あの船に行けたら
(シャングリラか……)
あの船は、もう無いんだよな、とハーレイが、ふと思い出した船。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
船と言っても、水に浮かべる船ではない。
遠く遥かな時の彼方に、消えてしまった宇宙船。
前のブルーと旅をした船、楽園という意味の名前を持った、ミュウの箱舟。
(…ずいぶん早くに、無くなっちまって…)
その姿はもう、写真などでしか残ってはいない。
ジョミーの跡を継いだソルジャー、トォニィが解体を命じたから。
「もう、箱舟は要らないから」と。
(お蔭で、宇宙の何処を探しても…)
あの船は、二度と見られはしない。
せっかく記憶を取り戻したのに、懐かしい船には会いに行けない。
(…まあ、これだけの時が流れちまったら…)
シャングリラが残っていたとしたって、中身はすっかり変わっただろう。
船の設備は変わらないにしても、見学者向けの仕様になって。
人間が全て、ミュウになっている今の時代は、とても平和な世界だから。
(博物館にでも行ったみたいに、見学コースが出来ちまってて…)
船に乗り込んだら、矢印でも付いていたのだろうか。
見て回るのに最適な順路が、誰でも一目で分かるようにと。
(…ついでに、立ち入り禁止のロープも…)
場所によっては、きちんと張られていることだろう。
例えば、前のブルーが長く暮らした、青の間。
ベッドの周りにあったスペース、其処は歩いて見て回れても…。
(あいつが使ったベッドには、触れないように…)
ロープで囲んで、「手を触れないで下さい」の注意書き。
ブリッジも、似たようなものだと思う。
前の自分が握った舵輪は、「手を触れないで」と、ロープの向こうで。
見学者のための船になったら、そんな所だ、と容易に分かる白い箱舟。
長い歳月、キャプテンとして眺めていたから、なおのこと。
(…見学者向けに開放するなら、食堂なんかはレストランだな)
メニューは今風になるんだろうが、と顎に当てる手。
「当時のままだと、美味くはないだろうからな」と。
(いや、不味いってことはないんだが…)
今でも、充分、通用するが、と、その点については自信がある。
元は厨房出身なだけに、食堂で出されていたメニューには…。
(口を出したりしなかっただけで、新作なんかは、いつもきちんと…)
味わって食べて、心の中で及第点を出していた。
「これなら、良し」と。
あの船は箱舟だったのだから、食事といえども、手抜きは不可。
皆が「美味しい」と食べてこそだし、そうでなければ「楽園」ではない。
(…そうは言っても、自給自足の船ではなあ…)
食材に限りがあるってモンだ、と今も鮮やかに思い出せる。
肉も魚もあったけれども、種類は豊富ではなかった、と。
スパイスにしても、ごくごく基本のものしか無かった。
それらを使って作るのだから、平和な時代に生まれ育った人々には…。
(何処か、物足りないってな)
美味くてもだ、と苦笑する。
「再現メニュー」と謳わない限り、当時のままのメニューは出せない、と。
もっとも、今の時代だったら…。
(それはそれで、人気を呼びそうだがな)
前の俺たちが食わされた餌も、今では人気なんだから、と可笑しくなった。
そういうイベントに、出くわしたから。
(なんとも洒落た感じになってて…)
目玉メニューになっていた「餌」。
アルタミラの研究所の檻で与えられていた「餌」を、喜んで食べていたレストランの客たち。
ヘルシーで、とても美味しい、と。
イベントが開催されている間に、「また食べに来たい」と。
(所変われば、品変わる、とは言うんだが…)
それにしてもな、と思うけれども、平和な時代は、そんなもの。
代用品だった、キャロブで作ったコーヒーだって…。
(見学者用に出すんだったら、やっぱり、喜ばれちまうんだろうな)
ヘルシーなのも間違っちゃいない、と眺めるマグカップのコーヒー。
「こいつと違って、キャロブなんだしな」と。
白いシャングリラの見学者たちには、きっと好評なのだろう。
だから、レストランだけに限らず、公園などでも提供されるのかもしれない。
あの船は、とても広かったのだし、短時間で全て見られはしないし、休憩場所も必要だろう。
船に幾つも鏤められていた公園たちは、格好の憩いのスペースになる。
(元々、そのための場所だったしな?)
だから、いい具合に散らばってたぞ、と指を折ってゆく。
居住区に多くあったけれども、他の場所にも「まるで無かったわけじゃない」と。
(……あの船が、今も残っていればな……)
是非、見学に行きたかった、と残念だけれど、仕方ない。
トォニィが決めて、この宇宙から消えたなら。
箱舟としての役目を終えて、時の彼方に去ったのならば。
(…俺が、あの船に行く方法は…)
どう考えても無いのだけれども、あったとしたら、どうだろう。
神様の気まぐれで、ほんの数時間、あの船にヒョイと行けるとか。
(タイムスリップみたいなモンで…)
キャプテン・ハーレイとしてではなくて、今の自分のままで「行く」船。
ただ、懐かしく見て回るために。
「こういう船で暮らしたっけな」と、あちこち歩いて、触ったりして。
(…出来やしないとは思うんだが…)
いくら神様でも、そんな願いは聞いちゃくれない、と分かってはいても…。
(考えてみるのは、自由だしな?)
ちょいと、心で旅をするか、とコーヒーのカップを傾けた。
「俺が、あの船に行けたら」と。
どんな具合か、何をしたいか、心だけ、船に飛ばせてみよう、と。
あの船に行けたら、白いシャングリラに「今の自分」が行けたなら。
何をしようかと考える前に、「何処に行くのか」を、まず決めなければ。
その「行き先」とは、場所ではなくて…。
(…俺が出掛けてゆく先の…)
時間とか、時代というヤツだよな、と大きく頷く。
「そいつが大事だ」と。
白いシャングリラは、ミュウの箱舟だった船。
元の船から改造した後、アルテメシアに長く潜んで、其処を逃れて…。
(何年も宇宙を彷徨い続けて、ナスカに着いて…)
ナスカで四年、それから後は地球を目指しての戦いの日々。
長くあの船で過ごしたけれども、出掛けてゆくなら、どの時代なのか。
(…何処でもいい、なんてことを言ったら…)
前のブルーがいなくなった後の、戦いばかりの船になるかもしれない。
戦いはともかく、前のブルーがいない船では…。
(わざわざ、落ち込みに行くようなモンだ)
生ける屍みたいな「前の俺」もいるし、と、それだけは御免蒙りたい。
それに、選んでいいのだったら…。
(前のあいつが、ちゃんと元気で…)
地球への夢もあった時代だ、と決めた行き先。
「其処にしよう」と。
もっとも、自分が行ったところで、何も起こりはしないのだけれど。
「今の自分」が、ただ「見学」に訪れるだけ。
あちこち歩いて触っていようと、誰にも姿は見えない存在。
(…前のあいつの力でも…)
全く捉えることは不可能、つまりブルーも「気付きはしない」。
其処に、「ハーレイが居る」ことに。
たとえ目の前に立ちはだかろうと、気付きはせずに「すり抜けてゆく」。
(…少し寂しい気もするんだが…)
そうでなければ、歴史が狂っちまうしな、とフウと溜息。
「仕方ないんだ」と、「俺がベラベラ喋っちまったら、大変だから」と。
出掛けて行っても、何も出来ない「見学者」。
けれど、それでも「行けたら」と思う。
あの白い船が、懐かしくて。
青い地球に来た「今の自分」の目で、もう一度、船を見て回りたくて。
(…あの船に行けたら、真っ先に…)
ブリッジだろうな、と決めた見学先。
前の自分が馴染んだ場所だし、其処から始めるのが一番、と。
(…前のあいつが元気な頃なら…)
シャングリラの舵を握っているのは、間違いなく「前の自分」の筈。
その側に立って、お手並み拝見。
(…なんたって、俺は、あの頃の俺よりも、遥かにだな…)
経験値ってヤツを積んでるわけで、と自画自賛する。
「あの頃の俺は、充分に自信たっぷりだったが、まだまだだぞ」と。
「今の俺が見りゃ、あらも見えるさ」と、「横から、指導したいほどだな」と。
(そうじゃないぞ、と叱るトコまではいかないだろうが…)
経験豊かな「今の自分」なら、「自分」の操舵が危なっかしく見えることだろう。
横で見ていて、ちょっぴり恥ずかしくなったりもして。
(この程度の腕で、自信満々だったのか、と…)
とてもシドには言えやしないぞ、と呆れるような腕かもしれない。
シドを後継者に指名した後は、かなり厳しく仕込んだから。
操舵の腕も、キャプテンとしての心構えも、およそ自分の知ることは、全部。
(…ブルーの寿命が尽きちまった時は、俺もブルーの後を追うんだ、と…)
シドを育てておいたのだけれど、結局、それは叶わなかった。
前の自分は、地球の地の底で命尽きるまで、「キャプテン」のまま。
とはいえ、シドを育成していたお蔭で、白いシャングリラは…。
(ジョミーも俺も、長老たちまでいなくなっても…)
混乱しないで、トォニィの指揮で、燃え上がる地球を後にして去った。
トォニィだけでは、それは難しかったろう。
船を纏める者がいないと、指揮系統も乱れるから。
(…前の俺は、本当にいい仕事をしたな)
結果的に、と褒めたくなる。
けれど、その頃の自分がいる時代よりは、未熟な腕だった時代でいい。
ブリッジを充分に堪能したら、次は艦内を見て回ろうか。
公園や農場、ずっと昔は所属していた厨房もいい。
(今日のメニューは、何だろうな、と…)
覗きに出掛けて、鍋などの中身も覗き込む。
「ほほう」と、「なかなか美味そうじゃないか」と。
それに機関部も見に行きたいし、子供たちの勉強風景なども。
(一通り見たら、青の間に行って…)
前のブルーが其処に居たなら、静かに立って眺めていよう。
今はもういない、美しい人を。
チビのブルーになってしまって、とても「気高い」とは言えなくなってしまった人を。
(…これも、ブルーには言えやしないぞ)
前のブルーにも、今のブルーにも…、と肩を竦める。
どうしてブルーが「そうなる」のかを、前のブルーには言えないから。
今のブルーに「前のブルーを見ていた」だなんて、口が裂けても言えやしないから。
(あいつ、自分に嫉妬するしな)
怖い、怖い、と大袈裟に震えて、心の中で、爪先立ちで青の間を後にする。
「くわばら、くわばら」と、「長居は無用」と。
そして最後に訪れたい場所は、前の自分が使っていた部屋。
棚に並べた航宙日誌や、沢山の本を眺め回して…。
(あの懐かしい椅子に座って、御自慢だった木の机を撫でて…)
うんとゆっくり出来ればいいな、と心での旅は終わらない。
「もしも、あの船に行けたら」と。
「あの部屋も、いい居心地だった」と、「この書斎にも、負けちゃいなかったぞ」と…。
あの船に行けたら・了
※今の自分がシャングリラに行けたら、と考えてみたハーレイ先生。誰にも見えない見学者。
あちこち回って、前の自分の操舵を見たり、自分の部屋で寛いだり。楽しいですよねv
あの船は、もう無いんだよな、とハーレイが、ふと思い出した船。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
船と言っても、水に浮かべる船ではない。
遠く遥かな時の彼方に、消えてしまった宇宙船。
前のブルーと旅をした船、楽園という意味の名前を持った、ミュウの箱舟。
(…ずいぶん早くに、無くなっちまって…)
その姿はもう、写真などでしか残ってはいない。
ジョミーの跡を継いだソルジャー、トォニィが解体を命じたから。
「もう、箱舟は要らないから」と。
(お蔭で、宇宙の何処を探しても…)
あの船は、二度と見られはしない。
せっかく記憶を取り戻したのに、懐かしい船には会いに行けない。
(…まあ、これだけの時が流れちまったら…)
シャングリラが残っていたとしたって、中身はすっかり変わっただろう。
船の設備は変わらないにしても、見学者向けの仕様になって。
人間が全て、ミュウになっている今の時代は、とても平和な世界だから。
(博物館にでも行ったみたいに、見学コースが出来ちまってて…)
船に乗り込んだら、矢印でも付いていたのだろうか。
見て回るのに最適な順路が、誰でも一目で分かるようにと。
(…ついでに、立ち入り禁止のロープも…)
場所によっては、きちんと張られていることだろう。
例えば、前のブルーが長く暮らした、青の間。
ベッドの周りにあったスペース、其処は歩いて見て回れても…。
(あいつが使ったベッドには、触れないように…)
ロープで囲んで、「手を触れないで下さい」の注意書き。
ブリッジも、似たようなものだと思う。
前の自分が握った舵輪は、「手を触れないで」と、ロープの向こうで。
見学者のための船になったら、そんな所だ、と容易に分かる白い箱舟。
長い歳月、キャプテンとして眺めていたから、なおのこと。
(…見学者向けに開放するなら、食堂なんかはレストランだな)
メニューは今風になるんだろうが、と顎に当てる手。
「当時のままだと、美味くはないだろうからな」と。
(いや、不味いってことはないんだが…)
今でも、充分、通用するが、と、その点については自信がある。
元は厨房出身なだけに、食堂で出されていたメニューには…。
(口を出したりしなかっただけで、新作なんかは、いつもきちんと…)
味わって食べて、心の中で及第点を出していた。
「これなら、良し」と。
あの船は箱舟だったのだから、食事といえども、手抜きは不可。
皆が「美味しい」と食べてこそだし、そうでなければ「楽園」ではない。
(…そうは言っても、自給自足の船ではなあ…)
食材に限りがあるってモンだ、と今も鮮やかに思い出せる。
肉も魚もあったけれども、種類は豊富ではなかった、と。
スパイスにしても、ごくごく基本のものしか無かった。
それらを使って作るのだから、平和な時代に生まれ育った人々には…。
(何処か、物足りないってな)
美味くてもだ、と苦笑する。
「再現メニュー」と謳わない限り、当時のままのメニューは出せない、と。
もっとも、今の時代だったら…。
(それはそれで、人気を呼びそうだがな)
前の俺たちが食わされた餌も、今では人気なんだから、と可笑しくなった。
そういうイベントに、出くわしたから。
(なんとも洒落た感じになってて…)
目玉メニューになっていた「餌」。
アルタミラの研究所の檻で与えられていた「餌」を、喜んで食べていたレストランの客たち。
ヘルシーで、とても美味しい、と。
イベントが開催されている間に、「また食べに来たい」と。
(所変われば、品変わる、とは言うんだが…)
それにしてもな、と思うけれども、平和な時代は、そんなもの。
代用品だった、キャロブで作ったコーヒーだって…。
(見学者用に出すんだったら、やっぱり、喜ばれちまうんだろうな)
ヘルシーなのも間違っちゃいない、と眺めるマグカップのコーヒー。
「こいつと違って、キャロブなんだしな」と。
白いシャングリラの見学者たちには、きっと好評なのだろう。
だから、レストランだけに限らず、公園などでも提供されるのかもしれない。
あの船は、とても広かったのだし、短時間で全て見られはしないし、休憩場所も必要だろう。
船に幾つも鏤められていた公園たちは、格好の憩いのスペースになる。
(元々、そのための場所だったしな?)
だから、いい具合に散らばってたぞ、と指を折ってゆく。
居住区に多くあったけれども、他の場所にも「まるで無かったわけじゃない」と。
(……あの船が、今も残っていればな……)
是非、見学に行きたかった、と残念だけれど、仕方ない。
トォニィが決めて、この宇宙から消えたなら。
箱舟としての役目を終えて、時の彼方に去ったのならば。
(…俺が、あの船に行く方法は…)
どう考えても無いのだけれども、あったとしたら、どうだろう。
神様の気まぐれで、ほんの数時間、あの船にヒョイと行けるとか。
(タイムスリップみたいなモンで…)
キャプテン・ハーレイとしてではなくて、今の自分のままで「行く」船。
ただ、懐かしく見て回るために。
「こういう船で暮らしたっけな」と、あちこち歩いて、触ったりして。
(…出来やしないとは思うんだが…)
いくら神様でも、そんな願いは聞いちゃくれない、と分かってはいても…。
(考えてみるのは、自由だしな?)
ちょいと、心で旅をするか、とコーヒーのカップを傾けた。
「俺が、あの船に行けたら」と。
どんな具合か、何をしたいか、心だけ、船に飛ばせてみよう、と。
あの船に行けたら、白いシャングリラに「今の自分」が行けたなら。
何をしようかと考える前に、「何処に行くのか」を、まず決めなければ。
その「行き先」とは、場所ではなくて…。
(…俺が出掛けてゆく先の…)
時間とか、時代というヤツだよな、と大きく頷く。
「そいつが大事だ」と。
白いシャングリラは、ミュウの箱舟だった船。
元の船から改造した後、アルテメシアに長く潜んで、其処を逃れて…。
(何年も宇宙を彷徨い続けて、ナスカに着いて…)
ナスカで四年、それから後は地球を目指しての戦いの日々。
長くあの船で過ごしたけれども、出掛けてゆくなら、どの時代なのか。
(…何処でもいい、なんてことを言ったら…)
前のブルーがいなくなった後の、戦いばかりの船になるかもしれない。
戦いはともかく、前のブルーがいない船では…。
(わざわざ、落ち込みに行くようなモンだ)
生ける屍みたいな「前の俺」もいるし、と、それだけは御免蒙りたい。
それに、選んでいいのだったら…。
(前のあいつが、ちゃんと元気で…)
地球への夢もあった時代だ、と決めた行き先。
「其処にしよう」と。
もっとも、自分が行ったところで、何も起こりはしないのだけれど。
「今の自分」が、ただ「見学」に訪れるだけ。
あちこち歩いて触っていようと、誰にも姿は見えない存在。
(…前のあいつの力でも…)
全く捉えることは不可能、つまりブルーも「気付きはしない」。
其処に、「ハーレイが居る」ことに。
たとえ目の前に立ちはだかろうと、気付きはせずに「すり抜けてゆく」。
(…少し寂しい気もするんだが…)
そうでなければ、歴史が狂っちまうしな、とフウと溜息。
「仕方ないんだ」と、「俺がベラベラ喋っちまったら、大変だから」と。
出掛けて行っても、何も出来ない「見学者」。
けれど、それでも「行けたら」と思う。
あの白い船が、懐かしくて。
青い地球に来た「今の自分」の目で、もう一度、船を見て回りたくて。
(…あの船に行けたら、真っ先に…)
ブリッジだろうな、と決めた見学先。
前の自分が馴染んだ場所だし、其処から始めるのが一番、と。
(…前のあいつが元気な頃なら…)
シャングリラの舵を握っているのは、間違いなく「前の自分」の筈。
その側に立って、お手並み拝見。
(…なんたって、俺は、あの頃の俺よりも、遥かにだな…)
経験値ってヤツを積んでるわけで、と自画自賛する。
「あの頃の俺は、充分に自信たっぷりだったが、まだまだだぞ」と。
「今の俺が見りゃ、あらも見えるさ」と、「横から、指導したいほどだな」と。
(そうじゃないぞ、と叱るトコまではいかないだろうが…)
経験豊かな「今の自分」なら、「自分」の操舵が危なっかしく見えることだろう。
横で見ていて、ちょっぴり恥ずかしくなったりもして。
(この程度の腕で、自信満々だったのか、と…)
とてもシドには言えやしないぞ、と呆れるような腕かもしれない。
シドを後継者に指名した後は、かなり厳しく仕込んだから。
操舵の腕も、キャプテンとしての心構えも、およそ自分の知ることは、全部。
(…ブルーの寿命が尽きちまった時は、俺もブルーの後を追うんだ、と…)
シドを育てておいたのだけれど、結局、それは叶わなかった。
前の自分は、地球の地の底で命尽きるまで、「キャプテン」のまま。
とはいえ、シドを育成していたお蔭で、白いシャングリラは…。
(ジョミーも俺も、長老たちまでいなくなっても…)
混乱しないで、トォニィの指揮で、燃え上がる地球を後にして去った。
トォニィだけでは、それは難しかったろう。
船を纏める者がいないと、指揮系統も乱れるから。
(…前の俺は、本当にいい仕事をしたな)
結果的に、と褒めたくなる。
けれど、その頃の自分がいる時代よりは、未熟な腕だった時代でいい。
ブリッジを充分に堪能したら、次は艦内を見て回ろうか。
公園や農場、ずっと昔は所属していた厨房もいい。
(今日のメニューは、何だろうな、と…)
覗きに出掛けて、鍋などの中身も覗き込む。
「ほほう」と、「なかなか美味そうじゃないか」と。
それに機関部も見に行きたいし、子供たちの勉強風景なども。
(一通り見たら、青の間に行って…)
前のブルーが其処に居たなら、静かに立って眺めていよう。
今はもういない、美しい人を。
チビのブルーになってしまって、とても「気高い」とは言えなくなってしまった人を。
(…これも、ブルーには言えやしないぞ)
前のブルーにも、今のブルーにも…、と肩を竦める。
どうしてブルーが「そうなる」のかを、前のブルーには言えないから。
今のブルーに「前のブルーを見ていた」だなんて、口が裂けても言えやしないから。
(あいつ、自分に嫉妬するしな)
怖い、怖い、と大袈裟に震えて、心の中で、爪先立ちで青の間を後にする。
「くわばら、くわばら」と、「長居は無用」と。
そして最後に訪れたい場所は、前の自分が使っていた部屋。
棚に並べた航宙日誌や、沢山の本を眺め回して…。
(あの懐かしい椅子に座って、御自慢だった木の机を撫でて…)
うんとゆっくり出来ればいいな、と心での旅は終わらない。
「もしも、あの船に行けたら」と。
「あの部屋も、いい居心地だった」と、「この書斎にも、負けちゃいなかったぞ」と…。
あの船に行けたら・了
※今の自分がシャングリラに行けたら、と考えてみたハーレイ先生。誰にも見えない見学者。
あちこち回って、前の自分の操舵を見たり、自分の部屋で寛いだり。楽しいですよねv
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