(今日はあいつに会えなかったが…)
元気にしてるといいんだがな、とハーレイが思い浮かべた小さな恋人。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今は小さくなってしまったブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今日は会えずに終わったけれども、ブルーは元気にしているだろうか。
(…心の方は…)
あまり元気じゃないんだろうな、と想像がつく。
もう寝ているかもしれないけれど、起きていたなら、今頃は…。
(今日はハーレイ、来てくれなかった、って…)
しょんぼりとしているんだろう、と容易に分かるブルーの気持ち。
学校でも顔を会わせていないから、しょげているのは間違いない。
(しかし、そいつはいつものことだし…)
さほど心配はしないでいい。
会えなかった日は元気が無くても、会えたら、たちまち元気になるから。
気掛かりなのは、ブルーの心ではなくて…。
(…風邪でも引いていなけりゃいいが…)
顔を見ないと心配なんだ、とブルーの身体が今日は気になる。
さして寒かったわけでもないのに、少々、過保護に過ぎるけれども。
(とはいえ、今度も、あいつの身体は…)
前と同じに虚弱だから、と小さなブルーの体質を思う。
体育も見学の日が多いくらいに、今のブルーも身体が弱い。
人間が全てミュウになった今では、ミュウといえども健康なのに。
かつての人類がそうだったように、プロのスポーツ選手も大勢、存在する。
だから、生まれ変わって来た今の自分も…。
(プロの選手にスカウトされてたほどなんだがなあ…)
もっとも、前も強かったんだが、と苦笑した。
「悪かった部分は、耳だけだったな」と。
遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイだった頃。
いや、キャプテンになるより前から、前の自分は頑丈だった。
耳だけは聞こえにくかったけれど、他の部分は至って健康。
身体が丈夫なミュウは珍しかったから、研究者たちが行う実験の方も…。
(…どっちかと言えば、体力の限界というヤツを…)
試す類のものが多くて、お蔭で、更に頑丈になって、体格のいいミュウが出来上がった。
聴力以外は、並みの人類より、ずっと優れていただろう身体。
(…キースの野郎と殴り合っても…)
ダメージは受けなかっただろうさ、と思うくらいに強かった身体。
それをそのまま、今の自分も引き継いだらしい。
ついでに耳もすっかり治って、何処も健康そのものなのに…。
(…ブルーは、そうはいかなくて…)
今でも弱くて、何かと言えば熱を出したり、寝込んだり。
補聴器こそ要らなくなったけれども、体力の方は、前のブルーと変わらない。
(それどころか…)
前よりも弱くなったかもな、と思えてしまう。
今のブルーは、「弱くてもかまわない」人生を生きているものだから。
ブルーがベッドで寝込んでいたって、誰一人として困りはしない。
前のブルーが倒れてしまえば、それこそ大変だったのに。
(…幸いなことに、そんな場面は無かったわけだが…)
物資の調達をブルーが一人でしていた頃なら、船はパニックに陥ったろう。
食料はもちろん、他の物資も、ブルーが奪って来ていたから。
(そうならないよう、前の俺がだ…)
倉庫の管理人を引き受けていて、中身をきちんと把握していた。
もしもブルーが動けなくなっても、一ヶ月くらいは、充分、余裕があるように。
ブルーが調達に出掛ける前には、不足しそうな物資は何かをきちんと伝えられるよう。
(…それでも、ブルーにしてみれば…)
万が一ということもあるから、寝込んでなどはいられない。
たまに倒れてしまった時でも、少しでも早く治そうとして…。
(嫌な薬も、嫌いな注射も、懸命に耐えていたんだっけなあ…)
でないと皆が困ってしまう、と、小さな身体と幼かった心を叱咤したのが前のブルー。
それに比べて、今のブルーはどうだろう。
本物の両親と暮らす家には、暖かなベッドと居心地のいい自分専用の部屋。
前の生の記憶が無かった頃でも、ブルーの心は「注射は嫌い」と覚えていたから…。
(…病院に行くのは絶対嫌だ、と…)
我儘を言っては両親を困らせ、そんな調子だから病気も長引く。
ただでも身体が弱いというのに、注射を嫌って、ギリギリまで隠しているものだから。
(…おまけに、丈夫になろうという努力も…)
今のあいつは無縁なんだ、と苦笑い。
寝込んでも何の支障も無いから、鍛える必要などは無い。
(前のあいつも、鍛えることは無理だったんだが…)
身体がそれを許さなかっただけで、可能だったら、丈夫になろうと努力したろう。
戦える者は他にいなくて、文字通り、ソルジャーだったのだから。
(…今のあいつは、ソルジャーなんかじゃないからなあ…)
弱くても誰も困らないし、と平和な時代に感謝するけれど、その一方で…。
(もしも、あいつが丈夫だったら…)
色々と変わっていたのかもな、という気がする。
ブルーとの出会いは変わらなくても、その後のことが。
再会してから今日までの日々は、きっと全く違っただろう。
(…あいつの右手が凍えちまうのは、変わらないとは思うんだがな…)
それ以外のことは、ブルーが丈夫に生まれていたなら、違う過ごし方で彩られたろう。
今日にしたって、「ハーレイ先生」の仕事が終わる時間まで…。
(…学校で待っていたかもなあ…)
丈夫ならな、と考えてみる。
弱いブルーは部活もしないで、授業が終われば帰ってしまう。
健康だったら歩いて帰れる場所にある家まで、路線バスに揺られて。
(丈夫だったら、部活も出来るだろうし…)
クラブの無い日だったとしたって、放課後の潰し方は色々。
運動部が使っていない所で、友達とサッカーなんかも出来る。
そうやって下校時刻を迎えて、下校のチャイムが鳴ったなら…。
(ハーレイ先生を待ってるんです、と言いさえすれば…)
残っていたって問題は無いし、遅くまででも待てるのだから。
(会議で遅くなったって…)
ブルーが待っていたとなったら、真っ直ぐ家に帰りはしない。
もちろん車で送るけれども、それよりも前に、何処かに寄り道。
(…待っていて腹が減っただろう、と…)
軽く何かを食べさせてやって、それから家まで送って行く。
健康そのもののブルーだったら、帰りに何か食べていたって、夕食は充分、入るから。
(家の前で「じゃあな」と下ろしてやっても…)
きっとブルーは、笑顔で手を振り、見送るのだろう。
「送ってくれてありがとう」と、「今日は御馳走様!」と。
(寄っていかないの、と誘いはしたって…)
誘いを断って帰った所で、「残念!」の一言で終わりそう。
身体の弱いブルーと違って、一緒に過ごした後だから。
「ハーレイ先生」を待っていた時間の方が、二人になってからよりも、ずっと長くても。
(…ちゃんと会えたし、二人で軽く食ったんだしな?)
それに車で送って貰って、ブルーにしてみれば満足だろう。
「ハーレイを待っていて良かった」と。
(そういう元気なブルーだったら…)
休みの日だって、ゆっくりお茶など飲んではいない。
何処かへ行きたくてウズウズだろうし、こちらにしたって誘いやすい。
「健康的なデート」というヤツに。
二人でジョギングなんかは日常、時には遠出もいいだろう。
「今度の休みは山に登るか?」だとか、「二人で釣りに行くとするか」とか。
ブルーが丈夫な身体だったら、体調を崩す心配は無い。
だから気軽に誘い出せるし、ブルーの方も…。
(丈夫だったら、遊びたい盛りの年なんだから…)
デートだなどと思いもしないで、ウキウキとついて来ることだろう。
それまでは友達とやっていたことを、「ハーレイ先生」と楽しむだけ。
山登りにしても、釣りに行くにしても、友達同士で出掛けて行くのとは…。
(違うからなあ、大人が一緒に行くとなったら)
もうそれだけで気分は上々、「何処に行くの?」と興味津々。
当日も張り切って早起きをして、期待に顔を輝かせて。
(…愛だの恋だの、今のあいつには早すぎることは…)
ブルーの身体が丈夫だったら、自然と消えてしまうと思う。
再会してから少しの間は、前のブルーを思わせるような表情をしても。
「ハーレイ?」と見詰める赤い瞳が、前のブルーに似ていたとしても…。
(…うんと元気で、丈夫だったら…)
今のブルーが夢中になるのは、プロのスポーツ選手になれる道もあった「ハーレイ先生」。
ブルーくらいの年の頃なら、憧れの的のプロのスポーツ選手。
その道を蹴って、教師をしている変わり種でも、眩しく見えることだろう。
現に学校の男子生徒たちは、羨望の眼差しを向けて来るから。
(その俺を、独占出来るんだしな?)
得意満面の丈夫なブルーは、恋に相応しい年になるまで、きっと忘れることだろう。
「前の自分」と「前のハーレイ」が、大人の恋をしていたことを。
どんな具合にキスを交わして、どういう夜を過ごしたのかを。
(…そっちだったら、なんとも平和だったんだがなあ…)
俺の悩みも減りそうなんだが、と思うけれども、仕方ない。
「丈夫だったら」と願ってみたって、ブルーは丈夫にならないから。
前と同じに弱いブルーも、どうしようもなく愛おしいから…。
丈夫だったら・了
※ブルー君の身体が丈夫だったら、と考えてみたハーレイ先生。色々と違って来そうです。
釣りに登山にと、健康的なデートも出来そう。でも、虚弱なのがブルー君。仕方ないですねv