秘密にするんなら
(…今日は、ハーレイに会えなかったけれど…)
今頃は何をしているのかな、と小さなブルーが思い浮かべた恋人の顔。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(多分、書斎でコーヒーだよね?)
この時間なら、と壁の時計を眺める。
他の先生たちと食事に出掛けていない限りは、とうに帰宅しているだろう。
会議の帰りにハーレイが寄り道するとしたって、書店か食料品店くらいだと思う。
(…帰って、ご飯を作って、食べて…)
片付けを済ませて、コーヒーを淹れて、書斎でゆっくり寛ぐ時間が、きっと今頃。
(熱いコーヒーを飲みながら、読書…)
お気に入りの本か、買ったばかりの本なのだろうか、と想像してみる。
本のタイトルは何だろうかと、チビの自分でも読めそうな中身の本かどうか、と。
(難しい、先生向けの本かも…)
それだと、ぼくには分かんないや、とガックリ肩を落とした。
ハーレイと時間を共有出来ない、そういった本は歓迎出来ない、と。
(…シャングリラの写真集だったらいいのにね…)
ぼくとお揃い、と本棚の方に目を遣る。
其処に置かれた、白いシャングリラの写真集。
今のハーレイに教えて貰って、父に強請って買って貰った。
遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイと共に暮らした、懐かしい白いシャングリラ。
解体されてしまったけれども、トォニィが沢山写真を撮らせて、写真集を残してくれた。
ハーレイもそれを広げているといいな、と考える。
「それなら、ぼくも見るんだけれど」と、「同じ時間を過ごせるよね」と。
けれど、ハーレイが写真集を眺めているとは限らない。
全く別の子供が読むには難しい本を、ワクワクと読んでいるかもしれない。
ハーレイは立派な大人なのだし、知識も充分、持っているから。
(…つまんない…)
それは嫌だよ、と膨れてみたって、我儘な気持ちは届きはしない。
ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、今のブルーはサイオンが不器用すぎるのだから。
お揃いの本を広げたくても、そう伝えるために思念を紡ぐことも出来ない現実。
なんとも悔しい限りだけれども、こればかりは、どうしようもない。
(…だから、覗き見だって無理…)
ハーレイが今、何をしているか、それを知ることさえも出来ない。
(…前のぼくなら、全部お見通しで…)
前のハーレイが何処にいようと、青の間から簡単に見ることが出来た。
ブリッジだろうが、機関部だろうが、食堂で食事の最中だろうと。
(何を食べてるのかも、よく見えたから…)
同じメニューを「今日の夜食に持って来て」などと、出前を頼んだことだって多い。
「仕事が終わってからでいいよ」と、「ぼくも食べたくなったから」と。
いとも容易いことだったけれど、今の自分には不可能なこと。
逆立ちしたって出来はしなくて、ハーレイが読んでいる本さえも…。
(分からない上に、今、書斎にいるかどうかも謎なんだってば!)
あんまりだよ、と神様を恨みたい気分になってくる。
どうしてサイオンが不器用な身体なんかを、今の自分に寄越したのか、と。
(でも、神様に文句なんかを…)
言おうものなら、「要らないのなら、返して貰う」と、身体を消されてしまいそう。
後には魂だけが残って、もうハーレイの側にいたくても…。
(声も届かなくて、話し掛けても返事は無くて…)
独りぼっちと変わらないような、辛い毎日になりそうな感じ。
それが嫌なら、我慢するしかないだろう。
サイオンがとても不器用だろうが、それが「神様がくれた、新しい身体」なのだから。
(仕方ないけど、ハーレイが何をしてるかは…)
知りたいよね、と前の自分が羨ましい。
前のハーレイをいつも見ていて、何もかも知ることが出来たのだから。
(ホントに羨ましいってば…!)
そういう意味でも嫉妬しそう、と前の自分に喧嘩を売りたい気分。
大人の身体を持っていただけでも羨ましくてたまらないのに、サイオンまで、と。
(ハーレイには、笑われちゃうけれど…)
鏡に映った自分に向かって喧嘩を売っている子猫みたいだ、と今のハーレイは評してくれた。
銀色の毛を逆立てて、尻尾を膨らませる子猫。
鏡の中の自分を相手に、フーフーと怒り続けてるんだ、と。
なんとも酷い言い様だけれど、今の自分は、まさにそれ。
前の自分に向かって嫉妬で、強いサイオンを持っていたのが羨ましくて怒っている。
神様に文句を言えない分まで、前の自分に向かってぶつけて。
(…前のぼくなら、良かったのにね…)
ハーレイが読んでる本も分かるし、中身だって、と思ったけれど。
「この部屋にいても、読めてしまうよ」と、それが出来た時代が懐かしいけれど…。
(……そういえば……)
前のぼくでも、知らないことがあったっけ、と気が付いた。
白いシャングリラの中なら何処でも、どんなことでも、手に取るように分かったのに。
前のハーレイの居場所はもちろん、他の仲間たちのことだって。
(…でも、前のハーレイの航宙日誌…)
あれだけは読んだことが無かった、とキャプテンの部屋を頭に描いた。
本物の木で作られた大きな机と、白い羽根ペンがあった其処。
壁には立派な本棚があって、沢山の本が並べられていて、その中に…。
(前のハーレイが、ずっと書き続けていた航宙日誌も…)
専用の装丁を施された姿で、ズラリと背表紙を見せていた。
いつだって勝手に抜き出せそうで、手に取って読むことも出来そうだった。
机の上には、今、書いている航宙日誌が常にあった筈。
普段は、閉じて置かれていた「それ」。
前のハーレイが羽根ペンを持って、書き込む時に広げていた。
(読み返していたことも、よくあったけど…)
それを横から覗こうとしたら、前のハーレイは、サッと素早く閉じてしまった。
「読むなよ」と、「俺の日記だからな」と。
「俺の留守に入って読むのも駄目だ」と、「持ち出しだって、お断りだぞ」と念を押して。
(…そう言われたから、前のぼくは…)
ハーレイの言いつけを素直に守って、一度たりとも覗かなかった。
サイオンを使えば、簡単に覗き込めたのに。
書棚から黙って持ち出すことも、こっそり入って手に取ることもしなかった。
前の自分には容易いことで、しようと思えば出来たのに。
実際、中身が気になっていたのに、前の自分は、最後まで約束を守り続けた。
ただの一度も、読まないで。
ハーレイが何を書いているのか、知りたくてたまらなかった時でも。
(そうだったっけ…)
航宙日誌の中身は秘密だったんだ、大きく頷き、今のハーレイに思考を向けた。
「今も、日記を書いてるかもね」と、考えもしなかった行動へと。
本を読んでいるとばかり思っていたけれど、日記を書く時間かもしれない。
(…ぼくのこと、書いてくれてるのかな?)
今日は会えずに終わったとか…、と頬を緩ませ、其処で愕然としてしまった。
「今度のぼくも、ハーレイの日記は読めないんじゃないの?」と。
(…前のハーレイのは航宙日誌で、シャングリラの記録だったけど…)
個人的な内容は何も書かれていなかった、と今のハーレイが証言している。
前の「ブルー」との恋のことなど、それこそ欠片もありはしない、と。
(元から何も書かれてないから、研究者たちが読んだって…)
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイの恋物語は、読み取れない。
書いた本人の「今のハーレイ」だけが、それをすることが出来ると聞いた。
「前のハーレイ」が記した筆跡、文字をそのまま復刻している航宙日誌を目にしたならば。
(…自分の字から、書いた時の気持ちが分かるんだ、って…)
今のハーレイは言っていたけれど、書いてあることは単なる「シャングリラの記録」。
その日付の日に何があったか、前のハーレイがどう対処したか、といったようなことばかり。
(…そんな中身でも、前のぼくには「俺の日記だ」って…)
秘密にして読ませてくれなかったのが、キャプテン・ハーレイだった「ハーレイ」。
航宙日誌は、今の時代はベストセラーになってしまって、誰でも読める。
「今のブルー」がお小遣いで買える、安価な文庫版だってあるのだけれど…。
(今のハーレイが書いてる日記は、ホントのホントに、普通の日記で…)
日々の出来事や思いを綴った、本当に個人的なもの。
航宙日誌の頃と違って、何もかも隠してしまうことなく、率直に書いているだろう。
「今のブルー」と再会した日の感動なんかも、溢れる想いをそのまま、全部。
それからの日々も、一日たりとも欠かすことなく書いているのに違いない。
(またキスを強請って来やがった、とか…)
忌々しそうに書いてあるのか、あるいはハーレイの揺れる気持ちが其処にあるのか。
「頭をコツンとやってやったが、俺の気持ちも考えてくれ」と、キスを我慢する辛さとか。
そうだといいな、と思うけれども、今の自分が、そういう日記を読めるチャンスは…。
(前と同じで、無いのかも…)
航宙日誌でさえ読むのは駄目だと言われたのだし、もっと個人的な日記の方も門前払いで。
その可能性はかなり高い、と考えると涙が出て来そう。
航宙日誌は「結婚したら、復刻版を買って読もうよ」と約束したから、今度は読める。
「前のハーレイ」の秘めた気持ちも、きっと教えて貰える筈。
それなのに、今のハーレイが毎日綴り続ける日記は…。
(ぼくには秘密で、絶対、読ませてくれなくって…)
書いている時に書斎に行ったら、前の生と同じにサッと閉じられておしまいだろう。
「見るなよ」と、「俺の日記だしな?」と。
ハーレイの留守に読んでみたくても、隠し場所が秘密か、しっかりと鍵がかかっているか。
(机の引き出しに入れて鍵をかけてて、仕事に出掛けて行く時は…)
ブルーが勝手に開けないように、忘れずに鍵も持って出る。
こっそり書斎に忍び込んでも、手も足も出ない、秘密の日記。
(ちょっとくらい、読ませてくれたって…!)
いいじゃない、と膨れっ面になってみたって、無駄だろう。
「前のお前も、読まずに我慢してたんだしな?」と、パチンとウインクされたりもして。
(……うー……)
ハーレイが秘密にするんなら、ぼくもやり返してやるんだから、と唸りながらも決心した。
前の自分は何も秘密を持たなかったけれど、今度は秘密を持てばいい。
ハーレイみたいに日記を書くとか、「ぼくの秘密だから」と言える何かを。
(そしたら、ハーレイが日記を読ませてくれなかった時には…)
ぼくの日記も読んじゃ駄目、と言い返してやって、降参させられるかもしれない。
「それなら、俺のも見せてやるから」と、交換条件が出て来るだとか。
(うん、いいかも…!)
秘密にするんなら、何がいいかな、と思ったけれど。
日記なんかが良さそうだけれど、生憎と、今の自分はといえば…。
(サイオンがうんと不器用だから、心の中身が零れ放題で…)
隠し事なんか出来やしない、と頭を抱えて泣きそうになった。
「無理だよ」と、「とても隠せやしない」と。
その上、結婚した後に住むのは、今のハーレイの家なのだから…。
(どんなに隠し場所を工夫したって、すぐにバレるに決まってるよ…!)
やり返してやりたくても、全然駄目、と悔しくて歯ぎしりするしかない。
「今度も秘密にするんなら、ぼくも秘密を持ちたいのに」と。
交換条件に使いたいのに、秘密なんかは、とても持てそうにないんだけれど、と…。
秘密にするんなら・了
※前のハーレイが秘密にしていた日記が、航宙日誌。前のブルーにも読めなかったもの。
ハーレイ先生の日記が気になるブルー君ですけれど、今のも、読ませて貰えないのでは…?
今頃は何をしているのかな、と小さなブルーが思い浮かべた恋人の顔。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(多分、書斎でコーヒーだよね?)
この時間なら、と壁の時計を眺める。
他の先生たちと食事に出掛けていない限りは、とうに帰宅しているだろう。
会議の帰りにハーレイが寄り道するとしたって、書店か食料品店くらいだと思う。
(…帰って、ご飯を作って、食べて…)
片付けを済ませて、コーヒーを淹れて、書斎でゆっくり寛ぐ時間が、きっと今頃。
(熱いコーヒーを飲みながら、読書…)
お気に入りの本か、買ったばかりの本なのだろうか、と想像してみる。
本のタイトルは何だろうかと、チビの自分でも読めそうな中身の本かどうか、と。
(難しい、先生向けの本かも…)
それだと、ぼくには分かんないや、とガックリ肩を落とした。
ハーレイと時間を共有出来ない、そういった本は歓迎出来ない、と。
(…シャングリラの写真集だったらいいのにね…)
ぼくとお揃い、と本棚の方に目を遣る。
其処に置かれた、白いシャングリラの写真集。
今のハーレイに教えて貰って、父に強請って買って貰った。
遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイと共に暮らした、懐かしい白いシャングリラ。
解体されてしまったけれども、トォニィが沢山写真を撮らせて、写真集を残してくれた。
ハーレイもそれを広げているといいな、と考える。
「それなら、ぼくも見るんだけれど」と、「同じ時間を過ごせるよね」と。
けれど、ハーレイが写真集を眺めているとは限らない。
全く別の子供が読むには難しい本を、ワクワクと読んでいるかもしれない。
ハーレイは立派な大人なのだし、知識も充分、持っているから。
(…つまんない…)
それは嫌だよ、と膨れてみたって、我儘な気持ちは届きはしない。
ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、今のブルーはサイオンが不器用すぎるのだから。
お揃いの本を広げたくても、そう伝えるために思念を紡ぐことも出来ない現実。
なんとも悔しい限りだけれども、こればかりは、どうしようもない。
(…だから、覗き見だって無理…)
ハーレイが今、何をしているか、それを知ることさえも出来ない。
(…前のぼくなら、全部お見通しで…)
前のハーレイが何処にいようと、青の間から簡単に見ることが出来た。
ブリッジだろうが、機関部だろうが、食堂で食事の最中だろうと。
(何を食べてるのかも、よく見えたから…)
同じメニューを「今日の夜食に持って来て」などと、出前を頼んだことだって多い。
「仕事が終わってからでいいよ」と、「ぼくも食べたくなったから」と。
いとも容易いことだったけれど、今の自分には不可能なこと。
逆立ちしたって出来はしなくて、ハーレイが読んでいる本さえも…。
(分からない上に、今、書斎にいるかどうかも謎なんだってば!)
あんまりだよ、と神様を恨みたい気分になってくる。
どうしてサイオンが不器用な身体なんかを、今の自分に寄越したのか、と。
(でも、神様に文句なんかを…)
言おうものなら、「要らないのなら、返して貰う」と、身体を消されてしまいそう。
後には魂だけが残って、もうハーレイの側にいたくても…。
(声も届かなくて、話し掛けても返事は無くて…)
独りぼっちと変わらないような、辛い毎日になりそうな感じ。
それが嫌なら、我慢するしかないだろう。
サイオンがとても不器用だろうが、それが「神様がくれた、新しい身体」なのだから。
(仕方ないけど、ハーレイが何をしてるかは…)
知りたいよね、と前の自分が羨ましい。
前のハーレイをいつも見ていて、何もかも知ることが出来たのだから。
(ホントに羨ましいってば…!)
そういう意味でも嫉妬しそう、と前の自分に喧嘩を売りたい気分。
大人の身体を持っていただけでも羨ましくてたまらないのに、サイオンまで、と。
(ハーレイには、笑われちゃうけれど…)
鏡に映った自分に向かって喧嘩を売っている子猫みたいだ、と今のハーレイは評してくれた。
銀色の毛を逆立てて、尻尾を膨らませる子猫。
鏡の中の自分を相手に、フーフーと怒り続けてるんだ、と。
なんとも酷い言い様だけれど、今の自分は、まさにそれ。
前の自分に向かって嫉妬で、強いサイオンを持っていたのが羨ましくて怒っている。
神様に文句を言えない分まで、前の自分に向かってぶつけて。
(…前のぼくなら、良かったのにね…)
ハーレイが読んでる本も分かるし、中身だって、と思ったけれど。
「この部屋にいても、読めてしまうよ」と、それが出来た時代が懐かしいけれど…。
(……そういえば……)
前のぼくでも、知らないことがあったっけ、と気が付いた。
白いシャングリラの中なら何処でも、どんなことでも、手に取るように分かったのに。
前のハーレイの居場所はもちろん、他の仲間たちのことだって。
(…でも、前のハーレイの航宙日誌…)
あれだけは読んだことが無かった、とキャプテンの部屋を頭に描いた。
本物の木で作られた大きな机と、白い羽根ペンがあった其処。
壁には立派な本棚があって、沢山の本が並べられていて、その中に…。
(前のハーレイが、ずっと書き続けていた航宙日誌も…)
専用の装丁を施された姿で、ズラリと背表紙を見せていた。
いつだって勝手に抜き出せそうで、手に取って読むことも出来そうだった。
机の上には、今、書いている航宙日誌が常にあった筈。
普段は、閉じて置かれていた「それ」。
前のハーレイが羽根ペンを持って、書き込む時に広げていた。
(読み返していたことも、よくあったけど…)
それを横から覗こうとしたら、前のハーレイは、サッと素早く閉じてしまった。
「読むなよ」と、「俺の日記だからな」と。
「俺の留守に入って読むのも駄目だ」と、「持ち出しだって、お断りだぞ」と念を押して。
(…そう言われたから、前のぼくは…)
ハーレイの言いつけを素直に守って、一度たりとも覗かなかった。
サイオンを使えば、簡単に覗き込めたのに。
書棚から黙って持ち出すことも、こっそり入って手に取ることもしなかった。
前の自分には容易いことで、しようと思えば出来たのに。
実際、中身が気になっていたのに、前の自分は、最後まで約束を守り続けた。
ただの一度も、読まないで。
ハーレイが何を書いているのか、知りたくてたまらなかった時でも。
(そうだったっけ…)
航宙日誌の中身は秘密だったんだ、大きく頷き、今のハーレイに思考を向けた。
「今も、日記を書いてるかもね」と、考えもしなかった行動へと。
本を読んでいるとばかり思っていたけれど、日記を書く時間かもしれない。
(…ぼくのこと、書いてくれてるのかな?)
今日は会えずに終わったとか…、と頬を緩ませ、其処で愕然としてしまった。
「今度のぼくも、ハーレイの日記は読めないんじゃないの?」と。
(…前のハーレイのは航宙日誌で、シャングリラの記録だったけど…)
個人的な内容は何も書かれていなかった、と今のハーレイが証言している。
前の「ブルー」との恋のことなど、それこそ欠片もありはしない、と。
(元から何も書かれてないから、研究者たちが読んだって…)
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイの恋物語は、読み取れない。
書いた本人の「今のハーレイ」だけが、それをすることが出来ると聞いた。
「前のハーレイ」が記した筆跡、文字をそのまま復刻している航宙日誌を目にしたならば。
(…自分の字から、書いた時の気持ちが分かるんだ、って…)
今のハーレイは言っていたけれど、書いてあることは単なる「シャングリラの記録」。
その日付の日に何があったか、前のハーレイがどう対処したか、といったようなことばかり。
(…そんな中身でも、前のぼくには「俺の日記だ」って…)
秘密にして読ませてくれなかったのが、キャプテン・ハーレイだった「ハーレイ」。
航宙日誌は、今の時代はベストセラーになってしまって、誰でも読める。
「今のブルー」がお小遣いで買える、安価な文庫版だってあるのだけれど…。
(今のハーレイが書いてる日記は、ホントのホントに、普通の日記で…)
日々の出来事や思いを綴った、本当に個人的なもの。
航宙日誌の頃と違って、何もかも隠してしまうことなく、率直に書いているだろう。
「今のブルー」と再会した日の感動なんかも、溢れる想いをそのまま、全部。
それからの日々も、一日たりとも欠かすことなく書いているのに違いない。
(またキスを強請って来やがった、とか…)
忌々しそうに書いてあるのか、あるいはハーレイの揺れる気持ちが其処にあるのか。
「頭をコツンとやってやったが、俺の気持ちも考えてくれ」と、キスを我慢する辛さとか。
そうだといいな、と思うけれども、今の自分が、そういう日記を読めるチャンスは…。
(前と同じで、無いのかも…)
航宙日誌でさえ読むのは駄目だと言われたのだし、もっと個人的な日記の方も門前払いで。
その可能性はかなり高い、と考えると涙が出て来そう。
航宙日誌は「結婚したら、復刻版を買って読もうよ」と約束したから、今度は読める。
「前のハーレイ」の秘めた気持ちも、きっと教えて貰える筈。
それなのに、今のハーレイが毎日綴り続ける日記は…。
(ぼくには秘密で、絶対、読ませてくれなくって…)
書いている時に書斎に行ったら、前の生と同じにサッと閉じられておしまいだろう。
「見るなよ」と、「俺の日記だしな?」と。
ハーレイの留守に読んでみたくても、隠し場所が秘密か、しっかりと鍵がかかっているか。
(机の引き出しに入れて鍵をかけてて、仕事に出掛けて行く時は…)
ブルーが勝手に開けないように、忘れずに鍵も持って出る。
こっそり書斎に忍び込んでも、手も足も出ない、秘密の日記。
(ちょっとくらい、読ませてくれたって…!)
いいじゃない、と膨れっ面になってみたって、無駄だろう。
「前のお前も、読まずに我慢してたんだしな?」と、パチンとウインクされたりもして。
(……うー……)
ハーレイが秘密にするんなら、ぼくもやり返してやるんだから、と唸りながらも決心した。
前の自分は何も秘密を持たなかったけれど、今度は秘密を持てばいい。
ハーレイみたいに日記を書くとか、「ぼくの秘密だから」と言える何かを。
(そしたら、ハーレイが日記を読ませてくれなかった時には…)
ぼくの日記も読んじゃ駄目、と言い返してやって、降参させられるかもしれない。
「それなら、俺のも見せてやるから」と、交換条件が出て来るだとか。
(うん、いいかも…!)
秘密にするんなら、何がいいかな、と思ったけれど。
日記なんかが良さそうだけれど、生憎と、今の自分はといえば…。
(サイオンがうんと不器用だから、心の中身が零れ放題で…)
隠し事なんか出来やしない、と頭を抱えて泣きそうになった。
「無理だよ」と、「とても隠せやしない」と。
その上、結婚した後に住むのは、今のハーレイの家なのだから…。
(どんなに隠し場所を工夫したって、すぐにバレるに決まってるよ…!)
やり返してやりたくても、全然駄目、と悔しくて歯ぎしりするしかない。
「今度も秘密にするんなら、ぼくも秘密を持ちたいのに」と。
交換条件に使いたいのに、秘密なんかは、とても持てそうにないんだけれど、と…。
秘密にするんなら・了
※前のハーレイが秘密にしていた日記が、航宙日誌。前のブルーにも読めなかったもの。
ハーレイ先生の日記が気になるブルー君ですけれど、今のも、読ませて貰えないのでは…?
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