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怪我しちまったら
(…今日は、寄り損なっちまったなあ…)
 仕方ないんだが、とハーレイがフウと零した溜息。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 今日はブルーの家に寄れる、と何時間か前までは考えていた。
 柔道部の部活が終わった後に、シャワーを浴びて、着替えをして、と普段通りに。
 ところが、狂ってしまった予定。
(こればっかりは、本当に仕方ないんだよなあ…)
 あいつにも悪気は無かったんだ、と部員の一人を思い出す。
 きちんと準備運動をして、それから練習を始めた彼。
 稽古の最中、捻挫をしたのは、彼にとっても災難以外の何物でもない。
 なんと言っても、当分の間、部活は禁止で、体育も同じ。
(自転車に乗るのも、暫くは駄目らしいしなあ…)
 登下校にも難儀するだろう、と彼の境遇を気の毒だと思う。
 ほんの一瞬、油断したのか、判断ミスをやらかしたのか、それが捻挫を連れて来た。
 ハーレイが「あっ」と息を飲んだ時には、彼は床の上に転がっていた。
 練習相手も顔色を変えて、「先生!」と悲鳴のように叫んだ。
 「先生、僕が悪かったんです」と練習相手は謝ったけれど、彼に非は無い。
 何の落ち度も無かったことは、練習を見ていたハーレイだからこそ、よく分かる。
(あいつがかけた技は正しくて、かけられた方も…)
 正しく対応したのだけれども、何処かで何かが間違っていた。
 ほんの僅かな気の緩みだとか、あるいは身体が少し違った動きをしたか。
(俺がマズイ、と思った時には、もう、ああなるのが…)
 見えていたよな、というのは「今だからこそ」言えること。
 彼が体勢を崩した瞬間、咄嗟に動いて支えるとかは、いくらハーレイでも出来ない。
 サイオンを使えば可能とはいえ、そういったサイオンの使い方は…。
(あいつのためには、ならないんだよな)
 ついでに社会のマナーに反する、と律儀に考え、可笑しくなった。
 「慣れないヤツなら、助けちまうかもな」と。
 柔道の指導を始めたばかりの、まだ新米の教師だったら、やるかもしれない。
 彼自身も経験が浅いものだから、何が後輩のためになるのか、冷静に判断出来なくて。


 人間が全てミュウになっている今の時代は、サイオンは「使わない」のがマナー。
 部活で怪我をしそうになっても、軽い怪我で済むなら「助けはしない」。
(その辺の判断をどうするか、ってうのもだな…)
 指導する教師の腕の見せ所で、今日の場合は「放っておく」方。
 怪我をした生徒は可哀相だけれど、今の内に懲りておく方がいい。
(怪我ってヤツを経験したら、だ…)
 次から彼は気を付けるのだし、怪我をしないよう、技を磨くのにも熱心になる。
 結果的に向上するわけだから、数日間のブランクなどは…。
(ご愛敬っていうヤツなんだ)
 また練習に復帰した時は、これまで以上に頑張ればいい。
 そう、怪我をした彼は、それで充分なのだけれども…。
(…ブルーは、ガッカリしたんだろうなあ…)
 俺が家に行かなかったから、とチビの恋人に心の中で謝る。
 「すまん」と、「仕方なかったんだ」と。
 家で待っているブルーよりかは、怪我をした生徒を優先するのが当たり前。
 車に乗せて、まず、病院へ。
 診察と治療が終わった後には、彼の家まで送り届けてやらなければ。
(なんたって、捻挫で歩き辛くて…)
 医者も「安静に」と言った以上は、家に送ってゆかねばならない。
 「一人で家まで帰れるな?」などと、バスに乗せたりしてはいけない。
(それが教師の役目ってモンで…)
 ブルーの家には、また明日にでも、と分かってはいても、ブルーの顔が目に浮かぶ。
 残念そうに溜息をついて、ベッドにチョコンと座っていそうな恋人が。
(生徒が怪我をしちまったんだ、と教えてやったら…)
 きっとブルーも「仕方ないよね」と、素直に納得するだろう。
 「怪我をした子は、大丈夫なの?」と、心配だってしてくれる筈。
 けれど生憎、そのことをブルーに伝えられてはいないから…。
(……膨れっ面って所かもなあ……)
 教師仲間と飯を食いに行ったと勘違いして…、と少し悔しい。
 濡れ衣な上に、ブルーの方も、後で事実を聞かされた時に恥ずかしくなることだろう。
 「ぼく、勘違いして膨れちゃってた」と、怪我をした生徒に申し訳ない気持ちになって。


 とはいえ、それも仕方ないこと。
 思念波を使わないのも社会のマナーで、ブルーに事実は伝えられない。
 明日か、それとも明後日になるか、会える時まで、何があったかは伝わらない。
(…膨れていなきゃいいんだが…)
 ガッカリ程度でいてくれよ、と思ったはずみに、フイと頭を掠めたこと。
 「怪我をするのは、生徒だけとは限らないぞ?」という考え。
(…うん、俺だって人間なんだしな?)
 頑丈とはいえ、怪我をしないというわけじゃない、と気が付いた。
 幸い、今日まで、大きな怪我はしていない。
 今では柔道も達人の域だし、これから先も、恐らく怪我はしないだろう。
(しかしだな…)
 怪我をするのは柔道に限ったことではなくて、部活だけにも限りはしない。
 日常生活から仕事の中まで、危険は何処にでも潜んでいる。
(学校行事で、遠足なんかに行った先で、だ…)
 生徒を庇って怪我をする教師は、実際、多い。
 日常の方も、家の手入れで屋根などに登っている時、ウッカリ足を滑らせたなら…。
(下まで落ちて、大怪我ってことは、まず無いだろうが…)
 サイオンで自分を助けるだろうし、そこまでの怪我はしないと思う。
 ただし、あくまで「そこまでの怪我」で、足を滑らせて落ちてゆく時に…。
(足を捻って、捻挫ってことは…)
 有り得るよな、とマグカップの縁を指で弾いた。
 きっと転がり落ちる時には、頭の中は「落ちたらマズイ」で一杯になっているだろう。
 落下を止めることが大事で、それしか考えていない筈。
(つまり、手足の方はお留守で…)
 落ちないためにと、無理な動きをしても全く不思議ではない。
 その結果として、「落ちて大怪我」は免れたものの、捻挫くらいはするかもしれない。
 「やれやれ、なんとか助かった」とホッとした途端、足首にズキンと痛みが走る。
 何処で捻ったか、引っ掛けたのか、心当たりさえ無い不幸な怪我。
 ズキンズキンと足が痛んで、立ち上がるのにも一苦労。
 「こりゃ、病院だな」と足を引き摺り、愛車のエンジンをかける代わりに…。
(タクシーを呼ぶしかなさそうだよな…)
 「捻挫じゃ運転出来やしないし、タクシーを呼んで病院行きだ」という結末。


 もしも、そういう怪我をしたなら、ブルーとのことは、どうなるだろう。
 「すまん」と詫びて、平謝りになるのは間違いない。
 捻挫が治って車に乗れるようになるまで、ブルーの家には、そうそう行けない。
 休日くらいは、なんとかバス停まで行って…。
(バスに乗ったら、行けるんだがな…)
 それまでの間の平日は無理か、と思うと、溜息しか出ない。
 ブルーは膨れっ面になりはしないで、心配をしてくれるとは思う。
 「痛いんでしょ?」と、泣きそうな顔もするかもしれない。
 なのに、そういうブルーに「会えない」。
 休日はともかく、仕事のある日は、愛車で会いには行けないせいで。
(参ったな…)
 怪我しちまったら大変だぞ、と考えただけで冷汗が出そう。
 「気を付けないと」と、「今日の生徒に注意はしたが、俺もだよな」と。
 ブルーに会えなくなるのは困るし、悲しそうな顔もさせたくはない。
 つまり、「会えなくなる」のが嫌なら、怪我をしないよう、日頃から気を付けるしかない。
(そうは言っても、遠足とかで、だ…)
 生徒が怪我をしそうになったら、飛び出して行くことだろう。
 山道で足を滑らせた生徒を、飛び込んで抱えて、一緒に転がり落ちるとか。
(その時だって、止まることしか考えていないモンだから…)
 やっぱり足を捻るかもな、と溜息をついて、ハタと気付いた。
 「今ならマズイが、もっと先なら、そうじゃないぞ」と。
(…そうだ、今だと、ブルーに会えなくなっちまうんだが…)
 結婚した後なら、何も問題無いじゃないか、とポンと手を打つ。
 捻挫で足を引き摺っていても、ブルーがいるのが「同じ家」なら、いつでも会える。
(大丈夫なの、って…)
 心配する顔も、毎日見られることだろう。
 捻挫した足に湿布を貼るのも、ブルーがやってくれそうな感じ。
 「ホントに痛そう…」と湿布を貼り替え、色々と世話もしてくれそう。
 捻挫したのでは、出来ないことも出て来るだろう。
 そういったことをブルーが代わりにやってくれたり、手伝ったり、という毎日。
 今、怪我をしたら困るけれども、未来の場合は、どうやらそうではないらしい。


(ふむふむ…)
 未来の俺が怪我しちまったら…、と想像の翼を羽ばたかせてみることにした。
 ブルーとの日々はどうなるだろう、と二人で暮らす家での暮らしを思い描いてゆく方向へ。
(…最初は、俺が怪我したトコから始まるんだよな?)
 怪我は捻挫でいいだろう、と設定した。
 学校から遠足に出掛けた先で、生徒と一緒に山の斜面を転がり落ちての捻挫に決める。
 「生徒を庇って」というのがポイント、「自分の不注意」ではない所がいい。
 ブルーは「怪我をした」と知るなり、真っ青になることだろう。
 一番最初は、「あれ、車は?」と首を傾げる場面から始まりそうだけれども。
(車で出勤したんだろうが、捻挫した足じゃ運転出来んしなあ…)
 愛車は学校の駐車場に残して、タクシーか同僚の車で帰宅。
 見慣れた車が帰って来るのを待っていたブルーには、晴天の霹靂で、その上に…。
(…足を引き摺った俺が登場なんだ)
 恐らくブルーはビックリ仰天、悲鳴を上げるかもしれない。
 「ハーレイ、その足、どうしちゃったの!?」と、玄関先で。
(捻挫しちまった、と事情を説明してやったら…)
 ブルーは「生徒は怪我はしてないの?」と確かめ、怪我は無いと聞いて安心してから…。
(俺の心配をしてくれるんだ)
 まるで背丈が違うというのに、杖になろうとしてくれるだろうか。
 「歩きにくいでしょ」と、「ぼくに掴まって」と、並んで肩を差し出して。
(でもって、座れる所まで…)
 移動させた後は、コーヒーを淹れようとするかもしれない。
 「コーヒーでも飲んで、ゆっくり休んで」と、「御飯も、ぼくが作るから」と申し出て。
(どっちも、あいつに上手く出来るとは思えんが…)
 不味いコーヒーでも、焦げた料理でも、喜んで御馳走になることにする。
 こんなことでもなかったならば、けして味わえないだろうから。
(あいつはコーヒー、苦手なんだし、料理も俺が得意なんだし…)
 普段のブルーは、「作って貰う」方に決まっている。
 ついでに掃除や洗濯にしても、ブルーがするのは最低限で…。
(大部分は、俺が仕事に出掛ける前に…)
 張り切って片付けてゆきそうだから、それも「怪我をした」場合はブルーが請け負う。
 一度もやったことなどは無い、バスルームの掃除も「どうやればいいの?」と尋ねながら。


(怪我しちまったら、そうなるんだな?)
 うんと新鮮なブルーってヤツを見られるぞ、とハーレイは頬を緩ませた。
 掃除や洗濯、料理といった家事を頑張る、健気なブルー。
 捻挫した足の湿布を貼り替え、「痛そう…」と心配もしてくれる。
 それも素敵だ、と思うものだから、結婚したら、注意は「ほどほど」にしておこうか。
 怪我をしたら痛くて不自由だけれど、オマケがついて来そうだから。
 ブルーがせっせと世話してくれて、「掴まってね」と、肩まで貸してくれそうだから…。



           怪我しちまったら・了



※ブルー君と一緒に暮らし始めた後、怪我をしたらどうなるか、と考えてみたハーレイ先生。
 困る部分もありますけれど、なかなかに美味しそうな生活。怪我をするのも一興かもv









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