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兄弟みたいに
(兄弟かあ……)
 今のぼくにも、いないんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…前のぼくにも、いなかったけど…)
 多分、と遠い時の彼方に思いを馳せる。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた前の自分は、子供の頃の記憶が無かった。
 成人検査で消された上に、過酷な人体実験を繰り返されたせいで。
(…育ててくれた養父母も、育った家も…)
 全く覚えていなかったから、あるいは、兄弟がいたかもしれない。
 人工子宮から生まれた子供を、血縁の無い養父母が育てていた時代でも。
(あの時代でも、ちゃんと兄弟、いたもんね…)
 とても珍しいケースだったけれど、と二組の兄弟を思い出す。
 一つは、ゼルと弟のハンス。
 成人検査でミュウと判断された後まで、離れずに一緒だった兄弟。
(…二人とも、ミュウになっちゃったんだから…)
 ゼルとハンスは、本物の兄弟だったのだろうか。
 遺伝子的にも繋がりがあった、正真正銘の兄と弟。
(……んーと……?)
 その辺のことは、自分は知らない。
 シャングリラでも調べていないし、第一、調べようが無かった。
(…ハンスは、アルタミラから逃げ出す時に…)
 開いたままだった宇宙船の扉から、外へと放り出されたから。
 燃える地獄に落ちてゆく彼を、前の自分は助けることが出来なかったから。
(…ハンスがいなくちゃ、ゼルのデータと比較出来ないし…)
 船の中では、どうにもならない。
 マザー・システムが持っていたデータを調べたならば、一目瞭然だったろうけれど…。
(そんな力は、前のぼくが生きてた時代には…)
 ミュウは持ってはいなかったから、どうだったのかは分からない。
 今の時代なら、資料を当たれば分かることでも。


 本物の兄弟だったのかどうか、確信が無いのがゼルとハンス。
(でも、もう一つ、前のぼくが知ってた兄弟は…)
 どう考えても、本物だよね、と鮮やかに覚えている双子の兄弟。
 正確に言えば双子の兄妹だった、ヨギとマヒル。
(…検査なんかはしていないけど…)
 誰もが信じて疑わなかった、双子の兄弟だという事実。
 あんな時代に、どんな機械の気まぐれだったかは謎だけれども。
(それでも、ホントに兄弟だったし…)
 人類よりも数が少ないミュウの世界だけで、二組も知っていた兄弟。
 だから「兄弟」は珍しくても、きっと、そこそこ存在していただろうと思う。
 前の自分にも、いたかもしれない。
 まるで記憶に無いというだけで、兄がいたとか、弟だとか。
(…そっちは、仕方ないんだけれど…)
 いたとしたって、ミュウになった時点でお別れだから、と零れた苦笑。
 ゼルとハンスのように「二人ともミュウ」なら、研究施設で再会しただろうけれど。
(でも、そんなのは…)
 嬉しくないや、と思うものだから、前の自分に兄弟は要らない。
 いたとしたなら、ミュウにはならずに、「ブルー」のことなど綺麗に忘れて…。
(幸せになっていて欲しいよね?)
 成人検査を無事にパスして、子供時代の記憶が薄れてしまったとしても。
 「ブルー」がミュウになった時点で、機械に「ブルー」の記憶を全て消されたとしても。
(…兄弟がいたことなんか…)
 すっかり忘れてしまっていたって、その方がいい。
 二人揃ってミュウになるより、研究施設でバッタリと顔を合わせるよりも。
(…前のぼくなら、そういうことでいいんだけれど…)
 今度は、ちょっぴり欲しかったかも、と残念な気持ちがする「兄弟」。
 せっかく青い地球に生まれて、本物の両親がいるのだから。
 今、兄弟がいたとしたなら、血の繋がった本物の兄弟。
(…お兄ちゃんとか、弟だとか…)
 いてくれたら楽しかったのに、と少し寂しい。
 「今のぼくにも、いないんだよね」と。


 今の自分に兄弟がいたら、毎日、賑やかだったろう。
 兄弟がいる友達も多いから、どんな感じかは想像がつく。
(お兄ちゃんなら、小さい頃から、ぼくの面倒を見てくれて…)
 うんと優しくて、頼もしくて、と思う一方、「でも…」と不安な面だってある。
 仲がいい筈の兄弟だって、喧嘩するのを知っているから。
 それも、とびきり、つまらないことで。
 おやつに出て来たケーキのサイズが、ほんのちょっぴり違ったとかで。
(ぼくが大きいのを食べるんだ、って…)
 優しい筈の「お兄ちゃん」でも、たまには主張したくなる。
 「ぼくの方が身体が大きいんだから、大きい方だ」と、普段なら我慢する所を。
(でもって、大きい方のケーキを…)
 サッと自分の物にしたなら、弟の方は、いつも甘やかされているから…。
(酷い、って、お兄ちゃんの頭を…)
 ポカッと殴るとか、髪の毛を掴んで引っ張るだとか、子供ならではの怒りの表現。
 子供なのだし、口よりも先に手が出てしまうこともあるから。
(…そしたら、「よくもやったな」って…)
 お兄ちゃんの方も、弟の頬っぺたを引っぱたく。
(後は、取っ組み合いの喧嘩で…)
 母が飛んで来て止めに入るまで、勝負がつかないかもしれない。
 でなければ、弟の方が、おんおんと泣いて、おやつどころではなくなるだとか。
(…そういうことも、ありそうだよね…)
 ぼくなら、おんおん泣いちゃう方だよ、と分かっている。
 「お兄ちゃん」に大きなケーキを取られた上に、頬っぺたを引っぱたかれたのだから。
(…でも、ぼくの方が、お兄ちゃんでも…)
 優しい「お兄ちゃん」でいられるかどうか、自信が無い。
 何のはずみで「いつも、弟の方ばかり…」と羨ましくなるか、分からないから。
(…そういうの、うんと困るけど…)
 でも、お兄ちゃんは欲しかったかも、と思った拍子に、閃いた。
 「前のぼくなら、いいお兄ちゃんになれそうだよ」と。
 「一日だけでいいから、なってくれないかな」と、「ぼくのお兄ちゃんに」と。


 時の彼方で「ソルジャー・ブルー」だった、前の自分。
 大勢のミュウの仲間を率いて、最後は命まで投げ出したほど。
(…もし、お兄ちゃんになってくれたら…)
 絶対、優しい筈なんだよね、と想像の翼を羽ばたかせる。
 「たった一日だけでいいから、兄弟みたいに過ごしたいな」と。
 神様が起こしてくれた奇跡で、前の自分が、この世界に来て。
(前のぼくの方が、大きいんだから…)
 お兄ちゃんだよ、と大きく頷く。
 きっと「弟」になった自分を、可愛がってくれることだろう。
 青い地球の上で暮らしているのを、羨ましいと思ったとしても、苛めないで。
 「ずるい」と頬っぺたを叩いたりせずに、「幸せそうだね」と微笑んで。
(…前のぼくが、ぼくのお兄ちゃん…)
 素敵だよね、と緩む頬。
 お兄ちゃんなのだし、前の自分にも、たった一日だけ、家族が出来る。
 「パパ、ママ!」と呼んでいい人が。
 今の自分の本物の両親、それが「前の自分」の「パパ」と「ママ」。
(…前のぼくだって、喜びそう!)
 本当の年は、両親よりも、ずっと年上だとしても。
 三百歳をとうに超えていたって、「パパ」と「ママ」がいれば嬉しい筈。
(それに、一日だけだって…)
 「お兄ちゃん」になってくれるからには、両親から見ても、大事な子供。
 母のお腹から生まれた子ではなくても、一日だけの間は、長男。
(…だから、きちんと、お兄ちゃんの部屋とか…)
 服とかだって、あるんだよね、と考える。
 神様が奇跡を起こすからには、そういったことも抜かりはないだろう。
 「お兄ちゃん」になった前の自分が、ソルジャーの衣装のまま、なんてことは。
(…もしかして、学校の制服もある?)
 それとも上の学校だろうか、そっちだったら制服は無い。
 自分の好きな服で通って、通学鞄も好みの鞄。
 そうなのかも、と広がる夢。
 「上の学校に通ってる、お兄ちゃんなんだ」と。


 そういう「お兄ちゃん」が出来るのだったら、断然、休日の方がいい。
 別々の学校に登校するより、一日、一緒に過ごしていたい。
 朝は、おんなじ食卓に着いて。
 前の自分が夢見た朝食、ホットケーキに本物のメープルシロップをかけて。
(…前のぼく、うんと感激しそう…)
 憧れ続けた地球での朝食、それを「お母さん」が作ってくれる。
 ホットケーキだけではなくって、目玉焼きなども。
(ソーセージだって、焼いてくれるし…)
 飲み物だって、「何にするの?」と尋ねてくれる母。
 ホットミルクか、紅茶にするか、紅茶にするなら、ミルクティーか、などと。
(…ぼくのホットケーキ、お兄ちゃんに…)
 一枚、譲ってあげてもいいな、と、「弟」なのに「お兄ちゃん」な気分。
 前の自分は、一日だけしか、青い地球にはいられないから。
 神様がくれた夢の一日、幸せ一杯でいて欲しいから。
(朝御飯が済んだら、パパに頼んで…)
 家族揃って、ドライブに行くのも素敵だと思う。
 前の自分が焦がれ続けた、青く輝く水の星、地球。
 当時は死の星だったけれども、前の自分は「青い」と信じていたのだから。
(…本当のことは、言えやしないし…)
 前の自分が、どんな最期を迎えたのかも、絶対、言えない。
 「青い地球に生まれて来られたんだよ」と、それだけしか。
(…ハーレイだって、来てるんだよ、って…)
 もちろん、きちんと話すけれども、ハーレイには「会いに行かせない」。
 「それより、みんなでドライブしようよ」と、連れ出して。
 ドライブに出掛けた先で食事で、帰りは街の方に行くのもいいだろう。
 前の自分は、デパートなんかは知らないから。
 知識としては知っていたって、其処で買い物していないから。
(…うんと楽しいことを、沢山…)
 でも、ハーレイに会うのだけは駄目、とキュッと拳を握り締める。
 「もしも会ったら、ハーレイを盗られちゃうから」と。
 ハーレイが今も忘れてはいない、「ソルジャー・ブルー」は、絶対に駄目、と。


(…まさか、そんなので喧嘩なんかに…)
 ならないよね、と肩を竦めた。
 前の自分は優しいのだから、「チビの子供になってしまった自分」にだって優しいだろう、と。
 「ハーレイには、絶対、会っちゃ駄目だよ」と駄々をこねても、怒りはしない、と。
(…悲しそうな顔はしそうだけれど…)
 きっと、「うん、大丈夫。分かっているよ」と頭を撫でてくれる筈。
 優しい「お兄ちゃん」らしく。
 とてもハーレイに会いたいだろうに、その気持ちを、グッと飲み込んで。
(いいな、優しいお兄ちゃん…)
 うんと我儘な弟になってしまうけれど、と夢を見る。
 「たった一日だけでいいから、前のぼく、お兄ちゃんになってくれないかな」と。
 「兄弟みたいに過ごしたいな」と、「でも、ハーレイには、会わせられないけどね」と…。



             兄弟みたいに・了


※兄弟がいたらいいのに、と思ったブルー君。前の自分なら、いいお兄ちゃんになれそう。
 うんと優しい「お兄ちゃん」が出来ても、ハーレイに会いに行くのは駄目。我儘な弟ですv









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