一緒に飲めたなら
(…今度のぼくも、無理そうだよね…)
前と同じで、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(……今のハーレイも、苦いコーヒー、大好きなのに……)
ぼくには、ただの苦い飲み物、と夕食の席を思い出す。
今日、両親が食事の後に飲んでいたのは、そのコーヒー。
後片付けを済ませた母が、父と自分の分をカップに淹れて、二人で、ゆっくり。
ブルーも其処にいたのだけれども、ブルーの分のカップは無かった。
何故なら、飲めはしないから。
元々、飲んではいなかった上に、ハーレイと再会した後に…。
(…ハーレイも飲んでいるんだから、って、強請って…)
淹れて貰って、ハーレイと一緒に飲んだのだけれど、苦すぎて酷い目に遭った。
一口目から「駄目だ」と感じて、頑張ってみても飲み干せない。
結局、砂糖とミルクをたっぷり入れて貰って、ホイップクリームまで足して…。
(やっと飲めたの、パパもママも、ちゃんと見てたから…)
飲めないことが分かっているから、母は「ブルーも飲む?」とは訊いてくれない。
代わりにカップに注がれるのは、ホットミルクだったり、ココアだったり。
(…あんまりだよね…)
訊いてくれてもいいのにな、と不満だけれども、飲めないことは明白な事実。
それに両親は気付いていない、飲んだ後の後遺症まであった。
(後遺症って言うより、体質の問題なんだけど…)
コーヒーのカフェインにやられてしまって、飲んだ日の夜、眠れなかった。
お蔭で寝不足、前の自分にも、よくあったこと。
前のハーレイに「ぼくも飲むよ」と強請った後に、目が冴えて困った経験は多数。
そういう夜には、前のハーレイが寝かせてくれていたのに、今の自分は一人きり。
「眠れないよ」と訴えようにも、両親は別の部屋で寝ている。
ついでに、そんなことを言ったら、ますますコーヒーが遠ざかる。
「ブルーは、どうせ飲めないんだし」と、ミルクやココアばかりが出て来て。
本当は、飲んでみたいコーヒー。
前のハーレイも、今のハーレイも、紅茶よりコーヒーが好きだから。
(ハーレイも、ぼくも、好き嫌いは全く無いけれど…)
それとは違って嗜好の問題、側にあったら嬉しい飲み物。
前の自分の場合は紅茶で、前のハーレイはコーヒーだった。
白いシャングリラに、本物のコーヒーは無かったのに。
(…改造前のシャングリラだった頃は、本物のコーヒーがあったから…)
前の自分が人類の船から奪った物資には、コーヒーなども混ざっていた。
だから「本物」を楽しめたわけで、ハーレイは、すっかりコーヒー党。
自給自足の船になっても、その味が忘れられなかった。
酒好きの仲間たちと一緒に、合成の酒を飲んでいたけれど、それでは足りない。
(お酒は、仕事の合間なんかに飲めないし…)
朝食や昼食の時に飲むにも、アルコール類は駄目に決まっている。
そうなると、やはりコーヒーが欲しい、と思う仲間も多かったから…。
(…代用品が出来たんだよね…)
最初の間は酒と同じで合成品だった、白いシャングリラのコーヒー。
ところが、ひょんなことから生まれた、代用品のコーヒーがあった。
(船に子供たちが加わったから…)
子供たちには、合成品のチョコレートよりも本物を、と検討した末に出来た代用品。
イナゴ豆とも呼ばれるキャロブで、その豆から作られたチョコレートやコーヒー。
(キャロブは、カフェインが入ってないから…)
カフェインを加えて、コーヒーを作った。
前のハーレイは、それを好んで、休憩と言えば熱いコーヒー。
美味しそうに飲んでいるものだから、前の自分も欲しくなる。
(…美味しそうだ、っていうのもあったけど…)
それより何より、「ハーレイと同じ飲み物」を飲んでみたかった。
誰よりも愛した恋人なのだし、側にいる時は、一緒にカップを傾けたくなる。
もちろん、前のハーレイも同じで、そのために紅茶を飲んでいた。
青の間に来たら、いつでも紅茶。
コーヒーが飲めない恋人に合わせて、船で作られた紅茶を淹れて。
(…紅茶だったら、一緒に飲んでいたんだけれど…)
今の自分もそうなのだけれど、付き合ってくれるハーレイの好みは紅茶ではない。
遠く遥かな時の彼方でも、青い地球でも、ハーレイと言えばコーヒー党。
知っているから、飲みたいコーヒー。
ハーレイと一緒に、「美味しいよね」とカップを傾けて。
流石にブラックで飲むのは無理だし、適量の砂糖とミルクを入れて。
(…それが出来たら、いいのにね…)
ハーレイと一緒に飲めたなら、と溜息が零れ落ちてゆく。
「今度も、ぼくは駄目みたい」と、悲しくなって。
背丈が前と同じになっても、飲めるようになるとは思えないから。
(……ハーレイ、笑っていたんだもの……)
チビの自分がコーヒーに挑んで、苦さに閉口していた時に、笑ったハーレイ。
「ほらな」と、「やっぱり無理だったろう?」と、可笑しそうに。
それから母にアドバイスをした。
砂糖とミルクをたっぷりと入れて、おまけにホイップクリームを、と。
「前のブルーも、そうでしたから」と、「ブルーでも飲めるコーヒー」の作り方を伝えて。
(…そりゃ、ハーレイは、前のぼくのことを覚えているから…)
あのアドバイスも当然だけれど、笑っていたのは、きっとそれだけではないだろう。
自分自身の過去を踏まえて、その分までも…。
(可笑しくて、たまらなかったんだよ…!)
そうに決まっているんだから、と確信に近いものがある。
過去というのは、前のハーレイではなくて…。
(今のハーレイにも、本物のパパとママがいて…)
成人検査などは無いから、子供時代の記憶をきちんと持っている。
その中に、きっと、コーヒーのこともあるのだろう。
初めてコーヒーを飲んだ日のこと、どういう経験をしたのか、などが。
(…コーヒー党になってるんだし、ぼくと違って…)
酷い目などには、遭わなかったに違いない。
子供の舌には、コーヒーは苦すぎたのだとしても。
「苦い!」と顔を顰めたにしても、ちょっと背伸びをして、飲み終えた後は大満足。
大人の仲間入りをした気分になって、得意になって。
そうなんだろうな、と思う「今のハーレイと、コーヒーの出会い」。
けして最悪の出会いではなくて、最良とも言える初めてのコーヒー体験。
其処から道を歩み始めて、今は立派なコーヒー党。
だからこそ、「ブルー」を笑ったのだろう。
「今度も、やっぱり飲めないんだな」と、「前と全く同じじゃないか」と。
自分自身の過去と重ねてみたなら、違いは明らかなのだから。
コーヒーを好むか、そうでないかは、恐らく、出会いで分かるもの。
背伸びしてでも飲みたい子供か、白旗を掲げて逃げ出してしまう子供かで。
(…ホントに残念…)
コーヒーの才能は無さそうだから、と心底、残念で堪らない。
今の自分は、前とは別の人間なのに。
魂と見た目はそっくりだけれど、身体は違うものなのに。
(…せっかく、生まれ変わって来て…)
新しい身体を手に入れたのに、どうして同じになったのだろう。
「コーヒーが駄目だった」前の自分と、似ていなくても良かったのに。
(…ぼくがコーヒー党だったら…)
ハーレイは驚きそうだけれども、多分、嘆きはしない筈。
「俺のブルーは、どうなったんだ?」と慌てはしても、それだけのこと。
(…ぼくのおでこに、手を当てちゃって…)
熱を測って、「正気なのか?」と鳶色の瞳をパチパチとさせて、笑顔になる。
「それでも、お前はブルーだよな?」と。
「コーヒー党でも、俺のブルーだ」と、「そうか、今度は飲めるんだな」と。
(…ビックリした後は、喜びそうだよ…)
ぼくがコーヒー党だったなら、と容易に想像出来ること。
きっと、ハーレイは大喜びして、チビのブルーが育つ日を待ち侘びるのだろう。
デートに出掛けてゆける日を。
お気に入りの喫茶店に連れてゆく日を、まだか、まだか、と首を長くして。
(…ぼくが一緒に飲めたなら…)
出来るものね、と思いはしても、その日はどうやら来そうにない。
今の自分も、コーヒーは駄目なようだから。
前と同じに苦手に生まれて、育っても飲めそうにない身体だから。
(…飲める身体に生まれていたら…)
デートだけでなくて、家でも飲めて…、と想像だけが広がってゆく。
「もしも」と、「ぼくも、ハーレイと一緒に飲めたなら」と。
そうなっていたら、デートに出掛けて、美味しいコーヒーを二人で楽しむ。
飲めない自分には分からないけれど、コーヒーにも色々あるらしい。
淹れ方だとか、コーヒー豆の種類も沢山、奥の深い世界。
(……前のぼくたちには、キャロブのコーヒーしか無かったけれど……)
今なら、いくらでもコーヒーの世界を追い掛けてゆける。
淹れ方はもちろん、豆だって。
あの頃は無かった青い地球の上で、何種類もの豆が育っていて。
(…いろんな豆のを、喫茶店で飲んで、お気に入りが出来たら…)
何度も通ってゆくのもいいし、家でも挑戦したっていい。
ハーレイも自分もコーヒー党なら、それだけの価値はあるだろう。
「あのお店の味、家でやっても出せるかな?」などと、持ち掛けて。
「だって、家でも飲みたいものね」と、「淹れ方、二人で研究しようよ」と。
(…お店によっては、豆を売ってるトコだって…)
あると聞くから、そういう店なら、お気に入りの豆を買って持ち帰る。
そして二人で淹れるのだけれど、きっとお店のようにはいかない。
あちらはプロだし、ただのコーヒー党とは比較にならないノウハウがある。
だからこそ、その味に近付けたい。
ハーレイと二人で、頑張って。
「淹れ方かな?」と首を傾げたり、コーヒーメーカーのせいなのかも、と考えたり。
家にあるのでは駄目なのかも、とプロ仕様のを買い込んだり、と。
(…そういうのって、きっと楽しいよね?)
ハーレイと研究の日々を重ねて、美味しいコーヒーを目指す毎日。
「今日のは、ちょっと近付いたかな?」と、二人でカップを傾けて。
「次も、この淹れ方でやってみようか」などと、専用のノートに記録したりして。
(…記録は、ハーレイの係だよね?)
航宙日誌じゃなくって、コーヒー日誌、と笑みが零れる。
ハーレイなら、几帳面に書きそうだから。
日付も、使った豆の種類も、淹れた方法も、きちんと、細かく。
(…キャプテン・ハーレイの、コーヒー日誌…)
もうキャプテンじゃないんだけどね、と思いはしても、ハーレイは、同じハーレイのまま。
新しい身体になっていたって、コーヒー党のハーレイだから…。
(…コーヒー日誌、つけてくれそう…)
記録しようよ、と言ったなら。
「美味しいコーヒーを研究するには、記録も大事」と、そそのかしたら。
(…それとも、とっくに作ってるかな…?)
あのハーレイのことだものね、とクスッと笑う。
日記は今も書いているようだし、日記が兼ねているかもしれない。
美味しいコーヒーが出来上がった時は、覚え書きとして、日記に記録。
「この豆で、こういう淹れ方をしたら、美味しかった」といった具合に。
(…ぼくも一緒に飲めたなら…)
二人で暮らし始めた時には、コーヒー日誌が欲しいよね、と広がる夢。
「もしも、一緒に飲めたなら」と。
喫茶店で飲んで、家でも飲んで、あれこれ研究、と。
ハーレイが好きなコーヒーだから。
今の自分も駄目そうだけれど、ハーレイと一緒に楽しめたならば、最高だから…。
一緒に飲めたなら・了
※今の生でもコーヒーが飲めそうにない、ブルー君。ハーレイ先生と一緒に飲みたいのに。
もしも飲めたら、とても楽しいことになりそう。コーヒー日誌をつけるハーレイ先生とかv
前と同じで、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(……今のハーレイも、苦いコーヒー、大好きなのに……)
ぼくには、ただの苦い飲み物、と夕食の席を思い出す。
今日、両親が食事の後に飲んでいたのは、そのコーヒー。
後片付けを済ませた母が、父と自分の分をカップに淹れて、二人で、ゆっくり。
ブルーも其処にいたのだけれども、ブルーの分のカップは無かった。
何故なら、飲めはしないから。
元々、飲んではいなかった上に、ハーレイと再会した後に…。
(…ハーレイも飲んでいるんだから、って、強請って…)
淹れて貰って、ハーレイと一緒に飲んだのだけれど、苦すぎて酷い目に遭った。
一口目から「駄目だ」と感じて、頑張ってみても飲み干せない。
結局、砂糖とミルクをたっぷり入れて貰って、ホイップクリームまで足して…。
(やっと飲めたの、パパもママも、ちゃんと見てたから…)
飲めないことが分かっているから、母は「ブルーも飲む?」とは訊いてくれない。
代わりにカップに注がれるのは、ホットミルクだったり、ココアだったり。
(…あんまりだよね…)
訊いてくれてもいいのにな、と不満だけれども、飲めないことは明白な事実。
それに両親は気付いていない、飲んだ後の後遺症まであった。
(後遺症って言うより、体質の問題なんだけど…)
コーヒーのカフェインにやられてしまって、飲んだ日の夜、眠れなかった。
お蔭で寝不足、前の自分にも、よくあったこと。
前のハーレイに「ぼくも飲むよ」と強請った後に、目が冴えて困った経験は多数。
そういう夜には、前のハーレイが寝かせてくれていたのに、今の自分は一人きり。
「眠れないよ」と訴えようにも、両親は別の部屋で寝ている。
ついでに、そんなことを言ったら、ますますコーヒーが遠ざかる。
「ブルーは、どうせ飲めないんだし」と、ミルクやココアばかりが出て来て。
本当は、飲んでみたいコーヒー。
前のハーレイも、今のハーレイも、紅茶よりコーヒーが好きだから。
(ハーレイも、ぼくも、好き嫌いは全く無いけれど…)
それとは違って嗜好の問題、側にあったら嬉しい飲み物。
前の自分の場合は紅茶で、前のハーレイはコーヒーだった。
白いシャングリラに、本物のコーヒーは無かったのに。
(…改造前のシャングリラだった頃は、本物のコーヒーがあったから…)
前の自分が人類の船から奪った物資には、コーヒーなども混ざっていた。
だから「本物」を楽しめたわけで、ハーレイは、すっかりコーヒー党。
自給自足の船になっても、その味が忘れられなかった。
酒好きの仲間たちと一緒に、合成の酒を飲んでいたけれど、それでは足りない。
(お酒は、仕事の合間なんかに飲めないし…)
朝食や昼食の時に飲むにも、アルコール類は駄目に決まっている。
そうなると、やはりコーヒーが欲しい、と思う仲間も多かったから…。
(…代用品が出来たんだよね…)
最初の間は酒と同じで合成品だった、白いシャングリラのコーヒー。
ところが、ひょんなことから生まれた、代用品のコーヒーがあった。
(船に子供たちが加わったから…)
子供たちには、合成品のチョコレートよりも本物を、と検討した末に出来た代用品。
イナゴ豆とも呼ばれるキャロブで、その豆から作られたチョコレートやコーヒー。
(キャロブは、カフェインが入ってないから…)
カフェインを加えて、コーヒーを作った。
前のハーレイは、それを好んで、休憩と言えば熱いコーヒー。
美味しそうに飲んでいるものだから、前の自分も欲しくなる。
(…美味しそうだ、っていうのもあったけど…)
それより何より、「ハーレイと同じ飲み物」を飲んでみたかった。
誰よりも愛した恋人なのだし、側にいる時は、一緒にカップを傾けたくなる。
もちろん、前のハーレイも同じで、そのために紅茶を飲んでいた。
青の間に来たら、いつでも紅茶。
コーヒーが飲めない恋人に合わせて、船で作られた紅茶を淹れて。
(…紅茶だったら、一緒に飲んでいたんだけれど…)
今の自分もそうなのだけれど、付き合ってくれるハーレイの好みは紅茶ではない。
遠く遥かな時の彼方でも、青い地球でも、ハーレイと言えばコーヒー党。
知っているから、飲みたいコーヒー。
ハーレイと一緒に、「美味しいよね」とカップを傾けて。
流石にブラックで飲むのは無理だし、適量の砂糖とミルクを入れて。
(…それが出来たら、いいのにね…)
ハーレイと一緒に飲めたなら、と溜息が零れ落ちてゆく。
「今度も、ぼくは駄目みたい」と、悲しくなって。
背丈が前と同じになっても、飲めるようになるとは思えないから。
(……ハーレイ、笑っていたんだもの……)
チビの自分がコーヒーに挑んで、苦さに閉口していた時に、笑ったハーレイ。
「ほらな」と、「やっぱり無理だったろう?」と、可笑しそうに。
それから母にアドバイスをした。
砂糖とミルクをたっぷりと入れて、おまけにホイップクリームを、と。
「前のブルーも、そうでしたから」と、「ブルーでも飲めるコーヒー」の作り方を伝えて。
(…そりゃ、ハーレイは、前のぼくのことを覚えているから…)
あのアドバイスも当然だけれど、笑っていたのは、きっとそれだけではないだろう。
自分自身の過去を踏まえて、その分までも…。
(可笑しくて、たまらなかったんだよ…!)
そうに決まっているんだから、と確信に近いものがある。
過去というのは、前のハーレイではなくて…。
(今のハーレイにも、本物のパパとママがいて…)
成人検査などは無いから、子供時代の記憶をきちんと持っている。
その中に、きっと、コーヒーのこともあるのだろう。
初めてコーヒーを飲んだ日のこと、どういう経験をしたのか、などが。
(…コーヒー党になってるんだし、ぼくと違って…)
酷い目などには、遭わなかったに違いない。
子供の舌には、コーヒーは苦すぎたのだとしても。
「苦い!」と顔を顰めたにしても、ちょっと背伸びをして、飲み終えた後は大満足。
大人の仲間入りをした気分になって、得意になって。
そうなんだろうな、と思う「今のハーレイと、コーヒーの出会い」。
けして最悪の出会いではなくて、最良とも言える初めてのコーヒー体験。
其処から道を歩み始めて、今は立派なコーヒー党。
だからこそ、「ブルー」を笑ったのだろう。
「今度も、やっぱり飲めないんだな」と、「前と全く同じじゃないか」と。
自分自身の過去と重ねてみたなら、違いは明らかなのだから。
コーヒーを好むか、そうでないかは、恐らく、出会いで分かるもの。
背伸びしてでも飲みたい子供か、白旗を掲げて逃げ出してしまう子供かで。
(…ホントに残念…)
コーヒーの才能は無さそうだから、と心底、残念で堪らない。
今の自分は、前とは別の人間なのに。
魂と見た目はそっくりだけれど、身体は違うものなのに。
(…せっかく、生まれ変わって来て…)
新しい身体を手に入れたのに、どうして同じになったのだろう。
「コーヒーが駄目だった」前の自分と、似ていなくても良かったのに。
(…ぼくがコーヒー党だったら…)
ハーレイは驚きそうだけれども、多分、嘆きはしない筈。
「俺のブルーは、どうなったんだ?」と慌てはしても、それだけのこと。
(…ぼくのおでこに、手を当てちゃって…)
熱を測って、「正気なのか?」と鳶色の瞳をパチパチとさせて、笑顔になる。
「それでも、お前はブルーだよな?」と。
「コーヒー党でも、俺のブルーだ」と、「そうか、今度は飲めるんだな」と。
(…ビックリした後は、喜びそうだよ…)
ぼくがコーヒー党だったなら、と容易に想像出来ること。
きっと、ハーレイは大喜びして、チビのブルーが育つ日を待ち侘びるのだろう。
デートに出掛けてゆける日を。
お気に入りの喫茶店に連れてゆく日を、まだか、まだか、と首を長くして。
(…ぼくが一緒に飲めたなら…)
出来るものね、と思いはしても、その日はどうやら来そうにない。
今の自分も、コーヒーは駄目なようだから。
前と同じに苦手に生まれて、育っても飲めそうにない身体だから。
(…飲める身体に生まれていたら…)
デートだけでなくて、家でも飲めて…、と想像だけが広がってゆく。
「もしも」と、「ぼくも、ハーレイと一緒に飲めたなら」と。
そうなっていたら、デートに出掛けて、美味しいコーヒーを二人で楽しむ。
飲めない自分には分からないけれど、コーヒーにも色々あるらしい。
淹れ方だとか、コーヒー豆の種類も沢山、奥の深い世界。
(……前のぼくたちには、キャロブのコーヒーしか無かったけれど……)
今なら、いくらでもコーヒーの世界を追い掛けてゆける。
淹れ方はもちろん、豆だって。
あの頃は無かった青い地球の上で、何種類もの豆が育っていて。
(…いろんな豆のを、喫茶店で飲んで、お気に入りが出来たら…)
何度も通ってゆくのもいいし、家でも挑戦したっていい。
ハーレイも自分もコーヒー党なら、それだけの価値はあるだろう。
「あのお店の味、家でやっても出せるかな?」などと、持ち掛けて。
「だって、家でも飲みたいものね」と、「淹れ方、二人で研究しようよ」と。
(…お店によっては、豆を売ってるトコだって…)
あると聞くから、そういう店なら、お気に入りの豆を買って持ち帰る。
そして二人で淹れるのだけれど、きっとお店のようにはいかない。
あちらはプロだし、ただのコーヒー党とは比較にならないノウハウがある。
だからこそ、その味に近付けたい。
ハーレイと二人で、頑張って。
「淹れ方かな?」と首を傾げたり、コーヒーメーカーのせいなのかも、と考えたり。
家にあるのでは駄目なのかも、とプロ仕様のを買い込んだり、と。
(…そういうのって、きっと楽しいよね?)
ハーレイと研究の日々を重ねて、美味しいコーヒーを目指す毎日。
「今日のは、ちょっと近付いたかな?」と、二人でカップを傾けて。
「次も、この淹れ方でやってみようか」などと、専用のノートに記録したりして。
(…記録は、ハーレイの係だよね?)
航宙日誌じゃなくって、コーヒー日誌、と笑みが零れる。
ハーレイなら、几帳面に書きそうだから。
日付も、使った豆の種類も、淹れた方法も、きちんと、細かく。
(…キャプテン・ハーレイの、コーヒー日誌…)
もうキャプテンじゃないんだけどね、と思いはしても、ハーレイは、同じハーレイのまま。
新しい身体になっていたって、コーヒー党のハーレイだから…。
(…コーヒー日誌、つけてくれそう…)
記録しようよ、と言ったなら。
「美味しいコーヒーを研究するには、記録も大事」と、そそのかしたら。
(…それとも、とっくに作ってるかな…?)
あのハーレイのことだものね、とクスッと笑う。
日記は今も書いているようだし、日記が兼ねているかもしれない。
美味しいコーヒーが出来上がった時は、覚え書きとして、日記に記録。
「この豆で、こういう淹れ方をしたら、美味しかった」といった具合に。
(…ぼくも一緒に飲めたなら…)
二人で暮らし始めた時には、コーヒー日誌が欲しいよね、と広がる夢。
「もしも、一緒に飲めたなら」と。
喫茶店で飲んで、家でも飲んで、あれこれ研究、と。
ハーレイが好きなコーヒーだから。
今の自分も駄目そうだけれど、ハーレイと一緒に楽しめたならば、最高だから…。
一緒に飲めたなら・了
※今の生でもコーヒーが飲めそうにない、ブルー君。ハーレイ先生と一緒に飲みたいのに。
もしも飲めたら、とても楽しいことになりそう。コーヒー日誌をつけるハーレイ先生とかv
PR
COMMENT