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怪我しちゃったら
(さっきは危なかったよね…)
 危機一髪、と小さなブルーが竦めた肩。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイ、来てくれなかったよ、って…)
 心の中で何度も溜息をつきながら、少し前までバスルームにいた。
 ハーレイには仕事があるのだから、と分かってはいても、どうしても気分が沈んでしまう。
 シャワーを浴びても、お湯にゆっくり浸かってみても、明るい気持ちになってはくれない。
 沈んだ気分を引き摺ったままで、お湯から上がって、パジャマを着た。
 それから部屋に戻る途中も、やっぱり気分は沈んだままで…。
(…柔道部で何かあったのかな、とか…)
 考え事をしながら階段を上って、あと一段で二階という所で足の勘が狂った。
 頭がお留守になっていたのが悪かったのか、沈んだ気分に引き摺られたか。
(二階の床を踏む代わりに…)
 足はスカッと滑ってしまって、階段の方を踏み付けた。
 当然、身体のバランスも崩れて、前のめりに倒れ込んでしまって…。
(……ホントのホントに……)
 危機一髪だよ、と思い返して寒くなる。
 もしも二階まで、あと一段でなかったならば、転がり落ちていたかもしれない。
 二階の床は平たくて、廊下といえども広いけれども、階段の方はそうはいかない。
 倒れ込んだ「ブルー」が縋り付くには、奥行きも幅も足りなさすぎる。
(カエルみたいにベタッて倒れて、床にしっかり貼り付いたから…)
 落ちずに済んで、ドタンと大きな音がしただけ。
 あれが階段の途中だったら、そうはいかずに、止まれないまま一番下まで真っ逆様に…。
(…落っこちてたかも…)
 自分でも充分、有り得ると思うし、音で気付いた両親にも強く注意をされた。
 「気を付けないと駄目よ」と母に叱られ、父も「前をよく見て歩きなさい」と見上げて来た。
 「落っこちてからでは、遅いんだぞ?」と。
 「病院には車で連れてってやるが、怪我をして困るのは、お前なんだから」とも。


 そう、父に言われた言葉は正しい。
 あそこで階段から落っこちたならば、たちまち自分自身が困る。
(落っこちちゃったら、絶対に、怪我…)
 ぼくはサイオンが不器用だから、と情けないけれど、どうしようもない。
 前の生とはまるで違って、不器用になってしまったサイオン。
 タイプ・ブルーとは名前ばかりで、思念波もろくに紡げはしない。
 そんなレベルでは、階段を転がり落ちてゆく時も…。
(止まらなきゃ、って頭の中では分かっていても…)
 口と心で悲鳴を上げても、肝心のサイオンが働かないから、落ちてゆくだけ。
 止まれないまま、ゴロンゴロンと、一階の床に辿り着くまで。
(…頭を庇って丸くなるとか、そういうのは…)
 本能的に出来そうだけれど、怪我は免れないだろう。
 打ち身やアザが身体中に出来て、最初に踏み外した方の足首は…。
(変な力がかかっちゃったから、グキッっていう音…)
 でもって、捻挫か骨折だよね、と恐ろしくなる。
 どちらも痛くて、治りにくい怪我。
 たとえ捻挫で済んだとしたって、その捻挫だって回復までに時間がかかりそう。
 今の身体も前と同じに虚弱な上に、まだまだ子供なのだから。
(普通は、子供の怪我っていうのは、治るのが早いらしいけど…)
 ブルーの場合は、事情が違う。
 弱い身体は、怪我の治りも普通より遅い。
 捻挫したなら、同い年の子の二倍くらいの回復期間が要ることだろう。
(そうなっちゃったら、色々、大変…)
 まずは、ズキズキ痛む足首。
 父の車で病院に行って、診察を受けて、「大丈夫、骨は折れていませんよ」と言われても…。
(ズキズキ痛くて、どうしようもなくて…)
 もうそれだけで、泣きたい気持ちだろうと思う。
 注射されるのも怖いくらいに、痛いのは嫌いで苦手というのに、足首が酷く痛むのだから。
(…前のぼくは、うんと強かったけど…)
 キースに撃たれてもメギドで頑張ったけれど、と思いはしても、何の励ましにもならない。
 今の自分はチビの子供で、痛いのは嫌で、なのにズキズキ痛む足首。
 治療が終わって帰る途中も、車の中で痛み続ける勢いで。


(…捻挫くらいで、痛み止めの薬、貰えるのかな…?)
 病院の後で困るのは、そこ。
 酷い怪我だと、痛み止めの飲み薬が貰えることは知っている。
 それを飲まないと眠れもしないから、「酷く痛む時は飲んで下さいね」と処方される薬。
(頓服だから、一日中、痛くないように、っていうのは無理で…)
 使える限度があるだろうけれど、貰えさえすれば、夜は眠れる。
 けれども、たかが捻挫くらいで、痛み止めを出してくれるかどうか。
(骨折だったら、間違いなく貰えそうだけど…)
 捻挫くらいじゃ駄目なのかもね、という気がしないでもない。
 なにしろ、学校の同級生たちにしてみれば、捻挫は大した怪我ではなくて…。
(ちょっぴり歩きにくくって…)
 体育の授業が見学になる、という程度の認識。
 松葉杖をついて来たりもしないし、足を引き摺っているだけのこと。
(…痛いんです、って顔もしてないもんね…)
 やっぱり薬は貰えないかな、と思うものだから、「落ちなくて良かった」と実感した。
 普通より治りが遅いからには、痛む期間も長くなる。
 「足が痛くて眠れないよ」と嘆く夜が、幾つ続くことやら。
(ホントに困っちゃうんだから…!)
 そんなの嫌だ、と首を左右に振って、落ちなかった幸運に感謝する。
 あそこで転がり落ちていたなら、本当に、とても困るのだから。
(第一、痛くて、治りにくいなら…)
 学校に行けなくなっちゃいそう、と怖くなるのが、怪我をして一番「困る」点。
 普通の子供は、捻挫した足を引き摺りながらも、学校に来ているのだけれど…。
(ぼくだと、きっとパパとママが…)
 痛みが幾らかマシになるまで、休ませてしまうことだろう。
 元々、虚弱で休みがちだし、休んだところで問題は無い。
 学校の方でも心得たもので、プリントなどはクラスメイトに届けさせてくれる。
(パパとママも、学校も、それでちっとも困らないけど…)
 ぼくはホントに困るんだから、とハーレイの顔を思い浮かべた。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した人。
 学校に行けなくなってしまったら、その間、ハーレイに学校では会えなくなるのだから。


 それが一番困るんだよ、と考えただけで涙が出そう。
 ズキズキと痛む足首よりも、痛くて夜も眠れないよりも、ハーレイに会えないのが困る。
(怪我しちゃったら、慌ててお見舞いに来てくれそうだけど…)
 仕事が終わるまでは無理なんだよね、と分かっているから、それも悲しい。
 ハーレイはきっと、いつものように学校に行って、其処で「ブルーの欠席」を知るのだろう。
 どうして学校を休んでいるのか、「捻挫した」という理由の方も。
(前のハーレイなら、それを聞くなり…)
 青の間に走って来ただろうけれど、今のハーレイは、そうはいかない。
 仕事が終わる放課後までは、学校の門を出られはしなくて、つまりハーレイに会えるのは…。
(捻挫しちゃった次の日の夕方か、夜…)
 お見舞いなのだし、会議があって遅くなっても、その日の間に来てはくれると思う。
 けれど、ハーレイが「ブルーの捻挫」を知るのは、あくまで捻挫した翌日。
(さっき、階段から落っこちちゃって…)
 捻挫していても、ハーレイの「お見舞い」は明日の夕方以降になる。
 それまでの間、ハーレイに会えるチャンスは皆無で、ハーレイの方も動けはしない。
(大丈夫か、って聞いてくれるのも…)
 うんと先のことになっちゃうんだよ、と嫌というほど承知している。
 だからこそ、怪我などしていられない。
 不注意で怪我をしてしまったら最後、悲しい思いをするしかないのが明白だから。
(…怪我しちゃったら、うんと痛くて、ハーレイにも会えなくなっちゃって…)
 お見舞いに来てくれても、見送ることも出来ないんだよ、と溜息をつく。
 捻挫した足では、帰るハーレイを玄関先まで送ることさえ、出来るかどうか。
 普段だったら庭を横切り、門扉の所までついてゆくのに。
 濃い緑色をしたハーレイの愛車が見えなくなるまで、表の道路で手を振るのに。
(きっとハーレイ、そんなの、許してくれないよ…)
 足に負担がかかるものね、とハーレイの苦い顔付きが頭に浮かぶ。
 「無理しちゃ駄目だぞ、捻挫は癖になるからな」と見送りを断るハーレイの声も。
(…絶対、そうだ…)
 ホントのホントに困るんだから、と怪我はすまい、と心で誓う。
 「怪我しちゃったら、大変なことになっちゃうもんね」と。


 ウッカリ怪我をしないように、と自分自身を戒めたけれど。
 階段から落ちるなんて言語道断、と「さっきの自分」を叱ったけれど…。
(…ちょっと待ってよ?)
 困るのは今の間だけかも、と頭を掠めていった考え。
 ハーレイの教え子でチビの自分は、怪我をしたなら、たちまち困る。
 痛い思いをするのもそうだし、なにより、ハーレイに会えなくなってしまうけれども…。
(……ハーレイと一緒に暮らしていたら?)
 結婚した後なら、どうなんだろう、と顎に手を当てて首を傾げた。
 「痛いのは同じなんだろうけど、他の所は?」と。
(…ハーレイの家に、ぼくも一緒に住んでいて…)
 其処でさっきと全く同じに、階段を踏み外した場合は、どうなるのだろう。
 さっきは落ちずに済んだけれども、それが出来ずに落っこちた時。
(カエルみたいに、二階の床に貼り付く代わりに…)
 「あっ!」と叫んで転がり落ちたら、多分、悲鳴でハーレイが気付く。
 運良く、ハーレイが直ぐに対処が出来る状態だったら、落下は其処で止まりそう。
 防御力ではタイプ・ブルーのそれに匹敵する、ハーレイのサイオンに包まれて。
 タイプ・グリーンの淡い光が、落ちてゆくのを受け止めてくれて。
(…そしたら、怪我はしなくて済んで…)
 ハーレイは「心臓が止まるかと思ったぞ」と叱りはしても、優しい笑顔で許してくれる。
 「お前が怪我をしなくて良かった」と、「怪我しちまったら、大変だしな?」と。
(…だけど、そうそう上手く行くわけないもんね…)
 悲鳴が聞こえる場所にハーレイがいなかった時は、下まで落ちてゆくしかない。
 足首が「グキッ」と変な音を立てて、変な方へと捻じ曲がって。
 たとえ骨折はしなくて済んでも、捻挫してしまって、見る間に腫れ上がってしまう足首。
(ぼくは思念波、紡げないから…)
 ただ「助けて!」と叫ぶしか無くて、それを聞き付けてハーレイが慌てて走って来る。
 「どうしたんだ?」と、やりかけのことを放り出して。
 コーヒーを淹れている途中だろうが、キッチンで料理の最中だろうが。
(…お風呂からでも、走って来そう…)
 お湯の雫を撒き散らしながら、と想像してみて可笑しくなった。
 「きっとそうだよ」と、「服だって、着ていないかもね?」と。


 悲鳴が聞こえて駆け付けるのなら、ハーレイは「ブルー」が最優先になるだろう。
 コーヒーも、作りかけの料理も、ハーレイを引き留めることは出来ない。
(コンロの火は、消してくるんだろうけど…)
 フライパンなどはコンロに乗っかったままで、料理は余熱で焦げてしまいそう。
 普段の冷静なハーレイだったら、コンロから下ろして冷ます工夫をして来るだろうに。
 そしてバスルームにいたハーレイなら、服やパジャマを着込む代わりに…。
(パンツだけとか、パンツも履かずにタオルを腰に巻いただけとか…)
 そのタオルだって無いのかもね、とクスクス笑いが込み上げて来る。
 二人一緒に暮らしているなら、真っ裸のハーレイが駆けて来たって不思議ではない。
 裸なんかお互い見慣れたものだし、今は「ブルー」を最優先すべきなのだから。
(そういうハーレイが、大慌てで走って来てくれて…)
 「捻ったのか?」と足を調べて、「病院に行こう」と言うのだろう。
 「車を出すから直ぐに行こう」と、もしかしたら、真っ裸のままで。
 自分のことなどすっかり忘れて、「ブルー」で頭が一杯になって。
(…「ハーレイ、パンツを履かなくっちゃ」って…)
 ついでに「服もきちんと着なきゃ」と、痛む足首を抱えて笑う「自分」が見える。
 とても素敵な未来の光景、怪我をしたなら、それをこの目で見られそう。
(…怪我しちゃったら、痛いけれども…)
 最高に楽しいものが見られて、病院の後は、ハーレイが大事に面倒を見てくれる筈。
 足が治るまで、いつも以上に気を配り、あれこれと世話をしてくれて。
 仕事も休みかねないくらいに、「ブルー」を優先してくれて。
 素敵な暮らしが待っていそうだから、注意は今だけにしておこうか。
 怪我をしたら困ってしまうのだけれど、未来の自分は、どうやら違うようだから…。



          怪我しちゃったら・了


※ハーレイ先生に会えなくなるから、怪我はしちゃ駄目、と思ったブルー君ですが…。
 結婚していた場合は、全く違ったことになりそう。怪我してみるのも、素敵なのかもv








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