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気付いているのに
(今日はハーレイに会えなかったよね…)
 家にも来てくれなかったから、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は会えずに終わったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…ホントは、ちょっぴり、ほんの少しだけ…)
 会えていないわけじゃないんだけれど、と昼間の出来事を思い返した。
 休み時間に友人たちと、校舎の外を歩いていた時のこと。
(…国語の先生たちのためにある、準備室…)
 それがある校舎に、ハーレイが入ってゆくのを見掛けた。
 一歩踏み出せば、もう校舎の中、そういう入口の直ぐ近くで。
(あと一歩、ってトコだったけれど…)
 大きな声で「ハーレイ先生!」と呼び掛けたならば、きっと振り向いて貰えただろう。
 こちらを向いて、笑顔で手だって振ってくれたと思うけれども…。
(……ぼくは友達と一緒だったし……)
 ハーレイの方も、他の先生と話をしながら歩いていた。
 そうでなかったら、ハーレイが一人だったなら…。
(真っ直ぐ、校舎に入る代わりに…)
 足を止めて、見回してくれた気がする。
 休み時間の最中なのだし、何人もの生徒が出歩いている時間帯。
 その中にブルーがいるかもしれない、とチビの恋人が歩いていないか、確かめるために。
(…そうだよね?)
 そうでなくても、其処まで歩いて来るまでの道中、「ブルー」を探していただろう。
 目の色を変えてとは言わないけれども、運良く、出会えるかもしれない、と。
(…キョロキョロしたりはしなくても…)
 何気ない顔で歩きながらも、探してくれてはいたのだと思う。
 他の先生と一緒でなければ、「ブルーに会えればいいんだがな」と。
 「ちょいと手を振るだけでもいいから、あいつに会えれば嬉しいんだが」と。


 ハーレイなら探してくれた筈だよ、と考えることは、思い上がりではないだろう。
 前の生からの恋人同士で、今も恋人なのだから。
 キスさえくれない恋人だけれど、「キスは早すぎる」と叱られるチビの子供だけれど。
(…でも、ハーレイなら…)
 探してくれたし、気付いてくれた筈なのに。
 他の先生さえ一緒でなければ、見回してくれたと思うのに…。
(……真っ直ぐ、入って行っちゃった……)
 振り向きさえもしなかったよね、と浮かぶのは「消えてゆくハーレイ」ばかり。
 こっちには顔も向けてくれずに、他の先生と話しながら。
 「ブルー」にはまるで気付きもしないで、校舎の中へと消えてゆく姿。
(…ぼくだって、声を掛けられなかったし…)
 お互い様だと思うけれども、やっぱり少し悲しくなる。
 「ぼくは、ハーレイに気付いてたのに」と。
 「ハーレイの方では、全然、気付いてくれなかったよ」と。
(…あれでも、会えたとは言うんだろうけど…)
 会えない時だと、姿も見られないんだから、と思いはしても、寂しい気持ちは変わらない。
 なまじ姿を見掛けた分だけ、「全く会えずに終わった」日よりも、辛い気もする。
 何故なら、自分は「気付いた」から。
 「あっ、ハーレイだ!」と心が躍った、そんな瞬間を味わったから。
(……気付いているのに、それっきりって……)
 なんだか酷い、と神様を恨みたい気分。
 ハーレイの姿を見掛けた時には、「今日はツイてる」と考えたほど。
 「今日はハーレイの授業は無いけど、会えちゃったよね」と。
 一方的な出会いだけれども、とても素敵な偶然で。
 「こんな所で会えるんだったら、後で、絶対、会えるんだから」と飛び跳ねた心。
 廊下で会うのか、グラウンドで会えるか、もっと違う場所で出会うのか。
(次に会えたら、ちゃんとハーレイが気付いてくれて…)
 声を掛けてくれて、話も出来ることだろう。
 学校の中では、教師と生徒の会話だけれども、それでも充分、幸せな時間。
 ついでに学校が終わった後には、家にも寄ってくれるのだろう、と膨らんだ期待。
 「今日はゆっくり、お喋り出来るよ」と、「晩ご飯だって、ハーレイと一緒なんだよね」と。


 ところがどっこい、期待外れに終わった一日。
 ハーレイには二度と出会えないまま、今日という日は暮れてしまって…。
(…ほんのちょっぴり、一方的に…)
 会えただけだよ、と零れる溜息。
 「あんまりだよね」と、「気付いているのに、話も出来なかっただなんて」と。
 大好きな笑顔も向けて貰えず、手だって、振って貰えていない。
 確かに「ハーレイ」を見掛けたのに。
 ハーレイの姿に心が躍って、ツイているとまで考えたのに。
(……今日の神様、ホントに意地悪……)
 こんなの酷い、と嘆いたはずみに、心を掠めていったこと。
 「気付いているのに、会えなかったら?」と。
 今日の出来事とは全く違って、「最初から、そういう出会いだったら?」と。
(…ぼくとハーレイ、五月の三日に出会ったけれど…)
 自分に現れた聖痕のお蔭で、二人揃って記憶が戻って、今では恋人同士だけれど…。
(……ああいう風な出会いじゃなくって……)
 ぼくだけ、ハーレイに気が付いちゃう、っていうことも…、と怖い考えが頭に浮かんだ。
 聖痕などとは全く無縁に、ある日、突然、記憶が戻る。
 「ハーレイ」の姿を何処かで見掛けて、「ハーレイなんだ」と気付いた時に。
 あそこに確かにハーレイがいると、前の生から愛した人だ、と。
(…でも、気付いたのは、ぼくだけで…)
 ハーレイの方は、少しも気付いていないんだよ、と「悲しすぎる出会い」が心に広がってゆく。
 自分の方では気付いているのに、ハーレイは、まるで気が付かない。
 その上、出会いは、ほんの一瞬、アッと言う間に離れてゆく距離。
 声を掛けてもいないのに。
 「ハーレイ!」と声を掛ける暇さえ、そのチャンスさえも無いままで。
(…学校から遠足に行った先とか…)
 有り得るよね、と嫌な想像が膨らみ始める。
 本当の出会いは「そうではない」のに、「そうじゃなかったら?」と、違う方へと。
 気付いているのに出会えない出会い、そういう出会いも有り得たのだ、と。


(……学校の遠足、休んじゃったことも多いけど……)
 バスで遠くへ出掛けて行って、一日過ごして、学校のある町へ帰って来る。
 その遠足に出掛けた時に、ハーレイの姿に気が付く自分。
 バスから降りて、何かしている時ではなくて…。
(…バスの窓から、外を見ていて…)
 歩いているハーレイの姿を見掛けて、その瞬間に「思い出す」。
 「ハーレイなんだ」と。
 其処にいるのは愛おしい人で、遠く遥かな時の彼方で愛した人だ、と。
(だけど、ハーレイは気が付いてなくて…)
 こちらの方を眺めもしないで、何処かへ向かって歩いているだけ。
 そして窓から呼び掛けようにも、バスは走っているのだから…。
(…ハーレイなんだ、って気が付いたって…)
 その場で止まってなどはくれずに、目的地に向かって走り続ける。
 歩いているハーレイを一瞬で追い越し、たちまち後ろへ置き去りにして。
 「バスを止めて!」と叫びたくても、ただの生徒ではどうにもならない。
(……気分が悪くなったから、止めて下さい、って……)
 止めて貰えそうな言い訳を思い付く前に、ハーレイがいた場所は遠くなっている。
 それに「ハーレイ」の方にしたって、その道を真っ直ぐ、歩き続けるとは限らない。
(途中で曲がってしまってるとか、何処かの建物に入っちゃったとか…)
 そうなっていたら、言い訳を考えてバスを戻しても、もう「ハーレイ」は見付からない。
 他の道へと曲がって行って、違う所を歩いているから。
 あるいは建物の中に入って、バスが走るような道を離れてしまっているから。
(…頑張って、バスを戻しても…)
 二度と見付からない、愛おしい人。
 自分は確かに気が付いたのに。
 「ハーレイ」の姿を見付けた途端に、何もかも思い出したのに。
(……そういう風に出会っちゃったら……)
 どうやって「ハーレイ」を探せばいいのか、どうすれば、また会えるのか。
 今も「ハーレイ」という名前かどうかも、分からないのに。
 ハーレイが何処に住んでいるかも、考えるほどに、謎が深まるのに。


 そう、「ハーレイ」を見掛けた場所が、今の「ハーレイ」が暮らす町とは言い切れない。
 ハーレイの仕事が教師でなければ、出張なんかは普通のこと。
 他所の町から仕事で来ていて、たまたま歩いていたというだけ。
 「ブルー」を乗っけた遠足のバスが、其処を走っていた時に。
(…出張で来ていたんなら…)
 仕事が済んだら、帰って行ってしまうだろう。
 何処から来たのか知らないけれども、今の「ハーレイ」が住む町へ。
(学校の先生をやっていたって…)
 研修などで遠くに行くから、「他の町」で出会う可能性だって少なくない。
 つまり「ハーレイ」が住んでいる場所さえ、今の自分には分からない。
 「きっと、あそこの町なんだよ」と、見掛けた場所で探すにしたって…。
(……どうすればいいの?)
 その町に「こういう人はいませんか」と、新聞に投書するくらいしか思い付かない。
 「バスの窓から見掛けたんです」と、「うんと昔の知り合いなんです」と。
(…ぼくは子供だから、そう書いたって…)
 新聞記者の目に留まったなら、載せて貰えることだろう。
 幼かった日に、親切にして貰った「知らない人」を、見掛けて思い出したのかも、と。
 「会って、お礼を言いたいんだな」と、「見付かるといいが」と、考えてくれて。
(…でも、その新聞を、ハーレイが…)
 読んでくれないと、全く気付いて貰えない。
 今のハーレイは新聞を愛読しているけれども、新聞と言っても、幾つもあるから…。
(…ハーレイが取ってる新聞でないと…)
 投書は無駄になってしまって、ハーレイに読んで貰えはしない。
 運が良ければ、「ハーレイ」の知り合いの誰かが、気付いてくれて…。
(これは、お前のことじゃないか、って…)
 尋ねてくれるかもしれないけれど、あまり期待は出来そうもない。
 そうなれば「ハーレイ」には出会えないまま、時が流れてゆくのだろう。
 「あの日、確かに見付けたのに」と、心に想いを残したままで。
 何処かで再び出会えないかと、ただ、その日だけを待ち望みながら。


(…もう一度、ハーレイに会いたいよ、って…)
 会わせて下さい、と神に祈って、祈り続けて、願いが叶ったとしても。
 また「ハーレイ」に気付いたとしても、その時も「同じ」かもしれない。
(……気付いているのに、出会えなくって……)
 声さえも届けられないままで、離れていってしまう距離。
 今度は宙港で出会うのだろうか、宇宙船を見ようと展望台に出掛けた時に。
 離陸してゆく宇宙船の窓の向こうに、「ハーレイ」がいる、と気が付いた自分。
 「ハーレイ」の方でも、今度は視線を展望台の方に向けていて…。
(…あっ、ていう顔をするんだよ…)
 きっと「ブルー」に気が付いたのだ、と分かる表情。
 ようやく互いに気付いたけれど、「ハーレイ」も「ブルー」を見付けてくれたけれども…。
(……宇宙船、飛んで行っちゃって……)
 それっきりになってしまって、出会えない二人。
 ハーレイを乗せた宇宙船の前後に、何機も離陸した同じタイプの宇宙船。
 正確な時刻が分からないから、何処へ行った船か分からなくて。
 「ハーレイ」の方も、「ブルー」を探そうと努力するのに、実らなくて。
(…そんなの、嫌だ…)
 気付いているのに、会えないなんて、とゾッとするから、今日の不運は不運の内にも入らない。
 ハーレイには、ちゃんと会うことが出来て、今も恋人同士だから。
 今日は会えずに終わったけれども、会えた時には、幸せな時を過ごせるから…。



            気付いているのに・了


※ハーレイ先生を見掛けただけで終わってしまったブルー君。溜息が零れるばかりですけど…。
 互いの存在に気付いている分、幸せな今の人生。そうじゃない出会いも有り得たかも…?









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