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丈夫だったなら

(今日はハーレイに…)
 会えないままで終わっちゃった、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は会えずに終わったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
(同じ学校の、先生と生徒なんだけど…)
 全然、会えない日ってあるよね、と悲しい気分。
 白いシャングリラの中と比べれば、学校の方が狭いのに。
 何層にも重なっていたりしないし、移動手段も、シャングリラよりずっと少ないのに。
(…シャングリラだったら、通路の他にも…)
 バスみたいな乗り合いのコミューターとか、エレベーターとか。
 通路もあちこち入り組んでいたし、非常用の通路も張り巡らされて…。
(同じ方向に向かっていたって、必ず、顔を合わせるわけじゃあ…)
 なかったんだよね、と白い箱舟を思い出す。
 巨大な白い鯨よりかは、学校の方が、ハーレイと出会い易いのに。
 確率はずっと高そうなのに、会えない日には、とことん会えない。
(ハーレイの古典の授業が無くって、廊下でも階段でも出会わなくって…)
 グラウンドにも姿が見えずに、そのまま下校するしかない日。
 今日のような日も少なくないから、なんとも寂しい。
 ソルジャー・ブルーだった頃には、どんなにハーレイが多忙だろうと、会えたのに。
 毎朝、食事を一緒に食べて、報告を聞くことが出来たのに。
(…いくらハーレイが、ぼくの守り役でも…)
 一日に一度は顔を見ること、などという決まりは設けられていない。
 だから、今日のような日だってある。
 一日どころか、何日も会えないことだって。
 流石に一週間も会えないままにはならないけれども、可能性はゼロではないだろう。
 週に一度は会うように、と医者が指示したわけではないから。


(……一週間は、長すぎるよね……)
 そんなことが起こりませんように、と心の中で神に祈った。
 「明日はハーレイに会えますように」と、「ほんのちょっぴりでも」と。
(…ホントに、ちょこっと会えるだけでも…)
 嬉しいんだから、と考えていたら、ポンと頭に浮かんだこと。
 「ぼくの身体が、もう少し、丈夫だったなら」と。
 学校でハーレイを待てる程度に、人並みの体力があったならば、と。
(…今の時代は、人間は、みんなミュウだから…)
 前の自分の頃と違って、ミュウは全く虚弱ではない。
 あの時代の人類がそうだったように、健康な身体を持っているのが普通。
 プロのスポーツ選手にしたって、今では、みんなミュウなのだから。
(…今のハーレイも、うんと丈夫で…)
 補聴器も要らない身体になって、プロのスポーツ選手になれる道だってあった。
 それを蹴って教師の道を選んだけれども、今も柔道部を指導している。
(今日も、柔道部が長引いたのかも…)
 あるいは会議があったのだろうか、それとも他に用があったか。
(…どれにしたって…)
 今の自分が丈夫だったら、待っていることは出来ただろう。
 急いで家に帰らなくても、身体は悲鳴を上げないから。
(ぼくは今度も、前と同じで弱くって…)
 体育の授業も見学が多いし、学校を休む日だってある。
 元気な子ならば歩いて通える、今の学校がある場所だって…。
(歩いて通うと、疲れちゃうから…)
 路線バスに乗って通っているほど、今の自分も身体が弱い。
 そのせいでクラブ活動もせずに、授業が終われば、真っ直ぐ家に帰るけれども…。
(元気だったら、何かのクラブに入って…)
 放課後の時間を潰せばいい。
 クラブが無い日も、友達と学校で遊んでいたなら…。
(じきに下校の時間になるよね?)
 そしたら、ハーレイに会えるんだけど、と思い描いた「もしも」の世界。
 「今のぼくが、丈夫だったなら」と。


 もしも丈夫に生まれていたなら、どんなに違っていただろう。
 今夜みたいに溜息をついて、「会えなかったよ」と悲しむ日は、きっと…。
(うんと減るよね?)
 ハーレイが研修とかで留守の時だけ、と「会えずに終わる日」を考えてみる。
 そうでない日は、ハーレイは学校に来ているから。
(…ハーレイが学校にいるんなら…)
 放課後まで会えずに終わった時には、何処かで待っていればいい。
 クラブ活動でも、友達と遊んで過ごすにしても、下校のチャイムが鳴る時間まで。
 チャイムが鳴ったら、友達やクラブの仲間たちは下校してゆくけれど…。
(…ぼくだけ残って、ハーレイが帰る時間になるまで、待っていたって…)
 他の先生は叱ったりせずに、逆に「待つための場所」を提供してくれそう。
 なんと言っても、ハーレイは「守り役」なのだから。
(…何か相談したいんだな、って…)
 いい方に誤解した解釈をして、ハーレイにも知らせてくれるだろう。
 「ブルー君が待っていますから」と。
 「帰る時には、ブルー君の所に行くのを、忘れたりしないで下さいよ」と。
(…絶対、そう!)
 そうなるよね、と自信はある。
 聖痕が再発しないようにと、守り役になったのがハーレイだから。
 そのハーレイを待っているのなら、相談事があるのだと、先生方は思う筈。
(聖痕のことが相談事なら、ぼくをウッカリ帰らせちゃったら…)
 「ハーレイに会えなかった」ばかりに、聖痕が再発するかもしれない。
 そうなったならば、「帰りなさい」と下校を命じた先生は…。
(うんと責任を感じちゃうから…)
 そんな事態は避けたいだろうし、触らぬ神に祟り無し。
 相談事が何であろうと、「ブルー」がハーレイを待っているなら…。
(この部屋で待っていなさい、って…)
 何処かの部屋へ案内してくれて、もしかしたら、飲み物も出るかもしれない。
 先生方が普段、休憩時間や放課後に飲んでいるものを。
 「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」などと尋ねてもくれて。


(…飲み物を貰って、お菓子もあるかも…)
 先生方が食べるお菓子が余っているなら、それだって分けてくれそうだよね、と考える。
 「ハーレイ先生」を待っている間、お腹を空かせないように。
 会議などが更に長引きそうなら、飲み物もお菓子も、追加になって。
(そうやって、終わるまで待ってたら…)
 やがて聞き慣れた足音がして、部屋の扉が開くのだろう。
 「待たせてすまん。すっかり遅くなっちまった」と、帰り支度をしたハーレイが来て。
(そしたら、ぼくも鞄を持って…)
 ハーレイと一緒に、校舎を出る。
 もう学校に用は無いから、ハーレイの車が停めてある駐車場に向かって。
 濃い緑色をしたハーレイの愛車、それの所まで行ったなら…。
(ハーレイが鍵を開けてくれて…)
 乗れよ、と促してくれるだろう。
 「お前の家まで送って行くから、助手席に乗れ」と。
 そしてハーレイも運転席に座って、シートベルトを締めながら…。
(腹が減ってないか、って聞いてくれるんだよ)
 ぼくの身体が丈夫だったなら、と広がる夢。
 今みたいに弱い身体でなければ、帰り道に何か食べたって…。
(家に帰ったら、晩御飯も、ちゃんと…)
 残さずペロリと平らげるから、間食したって大丈夫。
 ハーレイの車で、何処かの店に寄ったって。
 テイクアウト出来る物でなくても、お店に入って美味しく食べる。
 少しくらいの寄り道だったら、遅くなっても、両親も許してくれるだろう。
 晩御飯を残さず食べられるなら。
 家に帰ってからも元気で、きちんと宿題などもするなら。
(タコ焼きとかを買って貰って、車の中で食べてもいいけど…)
 どうせだったら、お店に入って楽しく食べたい。
 ハーレイの優しい笑顔を見ながら、ホットケーキや、パフェなんかを。
 元気な少年なら食べられそうな、ラーメンだって。
 「美味しいね」と、自分も笑顔になって。
 ハーレイお勧めの店の餃子や、大きなお好み焼きなんかも。


 それって素敵、と顔が綻ぶ、帰り道での小さなデート。
 ハーレイの顔を見られて満足だから、食べ終わった後は家に直行でも…。
(文句なんかは言わないし…)
 寄って行ってよ、と引き止めもしない。
 「今日はありがとう」と、笑顔でお礼を言って、ハーレイの車が走り去るのを見送る。
 「またね」と、大きく手を振りながら。
(…そういうデートが、沢山、出来そう…)
 もし、ぼくが丈夫だったなら、と容易に想像出来る光景。
 休日だって、この部屋でお茶を飲んでいるような暇があったら…。
(…外へ行こうよ、って…)
 誘わなくても、ハーレイの方から誘ってくれそう。
 「次の休みは、俺と釣りにでも行かないか?」などと。
 今のハーレイの父は、釣りの名人。
 ハーレイも直伝の腕前を披露したくて、川や湖や、海にだって…。
(行くぞ、って車を出してくれて…)
 二人で釣りをしながらのデート。
 「ほら、引いてるぞ」と教えて貰って、大きな魚を釣り上げて。
 何も釣れなくても、きっと座っているだけで…。
(うんと楽しくて、幸せで…)
 嬉しくてたまらないことだろう。
 行き先が海でも、きっと「地球の海だ」なんてことは考えない。
 ハーレイと過ごす時間だけで、もう充分だから。
 前の自分が誰だったのかは、どうでも良くなってしまっていて。
(…きっと、そう…)
 今の暮らしが楽しすぎて、と思いを馳せる、ハーレイとのデート。
 デートだという意識も、あるいは無いのかもしれない。
 「ハーレイと釣りをしている」今が、もう最高に幸せで。
 うんと健康な少年らしく、釣りという遊びに夢中になって。
(ハーレイが大きな魚を釣ったら…)
 羨ましくて、うんと悔しくて、自分も必死になりそうに思う。
 「ぼくも釣るんだ」と、「大きいのを釣るまで、絶対、帰らないからね!」と。


(…デートだなんて、思っていないよね…)
 丈夫なぼく、と思うけれども、そんな自分もいいかもしれない。
 学校でハーレイが帰る時間まで待って、帰りに二人でラーメンでも。
 キスが欲しいとは思いもしないで、「美味しかった」と大満足な自分でも。
(…釣りに行っても、魚を釣るので頭の中が一杯で…)
 デートだなどとは微塵も思わず、キスが欲しいとも思わなくても…。
(…そういうぼくなら、それで幸せなんだものね?)
 そっちの方でも良かったかな、と思いはしても、生憎、今の自分は虚弱。
 丈夫な身体になれはしないし、これからもキスを強請るだけ。
 「ハーレイのケチ!」と頬っぺたをプウッと膨らませて。
 唇にキスをくれないハーレイ、ケチな恋人に文句を言って。
 「丈夫なブルー」は、いないから。
 健康的なデートで喜ぶ、今のハーレイがホッとしそうな「ブルー」は存在しないのだから…。

 

            丈夫だったなら・了


※自分が丈夫だったなら、と想像してみたブルー君。ハーレイ先生と素敵なデートが出来そう。
 デートだという意識も無さそうな感じですけど、健康的なブルー君は存在しないのですv










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