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記憶が消えちゃったら
(ぼくは、ハーレイに一目惚れ…)
 前のぼくの記憶が戻ったものね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 十四歳にしかならないチビだけれども、もう恋人がいる自分。
 結婚出来る年になったら、結婚すると決めている人が。
(…ぼくの人生、あの瞬間に決まっちゃったよね)
 ふふっ、と零れた幸せな笑み。
 忘れもしない五月の三日に、今のハーレイと再会した時、決まった人生。
 「ハーレイと生きてゆくんだ」と。
 前の生では叶わなかった、愛おしい人と一緒に生きてゆくこと。
 それが叶うのが、今の人生。
 「今度こそ、共に生きてゆける」と、「ハーレイと一緒に、何処までもゆこう」と。
(…再会した瞬間は、まだ、そこまでは…)
 全く考えていなかったけれど、恋に落ちたというのは確か。
 青い地球の上に生まれ変わって、「今」を生きているハーレイに。
 前の生から愛し続けた、愛おしい人に。
(ホントのホントに、一目惚れだよ)
 あの瞬間から、ハーレイしか見えていないものね、と運命の不思議さを思う。
 恋さえ知らなかった自分が、あの日を境に、ガラリと変わった。
 気付けば視線がハーレイを追って、ハーレイの姿を探している。
 いつも、学校に行く度に。
 「今日はハーレイに会えるといいな」と、胸をときめかせて登校して。
 会えなかった日はガッカリだけれど、それでも、こうしてハーレイのことを考えたりする。
 一目で恋に落ちてしまった、今の時代に生きているハーレイ。
 その人は何をしているだろう、と家がある方角に視線を向けて。
 「明日は会えるといいんだけれど」と、期待に胸を膨らませもして。
 なにしろ、一目惚れだから。
 ハーレイがいない人生なんかは、考えられもしないのだから。


 出会った時から、今の自分は、もう「ハーレイ」のことばかり。
 ハーレイと再会出来た幸せ、それを噛み締める時間が過ぎたら、出て来た欲。
 「早くハーレイと暮らしたいよ」と、「ぼくは、ハーレイの恋人なのに」と、溢れるように。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が夢に見ていた未来のこと。
(…ハーレイと一緒に、やりたかったこと…)
 とても沢山あるというのに、まだチビだから叶わない。
 ハーレイと一緒に暮らせはしなくて、旅行にさえも行けないから。
(……せっかく、一目惚れなのに……)
 つまらないよね、と不満だけれども、こればかりは我慢するしかない。
 今の自分が大きく育って、結婚出来る年になるまで。
 プロポーズをして貰える時が、やって来るまで。
(…前のぼくたちの、恋の続きを生きてるのにね…)
 なんだか、ずいぶん遠回りだよ、と残念な気持ち。
 もっと自分が大きかったら、再会して直ぐに、恋の続きが始まったのに。
 その場でハーレイにプロポーズされて、アッと言う間に結婚式で。
(…今だって、恋の続きだけれど…)
 ずっと足踏みしているみたい、と考える内に、頭を掠めたこと。
 「もしも、記憶が消えちゃったら?」と。
 今のハーレイに一目惚れしたのは、前の自分の記憶のお蔭。
 聖痕が思い出させてくれた、時の彼方で恋をしていた人のこと。
(…前のぼくの記憶が戻って来たから…)
 ハーレイに恋をしたわけなのだし、その記憶が消えてしまったとしたら、どうなるだろう。
 チビの自分に、あの日、突然、戻った記憶。
 それがすっかり消えてしまって、「ただのブルー」になったなら。
 「ソルジャー・ブルー」の記憶など無い、チビのブルーに戻ったら。
(…そんなこと、絶対、起こらないよね…?)
 神様がくれた聖痕だもの、とキュッと握り締めた小さな右手。
 前の生の終わりに冷たく凍えた、悲しい記憶が今も残っているけれど…。
(あの時、切れてしまったと思った絆…)
 ハーレイとの絆を、神様は結び直してくれた。
 こうして再び出会えるようにと、今度こそ、共に生きられるように。


(…聖痕を下さった、神様なんだし…)
 記憶が消えてしまうようなことは、けして起こりはしないだろう。
 事故で頭を打ったとしたって、ハーレイのことを忘れはしない。
 時の彼方で生きた記憶も、欠片も損なわれはせずに残る筈。
(…うん、絶対に大丈夫…)
 消えやしないよ、と安心したら、湧き上がって来た好奇心。
 「もしも、記憶が消えちゃったら?」と、「ぼくたち、どうなっちゃうのかな?」と。
 自分の記憶が消えるのならば、ハーレイの記憶も消え失せるだろう。
 聖痕で戻った記憶なのだし、お互い、綺麗サッパリ忘れて…。
(…赤の他人になっちゃうんだよね?)
 ハーレイ先生と、教え子のブルー、と考えてみると、面白そう。
 そんな二人は、どんな具合になるのだろう。
 赤の他人になってしまえば、ハーレイに恋をしている自分は、それも忘れてしまうのだから…。
(…ただのハーレイ先生、ってこと?)
 古典の教師の「ハーレイ先生」。
 記憶が消えてしまった後には、そういうハーレイが残る勘定。
 聖痕の記憶も無くなるからには、もう、守り役ではなくなって、普通の教師として。
(…そうなっちゃうと、一目惚れなんか…)
 出来る理由は無さそうだよね、と赤い瞳を瞬かせた。
 「やっぱり、赤の他人なのかな」と。
 一目惚れなどしないのだったら、「ただのハーレイ先生だよ」と。
(…でも…)
 だけど、と時の彼方を思った。
 前の自分も、「ハーレイに、一目惚れだっけ」と。
 そういう自覚は無かったけれども、出会った時から恋をしていた、前の自分。
(…燃えるアルタミラで、ハーレイに声を掛けられて…)
 其処から始まった、二人の関係。
 会ったばかりなのに、息がピッタリ合ったハーレイ。
 他の仲間たちを助け出すために、二人で走った。
 燃えて崩れてゆく星の地面を、渦巻く激しい炎の中を。


(ハーレイだったから、上手くいったんだよ)
 最初からね、と後になってから気が付いた。
 誰でも良かったわけではなくて、ハーレイがパートナーだったからこそ、出来たこと。
 そう、ハーレイは「特別」だった。
 前の自分の大切な人で、他の誰かには代えられない人。
(…気が付いたのは、うんと後だったけれど…)
 呆れるほど後のことだったけれど、前の自分は、前のハーレイに一目惚れ。
 アルタミラの地獄で初めて出会った、その瞬間に恋をした。
 自分では恋だと気付かないまま、長い長い時が流れたけれど。
 「とても大切な友達なのだ」と思い込んだまま、宇宙を旅していたのだけれど。
(…前のぼくが、一目惚れだったんだから…)
 今のぼくだって、そうなるんじゃあ…、と顎に当てた手。
 「だって、中身はおんなじだよ?」と。
 たとえ記憶が消えてしまっても、「ブルー」の中身は変わらない。
(成人検査とか、人体実験とかは無くって…)
 まだ十四年しか生きていないけれども、「ブルー」の魂は「ブルー」のもの。
 サイオンが不器用になっていようと、子供だろうと、「ブルー」は「ブルー」なのだから…。
(…ハーレイに会ったら、恋をしそうだよ)
 一目惚れで、と想像の翼を広げてゆく。
 「今のぼくだって、きっと、恋だと気が付かないんだよ」と。
 「記憶が消えてしまってるんだし、前とおんなじ」と。
 つまり、最初から「やり直し」。
 振り出しに戻った恋の始まり、それが恋へと育つのだけれど…。
(……うんと時間がかかるんだよね?)
 前のぼくだって、そうだったから、と苦笑する。
 「結婚出来る年になっても、結婚式は無理みたい」と。
 「そんなの、考えてもいやしないよね」と。
 十八歳を迎える頃になっても、自分は気付いていないのだろう。
 「ハーレイ先生」が恋の相手だとは、まるで全く。
 もちろん相手のハーレイの方も、「ブルー」のことを恋人だなんて、思っていなくて。


 きっとそうだよ、とクスクスと笑う。
 前の自分がそうだったように、今の自分も気が付かない。
 「ハーレイ先生」のことは大好きだけれど、そう思う気持ちが恋だとは。
(…ぼくの記憶が消えちゃったら…)
 やり直しになる、ハーレイとの恋。
 ハーレイの記憶も同じに消えているから、「はじめまして」のようなもの。
 とうに出会って、「ハーレイ先生」と「教え子のブルー」な関係だけが残っていて。
(えーっと…?)
 それでも、ハーレイは優しいんだし…、と考えてみる「特別」になる切っ掛け。
 記憶が無いなら、何か無ければ、ハーレイの「特別」にはなれないけれど…。
(…今のぼくも、身体が弱いから…)
 その辺りかな、と見当をつけた。
 ハーレイの授業の真っ最中に、気分が悪くなってしまうとか。
(どうしたんだ、って、慌てて走って来てくれて…)
 保健委員に任せる代わりに、保健室まで背負って連れて行ってくれそう。
 「俺が行った方が早いからな」と、他の生徒には自習をさせて。
(…うんと広い背中で、頼もしくって…)
 保健室に着いたら、優しく額を撫でてくれたりもして。
 「後で様子を見に来るからな」と、「無理せずに、此処でゆっくり寝てろ」と。
(…授業が終わって、ハーレイが来る頃になっても…)
 具合が悪いままだったならば、とても面倒見のいいハーレイだから…。
(時間が空いてるなら、ぼくの家まで…)
 「俺の車で送ってやろう」と、言ってくれるに違いない。
 「待ってろよ」と、教室に戻って、鞄とかを取って来てくれて。
 ベッドから下りても、足がふらつくようだったなら…。
(無理するな、って…)
 ヒョイと抱き上げて、車まで運んでくれるのだろう。
 手には鞄も持っているのに、軽々と。
 柔道と水泳で鍛えた逞しい腕には、「ブルー」なんて、軽いものだから。


 そうやって大股でスタスタ歩いて、車に乗せたら、真っ直ぐ家まで。
 母はビックリするだろうけれど、ハーレイに何度もお礼を言って…。
(ハーレイに、時間があるのなら…)
 お茶とお菓子でおもてなしして、それから帰って貰う筈。
 時間が無いなら、「学校で召し上がって下さいね」と、お菓子のお土産。
(うん、きっと…)
 そんな感じで、「ハーレイ」との仲が始まるのだろう。
 いつの間にやら、「特別」になって。
 「あいつ、しょっちゅう倒れるからな」と、ハーレイが気を配ってくれるようになって。
(そうなったら、家まで送ってくれる日も増えて…)
 何度も家までやって来る内に、ハーレイはすっかり、父や母とも顔馴染み。
 一人暮らしをしていることも、その内に伝わるだろうから…。
(週末とかに、食事においでになりませんか、って…)
 両親が招いて、和やかに囲む夕食の席。
 きっと自分も、心が弾むことだろう。
 「今日は、ハーレイ先生が来てくれるんだよ」と、朝からはしゃいで。
 夕食のメニューは何になるのか、母に何度も尋ねたりして。
(恋だと思っていないから…)
 ハーレイの方も、今と違って、家に招いてくれると思う。
 「今度は、お前が遊びに来ないか?」と、「俺も、料理には自信があるんだ」と。
(家に行けるし、柔道部の試合を見に行ってもいいし…)
 きっとドライブにも行けるんだよね、と緩んだ頬。
 「今のぼくだと、そんなの、許して貰えないけど」と、「楽しそうだよ」と。
 互いに恋だと気が付かないから、結婚出来るまでに、何年かかってしまうのかは…。
(…ホントに謎で、二百年くらいかかるかもだけど…)
 きっと、ハーレイに恋をするよね、と大きく頷く。
 「だって、一目惚れしちゃうんだから」と。
 前の自分の記憶が消えても、きっとハーレイに恋をする。
 それが恋だと気が付かないまま、長い時が流れてしまったとしても。
 結婚式を挙げる日がやって来るまで、何百年もかかってしまう恋でも…。



          記憶が消えちゃったら・了


※前の自分の記憶が消えたら、ハーレイ先生とはどうなるんだろう、と想像してみたブルー君。
 記憶が消えても、やっぱり一目惚れしそうな感じ。恋だと気付くまでが長いですけどねv









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