忍者ブログ

分けて食べるんなら
(今日はハーレイ、来てくれなかったけれど…)
 お菓子があったから許しちゃおう、と小さなブルーが思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 毎日でも会っていたいけれども、今日は生憎、運が悪かったらしい。
 仕事帰りに家まで来てくれなかったばかりか、学校でも会えずに終わった一日。
 普段だったら、もう今頃は「どうして?」と膨れていたことだろう。
 「酷いよ」と「どうして会えなかったの?」と、神様に文句を言いたいほどに。
(でも、今日は…)
 ちょっぴり特別だったんだよ、と笑みまで零れてしまう。
 今日のおやつは、とても素敵なものだったから。
 母の友達が送って来てくれた、箱一杯のお菓子の詰め合わせ。
(学校から帰ったら、ママが「このお菓子、どれでも食べていいわよ」って…)
 テーブルの上に、お菓子の入った箱を笑顔で置いてくれた。
 「ちっとも遠慮しなくていいから、好きなのをどうぞ」と、紅茶を添えて。
(お腹一杯になっちゃダメよ、って注意されたけど…)
 夕食をきちんと食べられるのなら、幾つ食べても構わない、とお許しも出た。
 「ハーレイ先生がいらっしゃった時のためにも、お腹を空けておきなさいよ」という注意も。
(でも、ハーレイは来なかったから…)
 もうハーレイは来ない時間、と確信した後、またダイニングに出掛けて行った。
 階段を下りて、「ママ、あのお菓子、貰ってもいい?」と、おねだりをしに。
 ハーレイが来ないなら、ハーレイとのお茶の時間は無くなる。
 其処で出される筈だった菓子も、当然、部屋に運ばれては来ない。
(だから、その分、多めに食べても…)
 夕食の量に響きはしないし、胸を弾ませて、キッチンにいた母に尋ねた。
 「ねえ、お菓子、もう一個、食べていいでしょ?」と。
 「一個だけ食べて、それで終わりにしておくから」と。
 母は「いいわよ」と許してくれた。
 「ハーレイ先生と食べるおやつが無くなったんだし、一個だけね」と。


 お許しが出たから、早速、棚に置いてあった箱をダイニングに運んで行った。
 大きなテーブルに箱を下ろすと、自分の椅子に腰掛ける。
 ワクワクしながら蓋を開けたら、ズラリと並んだお菓子たち。
(ぼくがおやつに食べた分だけ…)
 減っていたけれど、他のお菓子は揃っていた。
 母は食べてはいないらしくて、けれど「どれでも食べていいのよ」と聞こえて来た声。
 キッチンの方から、「ママはどれでも構わないから」と。
 残っているのがどれになっても、残念に思いはしないから、と。
(ふふっ…)
 全部、ぼくのになっちゃったみたい、と嬉しくなった。
 本当は母が貰ったものでも、優先権は自分にある。
 おやつの時間にそうだったように、夕食前に食べる「もう一個だけ」も。
(どれにしようかな…?)
 どのお菓子も美味しそうなんだよね、と箱の中身を眺め回した。
 幾つもの区画に区切られた箱の、四角い小さなスペースたち。
 其処に行儀良く収まったお菓子は、同じ種類のものが一つも無い。
 上に載っているドライフルーツやナッツが違うとか、種類からして別物だとか。
(うんと小さなブラウニーに、マカロンに…)
 他にも色々、と添えられた栞を広げて、箱のお菓子と照らし合わせる。
 「おやつの時間に食べたのがコレとコレとコレで、コレも美味しそうで…」と迷いながら。
 おやつの時にも悩んだけれども、今度の一個も悩ましい。
 明日、学校から帰るまでには、母もお菓子を食べるだろう。
 父もデザートに食べるだろうし、明日は間違いなく選べるお菓子が減っている。
 今なら全部「ブルーのもの」で、選択権を持っているのに。
 どれを食べても構わない上、おやつの時にも、その権利を行使出来たのに。
(…あと一個だけ…)
 明日には、どれかが無くなっちゃっているんだし…、と悩んだ末に、一個、選んだ。
 ピスタチオのクリームがサンドされている、可愛らしいのを。
 生地もピスタチオが練りこまれていて、綺麗な緑。
(ハーレイの車は緑色だし…)
 もっと濃いけど、というのが決め手。
 「ハーレイの車が来なかったんだし、その代わりだよ」と。


 今のハーレイの愛車は、濃い緑色。
 キャプテン・ハーレイのマントを思わせる色は、ブルーもとても気に入っている。
 残念なことに、乗せて貰ったことは殆ど無いけれど。
 ドライブに連れて行って貰える日だって、まだまだ先のことなのだけれど。
(…でも、緑色は…)
 特別だよね、と選んだお菓子は、ピスタチオの風味が口一杯に広がる素晴らしいもの。
 大満足で食べて部屋に帰って、それでも舌の上には、まだピスタチオの味わいがあった。
 「美味しかった」と頬が緩んでしまって、明日にも期待してしまう。
 「学校から帰ったら、どれが残っているのかな?」と。
 どのお菓子も美味しいに決まっているから、今度はどれを食べようか、と。
(ママたちが食べてしまっていなかったなら…)
 あれも良さそうだし、あれだって…、と食べたいお菓子の種類は沢山。
 箱の上にメモを置きたいほどに。
 「ぼく用に、これを残しておいてくれない?」と、お菓子の名前を並べて書いて。
(だけど、それだと欲張りすぎで…)
 きっと両親に笑われるから、此処は我慢をしておくしかない。
 自分の運と神様を信じて、「明日まで残っていますように」とお祈りをして。
(お菓子、欲しいのが残っていますように…)
 ママとパパが食べちゃっていませんように、と神様に我儘なお祈りをした。
 「お願いします」と、「ホントに美味しそうだったから」と。
 それからハタと気付いたのだけれど、そもそも、ハーレイが来ていたのなら…。
(おやつの後に、一個、余計に貰った分は…)
 自分の胃袋に入る代わりに、両親の前に顔を出していた筈。
 「如何ですか?」と、ピスタチオの鮮やかな緑色を纏って。
 「美味しいですよ」と、「私を選んでみませんか?」と。
(…お菓子の妖精がいるんなら…)
 言いそうだよね、と箱の中身たちを思い出す。
 どのお菓子にも、それぞれ住んでいそうな妖精。
 「自分が一番、素敵で美味しい」と、器量自慢な妖精たち。
 誰が最初に選ばれるのか、食べて貰えるのかと、箱が開けられる度に大騒ぎ。
 「私が一番美味しいですよ」と、「ほら、見た目だって素敵でしょう?」と。
 どうか私を選んで下さい、とピスタチオのお菓子の妖精だって主張するのに違いない。


(ぼくがピスタチオのを選んだのも…)
 そのせいかもね、という気がして来た。
 ハーレイの車の色だから、と選んだけれども、それも妖精の仕業かもしれない。
 「ねえ、綺麗な緑色でしょう?」と、箱の中から囁いた妖精。
 「恋人さんの車の色と色と同じで、マントの色も緑だったんですよね?」と。
 そう囁かれたら、選ぶ気になる。
 緑色を纏ったピスタチオのお菓子を。
 妖精に「如何ですか?」と誘われるままに、「これにしよう」と箱から取り出して。
(とっても美味しかったんだけど…)
 妖精の方も、鼻高々だったことだろう。
 箱に残された他のお菓子たちに、「ほらね、私が一番でしょう?」と。
 「おやつの時間に選ばれた仲間たちには、ちょっぴり敵いませんけどね」とも。
(…やられちゃったかな?)
 でもいいや、と満足出来る味わいだった、あのお菓子。
 ハーレイが来てしまっていたなら、両親が食べてしまっていたかも。
(そしたら、ぼくは食べられなくって…)
 あの味には出会えなかったから、とハーレイを許す気持ちが更に膨らむ。
 「来てくれなくって、ありがとう」と、「一個、余計に食べられたもの」と。
(今日は許してしまえちゃうよね、ハーレイが来てくれなかったこと)
 お菓子が美味しかったから、と思ったはずみに掠めた考え。
 「あれ?」と。
 「もしも、将来、こういうことがあったら、どうするの?」と。
(…今は、ハーレイと一緒に暮らしていないから…)
 二人で何かを分け合うという場面は無い。
 母が運んで来るお菓子や食事は、いつもきちんと二人分ある。
 食事の場合は、身体が大きいハーレイの分が多めに盛られていることも多い。
 だから「分け合って食べる」必要は無いし、した経験も無いのだけれど…。
(ぼくが育って、ハーレイと結婚した後だったら…)
 そういうことも起きそうだよね、と顎に手を当てた。
 今日、母の友達がお菓子を送って寄越したみたいに、ハーレイ宛に届くプレゼント。
 なにしろ友人が多いのだから、珍しいことでもないだろう。
 「美味しいですから、是非どうぞ」と、お菓子などの箱が家に届くことは。


 ハーレイの家に送られて来た、食べ物が入った贈り物の箱。
 それをハーレイと一緒に開けたら、中身が今日のお菓子みたいになっているかもしれない。
 様々な種類が入った詰め合わせセット、重なるものは一つも無い。
 お菓子にしても、他の食べ物だったとしても。
(そんな箱が、家に届いちゃったら…)
 どう考えても、分けて食べるしかないだろう。
 ハーレイが自分の分を選んで、「ブルー」も同じに選んで食べる。
 けれども、選ぶ時が問題。
(ぼくとハーレイが、分けて食べるんなら…)
 届いたのが今日のお菓子だったら、どうやって分ければいいのだろう。
 困ったことに、二人とも無いのが「好き嫌い」。
 苦手な食材があるというなら、分ける時、少し助かるのに。
 「俺はピスタチオは好きじゃなくてな」と、ハーレイが選択肢から緑のお菓子を外すとか。
(…ぼくはバタークリームが好きじゃないとか…)
 そういうことなら、バタークリームを使ったお菓子は、ハーレイに譲ることになる。
 他にもシナモンやらレーズンやらと、好き嫌いの分かれる食材は幾つも。
 なのに、二人とも、好き嫌いが無い。
 ついでに言うなら、「ブルー」は苦手なコーヒーでさえも…。
(お菓子になってるとか、コーヒー牛乳とかになったら、ぼくはちっとも…)
 気にならなくて、美味しく味わってしまう。
 同じコーヒーとは思えないほど、「コーヒー味」や風味は別物。
(これはハーレイにあげるからね、って言えちゃうお菓子が…)
 一つも無いよ、とブルーは頭を抱えてしまうしかない。
 ハーレイの方も事情は変わらないのだと知っているから、余計に困る。
(お前が先に選んでいいぞ、って、ハーレイ、きっと言うんだよ…)
 前のハーレイの頃からそうだったもの、と遥かな時の彼方を思う。
 厨房時代のハーレイがくれた、試作品だったお菓子や料理。
 美味しく出来上がった自信作たちを、ハーレイは惜しげもなくくれた。
 失敗作を寄越したことなど、ただの一度も無かったハーレイ。
 くれたのは、自信作ばかり。
 「美味いんだぞ」と、「好きなだけ食っていいからな」と。


(ハーレイは昔から、そういうタイプで…)
 今だって、きっと全く同じ。
 色々なお菓子を詰め合わせた箱を貰った時には、「先に選べよ」と言うのだろう。
 「俺は残ったヤツでいいから」と、「なんせ、好き嫌いが無いんだからな」と。
 それはとっても嬉しいけれども、「じゃあ、お先に!」なんて言えるだろうか。
 ハーレイにも、食べて欲しいのに。
 自分の好きなものを選んで、「美味いな」と微笑んで欲しいのに。
(だけど、ハーレイ、絶対、ぼくに先に選べって言いそうだから…)
 ハーレイに先に選んで貰うためにはどうすればいいの、と頭が痛い。
 「分けて食べるんなら、そうしたいのに」と。
 公平に分けることが出来ない品なら、優先権をハーレイに渡したいのに。
(……うーん……)
 困っちゃった、と思うけれども、答えが出ない。
 お互い、相手が一番だから。
 何かを分けて食べるのだったら、相手の喜ぶ顔を見たいと思うのだから…。



         分けて食べるんなら・了


※ハーレイ先生が来なかったお蔭で、多めにお菓子を食べられて大満足なブルー君。
 けれど二人で暮らすようになったら、分け合う場面が出て来る筈。お互い、譲り合いかもv









拍手[0回]

PR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 管理人のみ閲覧
 
Copyright ©  -- つれづれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]