「そうではない」だろう。
 「こらっ!」と怒鳴って、闖入者の「ブルー」を摘まみ出す。
 まるで子猫を掴むみたいに、首根っこを掴まれるかもしれない。
 「お前、いつの間に入って来たんだ」と、「今は立ち入り禁止なんだぞ」と。
 有無を言わさず放り出されて、書斎の扉がバタンと閉まって、それっきり。
 次にハーレイが出て来た時には、もう机には、日記は無い。
 鍵の掛かった引き出しの中で、何を書いたかも分からないまま。
 「さっき、ブルーが入って来た」とか、「放り出した」とか、それを書いたのかさえも。
(…ぼくが日記を読もうとするのを…)
 徹底的に邪魔されるんだ、という予感しかしない、結婚した後に待っていること。
 せっかく二人で暮らしているのに、秘密を抱えているハーレイ。
 「読むなよ?」と日記を隠してしまって、結婚する前の日記だって全部、手も足も出ない。
 鍵の掛かった棚の中とか、あるいは専用の箱があるとか。
(此処にあるんだ、って分かっていても…)
 机の引き出しが開かないように、棚も、専用の箱も開かない。
 厳重に鍵が掛けられていて、鍵はハーレイが持っている。
 けして「ブルー」に盗まれないよう、家の鍵などとは一緒にせずに。
(キーホルダーからして、車や家の鍵とは違うヤツにして…)
 肌身離さず持ち歩くのか、秘密の場所に隠しているか。
(…持ち歩く方だと、お風呂に入っている間とかに…)
 服や鞄を探れば見付け出せるだろうから、まだ望みはある。
 けれど「ブルー」でも、そう思う以上、ハーレイは、そうはしないだろう。
 チビの子供でも思い付くような「宝探し」は、ハーレイだって予見している筈だから。


 そうなってくると、鍵は「何処かに隠してある」のに違いない。
 隠し場所をハーレイは明かしはしないし、探りを入れても、どうにもなりそうにない。
 「隠し場所なら、俺の頭の中にある」と、笑って頭を指差しそうな、意地悪なハーレイ。
 そう言われたって、サイオンが不器用な今の自分では、頭の中など覗けないのに。
(…ハーレイの留守に、家探ししたって…)
 鍵は見付からないだろう。
 家にいる時は何処かに隠して、出掛ける時は「持って出る」。
 でないと「ブルー」が探し回って、見付け出すかもしれないから。
 いくらサイオンが不器用とはいえ、「目で見て探す」ことなら出来る。
 家中の棚や引き出しを開けて回って、中を確認することだって。
(…そうやって、必死に探し回っても…)
 鍵の掛かった引き出しやら、箱やら、棚に行く手を阻まれるだけ。
 「お前なんかに、読ませるものか」と、ハーレイにせせら笑われるだけ。
 どう頑張っても日記は読めない、そういう日々がやって来る。
 毎晩、ハーレイと攻防戦を繰り広げても。
 「ケチ!」と叫んで、「ちょっとくらい読んでもいいでしょ!」と強請っても駄目。
 ハーレイに書斎から摘まみ出されて、それでおしまい。
(…もしかしたら、書斎の扉にだって…)
 鍵がついていて、それがガチャンと掛かるのだろうか。
 廊下へ摘まみ出された途端に、背中の後ろで、重たい扉が「バン!と閉まって。
 書き終えるまで「ブルー」が入れないよう、しっかりと下ろされてしまう鍵。
 「開けてよ!」と扉を叩いてみたって、中のハーレイは知らんぷり。
 「其処で待ってろ」と声だけがして、本当に「待っているしかない」。
 瞬間移動で入れはしないし、扉を開けてくれるまで。
 「もういいぞ」と、「日記は書いてしまったから」と、ハーレイが顔を覗かせるまで。


(…ホントのホントに、そうなっちゃいそう…)
 前のハーレイの日記は読めるようになるのにな、と思うけれども、どうしようもない。
 ハーレイが「駄目だ」と言ったら「駄目」で、日記を読ませては貰えない。
(放り出されて、摘まみ出されて、鍵まで掛けてしまってて…)
 とことん、ぼくの邪魔をするんだ、と「いつか来る日」に思いを馳せる。
 ハーレイの日記を読んでみたいのに、けして読めない、二人で暮らす家での日々。
 どう頑張っても、どう工夫しても、ハーレイは邪魔をしてくるばかりで、日記は読めない。
(…だけど、どんなに邪魔をされちゃっても…)
 読んでやろうと努力するのも、きっと楽しいだろうと思う。
 ハーレイが「読ませないぞ」と言うなら、こちらも「読ませてよ」と食い下がって。
 あれこれと邪魔をされてしまっても、へこたれないで挑戦し続けて。
(一生、それで攻防戦になっちゃうかもね…)
 でもいいや、と笑みを浮かべる。
 「邪魔をされちゃっても、負けないから」と。
 二人で暮らしているからこその、お互い、譲れない戦い。
 それが出来るのも、青い地球に生まれて来られたお蔭だから。
 ハーレイと二人で地球で暮らしてゆけるからこそ、戦いの日々が続くのだから…。



            邪魔をされちゃっても・了


※ハーレイ先生の日記が気になるブルー君。結婚したら読んでみたいのに、阻まれそう。
 毎日が攻防戦になりそうですけど、そういう日々も幸せ。一緒に暮らしているから、戦いv








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