記憶が消えたら
(俺はあいつに一目惚れで、だな…)
出会った途端に恋に落ちたんだ、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(ああなるとは、思いもしなかったよなあ…)
それまでの俺の人生ではな、と可笑しくなる。
学校の教室で初めて出会ったその瞬間に、教え子に恋をするなんて。
しかも女の子とは全く違って、男の生徒だっただなんて。
(ついでに、たったの十四歳のチビで…)
同い年の子よりもチビだと来たぞ、と考えるほどに笑い出しそうになる。
(こうなるんだぞ、と一年ほど前の俺に言ったって…)
絶対、信じやしないだろうな、と一年前の自分を振り返って。
もっと年齢を遡ってゆけば、ますます「信じない」自分がいそう。
将来はプロの選手になるかも、と自分も周りも思っていた学生時代とか。
(お前は将来、チビの男の子に一目惚れして…)
そいつが育つのを、じっと待つんだ、と言おうものなら、「自分」は笑い出すだろう。
「まさか」と、「そんな馬鹿なことが」と。
「俺は将来、うんと美人の嫁さんを貰う予定だしな?」などと。
なにしろ、前の生とは違って、若かった頃は、よくモテた。
彼女なんかは選び放題、そう言えるくらい、ファンの女性も多かったけれど…。
(…何故だか、誰もピンと来なくて…)
付き合おうとさえしなかった。
教師の仕事に就いてからでも、機会は何度もあったのに…。
(今の年まで独り身で来て、あいつに一目惚れをして…)
あいつしか目に入らないのが今なんだよな、と不思議だけれども、それは運命。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーに恋をしたから。
生まれ変わって再び巡り会えるくらいに、深い絆があったから。
チビのブルーが、聖痕を持って生まれたように。
その聖痕を目にした自分も、前の生の記憶が戻ったように。
全ては、其処から始まった恋。
前の生での記憶が戻って、チビのブルーに恋をした。
「あいつなんだ」と、気が付いたから。
失くしてしまった愛おしい人が、チビの姿で帰って来た、と。
(…そんなわけだから、昔の俺に言ったって…)
信じる筈が無いんだよな、と苦笑する。
いくら「キャプテン・ハーレイ」に似ていようとも、自分でも他人だと思っていたから。
「生まれ変わりか?」と尋ねられる度、「赤の他人だ」と答えた自分。
ところが、記憶が戻ってみれば…。
(俺はキャプテン・ハーレイだった上に、ソルジャー・ブルーが恋人だったと来たもんだ)
いったい誰が気付くというんだ、と思う、前の生での自分の恋。
時の彼方で隠し通して、死ぬまで黙っていたものだから…。
(研究者たちにも見抜けないままで、今の時代も、誰も知らないままなんだよな)
キャプテン・ハーレイとソルジャー・ブルーの関係は、とクックッと笑う。
「そんな恋では、記憶が戻って来ない限りは、俺にも分からん」と。
(…そうやって、あいつに恋しちまって…)
今ではチビのブルーにぞっこん、そういう自分が此処にいる。
ブルーに会えずに終わった今日という日を、とても残念に思う自分が。
「明日は、あいつに会えるといいな」と、心の底から願う男が。
(…前の俺の記憶が、運んで来た恋というヤツか…)
そして運命の恋なんだよな、とコーヒーを傾けたはずみに、掠めた考え。
「記憶が消えたら、どうなるんだ?」と。
前の自分だった頃の記憶が、すっかり消えてしまったならば。
(……いや、有り得ないことなんだが……)
神様がいらっしゃるんだからな、と首を左右に振って、即座に打ち消す。
自分もブルーも、記憶が消えることなどは無い、と。
ブルーが神から貰った聖痕、それが起こした素晴らしい奇跡。
青く蘇った水の星の上で、幸せに生きてゆくために。
前の生では叶わなかった幾つもの夢を、二人で叶えてゆけるように、と。
だから記憶は消えはしないし、消える筈など無いのだけれど…。
(…もしも消えたら、どうなるだろうな?)
せっかくだから、ちょいと想像してみるか、と心の中に生まれた余裕。
「有り得ないしな」と確信しているからこそ、「もしも」の世界を覗いてみたい。
聖痕を目にして戻った記憶が、自分の中から失われたら、と。
そうなったならば何が起こるか、どんな具合になるのだろうか、と。
(…俺の記憶が消えるってことは、あいつの記憶も…)
恐らく同時に、ブルーの中から消えてしまうに違いない。
互いに一目惚れだけれども、その恋をブルーに運んだ記憶が。
(……ということは、消えた途端に、あいつとの恋も……)
消えてしまって、他人同士になるということ。
前の生から続いた絆が、記憶と一緒に消えてしまうから。
自分は「ただのハーレイ」になって、ブルーも「ただのブルー」になって。
(そうなったら、教師と教え子だよなあ?)
聖痕とか、守り役とかも無しになるんだ、という考えは、多分、正しいだろう。
記憶が消えてしまうとなったら、神が起こした奇跡も消える。
チビのブルーと「出会った」現実、それは消えてはしまわなくても。
今の学校の教師と教え子、その関係は残っていても。
(…ただのハーレイ先生、ってことか…)
あいつから見た今の俺はな、と顎に当てた手。
「でもって、あいつも、俺から見れば、生徒の一人になるってことだ」と。
柔道部員などではないから、本当に「ただの生徒」の一人。
そういうブルーを、記憶が消えてしまった自分は、どう見るだろう、と。
(……さてな?)
可愛い子なのは確かなんだが、とチビのブルーの顔立ちを思う。
小さなソルジャー・ブルーそのもの、赤い瞳のアルビノも印象的だけれども…。
(…ただそれだけのことだよなあ?)
惹かれる理由は何も無いぞ、とマグカップの縁を指でカチンと弾いた。
「確かに人目を惹く顔なんだが、だからって、惚れるわけがないよな」と。
そう、顔だけで惚れはしないから、ピンとくる女性もいなかった。
だから「ブルー」でも同じことだし、一目惚れなどするわけがない、と。
その上、チビのブルーの場合は、可愛い顔でも「男の子」。
「惚れはしないな」と思ったけれども、其処で蘇った、遥かな時の彼方の記憶。
(…今、考えてる設定の場合、前の俺の記憶は無しなんだが…)
消えちまってるわけなんだしな、と頷きはしても、それとこれとは別件だ、と思うこと。
時の彼方で、前のブルーと初めて顔を合わせた時に…。
(……俺は、一目惚れしちまったんだ……)
自分じゃ気付いていなかったがな、と後になってから分かった事実。
「あの瞬間から、あいつは、俺の特別だった」と。
だからこそ、最初から息が合ったし、アルタミラの地獄で、大勢の仲間を助けられた、と。
(…ということはだ、俺の記憶が消えちまっても…)
もう一度、そいつが起こりそうだぞ、という気がする。
自分も、ブルーも、前の生の記憶が無くなっても。
「ただの教師と、ただの教え子」、そんな二人になったとしても。
(…何故だか、あいつが気になっちまって…)
何かと世話を焼きそうだよな、と想像の翼が広がってゆく。
今のブルーも身体が弱くて、直ぐに具合が悪くなったりするものだから…。
(大丈夫か、って、顔を合わせる度に尋ねるかもなあ…)
柔道部の部員じゃなくっても、と思うくらいに、今の自分も面倒見がいい。
もうキャプテンではないというのに、何かと周囲に気を配って。
同僚だろうと、生徒だろうと、分け隔てなく。
(だから、あいつの具合が悪けりゃ…)
時間さえあれば、車で家まで送るのだろう。
「ちょっと待ってろ」と、「俺が送ってやるから」と。
保健室に行く途中のブルーを、見掛けたりしたら。
付き添っている保健委員の生徒を、「俺がついてくから、帰っていいぞ」と教室に帰して。
(…放っておけずに、そうやってだな…)
何度も家まで送る間に、いつの間にか、恋をしていそう。
自分でもそれと気付かないまま、「ブルー」が特別な存在になって。
学校に行く度、ついつい、ブルーを探してしまう。
ブルーのクラスでの授業が無くても、廊下や、中庭や、グラウンドなどで。
(…恋だと気付いちゃいないんだがな…)
そいつを一目惚れと言うんだ、と前の自分の記憶と重ねる。
恋だと全く気付かないまま、長い年月、とても大切な友人なのだと思い込んでいた。
「ブルー」を誰より大事に思って、特別に扱っていたというのに。
後から振り返って考えてみれば、確かに一目惚れだったのに。
(今の俺だって、記憶が消えたら…)
そのコースでブルーに恋をするんだ、と傾けるコーヒーのカップ。
「ただの教師と、ただの教え子」、そんな関係になってしまっても。
前の生での記憶が消えても、二人とも忘れてしまっていても。
(…あいつの方でも、一目惚れだったと聞いてるしな?)
やはり自覚は無かったようだが、と時の彼方でのブルーの言葉を思い出す。
「ハーレイは最初から、ぼくの特別だったんだよ」と、何度も語っていた人を。
前のブルーも、恋だと気付いていなかったけれど、同じに一目惚れだったという。
アルタミラの地獄で初めて出会った、その場で恋に落ちていたのだ、と。
(つまり、今のあいつも、記憶が消えても…)
ただの「先生」になってしまった「ハーレイ」、面倒見のいい教師に惚れるのだろう。
自分では、恋だと思いもせずに。
とても優しい「ハーレイ先生」、担任でも無いのに、気のいい教師に。
(…身体が弱いから、心配をしてくれるんだ、って…)
ブルーは思って、疑いもせずに、無防備に甘えてくるのだろう。
車で家まで送ってやったり、保健室まで背負って行ったりする度に。
「ごめんなさい、先生…」と申し訳なさそうに言いはしたって、断りはせずに。
(俺の方でも、せっせとブルーの世話を焼いて、だ…)
ブルーの家へと通う間に、ブルーの家族とも顔馴染み。
最初の間は、お茶を出して貰っていた程度なのに、いつの間にやら、夕食の誘い。
一人暮らしだと分かっているから、「今日は夕食を御一緒に」と。
そしてブルーも大喜びで、楽しい夕食になるのだろう。
何度も夕食に招いて貰って、その内に、休日なんかにも…。
(食事にいらっしゃいませんか、と…)
誘われて、まるで家族の一員。
記憶が消える前の自分が、そうして過ごしていたのと同じに。
(…そうなるんだろうなあ…)
恋だと気付くのに、うんと時間はかかりそうだが、と思うけれども、一目惚れ。
いつか互いに恋だと知るまで、ゆっくりと時が流れるのだろう。
前の生での記憶が消えても、きっと二人の行く道は同じ。
自分は、ブルーに恋をするから。
ブルーの方でも、きっと「ハーレイ」に恋をするから…。
記憶が消えたら・了
※もしも前の生での記憶が消えてしまったら、と想像してみたハーレイ先生。どうなるか、と。
結果は、きっと前の生での恋と同じで、また一目惚れ。記憶が消えても、運命の恋v
出会った途端に恋に落ちたんだ、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(ああなるとは、思いもしなかったよなあ…)
それまでの俺の人生ではな、と可笑しくなる。
学校の教室で初めて出会ったその瞬間に、教え子に恋をするなんて。
しかも女の子とは全く違って、男の生徒だっただなんて。
(ついでに、たったの十四歳のチビで…)
同い年の子よりもチビだと来たぞ、と考えるほどに笑い出しそうになる。
(こうなるんだぞ、と一年ほど前の俺に言ったって…)
絶対、信じやしないだろうな、と一年前の自分を振り返って。
もっと年齢を遡ってゆけば、ますます「信じない」自分がいそう。
将来はプロの選手になるかも、と自分も周りも思っていた学生時代とか。
(お前は将来、チビの男の子に一目惚れして…)
そいつが育つのを、じっと待つんだ、と言おうものなら、「自分」は笑い出すだろう。
「まさか」と、「そんな馬鹿なことが」と。
「俺は将来、うんと美人の嫁さんを貰う予定だしな?」などと。
なにしろ、前の生とは違って、若かった頃は、よくモテた。
彼女なんかは選び放題、そう言えるくらい、ファンの女性も多かったけれど…。
(…何故だか、誰もピンと来なくて…)
付き合おうとさえしなかった。
教師の仕事に就いてからでも、機会は何度もあったのに…。
(今の年まで独り身で来て、あいつに一目惚れをして…)
あいつしか目に入らないのが今なんだよな、と不思議だけれども、それは運命。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーに恋をしたから。
生まれ変わって再び巡り会えるくらいに、深い絆があったから。
チビのブルーが、聖痕を持って生まれたように。
その聖痕を目にした自分も、前の生の記憶が戻ったように。
全ては、其処から始まった恋。
前の生での記憶が戻って、チビのブルーに恋をした。
「あいつなんだ」と、気が付いたから。
失くしてしまった愛おしい人が、チビの姿で帰って来た、と。
(…そんなわけだから、昔の俺に言ったって…)
信じる筈が無いんだよな、と苦笑する。
いくら「キャプテン・ハーレイ」に似ていようとも、自分でも他人だと思っていたから。
「生まれ変わりか?」と尋ねられる度、「赤の他人だ」と答えた自分。
ところが、記憶が戻ってみれば…。
(俺はキャプテン・ハーレイだった上に、ソルジャー・ブルーが恋人だったと来たもんだ)
いったい誰が気付くというんだ、と思う、前の生での自分の恋。
時の彼方で隠し通して、死ぬまで黙っていたものだから…。
(研究者たちにも見抜けないままで、今の時代も、誰も知らないままなんだよな)
キャプテン・ハーレイとソルジャー・ブルーの関係は、とクックッと笑う。
「そんな恋では、記憶が戻って来ない限りは、俺にも分からん」と。
(…そうやって、あいつに恋しちまって…)
今ではチビのブルーにぞっこん、そういう自分が此処にいる。
ブルーに会えずに終わった今日という日を、とても残念に思う自分が。
「明日は、あいつに会えるといいな」と、心の底から願う男が。
(…前の俺の記憶が、運んで来た恋というヤツか…)
そして運命の恋なんだよな、とコーヒーを傾けたはずみに、掠めた考え。
「記憶が消えたら、どうなるんだ?」と。
前の自分だった頃の記憶が、すっかり消えてしまったならば。
(……いや、有り得ないことなんだが……)
神様がいらっしゃるんだからな、と首を左右に振って、即座に打ち消す。
自分もブルーも、記憶が消えることなどは無い、と。
ブルーが神から貰った聖痕、それが起こした素晴らしい奇跡。
青く蘇った水の星の上で、幸せに生きてゆくために。
前の生では叶わなかった幾つもの夢を、二人で叶えてゆけるように、と。
だから記憶は消えはしないし、消える筈など無いのだけれど…。
(…もしも消えたら、どうなるだろうな?)
せっかくだから、ちょいと想像してみるか、と心の中に生まれた余裕。
「有り得ないしな」と確信しているからこそ、「もしも」の世界を覗いてみたい。
聖痕を目にして戻った記憶が、自分の中から失われたら、と。
そうなったならば何が起こるか、どんな具合になるのだろうか、と。
(…俺の記憶が消えるってことは、あいつの記憶も…)
恐らく同時に、ブルーの中から消えてしまうに違いない。
互いに一目惚れだけれども、その恋をブルーに運んだ記憶が。
(……ということは、消えた途端に、あいつとの恋も……)
消えてしまって、他人同士になるということ。
前の生から続いた絆が、記憶と一緒に消えてしまうから。
自分は「ただのハーレイ」になって、ブルーも「ただのブルー」になって。
(そうなったら、教師と教え子だよなあ?)
聖痕とか、守り役とかも無しになるんだ、という考えは、多分、正しいだろう。
記憶が消えてしまうとなったら、神が起こした奇跡も消える。
チビのブルーと「出会った」現実、それは消えてはしまわなくても。
今の学校の教師と教え子、その関係は残っていても。
(…ただのハーレイ先生、ってことか…)
あいつから見た今の俺はな、と顎に当てた手。
「でもって、あいつも、俺から見れば、生徒の一人になるってことだ」と。
柔道部員などではないから、本当に「ただの生徒」の一人。
そういうブルーを、記憶が消えてしまった自分は、どう見るだろう、と。
(……さてな?)
可愛い子なのは確かなんだが、とチビのブルーの顔立ちを思う。
小さなソルジャー・ブルーそのもの、赤い瞳のアルビノも印象的だけれども…。
(…ただそれだけのことだよなあ?)
惹かれる理由は何も無いぞ、とマグカップの縁を指でカチンと弾いた。
「確かに人目を惹く顔なんだが、だからって、惚れるわけがないよな」と。
そう、顔だけで惚れはしないから、ピンとくる女性もいなかった。
だから「ブルー」でも同じことだし、一目惚れなどするわけがない、と。
その上、チビのブルーの場合は、可愛い顔でも「男の子」。
「惚れはしないな」と思ったけれども、其処で蘇った、遥かな時の彼方の記憶。
(…今、考えてる設定の場合、前の俺の記憶は無しなんだが…)
消えちまってるわけなんだしな、と頷きはしても、それとこれとは別件だ、と思うこと。
時の彼方で、前のブルーと初めて顔を合わせた時に…。
(……俺は、一目惚れしちまったんだ……)
自分じゃ気付いていなかったがな、と後になってから分かった事実。
「あの瞬間から、あいつは、俺の特別だった」と。
だからこそ、最初から息が合ったし、アルタミラの地獄で、大勢の仲間を助けられた、と。
(…ということはだ、俺の記憶が消えちまっても…)
もう一度、そいつが起こりそうだぞ、という気がする。
自分も、ブルーも、前の生の記憶が無くなっても。
「ただの教師と、ただの教え子」、そんな二人になったとしても。
(…何故だか、あいつが気になっちまって…)
何かと世話を焼きそうだよな、と想像の翼が広がってゆく。
今のブルーも身体が弱くて、直ぐに具合が悪くなったりするものだから…。
(大丈夫か、って、顔を合わせる度に尋ねるかもなあ…)
柔道部の部員じゃなくっても、と思うくらいに、今の自分も面倒見がいい。
もうキャプテンではないというのに、何かと周囲に気を配って。
同僚だろうと、生徒だろうと、分け隔てなく。
(だから、あいつの具合が悪けりゃ…)
時間さえあれば、車で家まで送るのだろう。
「ちょっと待ってろ」と、「俺が送ってやるから」と。
保健室に行く途中のブルーを、見掛けたりしたら。
付き添っている保健委員の生徒を、「俺がついてくから、帰っていいぞ」と教室に帰して。
(…放っておけずに、そうやってだな…)
何度も家まで送る間に、いつの間にか、恋をしていそう。
自分でもそれと気付かないまま、「ブルー」が特別な存在になって。
学校に行く度、ついつい、ブルーを探してしまう。
ブルーのクラスでの授業が無くても、廊下や、中庭や、グラウンドなどで。
(…恋だと気付いちゃいないんだがな…)
そいつを一目惚れと言うんだ、と前の自分の記憶と重ねる。
恋だと全く気付かないまま、長い年月、とても大切な友人なのだと思い込んでいた。
「ブルー」を誰より大事に思って、特別に扱っていたというのに。
後から振り返って考えてみれば、確かに一目惚れだったのに。
(今の俺だって、記憶が消えたら…)
そのコースでブルーに恋をするんだ、と傾けるコーヒーのカップ。
「ただの教師と、ただの教え子」、そんな関係になってしまっても。
前の生での記憶が消えても、二人とも忘れてしまっていても。
(…あいつの方でも、一目惚れだったと聞いてるしな?)
やはり自覚は無かったようだが、と時の彼方でのブルーの言葉を思い出す。
「ハーレイは最初から、ぼくの特別だったんだよ」と、何度も語っていた人を。
前のブルーも、恋だと気付いていなかったけれど、同じに一目惚れだったという。
アルタミラの地獄で初めて出会った、その場で恋に落ちていたのだ、と。
(つまり、今のあいつも、記憶が消えても…)
ただの「先生」になってしまった「ハーレイ」、面倒見のいい教師に惚れるのだろう。
自分では、恋だと思いもせずに。
とても優しい「ハーレイ先生」、担任でも無いのに、気のいい教師に。
(…身体が弱いから、心配をしてくれるんだ、って…)
ブルーは思って、疑いもせずに、無防備に甘えてくるのだろう。
車で家まで送ってやったり、保健室まで背負って行ったりする度に。
「ごめんなさい、先生…」と申し訳なさそうに言いはしたって、断りはせずに。
(俺の方でも、せっせとブルーの世話を焼いて、だ…)
ブルーの家へと通う間に、ブルーの家族とも顔馴染み。
最初の間は、お茶を出して貰っていた程度なのに、いつの間にやら、夕食の誘い。
一人暮らしだと分かっているから、「今日は夕食を御一緒に」と。
そしてブルーも大喜びで、楽しい夕食になるのだろう。
何度も夕食に招いて貰って、その内に、休日なんかにも…。
(食事にいらっしゃいませんか、と…)
誘われて、まるで家族の一員。
記憶が消える前の自分が、そうして過ごしていたのと同じに。
(…そうなるんだろうなあ…)
恋だと気付くのに、うんと時間はかかりそうだが、と思うけれども、一目惚れ。
いつか互いに恋だと知るまで、ゆっくりと時が流れるのだろう。
前の生での記憶が消えても、きっと二人の行く道は同じ。
自分は、ブルーに恋をするから。
ブルーの方でも、きっと「ハーレイ」に恋をするから…。
記憶が消えたら・了
※もしも前の生での記憶が消えてしまったら、と想像してみたハーレイ先生。どうなるか、と。
結果は、きっと前の生での恋と同じで、また一目惚れ。記憶が消えても、運命の恋v
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