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あの服があったら
(俺の服なあ……)
 すっかり変わっちまったな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 一口、飲もうと口に運んだ時、目に入ったものが服の袖口。
 なんということも無いのだけれども、今夜は、それに「気が付いた」。
(いつもの見慣れたシャツなんだがな…)
 何処も変わっちゃいないんだが、と改めて、しげしげと見る。
 仕事に着ていくわけではないから、ワイシャツではない、ただの普段着。
 家でゆったり寛げるように、選んで買った中の一枚。
 とはいえ、高級品ではなくて…。
(大抵の店には、置いてるような類のヤツで…)
 値段の方も、ごくごく普通の、平凡なシャツに過ぎない「それ」。
(…ところが、どっこい…)
 百八十度の転換なんだ、と袖口を軽く引っ張った。
 「こんな服、前は着ちゃいなかった」と。
 前と言っても、子供時代のことではなくて、それよりも、ずっと昔のこと。
 遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた時代。
 あの頃の、自分の服と言ったら…。
(カッチリとしてた、キャプテンの服で…)
 上着ばかりか、マントまでもがくっついていた。
 そう、「マントまで着けて」仕上がる服装、省略することは許されない。
 何故なら、それが「制服」だから。
 キャプテンと言えば上着にマントで、何処へ行くにも、その恰好。
(うんと暑くて、入っただけで汗が出て来るような…)
 機関部の奥へ入る時にも、キャプテンは上着とマントを着用。
 汗をかくのが嫌なのだったら、シールドを張れば済むことだから。
 ただし、シャングリラでの約束事は…。
(むやみにサイオンを使わないことで…)
 キャプテンが進んで破るのは…、と考えたから、いつも汗だくになっていた。
 機関部のクルーも汗だくだったし、其処へ入ってゆくのだから。


 実にとんでもない服だった、と今になったら思える制服。
 当時の自分は、それに馴染んでいたけれど。
 「汗をかいたら着替えればいい」と、暑い場所にも行ったくらいに「普段の服装」。
(今なら、御免蒙りたいぞ…)
 行き先が暑いと分かっているなら、まずは上着を置いて出掛ける。
 それでも汗が出そうだったら、袖を捲って、襟元のボタンも外してやって…。
(許されるんなら、シャツなんてヤツは…)
 脱いでしまって、下着の方のシャツになるのがいいだろう。
 誰も咎めはしないのだったら、下着のシャツも脱いだっていい。
(そうすりゃ、うんと暑くったって、だ…)
 流れる汗をタオルで拭きつつ、其処での仕事を片付けてやって、その後は…。
(タオルを冷たい水で絞って、身体を拭いて、サッパリとして…)
 元の服を着て、爽やかな気分で帰ればいい。
 「よし、一仕事、片付いたぞ」と、充実感を噛み締めながら。
(今の俺だと、そう出来るんだが…)
 キャプテンだった頃は、違うんだよな、と「今の普段着」を眺めてみた。
 「こんな服さえ、着られなかった時代なんだ」と。
 シャングリラで暮らすミュウは制服、私服なんかは無かったから。
(…制服が出来る前の時代は、前の俺だって…)
 自分のサイズに合えばいいから、と適当な服を選んで着ていた。
 その時代ならば、暑い場所では袖を捲って…。
(脱いじまってた時もあるんだが、制服が出来てからの時代は…)
 何処へ行くにも常に制服、ご丁寧にも、背中にはマント。
 朝、目覚めたら、直ぐに着替えねばならなかった。
 何の役職も無い仲間ならば、「これで完成」という服を身につけ、その上に制服。
(上着に、ズボンに、背中にはマント…)
 よくも毎日、着ていたもんだ、と我が事ながら感心させられる。
 「スーツだったら、馴れたモンだが」と、「スーツより、よっぽど御大層だぞ」と。
 スーツも「きちんとしている」けれども、上着を羽織って、ネクタイを締めれば完成する。
 マントなんかは要らないわけだし、ネクタイは好みで選べるのだから。


(アレを毎日、着ていたってか…)
 ご苦労なことだ、と思うけれども、懐かしくもある。
 今はもう、持ってはいない服だし、袖を通す日も来ないから。
 クローゼットの何処を探しても、あの服は、出ては来ないのだから。
(…キャプテン・ハーレイの制服、ってヤツは…)
 探せば、売られていそうではある。
 なんと言っても英雄なのだし、少ないとはいえ、ファンがいるのも間違いない。
 行きつけの理髪店の店主も、その一人。
 「キャプテン・ハーレイに瓜二つ」の「ハーレイ」、その来店を心待ちにしているほどに。
(ファンがいるなら、ニーズの方も…)
 きっとあるから、レプリカとまではいかないまでも、似たような服があるだろう。
 上着とズボンとマントのセットで、着れば「キャプテン」の気分になれるのが。
(まあ、そういうのは、先のお楽しみで、だ…)
 いつかブルーと暮らし始めたら、探してみるのもいいかもしれない。
 あの制服を着て「キャプテン・ハーレイ」風に暮らす一日。
 ブルーには、ちゃんと敬語を使って、白いシャングリラにいた頃のように。
(ちょいと素敵な日になるかもな?)
 悪くないぞ、と考えるけれど、今、あの服が此処にあったら。
 ブルーとの素敵な時間などとは、まるで関係なく「現れる」服。
(…一日だけ、これを着ていろ、と…)
 神様の気まぐれで湧いて出たなら、どうだろう。
(なんたって、神様のなさることだし…)
 あの制服を着込んでいたって、誰も変には思わない。
 チビのブルーにバッタリ会っても、ブルーも「それ」とは気付かない仕組み。
 ただ「自分」だけが、「あの服なんだ」と自覚する服。
(…裸の王様みたいだが…)
 裸ってことではないわけなんだ、と顎に手を当てた。
 マントまでついた面倒な服は、今の自分を縛っているだけ、他の人とは無関係。
 生徒に会おうが、同僚に会おうが、「その服は?」などと訊かれはしない。
 彼らの目には、いつも通りの「ハーレイ」の姿が映るから。
 ブルーに会っても同じ理屈で、普段通りの服の「ハーレイ」がいるだけだから。


 神様が仕掛けた、「キャプテンの制服」で過ごす一日。
 たった一日だけだとはいえ、前の自分の服装で暮らすことになったなら…。
(…どうなるんだ?)
 俺の暮らしは、と想像の翼を羽ばたかせる。
 朝、目を覚ましたら、枕元に揃えて置かれている「それ」。
 神様からのメッセージつきで、「他の人には見えませんから」と説明つきのキャプテンの服。
(一日だけ、これで過ごして下さい、と…)
 そう神様が仰るからには、他の選択肢は無いのだろう。
 家の中から、普段の服やらスーツなんかは消えてしまって、何処にも無い。
 「他の服は?」と慌てて探し回っても、クローゼットの中は空っぽで。
 「無いなら、急いで洗って着るぞ」と走って行っても、洗濯物の籠も綺麗に空で。
(…そうなると、着るしかないわけで…)
 パジャマ姿で顔を洗ったら、「あの服」に袖を通すしかない。
 他のミュウたちも着ていた服から、先に纏って。
(出来れば、其処で朝飯をだな…)
 食いたいんだが、と思うけれども、きっと神様に叱られる。
 天から、声が降って来て。
 「あの頃のように暮らしなさい」と、「朝食は、着替えてからですよ」と。
(…つまりは、アレを着込んでだな…)
 上着もマントも、きちんと着けて、それから朝食の支度をする。
 トーストを焼いたり、コーヒーを淹れるのは、まだいいとしても…。
(俺の気に入りの朝飯ってヤツは…)
 オムレツなどの卵料理に、ソーセージやベーコンを添えたもの。
 サラダも欲しいし、そういったものを「キャプテンの服で」用意しなければ。
 白いシャングリラでは、朝食は作らなかったのに。
 厨房に立つことさえも無くて、料理は全て、厨房のクルー任せだったのに。
(…だが、たった一つ…)
 前のブルーのための野菜スープは、あの制服で作っていた。
 クルーに混じって厨房に立って、ただし、腕捲りなどはしないで。
 キャプテンの威厳を保たなければ、とマントも外さず、着込んだままで。


(…ということは、今の俺が朝飯を作るのも…)
 条件は全く同じなんだな、とクラリとした。
 「あの格好でフライパンか」と、「卵を割って、焼けってことか」と。
 確かに、前の自分だった頃には、こう言ったものだ。
 片目を軽くパチンと瞑って、「フライパンも船も、似たようなものさ」と。
 どちらも焦がさないのが大切、そう嘯いていたけれど。
 後継者のシドも、同じ言葉で励ましたけれど、今の自分の敵はフライパン。
 いきなりキャプテンの制服を着せられ、オムレツを焼けと言われても…。
(焦がしちまう気しかしないんだが…!)
 袖とかに気を取られてて…、と嫌な予感がこみ上げてくる。
 普段の服なら、鼻歌交じりにオムレツを焼いて、スクランブルエッグも慣れたもの。
 目玉焼きも好みの加減に焼けるし、ご機嫌な朝の始まりなのに…。
(…あの服があったら、卵料理は…)
 失敗だろうな、と零れる溜息。
 そうして出来た失敗作を、あの制服を纏って食べる。
 テーブルも椅子も、ダイニングからの庭の景色も、いつもと全く変わらない朝。
 その中で「自分」だけが異分子、キャプテンの制服を着ての朝食。
 食べ終わったら、白いシャングリラの頃と違って…。
(皿もカップも、焦がしちまったフライパンも…)
 自分で洗うしかない運命で、其処でも袖は捲れない。
 エプロンを着けるなど言語道断、キャプテンは、あくまでキャプテンらしく。
(……威厳たっぷりに、皿洗いなんぞ……)
 あってたまるか、と言いたいけれども、あの服があったら、そうするしかない。
 神様は「あの服を着て、一日、過ごしなさい」と、キャプテンの制服を寄越したから。
 他の人には見えないように細工までして、枕元に置いて行ったのだから。
(…なんとか、汚さないように…)
 気を遣いながら洗い物を済ませて、お次は出勤。
 愛車の運転席に座って、エンジンをスタート。
(シャングリラ発進! と、普段から、やってはいるんだが…)
 まさか制服で運転する日が来るなんて、と、其処は愉快な気分ではある。
 シャングリラの舵輪を握っていた服、それで車のハンドルを握って走るのだから。


(学校の仕事は、皿洗いとかに比べれば…)
 あの制服でも問題は無くて、ブルーが気付いてくれないことが寂しい程度。
 柔道部の指導は、神様が制服を寄越したからには、その日は、恐らく無いのだろう。
(会議に出て下さい、とか、そんな具合で…)
 柔道着に着替える場面は無しで、仕事が終われば、ブルーの家には寄れないで…。
(買い物をして帰りなさい、と、神様が…)
 そんな所だ、と思い浮かべる買い物の風景。
 「この服でも、作るのに困らん料理を選ばないと」と、スーパーで頭を悩ませる自分。
 手抜きではなくて、しっかり食べられて、洗い物の数は少なめで…。
(鍋ってトコだな、そして食っても、寝るまでは、ずっと…)
 書斎でも制服のままなんだぞ、と考えただけで肩が凝りそう。
 「あの服があったら、俺は一日でヘトヘトだ」と。
 前の自分は、よく平気だったと、感心しながらコーヒーのカップを傾ける。
 「尊敬するぞ」と、「キャプテンだった俺に、乾杯だな」と…。



            あの服があったら・了


※もしも今、キャプテンの制服を着ることになったら、と想像してみたハーレイ先生。
 あの制服で普段通りの一日、考えただけでも大変そう。ヘトヘトになって、肩凝りまでv









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