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邪魔をされても
(あいつの家には、寄り損なったが…)
 時間の方はたっぷりあるな、とハーレイは心の中で呟く。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、まず、ダイニングでコーヒーを淹れた。
 愛用のマグカップに注いだそれを、何処で飲もうか。
(書斎もいいが、たまにはリビングなんかもいいな)
 ダイニングだと食事の続きになるし、と少し悩んで、やはり書斎、と結論を出した。
 なにしろ、今日は収穫があった。
 会議で帰りが遅くなったせいで、ブルーの家には行けなかったけれど…。
(代わりに、デカイ本屋に出掛けて…)
 何冊も本を買って来たから、それをパラパラ捲ってみたい。
 どれから読もうか、次はどれにするか、そういう算段の時間も楽しい。
(よし、書斎だ)
 コーヒーを運んで行った先では、その本たちが待っていた。
 書店の袋に入ったままで、大きな机の上に置かれて。
 本たちの隣にマグカップを並べて、椅子にゆったりと腰を下ろす。
(さて…)
 どれにするかな、と袋を開ける前に、コーヒーのカップを傾けた。
 一口飲んだら、絶妙な苦味と高い香りが、喉の奥へと広がってゆく。
(うん、今日も美味い)
 この一杯が堪らないんだ、と味わいながら、お次は本の袋を開けた。
 中身を出して一冊ずつ確かめ、それからページを捲ってみる。
(推理小説だと、こうはいかんが…)
 今日のはジャンルが違うからな、と目次や文体を流し読みして、順番を決めた。
 最初はこれで、その次がこれ、と本格的に読むための順位を割り振る。
(こんな所で良さそうだ)
 結局は、気分次第だが…、と本を、その順に机に積んだ。
 最初に読む本が一番上で、最後の本が一番下になるように。
 その日の気分で入れ替わる時もあるのだけれども、基本はこう、という順番。
 積み上げた後は、一番上の本の表紙を見ながら、コーヒーの方に戻っていった。


 面白そうな本を選んで買って来たけれど、早速読むのは、少し後ろめたい。
(なんたって今日は、あいつを放って…)
 本屋に行って来たわけで…、とブルーの顔が頭の何処かに貼り付いてる。
 「酷いよ、ハーレイ!」と恨めしそうに、頬を膨らませて拗ねる恋人。
 「会議は仕方ないんだけれど、本屋さん、楽しかったでしょ?」と。
 「ぼくを忘れて、本を沢山買っていたよね」と、責める声まで聞こえて来そう。
(バレたら、絶対、そうなるからなあ…)
 今日から読むのはやめておこう、と肩を竦める。
 本たちは逃げて行きはしないし、日を改めて読み始めればいい。
(今日のところは、別の本でも読むとするかな)
 時間は沢山あるんだから、と書斎を見回し、どれにしようかと思案する。
 何度も読んでいるお気に入りもいいし、一度しか読んでいない本を選ぶのもいい。
 写真集をじっくり眺めてもいいし、他にも本の種類は色々。
(これといって用も無いからなあ…)
 自由時間が今日は山ほど、と考えたところで、またもブルーが頭に浮かんだ。
 「何をするの?」と興味津々で、肩越しに覗き込んで来そうな姿が。
(…そうだった…!)
 俺だけの自由時間ってヤツは、あと何年も残ってないぞ、と愕然とする。
 三十八歳の今に至るまで、この家で、気ままに過ごして来た。
 正確に言えば、教師になって、父が買ってくれた家に来てからだから…。
(その前は、数えないにしたって…)
 十年以上も一人暮らしで、誰にも邪魔をされない日々が当たり前だと思っていた。
 昨日も、今日も、明日も明後日も、自由時間は「自分だけ」のもの。
 それで間違いないのだけれども、いつか終わりがやって来る。
 チビのブルーが大きく育って、結婚出来る年の十八歳を迎えたら…。
(あいつが嫁にやって来るわけで、俺が夜に書斎に入ろうとしたら…)
 ブルーも一緒にくっついて来そう。
 「何を読むの?」と、赤い瞳を煌めかせて。
 今夜のようにコーヒーを運んで来ようとしたなら、「ぼくが運ぶよ」と言うかもしれない。
 マグカップを小さなトレイに載せて、「ぼくも一緒に行っていいよね?」と。


(…うーむ…)
 実にありそうな話なんだ、とハーレイは眉間を指でトンと叩いた。
 この家で暮らし始めたブルーは、何処へでもついて来るだろう。
 暑い日に庭木を刈り込んでいても、「ぼくも手伝う」と庭に出て来そう。
 ただでも身体の弱いブルーには、日差しだけでも危険すぎるし、手伝えないのに。
 「お前は、其処の木陰で見てろ」と叱って、飲み物なども渡してやるしかない。
 手伝いどころか、ハーレイの手間が増えるだけなのに、ブルーなら、きっと…。
(俺の迷惑なんぞは考えもせずに…)
 出て来るんだ、と容易に想像がつく。
 庭木の剪定をしている間、ずっとブルーに気を配るとなると、大変ではある。
 そうは思っても、何故だか、頬が緩んでしまう。
(あいつが暑さで倒れちまわないよう、世話を焼くのも楽しいよなあ…)
 なんたって、此処は青い地球だぞ、と前の生と比べて、今の幸せを噛み締める。
 青い地球の上で暮らしているから、ブルーの身体を痛めつける「暑さ」が心配になる。
 これがシャングリラの中だったならば、そんなことなど思いもしないし…。
(出来たとしたって、キャプテンって立場と視点からしか…)
 ブルーの心配は出来なかった上、世話をすることも不可能だった。
 あの箱舟での日々を思えば、邪魔されて、手間が増えたって…。
(ちっともかまわないってな!)
 大いに邪魔をしてくれていい、と夏の庭の手入れの覚悟は決まった。
 手伝うのだ、と主張するブルーを木陰に押し込み、暑くないよう工夫する。
 風通しのいい服を着させて、座らせる椅子も、熱がこもらないものを選ぶとか。
(でもって、飲み物をたっぷり用意して…)
 ブルーがそれを飲んでいるかも、こまめにチェックするべきだろう。
 でないとブルーは、「丈夫なハーレイ」を基準に考え、水分の補給を控えかねない。
 「だって、ハーレイ、飲んでないでしょ」と、「ぼくも我慢」と。
(そいつはマズイし、俺には少々、多すぎたって…)
 ブルーのお供でグイグイと飲んで、汗だくで庭木を刈り込むしかない。
 「ちと飲みすぎたような気がするんだが」とタオルで汗を拭き拭き、ハサミを持って。
 「過ぎたるは及ばざるが如しで、あいつに合わせると多すぎだよな」と、ぼやきながら。


 きっとそういうことになるんだ、と思い至った、ブルーとの暮らし。
 今のような自由時間は無くなり、何処にでもブルーがくっついて来る。
 書斎だろうが、暑い盛りの庭であろうが、ブルーは全く気にも留めないことだろう。
 「ハーレイ」の側にいられるのならば、どんな苦労も厭いはしない。
(…その結果、俺の邪魔になっても…)
 ブルーに自覚などありはしなくて、大いに邪魔をして来そう。
 庭の手入れなら、まだいいけれども、書斎にまで入って来るとなったら、一大事。
(本を読むぞ、って時ならいいんだが…)
 日記をつける時だと困る、と「ブルーの存在」が圧し掛かって来た。
 今なら思い立った時間に、好きに日記をつけられる。
 ブルーに貰った白い羽根ペン、それで書き込む、その日の様々な出来事たち。
 ところが、ブルーと暮らし始めたら、日記を書くのにも苦労するのに違いない。
 「何を書くの?」と遠慮なく書斎に入って来そうな、赤い瞳をした恋人。
 「見てもいいでしょ」と、「ぼくにも見せて」と強請りながら。
(冗談じゃないぞ…!)
 前の俺だって、一度も読ませちゃいないんだ、と航宙日誌を思い出す。
 あれはプライベートなものではなかったけれども、「俺の日記だ」と主張していた。
 「だから読むな」と、前のブルーを何度も部屋から放り出した。
 「俺の留守に勝手に入って読むのも駄目だ」と、釘もしっかり刺しておいたものだ。
 前のブルーは、その約束を守ってくれた。
 一度も読みはしなかったけれど、今のブルーは、その分までも持ち出して来そう。
 「前のぼくだって、読んでないのに」と、「今度も駄目なの?」と膨れっ面で。
(ハーレイのケチ! っていうヤツだよなあ…)
 今のブルーのお決まりの台詞で、何かといえば、これを言われる。
 一緒に暮らし始めた後でも、決め台詞にしていそうな感じ。
(…しかしだな…)
 日記は駄目だ、と机の引き出しに目を遣った。
 其処に入れてある日記を出して、書く時だけは「ブルー」の邪魔は断りたい。
 どんなに強請られ、膨れられても、日記を書く時は一人でいたい。
 毎日、攻防戦になっても。
 ブルーを書斎から放り出すのが、毎晩、恒例の行事になってしまっても。


(他のことなら、邪魔をされてもいいんだが…)
 暑い盛りの庭の手入れも、寒い季節の風呂掃除でも、ブルーの邪魔は、きっと嬉しい。
 それがどれほど迷惑だろうと、「ブルーが側にいてくれる」だけで幸せになれる。
 「これが地球での暮らしなんだ」と、「やっとブルーと二人きりだぞ」と、実感出来て。
(なんと言っても、あいつに邪魔をされるのは…)
 二人で暮らしているからだしな、と思うけれども、日記を書く時間は譲れない。
 ブルーが書斎を覗きに来る度、書斎の扉の外へ追い出す。
 それでもブルーが出てゆかないなら、首根っこを掴んで摘まみ出すまで。
 「書き終わるまで、外で待ってろ」と、「なんなら、夜食も用意するから」と。
(でもって、書斎に鍵をかければ…)
 ブルーは入って来られないから、急いでその日の日記をつける。
 出来るだけ急いで書いてしまわないと、ブルーがすっかり機嫌を損ねて、厄介だから。
 いくら毎晩の行事になっても、御機嫌取りは、簡単に終わる方がいい。
(出来れば、キスの一つくらいで…)
 許してくれると有難いが、と未来を思って、溜息が一つ零れてしまう。
 「自由時間は、あと何年も無いってか?」と。
 ブルーに邪魔をされずにいられて、気ままに一人で暮らせる日々は、もうすぐ終わる。
 あと何年かで消えるけれども、それでブルーに邪魔をされても…。
(日記以外は、喜んで許してやるってもんだ)
 ただし日記は譲れんからな、とブルーとの戦いに思いを馳せる。
 書斎の扉を間に挟んで、毎晩、繰り返される戦争。
 「ハーレイの日記」を見たいブルーは、懲りずに挑み続けるだろう。
 何度「駄目だ」と断っても。
 何回、書斎から摘まみ出されても、ガチャンと鍵を掛けられても。
 そういう日々も、幸せなのに違いない。
 邪魔をされても許せることと、許せないことが同居している家というのも…。



           邪魔をされても・了


※ブルー君と一緒に暮らし始めたら、邪魔されることが増えそうなハーレイ先生。
 それも幸せなんですけれど、日記を書く時だけは、邪魔はお断り。毎晩、攻防戦ですねv









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