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あの服があったなら
(前のぼくって……)
 十五年間もパジャマ無しだったっけ、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今のブルーが着ているのは、パジャマ。
 お風呂から上がったら、いつもパジャマで、それを着てベッドに入るけれども…。
(……十五年間も……)
 パジャマは着ないで、ソルジャーの衣装で眠り続けたのが「ソルジャー・ブルー」。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分がやっていたこと。
(正確に言えば、ぼくがやったんじゃなくて…)
 白いシャングリラにいた仲間たちが、着せつけてくれたソルジャーの衣装。
 ベッドで昏々と眠り続けるソルジャー・ブルーが、いつ目覚めてもいいように、と。
(…心遣いは分かるんだけどね…)
 途中からパジャマにしちゃえば良かったのに、と今だから思う。
 「あんな衣装を着せておいても、起きて直ぐには、動けるわけがないんだから」と。
 実際、前の自分は、そうだった。
 キースの気配で目覚めたけれども、思念波さえも飛ばせなかったくらいの弱りっぷり。
 「船が危ない」と知らせたくても、誰にも思念が届かないから、自分の二本の足を頼りに…。
(…ヨロヨロ歩いて、格納庫まで行って先回り…)
 そうするしかなくて、その途中でも、何度も倒れた。
 十五年間も眠り続けた上に、寿命の残りも少なくなってしまった身体は、弱すぎたから。
(あれじゃ、パジャマで歩いてたって…)
 そんなに変わりはしないと思う、と振り返ってみる遠い出来事。
 前の自分は、パジャマ姿で良かったのでは、と。
(そりゃあ、パジャマを着ていたら…)
 キースの前にも、それで出て行くことになったけれども、構わないだろう。
 あちらが「馬鹿にしているのか?」と怒ったとしても、結果が全て。
 要はキースと対峙するだけ、もしかしたなら…。
(パジャマで、意表を突かれたキースは…)
 隙が出来たかもしれないものね、という気だって、多少、するものだから。


 それはともかく、前の自分が十五年間も着ていた衣装。
 手袋もブーツも身に着けたままで、前の自分は眠り続けた。
(意識が無いから、邪魔だと思いはしないけど…)
 着せつけた仲間も、それでいいのだと考えていたに違いない。
 ソルジャーの衣装は、そういう風に出来ていたから。
 特別な生地で作られていた、ソルジャーだけのための制服。
 手袋もブーツも、着けたままでも「邪魔だと感じる」ことなどは無い。
 まるで身体の一部のように、しっくりと馴染んだ手袋やブーツ。
 そうだからこそ、誰一人として「パジャマの方がいいのでは」とは、言い出さなかった。
 十五年間も眠っていようと、衣装のせいで身体に悪影響は出ないから。
 むしろパジャマを着せつけた方が、体調管理が難しいほどで。
(…シャングリラの中は、空調が効いているけれど…)
 青の間の空調も完璧だけれど、万一ということはある。
 宇宙空間を飛んでいる船で、空調が壊れてしまったならば…。
(アッと言う間に、とんでもなく冷えて…)
 部屋の中でも氷が張るほど、寒くなってしまうというのは常識。
 逆に、恒星の近くを飛んでいたなら、とんでもなく暑くなることだろう。
 絶え間なくシャワーを浴びていたいほど、水風呂に浸かっていたいくらいに。
(そうなるまでは、ほんの一瞬…)
 いくら青の間が広いと言っても、「丁度いい温度」を長く保ってはいられない。
 それに、青の間に影響が出るほどだったら、他の場所だって大変な状態。
(…青の間を後回し、ってことは無いけど…)
 手が回らないことは確実、どうしても遅れが出てしまう。
 その間に、弱って昏睡状態の「ソルジャー・ブルー」の身に何かあったら…。
(もう、取り返しがつかないものね?)
 だからパジャマじゃ危ないんだよ、と渋々、納得せざるを得ない。
 「パジャマに着替えさせた方がいいのでは」なんて、言えやしない、と。
 善意でパジャマを着せたばかりに、空調の故障で、ソルジャーが風邪を引いたなら…。
(命が危なくなることだって…)
 ありそうなのだし、あの制服を着せておくのが一番安全。
 見た目は窮屈そうに見えても、そうではないのは、誰もが知っていたことだから。


(…そうなんだけど…)
 今のぼくだと、パジャマがいいな、と眺めた自分のパジャマの袖。
 ベッドでぐっすり眠るためには、断然、パジャマの方がいい。
(……ソルジャーの制服、着心地は悪くないんだけれど……)
 ブーツまで履いて、ベッドに入るというのはちょっと…、と足をぶらぶらさせてみる。
 ベッドに入って、シーツの海と掛け布団の波にくるまれる時には、素足がいい。
 ブーツなんかが間に入れば、せっかくの幸せなフカフカ気分が台無しだから。
(…そうはならない、って分かってるけど…)
 ソルジャーのブーツは特別だから、シーツも布団も、フカフカ感も分かる筈。
 手袋も同じで、着けていたって、ベッドの心地良さは伝わるけれど…。
(やっぱり、普通に寝たいってば!)
 あんな服なんか着たままよりも、とプウッと頬を膨らませた。
 「前のぼくって、我慢強いよ」と、「いつだって、あれを着てたんだから」と。
(十五年間、眠っていた時は…)
 意識なんかは無かったけれども、そうなる前は違っていた。
 何処へ行くにも、何をするにしても、あの制服をきちんと着ていた。
 仲間たちの目に入る場所では、手袋を外すことさえしないで、背中にはマント。
 それがソルジャーの正装だったし、仕方なくと言えば「仕方なく」。
(…いつの間にか、ぼくも慣れてしまって…)
 そういうものだと思っていたから、特に不自由は感じなかった。
 「マントを外して、のんびりしたいな」とは思わなかったし、手袋も同じ。
 たまに、チラリと思いはしたって…。
(実行したりはしなかったしね?)
 今のぼくなら、絶対に無理、とフウと溜息を零したけれど…。
(…今、あの服があったなら…)
 どうなるのかな、と思考が別の方へと向いた。
 「ソルジャー・ブルー」は、今の時代は、絶大な人気を誇っている。
 あの制服だって、似たものが売られていそうな感じ。
 特別な生地ではないだろうけれど、見た目だけなら瓜二つのが。
 だから「着よう」と思いさえすれば、あの服はきっと、手に入るけれど…。


(でも、そんなのじゃなくて…)
 本物の制服だったなら…、と「もしも」の世界が頭に浮かんだ。
 前の自分が着ていた衣装が、今の世界に現れたなら、と。
(…普通なら、有り得ないんだけれど…)
 聖痕をくれた神様だったら、そのくらいは「お安い御用」だろう。
 ある日、神様が悪戯心を起こして、あの制服を届けて来るとか。
(朝、目が覚めたら、枕元に…)
 綺麗に畳まれたソルジャーの衣装が、ポンと置かれているかもしれない。
 ブーツも手袋も、それにマントも、ちゃんと揃っているものが。
(これは何なの、って目を丸くして見ていたら…)
 高い空から、神様の声が降って来る。
 「今日は一日、その服を着て過ごしなさい」と。
(そんなの困るよ、って、大慌てで…)
 クローゼットの扉を開けたら、普段の服は消えてしまって何処にも無い。
 朝、着るつもりで用意していた服はもちろん、学校の制服までもが消え失せた世界。
(…着ていたパジャマはあるけれど…)
 他には何も残っていなくて、学校へ行こうと思うのならば…。
(ソルジャーの服を着るしかなくって…)
 神様が寄越した服の側には、「その服は誰にも見えませんよ」と書かれた紙が置いてある。
 「だから安心して、それを着なさい」と、「学校にだって行けますから」と。
(そう言われたら、着るしかないじゃない…!)
 パジャマだけはあるから、学校を休めば、ソルジャーの衣装は着なくていい。
 「具合が悪いよ」と母に訴えたら、「寝ていなさい」と言われるから。
 「学校には連絡を入れておくから」と、「無理に起きたりしちゃ駄目よ」と。
(でも、そんな日に限って…)
 古典の授業があるんだよね、と頭に描いたハーレイの顔。
 前の生から愛した恋人、今は学校の古典の教師。
 そのハーレイに会いたいのならば、学校を休むわけにはいかない。
 ソルジャーの衣装を着るしかなくても、ハーレイの授業は受けたいのだし…。
(諦めて、着るしかないってこと…)
 他に選択肢は一つも無いから、パジャマを脱いで、神様が悪戯で寄越した衣装を。


 着込むしかない、ソルジャーの衣装。
 前の自分で馴れているから、チビの自分でも困らずに着られる。
 シャングリラの仲間たちが来ていた制服に似た服、それを最初に身に着けて…。
(それから上着で、手袋をはめて…)
 ブーツを履いたら、最後にマント。
 あの制服が出来た時には、前の自分は育っていたから、チビの姿で着たことは無い。
(そういう意味では、とっても新鮮…)
 鏡に映ったチビの自分は、「少年の姿のソルジャー・ブルー」。
 凛々しいと言うより、可愛らしい、といった感じだろうか。
(…パパやママとか、ハーレイの感想…)
 是非とも聞いてみたいけれども、残念なことに、他の人の目には映らない。
 階段を下りて、朝食を食べにダイニングに行っても、母にソルジャーの衣装は見えない。
(早く食べないと遅刻するわよ、って…)
 言われるだけで、朝食を載せたお皿が並べられるだけ。
 トーストか、あるいはホットケーキか。
 それにサラダと、紅茶かミルク。
(前の晩に、あまり食べてなかったら…)
 「食べなさいね」と、目玉焼きかオムレツもあることだろう。
 珍しいメニューではないのだけれども、ソルジャーの衣装というのが問題。
 手袋をはめたまま、トーストを口にするしかない。
 トーストを千切るのも、バターを塗るのも、手袋をはめた手。
(それじゃ、食べた気、しないんだけど…!)
 前のぼくとは違うんだから、と文句を言っても始まらない。
 神様は承知で衣装を寄越したのだし、母には「見えてはいない」のだから。
(…ホットケーキだったら、少しはマシかも…)
 ナイフとフォークで食べるんだしね、と思いはしても、やっぱり馴染まない。
 「手袋をはめたまま食事」だなんて、今の自分は未経験だから。
 前の自分の記憶があっても、それとこれとは別問題。
(お昼御飯も、晩御飯の時も、おやつの時間も手袋なの…?)
 何処に食べたか分からないよ、と泣きたい気分。
 「酷い」と、「手袋を外したいよ」と。


(…御飯も、おやつも、美味しさ半減…)
 半分どころか、八割ほど減ってしまうかも、と嘆くしかない「手袋をはめた手」。
 それだけでもツイていないというのに、そんな思いをしてまで着ているソルジャーの服は…。
(ハーレイに会っても、見ては貰えないんだよ!)
 せっかくチビの自分の姿で、あの制服を着ているのに。
 もしハーレイが気付いてくれたら、「似合うじゃないか」と言ってくれそうなのに。
(チビでも、ちゃんと似合うもんだな、って…)
 あの大きな手で、頭をクシャリと撫でてくれそう。
 学校では時間が無かったとしても、仕事帰りに、わざわざ家まで訪ねて来てくれて。
(だけど、ハーレイには見えていなくて…)
 ついでに、そういう時に限って、仕事が忙しいのだろう。
 帰りに寄ってはくれない日。
 「今日はハーレイ、来てくれなかった…」と、ガッカリする日。
(制服だけでも厄介なのに、ハーレイは来てくれなくて…)
 手袋をはめて、おやつと、それに晩御飯、と情けない気分。
 「あの服があったなら、そうなっちゃいそう」と、肩を落として。
 ちょっと想像してみただけでは、いいことは思い付かなくて。
(…もしも、あの服があったなら…)
 一日だけでクタクタだよ、と溜息だけしか出て来ないから、あの服は要らない。
 いくら特別な衣装でも。
 前の生では馴染んだ服でも、今の時代も瓜二つの服が売られるくらいに大人気でも…。



           あの服があったなら・了


※今の自分が、ソルジャーの制服を着ることになったなら、と想像してみたブルー君。
 手袋をはめたまま食事するだけでも、大変そうな感じです。きっと一日でクタクタですねv








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