足りないんだけど
「ねえ、ハーレイ。…足りないんだけど…」
今のぼくには、と小さなブルーが紡いだ言葉。
二人きりで過ごす休日の午後に、何処か不満げな表情で。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 足りないって…。何がだ?」
分からんぞ、とハーレイは返して、テーブルを見回した。
ブルーのカップに入った紅茶は、まだ充分な量がある。
それにポットにおかわりもあるし、足りないわけがない。
(すると、ケーキか?)
俺と同じ大きさだった筈だが、と皿のケーキを眺める。
お互い、食べて減ったけれども、元々の量は…。
(ブルーは、菓子なら食べるから…)
ハーレイの分と同じサイズで、皿に載せられていた筈。
今のブルーは、それに不満があるのだろうか。
(…今頃、腹が減って来たのか?)
昼飯をしっかり食わんからだ、とハーレイは思う。
小食なブルーのための昼食、その量は常にとても少ない。
(……言わんこっちゃない……)
そりゃ、そんな日もあるだろう、と心の中で溜息をつく。
ブルーにしたって、必要な栄養の量は日によって違う。
(同じ言うなら、昼飯の時にして欲しかったな)
俺の分を分けてやったのに、とタイミングが少し悲しい。
今になって空腹を訴えられても、夕食までは時間がある。
分けてやれるのは、皿の上にあるケーキしか無い。
(腹が減った時に、飯の代わりに菓子ってのは、だ…)
あまり褒められたことではないし、相手が生徒なら叱る。
指導している柔道部員が、食事代わりに菓子だったなら。
(…しかしだな…)
ブルーの場合は、それと事情が全く異なる。
「お腹が減った」という言葉など、そうそう言わない。
前の生でも、今の生でも、ブルーが食べる量は少なすぎ。
(そういうヤツが、腹が減ったと言うんだし…)
ここは菓子でも食わせるべきだ、とハーレイは判断した。
夕食まで待たせて、しっかり食べて欲しいけれども…。
(そんな悠長なことをしてたら、また気が変わって…)
食わなくなるし、とブルーの方に皿を押し遣った。
「仕方ないなあ、俺が半分、食っちまったが…」
こっちの方は食ってないから、とケーキを指差す。
「そっち側から食えばいいだろ、食っていいぞ」と。
ハーレイが、半分食べてしまったケーキ。
直ぐに「ありがとう!」と返して、ブルーが食べ始める。
そうだとばかり思っていたのに、ブルーは食べない。
代わりに大きな溜息をついて、ケーキの皿を押し返した。
「違うよ、足りないのは、これじゃなくって…」
紅茶なんかでもないんだからね、とブルーが睨んで来る。
「もっと大事なものなんだよ」と。
「おいおいおい…」
いったい何が足りないんだ、とハーレイは慌てた。
お小遣いでもピンチなのだろうか、それなら有り得る。
(今月の分は使っちまったのに、本が欲しいとか…)
こいつの場合は充分あるな、と思い至った。
(だが、小遣いの援助など…)
してもいいのか、どうだろうか、と悩ましい。
財布を出して「ほら」と渡すのは、容易いけれど…。
(教育者として、どうなんだ?)
逆に指導をすべきでは、という気もする。
「計画的に使わないとな」と教え諭して、援助はしない。
(…そうするべきか?)
ブルーには少し気の毒だが、と思うけれども、仕方ない。
甘すぎるのは、きっとブルーのためにも良くない。
「よし、断るぞ」と決めた所で、ブルーが口を開いた。
「分からない? 足りないのは、ハーレイ成分なんだよ」
「……はあ?」
なんだソレは、とハーレイはポカンとするしかなかった。
『ハーレイ成分』とは、何のことだろう。
この「ハーレイ」を構成している元素などだろうか。
(しかし、そいつが足りないなどと言われても…)
俺を食う気じゃないだろうな、とハーレイは瞬きをする。
「まさかな」と、「肉は硬い筈だぞ」と。
するとブルーは、ハーレイを真っ直ぐ見詰めて言った。
「ハーレイと過ごす時間もそうだし、何もかもだよ!」
前のぼくに比べて足りなさすぎる、とブルーは主張した。
「これじゃ駄目だよ」と、「前と同じに育たないよ」と。
「…それで、俺を丸焼きにして、食おうってか?」
俺の肉は硬いと思うんだが、とハーレイは返す。
「お前じゃ、とても歯が立たん」と、「やめておけ」と。
「分かってるってば、だからその分、唇にキス…」
それで成分を補充出来るよ、とブルーは笑んだ。
「ぼくにハーレイ成分、ちょうだい」と。
「馬鹿野郎!」
だったら俺を丸ごと齧れ、とハーレイは腕を差し出した。
「何処からでもいいから、齧っていいぞ」
ついでにグッと力を入れて、自慢の筋肉を盛り上げる。
「お前ごときで、歯が立つかな?」と。
「さあ、存分に齧ってくれ」と、「好きなだけな」と…。
足りないんだけど・了
今のぼくには、と小さなブルーが紡いだ言葉。
二人きりで過ごす休日の午後に、何処か不満げな表情で。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 足りないって…。何がだ?」
分からんぞ、とハーレイは返して、テーブルを見回した。
ブルーのカップに入った紅茶は、まだ充分な量がある。
それにポットにおかわりもあるし、足りないわけがない。
(すると、ケーキか?)
俺と同じ大きさだった筈だが、と皿のケーキを眺める。
お互い、食べて減ったけれども、元々の量は…。
(ブルーは、菓子なら食べるから…)
ハーレイの分と同じサイズで、皿に載せられていた筈。
今のブルーは、それに不満があるのだろうか。
(…今頃、腹が減って来たのか?)
昼飯をしっかり食わんからだ、とハーレイは思う。
小食なブルーのための昼食、その量は常にとても少ない。
(……言わんこっちゃない……)
そりゃ、そんな日もあるだろう、と心の中で溜息をつく。
ブルーにしたって、必要な栄養の量は日によって違う。
(同じ言うなら、昼飯の時にして欲しかったな)
俺の分を分けてやったのに、とタイミングが少し悲しい。
今になって空腹を訴えられても、夕食までは時間がある。
分けてやれるのは、皿の上にあるケーキしか無い。
(腹が減った時に、飯の代わりに菓子ってのは、だ…)
あまり褒められたことではないし、相手が生徒なら叱る。
指導している柔道部員が、食事代わりに菓子だったなら。
(…しかしだな…)
ブルーの場合は、それと事情が全く異なる。
「お腹が減った」という言葉など、そうそう言わない。
前の生でも、今の生でも、ブルーが食べる量は少なすぎ。
(そういうヤツが、腹が減ったと言うんだし…)
ここは菓子でも食わせるべきだ、とハーレイは判断した。
夕食まで待たせて、しっかり食べて欲しいけれども…。
(そんな悠長なことをしてたら、また気が変わって…)
食わなくなるし、とブルーの方に皿を押し遣った。
「仕方ないなあ、俺が半分、食っちまったが…」
こっちの方は食ってないから、とケーキを指差す。
「そっち側から食えばいいだろ、食っていいぞ」と。
ハーレイが、半分食べてしまったケーキ。
直ぐに「ありがとう!」と返して、ブルーが食べ始める。
そうだとばかり思っていたのに、ブルーは食べない。
代わりに大きな溜息をついて、ケーキの皿を押し返した。
「違うよ、足りないのは、これじゃなくって…」
紅茶なんかでもないんだからね、とブルーが睨んで来る。
「もっと大事なものなんだよ」と。
「おいおいおい…」
いったい何が足りないんだ、とハーレイは慌てた。
お小遣いでもピンチなのだろうか、それなら有り得る。
(今月の分は使っちまったのに、本が欲しいとか…)
こいつの場合は充分あるな、と思い至った。
(だが、小遣いの援助など…)
してもいいのか、どうだろうか、と悩ましい。
財布を出して「ほら」と渡すのは、容易いけれど…。
(教育者として、どうなんだ?)
逆に指導をすべきでは、という気もする。
「計画的に使わないとな」と教え諭して、援助はしない。
(…そうするべきか?)
ブルーには少し気の毒だが、と思うけれども、仕方ない。
甘すぎるのは、きっとブルーのためにも良くない。
「よし、断るぞ」と決めた所で、ブルーが口を開いた。
「分からない? 足りないのは、ハーレイ成分なんだよ」
「……はあ?」
なんだソレは、とハーレイはポカンとするしかなかった。
『ハーレイ成分』とは、何のことだろう。
この「ハーレイ」を構成している元素などだろうか。
(しかし、そいつが足りないなどと言われても…)
俺を食う気じゃないだろうな、とハーレイは瞬きをする。
「まさかな」と、「肉は硬い筈だぞ」と。
するとブルーは、ハーレイを真っ直ぐ見詰めて言った。
「ハーレイと過ごす時間もそうだし、何もかもだよ!」
前のぼくに比べて足りなさすぎる、とブルーは主張した。
「これじゃ駄目だよ」と、「前と同じに育たないよ」と。
「…それで、俺を丸焼きにして、食おうってか?」
俺の肉は硬いと思うんだが、とハーレイは返す。
「お前じゃ、とても歯が立たん」と、「やめておけ」と。
「分かってるってば、だからその分、唇にキス…」
それで成分を補充出来るよ、とブルーは笑んだ。
「ぼくにハーレイ成分、ちょうだい」と。
「馬鹿野郎!」
だったら俺を丸ごと齧れ、とハーレイは腕を差し出した。
「何処からでもいいから、齧っていいぞ」
ついでにグッと力を入れて、自慢の筋肉を盛り上げる。
「お前ごときで、歯が立つかな?」と。
「さあ、存分に齧ってくれ」と、「好きなだけな」と…。
足りないんだけど・了
PR
COMMENT