あの船に行けたなら
(…シャングリラかあ…)
何処にも残っていないんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
白いシャングリラ、ミュウの箱舟だった船。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が長く暮らした宇宙船。
その船と仲間たちの命を守って、前の自分は宇宙に散った。
(……思い出すと、やっぱり怖いんだけどね…)
メギドのことだけは今も怖いよ、と肩を震わせて、右手をキュッと握り締める。
「大丈夫、ぼくは此処にいるから」と。
今の自分は、青い地球の上に生まれ変わって、ハーレイだっているのだから。
(そう、ハーレイもいるんだから…)
あの船が今も何処かにあったら良かったのに、と思考を元の所へ戻す。
「もう一度、あの船に会いたいよ」と、「ハーレイと見に行きたいのにな」と。
シャングリラは、もう何処を探しても、残ってはいない。
トォニィが解体を決めてしまって、直ぐに実行されたから。
(…船体の一部の金属は、今も大事に残されていて…)
加工されて、結婚指輪になるらしい。
一年に一度だけ、抽選があって、希望するカップルが手に入れられる。
(ぼくも、ハーレイと結婚する時は…)
もちろん申し込むのだけれども、当たるかどうかは分からない。
それに、当たっても、船体に使われていた金属なだけで…。
(シャングリラが見られるわけじゃないしね…)
思い出が手に入るだけ、と少し寂しい。
他にシャングリラの名残りと言ったら、船で育てていた植物たち。
解体する時、アルテメシアの公園に移植されたから…。
(アルテメシアで見られるけれども、そっちも代替わりしちゃっているし…)
第一、植物だけなんだし、と零れる溜息。
「船は何処にも残ってないよ」と、「行きたくても、もう無いんだから」と。
シャングリラが今も残っていたなら、人気絶大だっただろう。
見学するにも、予約で抽選かもしれない。
(だけど、それでも…)
当たるまで、申し込むんだもんね、と思うくらいに懐かしい船。
前のハーレイと暮らした船だし、世界の全てでもあった。
燃えるアルタミラを脱出したのも、改造前の「シャングリラ」だから。
(今もあったら、シャングリラを見に行ける星は…)
間違いなく、この地球だと思う。
白いシャングリラと縁が深いのは、雲海の星のアルテメシアでも。
あの星にいた時間が、いくら一番長いと言っても、目指した星は地球だから。
青い水の星が蘇ったのなら、其処に置こうとするだろうから。
(…植物が移植されてる、「シャングリラの森」っていうのは…)
その当時の地球は、まだ蘇る前の段階だったから、そうなっただけ。
SD体制が崩壊した時、燃え上がり、不死鳥のように蘇った地球。
それには長い時間がかかって、トォニィの時代には、今の姿には戻らなかった。
(そんな星には、植物は移植出来ないし…)
アルテメシアが選ばれただけで、記念墓地だって、同じ理由でアルテメシアに作られた。
どちらも、其処に落ち着いたから、地球には移されなかったけれど…。
(シャングリラだったら、宇宙船なんだし…)
地球が青い星に戻ったならば、運んで来ようとするだろう。
その時のために、メンテナンスも欠かすことなく、船を維持しているだろうから。
(…運んで来るなら、絶対、ぼくとハーレイが…)
苦労しないで行ける此処だよ、と今の自分が暮らす地域を思う。
人間が地球しか知らなかった頃には、「日本」という島国が在った場所。
その島は、とうに無いのだけれども、今も「日本」を名乗っている。
有難いことに、その「日本」には…。
(前のハーレイが作った、木彫りのウサギ…)
本当はナキネズミだったのだけれど、それを所蔵する博物館がある。
宇宙遺産になった「ウサギ」が、この地域で保管されているくらいだから…。
(シャングリラだって、きっと…)
今の自分が暮らす地域に、やって来るのに違いない。
此処が選ばれ、アルテメシアから、もう一度、地球まで旅をして来て。
今度は平和な青い地球まで、平穏無事に宇宙を渡って。
(今のぼくとハーレイが、生まれて来るより、ずっと前から…)
白いシャングリラは此処で保存され、人気を博していることだろう。
もしかしたら、記憶が戻って来るよりも前に…。
(ぼくも、ハーレイも、シャングリラを見に…)
出掛けたことがあるかもしれない。
中の見学は抽選だとしても、船体ならば自由に見られる。
とても大きな船だったのだし、近くまで行けば、誰だって…。
(あの船だよね、って指差して、見て…)
船をバックに記念写真も撮れるだろう。
「あの船が、ミュウの歴史の始まりの船」と、出会えた嬉しさを瞳に湛えて。
抽選に当たって中を見られたら、もっと素敵な気分だろう、と夢を描いて。
(…もしも、抽選に当たるんだったら…)
その幸運は、大切に取っておきたい。
記憶が戻って来るよりも前に、知らずに使ってしまわないように。
白いシャングリラの価値さえ知らない、幼かった頃に当たったのでは…。
(…パパやママと一緒に出掛けて、キョロキョロ眺めているだけで…)
ろくに記憶に残らない上、幼い子供のことだから…。
(途中で疲れて、パパの背中に背負って貰って…)
見て回る内に眠ってしまって、貴重なチャンスは、それでおしまい。
その時に撮った写真が貼られた、アルバムを眺めては悔し涙で…。
(ハーレイと一緒に行きたかったよ、って…)
何度も思うに違いないから、抽選に当たる運は「取っておく」。
取っておくことが出来るなら。
神様が許してくれるのだったら、いつか大きくなった時まで。
ハーレイと二人で出掛けてゆける時が来るまで、使うことなく、大事にして。
シャングリラが今も残っていたなら、この青い地球にあるのなら…。
(絶対、ハーレイと見に行くんだよ)
行ってみたいな、と想像の翼を羽ばたかせる。
「もしも、あの船に行けたなら」と。
今は宇宙の何処にも無い船、行きたくても行けない船だけれども。
(…この地球にあって、おまけに、ぼくが住んでる地域で…)
シャングリラを見られる場所があるなら、きっと、それほど遠くはない。
「木彫りのウサギ」を保管している博物館は、今の自分とハーレイが暮らす町にある。
だからシャングリラも、そう遠くない所にあるだろう。
(木彫りのウサギは、宇宙遺産で…)
五十年に一度、本物が公開される時には、長蛇の列が博物館を取り巻くほど。
広い宇宙の遠い星から、わざわざ見に来る人だっている。
それほど熱心な見学者ならば、シャングリラを見ずに帰ることなど…。
(絶対、したくない筈だしね?)
普段はレプリカの「木彫りのウサギ」も、博物館の目玉の展示品。
レプリカだって見に来る人は多くて、その人たちもシャングリラを見たいだろう。
(そういう人たちが、シャングリラを見に行きやすいように…)
此処から近い場所が選ばれ、展示されるのは自然な成り行き。
博物館の「木彫りのウサギ」と、シャングリラをセットで見られるように。
(大きい船だし、郊外の方に行かないと…)
シャングリラの展示は無理だろうけれど、ハーレイの車なら充分、行けると思う。
ちょっとドライブするほどの距離で。
「今日は、シャングリラを見に行ってみるか」と、ハーレイが提案してくれて。
(抽選に当たっていなくても…)
船体を見るのは自由なのだし、まずは二人で記念撮影。
絶好の撮影スポットを調べて行って、同好の士にカメラのシャッターを押して貰って。
とびきりの笑顔で二人並んで、あの懐かしい船を背景にして。
(撮ってくれた人に、記念撮影、お願いされちゃうかもね?)
「キャプテン・ハーレイ」と「ソルジャー・ブルー」なんだから、とクスクスと笑う。
制服は着ていないけれども、見た目は瓜二つな自分たち。
シャングリラを撮影したい人にとっては、格好の被写体になるだろうから。
白いシャングリラが今もあったら、ハーレイとのドライブ先の定番。
中の見学は予約で抽選だろうし、その申し込みも抜かりなく。
(外れちゃっても、諦めないで…)
申し込む内に、当たる日は、きっとやって来る。
それに、聖痕をくれた神様もついているのだから…。
(一度目で、ポンと当たっちゃうかも!)
だったらいいな、と膨らむ夢。
ハーレイと二人で出掛けてゆく船、時の彼方で暮らした船。
「二人で、あの船に行けたなら」と。
その幸運がやって来たなら、どんなに素敵な気分だろう、と。
(…前の晩から、ワクワクしちゃって…)
眠れないかもね、という気がする。
平和な時代に、またシャングリラに出会えるなんて。
ソルジャーでもキャプテンでもない恋人同士で、あの船に行ける日が来るなんて。
(今の時代は、ぼくもハーレイも、前のぼくたちにそっくりなだけの…)
ごくごく普通の一般人だし、シャングリラに行っても、ただの見学者。
前の生で長く暮らしていたから、船の中には詳しいけれど。
見学者のための説明なんかは、読まなくても充分、承知だけれど。
(でも、見学者が行く船なんだから…)
前の自分たちは知らないルールが、シャングリラに出来ていることだろう。
見学してゆくための順路や、立ち入り禁止の区域を示すロープやら。
(次はこちらへ、って矢印があって…)
前の自分たちが馴染んだ場所の幾つかは、ロープ越しに見学するだけで…。
(入って行ったり、触ったりとかは…)
出来ないかもね、と肩を竦める。
前のハーレイが握った舵輪は、間違いなく、その一つだろう。
誰も勝手に触れないよう、警備員まで立っているかもしれない。
展示されている船になっても、シャングリラはまだ「生きている」から。
設備の多くは現役なのだし、舵輪を下手に触ったならば…。
(危ないもんね?)
飛ばないにしても、と分かっているから、其処は「立ち入り禁止なんだよ」と。
前の自分の部屋にしたって、事情は似たようなものだろう。
やたらと広かった青の間の中にも、きっとロープが張られている。
前の自分が使ったベッドに、手を触れる人が出て来ないように。
警備員まではいないとしたって、前の自分のベッドには…。
(…腰掛けることも出来ないのかも…)
きっとそうだ、と残念な気分。
前のハーレイとの思い出が沢山詰まった、青の間と、其処に置いてあったベッド。
長い時を経て再会したのに、記念写真も撮れないのかも、と。
(撮影禁止、ってこともあるもんね…)
写真くらいは撮らせて欲しい、と思うけれども、これも規則に従うしかない。
「今のシャングリラ」のためのルールに、見学者向けに作られた規則に。
(ぼくもハーレイも、ただ、似ているってだけの…)
一般人になった以上は、今のルールに従うべき。
どんなに舵輪を握りたくても、青の間のベッドに腰掛けたくても…。
(ハーレイも、ぼくも、我慢しなくちゃ…)
でないと、船を下ろされちゃうしね、と苦笑する。
規則を破ってしまったならば、警備の人に注意をされて、それが続けば追い出される。
「他の方にも迷惑ですから」と叱られて。
「見学を止めて降りて下さい」と、見学用とは違う通路に連行されて。
(…そんなの、勘弁して欲しいから…)
きちんとルールを守って見るよ、と心に誓う。
もうキャプテンでも、ソルジャーでもない、ただの見学者の恋人同士で行くのなら。
今のハーレイと手を繋ぎ合って、懐かしい船を見るのなら。
(もしも、あの船に行けたなら…)
ちゃんとルールは守るからね、と心の中で、ハーレイと歩く見学用のコース。
「ブリッジの舵輪は、見るだけだから」と。
「青の間だって、見るだけだから」と、「それだけでも充分、幸せだから」と…。
あの船に行けたなら・了
※シャングリラが今もあったなら、と考え始めたブルー君。ハーレイ先生と行きたいな、と。
見学者用になった船には、二人が知らないルールが幾つも。触れなくても、見られれば幸せv
何処にも残っていないんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
白いシャングリラ、ミュウの箱舟だった船。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が長く暮らした宇宙船。
その船と仲間たちの命を守って、前の自分は宇宙に散った。
(……思い出すと、やっぱり怖いんだけどね…)
メギドのことだけは今も怖いよ、と肩を震わせて、右手をキュッと握り締める。
「大丈夫、ぼくは此処にいるから」と。
今の自分は、青い地球の上に生まれ変わって、ハーレイだっているのだから。
(そう、ハーレイもいるんだから…)
あの船が今も何処かにあったら良かったのに、と思考を元の所へ戻す。
「もう一度、あの船に会いたいよ」と、「ハーレイと見に行きたいのにな」と。
シャングリラは、もう何処を探しても、残ってはいない。
トォニィが解体を決めてしまって、直ぐに実行されたから。
(…船体の一部の金属は、今も大事に残されていて…)
加工されて、結婚指輪になるらしい。
一年に一度だけ、抽選があって、希望するカップルが手に入れられる。
(ぼくも、ハーレイと結婚する時は…)
もちろん申し込むのだけれども、当たるかどうかは分からない。
それに、当たっても、船体に使われていた金属なだけで…。
(シャングリラが見られるわけじゃないしね…)
思い出が手に入るだけ、と少し寂しい。
他にシャングリラの名残りと言ったら、船で育てていた植物たち。
解体する時、アルテメシアの公園に移植されたから…。
(アルテメシアで見られるけれども、そっちも代替わりしちゃっているし…)
第一、植物だけなんだし、と零れる溜息。
「船は何処にも残ってないよ」と、「行きたくても、もう無いんだから」と。
シャングリラが今も残っていたなら、人気絶大だっただろう。
見学するにも、予約で抽選かもしれない。
(だけど、それでも…)
当たるまで、申し込むんだもんね、と思うくらいに懐かしい船。
前のハーレイと暮らした船だし、世界の全てでもあった。
燃えるアルタミラを脱出したのも、改造前の「シャングリラ」だから。
(今もあったら、シャングリラを見に行ける星は…)
間違いなく、この地球だと思う。
白いシャングリラと縁が深いのは、雲海の星のアルテメシアでも。
あの星にいた時間が、いくら一番長いと言っても、目指した星は地球だから。
青い水の星が蘇ったのなら、其処に置こうとするだろうから。
(…植物が移植されてる、「シャングリラの森」っていうのは…)
その当時の地球は、まだ蘇る前の段階だったから、そうなっただけ。
SD体制が崩壊した時、燃え上がり、不死鳥のように蘇った地球。
それには長い時間がかかって、トォニィの時代には、今の姿には戻らなかった。
(そんな星には、植物は移植出来ないし…)
アルテメシアが選ばれただけで、記念墓地だって、同じ理由でアルテメシアに作られた。
どちらも、其処に落ち着いたから、地球には移されなかったけれど…。
(シャングリラだったら、宇宙船なんだし…)
地球が青い星に戻ったならば、運んで来ようとするだろう。
その時のために、メンテナンスも欠かすことなく、船を維持しているだろうから。
(…運んで来るなら、絶対、ぼくとハーレイが…)
苦労しないで行ける此処だよ、と今の自分が暮らす地域を思う。
人間が地球しか知らなかった頃には、「日本」という島国が在った場所。
その島は、とうに無いのだけれども、今も「日本」を名乗っている。
有難いことに、その「日本」には…。
(前のハーレイが作った、木彫りのウサギ…)
本当はナキネズミだったのだけれど、それを所蔵する博物館がある。
宇宙遺産になった「ウサギ」が、この地域で保管されているくらいだから…。
(シャングリラだって、きっと…)
今の自分が暮らす地域に、やって来るのに違いない。
此処が選ばれ、アルテメシアから、もう一度、地球まで旅をして来て。
今度は平和な青い地球まで、平穏無事に宇宙を渡って。
(今のぼくとハーレイが、生まれて来るより、ずっと前から…)
白いシャングリラは此処で保存され、人気を博していることだろう。
もしかしたら、記憶が戻って来るよりも前に…。
(ぼくも、ハーレイも、シャングリラを見に…)
出掛けたことがあるかもしれない。
中の見学は抽選だとしても、船体ならば自由に見られる。
とても大きな船だったのだし、近くまで行けば、誰だって…。
(あの船だよね、って指差して、見て…)
船をバックに記念写真も撮れるだろう。
「あの船が、ミュウの歴史の始まりの船」と、出会えた嬉しさを瞳に湛えて。
抽選に当たって中を見られたら、もっと素敵な気分だろう、と夢を描いて。
(…もしも、抽選に当たるんだったら…)
その幸運は、大切に取っておきたい。
記憶が戻って来るよりも前に、知らずに使ってしまわないように。
白いシャングリラの価値さえ知らない、幼かった頃に当たったのでは…。
(…パパやママと一緒に出掛けて、キョロキョロ眺めているだけで…)
ろくに記憶に残らない上、幼い子供のことだから…。
(途中で疲れて、パパの背中に背負って貰って…)
見て回る内に眠ってしまって、貴重なチャンスは、それでおしまい。
その時に撮った写真が貼られた、アルバムを眺めては悔し涙で…。
(ハーレイと一緒に行きたかったよ、って…)
何度も思うに違いないから、抽選に当たる運は「取っておく」。
取っておくことが出来るなら。
神様が許してくれるのだったら、いつか大きくなった時まで。
ハーレイと二人で出掛けてゆける時が来るまで、使うことなく、大事にして。
シャングリラが今も残っていたなら、この青い地球にあるのなら…。
(絶対、ハーレイと見に行くんだよ)
行ってみたいな、と想像の翼を羽ばたかせる。
「もしも、あの船に行けたなら」と。
今は宇宙の何処にも無い船、行きたくても行けない船だけれども。
(…この地球にあって、おまけに、ぼくが住んでる地域で…)
シャングリラを見られる場所があるなら、きっと、それほど遠くはない。
「木彫りのウサギ」を保管している博物館は、今の自分とハーレイが暮らす町にある。
だからシャングリラも、そう遠くない所にあるだろう。
(木彫りのウサギは、宇宙遺産で…)
五十年に一度、本物が公開される時には、長蛇の列が博物館を取り巻くほど。
広い宇宙の遠い星から、わざわざ見に来る人だっている。
それほど熱心な見学者ならば、シャングリラを見ずに帰ることなど…。
(絶対、したくない筈だしね?)
普段はレプリカの「木彫りのウサギ」も、博物館の目玉の展示品。
レプリカだって見に来る人は多くて、その人たちもシャングリラを見たいだろう。
(そういう人たちが、シャングリラを見に行きやすいように…)
此処から近い場所が選ばれ、展示されるのは自然な成り行き。
博物館の「木彫りのウサギ」と、シャングリラをセットで見られるように。
(大きい船だし、郊外の方に行かないと…)
シャングリラの展示は無理だろうけれど、ハーレイの車なら充分、行けると思う。
ちょっとドライブするほどの距離で。
「今日は、シャングリラを見に行ってみるか」と、ハーレイが提案してくれて。
(抽選に当たっていなくても…)
船体を見るのは自由なのだし、まずは二人で記念撮影。
絶好の撮影スポットを調べて行って、同好の士にカメラのシャッターを押して貰って。
とびきりの笑顔で二人並んで、あの懐かしい船を背景にして。
(撮ってくれた人に、記念撮影、お願いされちゃうかもね?)
「キャプテン・ハーレイ」と「ソルジャー・ブルー」なんだから、とクスクスと笑う。
制服は着ていないけれども、見た目は瓜二つな自分たち。
シャングリラを撮影したい人にとっては、格好の被写体になるだろうから。
白いシャングリラが今もあったら、ハーレイとのドライブ先の定番。
中の見学は予約で抽選だろうし、その申し込みも抜かりなく。
(外れちゃっても、諦めないで…)
申し込む内に、当たる日は、きっとやって来る。
それに、聖痕をくれた神様もついているのだから…。
(一度目で、ポンと当たっちゃうかも!)
だったらいいな、と膨らむ夢。
ハーレイと二人で出掛けてゆく船、時の彼方で暮らした船。
「二人で、あの船に行けたなら」と。
その幸運がやって来たなら、どんなに素敵な気分だろう、と。
(…前の晩から、ワクワクしちゃって…)
眠れないかもね、という気がする。
平和な時代に、またシャングリラに出会えるなんて。
ソルジャーでもキャプテンでもない恋人同士で、あの船に行ける日が来るなんて。
(今の時代は、ぼくもハーレイも、前のぼくたちにそっくりなだけの…)
ごくごく普通の一般人だし、シャングリラに行っても、ただの見学者。
前の生で長く暮らしていたから、船の中には詳しいけれど。
見学者のための説明なんかは、読まなくても充分、承知だけれど。
(でも、見学者が行く船なんだから…)
前の自分たちは知らないルールが、シャングリラに出来ていることだろう。
見学してゆくための順路や、立ち入り禁止の区域を示すロープやら。
(次はこちらへ、って矢印があって…)
前の自分たちが馴染んだ場所の幾つかは、ロープ越しに見学するだけで…。
(入って行ったり、触ったりとかは…)
出来ないかもね、と肩を竦める。
前のハーレイが握った舵輪は、間違いなく、その一つだろう。
誰も勝手に触れないよう、警備員まで立っているかもしれない。
展示されている船になっても、シャングリラはまだ「生きている」から。
設備の多くは現役なのだし、舵輪を下手に触ったならば…。
(危ないもんね?)
飛ばないにしても、と分かっているから、其処は「立ち入り禁止なんだよ」と。
前の自分の部屋にしたって、事情は似たようなものだろう。
やたらと広かった青の間の中にも、きっとロープが張られている。
前の自分が使ったベッドに、手を触れる人が出て来ないように。
警備員まではいないとしたって、前の自分のベッドには…。
(…腰掛けることも出来ないのかも…)
きっとそうだ、と残念な気分。
前のハーレイとの思い出が沢山詰まった、青の間と、其処に置いてあったベッド。
長い時を経て再会したのに、記念写真も撮れないのかも、と。
(撮影禁止、ってこともあるもんね…)
写真くらいは撮らせて欲しい、と思うけれども、これも規則に従うしかない。
「今のシャングリラ」のためのルールに、見学者向けに作られた規則に。
(ぼくもハーレイも、ただ、似ているってだけの…)
一般人になった以上は、今のルールに従うべき。
どんなに舵輪を握りたくても、青の間のベッドに腰掛けたくても…。
(ハーレイも、ぼくも、我慢しなくちゃ…)
でないと、船を下ろされちゃうしね、と苦笑する。
規則を破ってしまったならば、警備の人に注意をされて、それが続けば追い出される。
「他の方にも迷惑ですから」と叱られて。
「見学を止めて降りて下さい」と、見学用とは違う通路に連行されて。
(…そんなの、勘弁して欲しいから…)
きちんとルールを守って見るよ、と心に誓う。
もうキャプテンでも、ソルジャーでもない、ただの見学者の恋人同士で行くのなら。
今のハーレイと手を繋ぎ合って、懐かしい船を見るのなら。
(もしも、あの船に行けたなら…)
ちゃんとルールは守るからね、と心の中で、ハーレイと歩く見学用のコース。
「ブリッジの舵輪は、見るだけだから」と。
「青の間だって、見るだけだから」と、「それだけでも充分、幸せだから」と…。
あの船に行けたなら・了
※シャングリラが今もあったなら、と考え始めたブルー君。ハーレイ先生と行きたいな、と。
見学者用になった船には、二人が知らないルールが幾つも。触れなくても、見られれば幸せv
PR
COMMENT
- <<予習するのは
- | HOME |
- あの船に行けたら>>