我慢のしすぎは
「ねえ、ハーレイ。我慢のしすぎは…」
良くないんだよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
(…来たぞ…)
いつものパターンだよな、とハーレイは心で身構えた。
此処でウッカリ同意したなら、ブルーの思う壺になる。
(どうせ、こいつの我慢ってヤツは…)
俺からキスが貰えんことだ、とハーレイは既に学習済み。
何度もブルーの問いに騙され、何度も叱り付けて来た。
「お前にキスは早すぎる」と、軽く拳をお見舞いして。
銀色の頭をコツンとやって、チビのブルーを睨み付けて。
(魂胆が分かっているんだから…)
返事なんかはするもんか、とハーレイはカップを傾けた。
知らん顔をして、熱い紅茶を味わう。
「早く飲まないと、冷めちまうぞ?」とブルーを促して。
ポットの中身は冷めないけれども、カップは冷める、と。
「…ハーレイ、勘違いしてるでしょ?」
ぼくが言ってる我慢のこと、とブルーは頬を膨らませた。
「今の話じゃないんだからね」と、「前のことだよ」と。
「前のことだと?」
いつの話だ、とハーレイはブルーの顔を見詰めた。
ことによっては、考えを改めなければならない。
今のブルーの話だったら、流しておけばいいけれど…。
(違った場合は、真面目に聞かんと…)
駄目なんだ、と時の彼方のことを思った。
前のブルーが過ごした生は、我慢の連続だったのだから。
(そっちでなければいいんだがな?)
お茶の時間には似合わん話題だ、と願ったのに…。
「前って言ったら、前のぼくに決まっているじゃない!」
あの頃は、いつも我慢ばかり、とブルーは言った。
「毎日我慢で、だけど、それでも…」
檻の中よりマシだったから、と赤い瞳が真剣になる。
「だから平気でいられただけ」と、「ホントは駄目」と。
「あんなに我慢ばかりの生活、良くないよね?」と。
(…脱出直後の話だったか…)
後の時代でなくて良かった、とハーレイはホッとした。
そちらだったら、相槌の打ちようもある。
誰もが我慢の時代だったし、苦労話も山とあるから。
「あの頃なあ…。比較対象が酷すぎたんだな」
今だと勘弁願いたいな、と苦笑して指でカップを弾く。
「お茶の時間どころか、飯の心配ばかりだったし…」
「でしょ? 飢え死にはなくても、ジャガイモ地獄…」
キャベツ地獄もあったもんね、とブルーが頷く。
「毎日、ホントに大変だったよ」と「我慢ばかり」と。
確かに我慢ばかりをしていた、あの時代。
ハーレイの記憶に今も鮮やかに残る、ジャガイモ地獄。
前のブルーが人類の船から奪った食材、それだけが全て。
ジャガイモ以外を食べたくなっても、どうしようもない。
他の食材が欲しいのだったら、また奪う他に道は無く…。
(それが出来るのは、前のこいつだけで…)
しかも見た目も中身も子供で、無茶をしそうなブルー。
分かっているから、物資を奪いに出すなど、論外。
何も無いなら仕方ないけれど、船に食材があるのなら。
それがジャガイモばかりだろうと、キャベツだろうと。
「そうだな、あの頃は実に酷かったよな」
毎日が我慢の連続で、とハーレイは厨房時代を思った。
仲間の胃袋を満たすためにと、懸命に工夫していた日々。
皆も分かってくれていたけれど、それでも文句は零れた。
「またジャガイモか」と、「またキャベツか」と。
それでも我慢で、誰もが我慢。
船に食材は他に無いから、ただ、ひたすらに。
前のブルーも黙々と食べて、文句は言わなかったけど…。
「今のぼくだと、絶対、文句を言っちゃうよ」
ジャガイモばかりの食事なんて、とブルーが顔を顰める。
「今だと、心が病気になっちゃう」と「身体もね」と。
「まったくだ。人間、我慢のしすぎは良くない」
心にも、それに身体にもな、とハーレイは笑んだ。
「前の俺たちは頑張りすぎだ」と、「強かったな」と。
そうしたら…。
「ハーレイも、そう思うでしょ? だからね…」
ぼくの心の健康のために、とブルーが強請ったキス。
我慢しすぎて、夜も眠れないから、身体のためにも、と。
「馬鹿野郎!」
それとこれとは別問題だ、とハーレイが軽く落とした拳。
ブルーの小さな銀色の頭に、コツンと痛くないように。
「いいか、ほどほどの我慢ってヤツは、だ…」
心と身体を鍛えるんだぞ、とブルーを叱る。
「お前のは、頑張りすぎとは言わん」と。
「我慢で、強い心を作れ」と、「身体の方も我慢だ」と。
「早寝早起きで強くなれよ」と、「よく眠ってな」と…。
我慢のしすぎは・了
良くないんだよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
(…来たぞ…)
いつものパターンだよな、とハーレイは心で身構えた。
此処でウッカリ同意したなら、ブルーの思う壺になる。
(どうせ、こいつの我慢ってヤツは…)
俺からキスが貰えんことだ、とハーレイは既に学習済み。
何度もブルーの問いに騙され、何度も叱り付けて来た。
「お前にキスは早すぎる」と、軽く拳をお見舞いして。
銀色の頭をコツンとやって、チビのブルーを睨み付けて。
(魂胆が分かっているんだから…)
返事なんかはするもんか、とハーレイはカップを傾けた。
知らん顔をして、熱い紅茶を味わう。
「早く飲まないと、冷めちまうぞ?」とブルーを促して。
ポットの中身は冷めないけれども、カップは冷める、と。
「…ハーレイ、勘違いしてるでしょ?」
ぼくが言ってる我慢のこと、とブルーは頬を膨らませた。
「今の話じゃないんだからね」と、「前のことだよ」と。
「前のことだと?」
いつの話だ、とハーレイはブルーの顔を見詰めた。
ことによっては、考えを改めなければならない。
今のブルーの話だったら、流しておけばいいけれど…。
(違った場合は、真面目に聞かんと…)
駄目なんだ、と時の彼方のことを思った。
前のブルーが過ごした生は、我慢の連続だったのだから。
(そっちでなければいいんだがな?)
お茶の時間には似合わん話題だ、と願ったのに…。
「前って言ったら、前のぼくに決まっているじゃない!」
あの頃は、いつも我慢ばかり、とブルーは言った。
「毎日我慢で、だけど、それでも…」
檻の中よりマシだったから、と赤い瞳が真剣になる。
「だから平気でいられただけ」と、「ホントは駄目」と。
「あんなに我慢ばかりの生活、良くないよね?」と。
(…脱出直後の話だったか…)
後の時代でなくて良かった、とハーレイはホッとした。
そちらだったら、相槌の打ちようもある。
誰もが我慢の時代だったし、苦労話も山とあるから。
「あの頃なあ…。比較対象が酷すぎたんだな」
今だと勘弁願いたいな、と苦笑して指でカップを弾く。
「お茶の時間どころか、飯の心配ばかりだったし…」
「でしょ? 飢え死にはなくても、ジャガイモ地獄…」
キャベツ地獄もあったもんね、とブルーが頷く。
「毎日、ホントに大変だったよ」と「我慢ばかり」と。
確かに我慢ばかりをしていた、あの時代。
ハーレイの記憶に今も鮮やかに残る、ジャガイモ地獄。
前のブルーが人類の船から奪った食材、それだけが全て。
ジャガイモ以外を食べたくなっても、どうしようもない。
他の食材が欲しいのだったら、また奪う他に道は無く…。
(それが出来るのは、前のこいつだけで…)
しかも見た目も中身も子供で、無茶をしそうなブルー。
分かっているから、物資を奪いに出すなど、論外。
何も無いなら仕方ないけれど、船に食材があるのなら。
それがジャガイモばかりだろうと、キャベツだろうと。
「そうだな、あの頃は実に酷かったよな」
毎日が我慢の連続で、とハーレイは厨房時代を思った。
仲間の胃袋を満たすためにと、懸命に工夫していた日々。
皆も分かってくれていたけれど、それでも文句は零れた。
「またジャガイモか」と、「またキャベツか」と。
それでも我慢で、誰もが我慢。
船に食材は他に無いから、ただ、ひたすらに。
前のブルーも黙々と食べて、文句は言わなかったけど…。
「今のぼくだと、絶対、文句を言っちゃうよ」
ジャガイモばかりの食事なんて、とブルーが顔を顰める。
「今だと、心が病気になっちゃう」と「身体もね」と。
「まったくだ。人間、我慢のしすぎは良くない」
心にも、それに身体にもな、とハーレイは笑んだ。
「前の俺たちは頑張りすぎだ」と、「強かったな」と。
そうしたら…。
「ハーレイも、そう思うでしょ? だからね…」
ぼくの心の健康のために、とブルーが強請ったキス。
我慢しすぎて、夜も眠れないから、身体のためにも、と。
「馬鹿野郎!」
それとこれとは別問題だ、とハーレイが軽く落とした拳。
ブルーの小さな銀色の頭に、コツンと痛くないように。
「いいか、ほどほどの我慢ってヤツは、だ…」
心と身体を鍛えるんだぞ、とブルーを叱る。
「お前のは、頑張りすぎとは言わん」と。
「我慢で、強い心を作れ」と、「身体の方も我慢だ」と。
「早寝早起きで強くなれよ」と、「よく眠ってな」と…。
我慢のしすぎは・了
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