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兄弟のように
(生憎、俺には、いないんだよな…)
 兄弟ってヤツが、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(まあ、ブルーにも、いないんだから…)
 そう珍しいことでもないんだが、と分かってはいる。
 兄弟のいる人間も多いけれども、一人っ子も少なくないことは。
(…しかしだな…)
 ちょっぴり惜しい気もするんだよな、と少し残念ではある。
 せっかく青い地球の上に生まれ変わって、新しい人生を謳歌しているのだから、と。
(…前の俺だった頃も、やはり兄弟は、いなかったんだが…)
 兄弟がいたヤツもいるんだ、と今も覚えている、ゼルのこと。
 ゼルと同じにミュウと判断され、研究施設に押し込められていた、弟のハンス。
 脱出する直前まで一緒だったのに、最後の最後で、引き離されてしまった悲劇の兄弟。
(……前の俺たちは、あまりにも何も知らなさすぎて……)
 離陸する時は必ず宇宙船の扉を閉める、という大原則さえ知らなかった。
 そのせいでハンスは、開いたままだった扉から外へと放り出されて…。
(…ゼルが掴んだ手にも、ハンスを引き上げるほどの力は…)
 無かったから、ハンスは落ちてゆくしかなかった。
 炎の地獄と化したアルタミラへ、「兄さん!」と悲鳴だけを残して。
(…兄弟ってヤツは、あいつらだけかと思っていたが…)
 アルテメシアに辿り着いた後、なんと双子がやって来た。
 男女の双子だった、マヒルとヨギ。
(どういう機械の気まぐれなんだか…)
 人工子宮で子供を育てた時代なのにな、と思うけれども、二組も知っていた兄弟。
 今の時代は、子供は全て、母親から生まれて来るのだから…。
(…あの時代よりも、ずっと兄弟ってヤツが多くてだな…)
 珍しくなくなった時代なのだし、兄弟がいれば、と思ってしまう。
 もっと毎日が楽しかったかも、などと、無いもの強請りというヤツで。


 とはいえ、本当に兄弟がいたら、厄介な面もあっただろうか。
 子供時代は、おもちゃや、菓子の取り合いで喧嘩。
 少し育っても、悪さをしたなら、親にコッソリ告げ口されて…。
(おふくろと親父に、うんと叱られて…)
 夕飯の席で、自分の好物が減らされていて、告げ口をした兄弟の皿には大盛り。
 如何にもありそうな話ではある。
(…その辺の時代を無事に通り越して、大人になったら…)
 喧嘩や告げ口は消えてしまって、仲良くなれそうなのだけれども、今が問題。
 そう、去年までなら、いや、今年の五月三日になる前までならば…。
(何の問題も無かったんだが、今ではなあ…)
 俺の中身が、増えてしまったモンだから、と顎に当てた手。
 「今では、俺はキャプテン・ハーレイなんだ」と。
 若い頃から「生まれ変わりか?」と言われるくらいに、似ていた遠い昔の英雄。
 兄弟がいたなら、何度も話題になっていたろう。
 「お前、本当に、キャプテン・ハーレイじゃないのか?」と。
 それらしき記憶は残っていないか、何か覚えていないのか、などと。
(思い出す前なら、他人の空似で、赤の他人だ、って言えたんだがなあ…)
 今じゃ、そういうわけにもいかん、と苦笑する。
 本当にキャプテン・ハーレイなのだし、「赤の他人だ」というのは嘘。
 けれど、兄弟にも明かせはしない。
 明かしたならば、ブルーを巻き込んでしまうから。
(…いつかブルーが、「ぼくも、ホントのことを言うよ」と言うなら…)
 二人一緒に、前の生での記憶を明かして、生まれ変わりだと発表するかもしれない。
 全宇宙から注目を浴びて、大変なことになりそうだけれど。
 「それでもいいよ」とブルーが言うなら、反対はしない。
 けれども、そんな日が来ないなら…。
(…俺の正体は、兄弟にだって言えやしないんだ…)
 今度はブルーと生きてゆくのだし、好奇心に満ちた瞳を、ブルーに向けられたくはない。
 いくら兄弟でも、血の繋がった者であっても。


 そう考えると、兄弟は「いなくて良かった」のだろう。
 青い地球の上に生まれて来る時、神は、其処まで考慮したのだと思う。
 将来、困らないように。
 兄弟にも言えない秘密を抱えて、生きてゆかなくてもいいように。
(…親父とおふくろにも秘密なんだが、そっちはなあ…?)
 親にも言えない秘密は誰にだってあるさ、と思うものだから、気にはならない。
 兄弟に隠し事をし続けるよりは、遥かに楽な人生だろう。
(だから、これはこれでいいんだが…)
 欲しかった気もするんだよな、と思考が最初へ戻ってゆく。
 「ブルーのこととか、そういうのは抜きで」と、「いいトコ取りというヤツで」と。
 うんと都合のいい、困ることなどない兄弟。
 それがいたなら、もっと世の中、楽しめたのに、と。
(…しかし、そういう無茶な注文…)
 通りはしないし、絶対に無理。
 「一日だけでも」などというのは、もっと無茶。
(…楽しそうだと思うんだがなあ…)
 一日だけ、兄弟が出来ないモンかな、と考えた所で、閃いた。
 「前の俺だ」と。
 奇跡が起こって、たった一日だけ、兄弟が出来るというのなら…。
(血は繋がってないし、本物じゃないが…)
 前の俺と兄弟というのがいいな、と大きく頷く。
 「それなら気心も知れてるんだし」と、「お互い、知らない仲じゃないしな」と。
(…まず、名乗らないといけないだろうが…)
 前の俺と出会って、兄弟のように過ごせたら、と浮かんだ考え。
 「こいつは素敵だ」と、「なんとも楽しそうじゃないか」と。
 一日だけ、神が兄弟をくれると言うなら、前の自分を頼んでみたい。
 「本物の兄弟とは違うのですが」と、「そっくりですから、兄弟に見えると思います」と。
 そうして前の自分と出会って、兄弟のように仲良く過ごす。
 たった一日だけでいいから、この地球で。
 平和になった今の時代を、前の自分と満喫して。


(…うん、なかなかに…)
 いい感じだぞ、と想像の翼を羽ばたかせる。
 兄弟のように過ごせそうだと、きっと楽しい一日になる、と。
(瓜二つなんだし、双子ってトコだな)
 俺と、前の俺、とコーヒーのカップを傾けた。
 前の自分と出会えたならば、「俺は、未来のお前なんだ」と、自己紹介。
 「今日だけ、兄弟ってことになっているから、仲良くやろう」と。
(最初はビックリされるんだろうが…)
 前の俺だって、俺なんだから、じきに慣れるさ、と自信はある。
 「いつまでも驚いてる暇があったら、頭を切り替えて、前進だよな」と。
(前の俺やブルーが、どうなったのかは、話せやしないが…)
 いくら兄弟でも言えやしない、と伏せるしかない、前の自分とブルーの生涯。
 「色々あったが、青い地球に生まれ変われたってわけだ」と、いい面だけを話しておこう。
 「ブルーもいるぞ」と、「すっかりチビになっちまったが」と。
(…きっと、ブルーにも会いたがるんだろうが…)
 そっちに費やす時間は無いな、と傾けるカップ。
 「前の俺をブルーに盗られちまうし」と、「それじゃ、つまらん」と。
(神様だって、そういうコースはお望みじゃないさ)
 俺に兄弟を下さったんだし、俺が楽しむべきなんだ、と考える。
 「ブルーに会わせる時間があったら、その分を有効に使わないとな?」と。
 前の自分と過ごすのならば、まず一番に、何をしようか。
 自己紹介が済んだ後には、コーヒーを振る舞うべきなのだろうか。
(…なんと言っても、正真正銘、本物のコーヒー豆のヤツで、だ…)
 代用品のコーヒーなんかじゃないぞ、とカップの中身を眺めて笑む。
 「前の俺だと、シャングリラじゃ、キャロブのコーヒーだった」と。
 青い地球に「前の自分」がやって来たなら、地球で採れたコーヒーを淹れるのがいい。
 「こいつは本物のコーヒーなんだ」と、「今じゃ地球でも、コーヒー豆が採れるんだぞ」と。
(喜ぶだろうな、地球のコーヒー…)
 目に浮かぶようだ、と思う前の自分の感激ぶり。
 「美味い」と、顔を綻ばせて。
 「やっぱり本物は、うんと美味いな」と、「その上、地球のコーヒーなのか」と。


 コーヒーの後は、和食を披露してみたい。
 「俺は地球に来て腕を上げたぞ」と、「今じゃ、こういう料理があるんだ」と。
(でもって、家で軽く食ってだな…)
 それから街に繰り出すのもいい。
 遠い所で暮らす兄弟、それが故郷に帰省して来た時みたいに。
 「どうだ、あちこち変わっただろう?」とか、「此処は昔と変わらんな」と案内するように。
(前の俺だと、全く知らない街になるんだが…)
 其処の所は、ご愛敬。
 公園もいいし、繁華街だって楽しめるだろう。
(合間に、喫茶店にも入って…)
 メニューを広げて、「どれにする?」と、もちろん、自分の奢り。
 前の自分が恐縮したって、兄弟なんて、そんなものだろう。
 「いいから、今日は俺が奢る」と、「久しぶりだし、好きなだけ食えよ」と。
(晩飯だって、気に入りの店に連れてって…)
 「これが美味いぞ」とか、「この酒がいい」とか、さながら「兄貴」。
 本当は、どちらが兄になるのか、自分でも分からないけれど。
 「その身体で生きた年数」だったら、前の自分の方が当然、「兄」なのだけれど。
(…そういうことでも、その土地に詳しい方がだな…)
 「俺に任せろ」は、ごくごく自然な流れ。
 だから気分は「兄貴」なわけで、前の自分に世話を焼く。
 「青い地球を、うんと楽しんでくれ」と。
 「せっかくだから、今夜は二人で飲み明かそう」と。
(…いいよな、久しぶりに会った兄弟みたいで…)
 そんな具合に、前の俺と過ごせたらいいな、と広がる夢。
 「兄弟のように、青い地球で」と。
 自分に兄弟はいないけれども、神様がプレゼントしてくれるなら。
 たった一日、兄弟をくれると言うのだったら、「前の俺がいい」と…。



            兄弟のように・了


※兄弟がいたら楽しいのにな、と考え始めたハーレイ先生。たった一日だけでいいから、と。
 そして思い付いたのが、前の自分と兄弟のように過ごすこと。楽しそうですよねv









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