「ねえ、ハーレイ。ぼくたち、好き嫌いが無いけれど…」
前のぼくたちが苦労したから、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「好き嫌い? ああ、お互いに全く無いな」
せっかく生まれ変わったのに、とハーレイが浮かべた苦笑。
「食い物の苦労が無い時代なのに、残念だよな」と。
「そうなんだけど…。ホントに、ちょっぴり残念だけど…」
だけど、試食は大切だよね、とブルーの赤い瞳が瞬く。
「それに関しては、前のぼくたちの頃でも、同じ」と。
「試食なあ…。確かに、試食は大切だったよな」
改造前のシャングリラでもな、とハーレイも大きく頷いた。
まだ厨房で料理をしていた頃には、大切だった試食。
仲間たちの気に入る料理になるよう、気を配って。
(…俺とブルーは、どんな飯でも食えたんだがなあ…)
船の仲間たちの方は、そういうわけにはいかなかった。
アルタミラの檻で餌しか食べられなかった、実験体時代。
その頃だったら、料理というだけで感激したのだろうに…。
(…喉元過ぎれば何とやら、というヤツで…)
いつの間にやら、すっかり舌が肥えてしまった仲間たち。
キャベツだらけのキャベツ地獄や、ジャガイモ地獄でも…。
(なんとか工夫して、味や調理法を変えないと…)
これは飽きた、と出て来る文句。
「またジャガイモか」だとか、「またキャベツか」とか。
そんな仲間たちの口に合うよう、前の自分は試行錯誤した。
炒めてみるとか、揚げてみるとか、重ねた工夫。
そうやって厨房で、様々な料理を試作していたら…。
(まだチビだった前のこいつが、ヒョイと現れて…)
覗き込んでは、「何が出来るの?」と尋ねて来た。
その度、「食ってみるか?」と、差し出していた試食用。
「みんなの口に合うと思うか?」と、意見を聞きに。
鮮やかに蘇った、名前だけだった頃のシャングリラ時代。
前のブルーと試食を繰り返した、懐かしい厨房。
生まれ変わった今の自分も、やはり試食を大切にする。
とはいえ、新しい調理法を試すよりかは…。
(味見と言うか、こう、店とかで出しているヤツを…)
試食してみて、買うかどうかを決めるのがメイン。
同じ買うのなら、美味しいものを買いたいから。
(好き嫌いが無いのと、味音痴とは違うからなあ…)
試食するのが一番なんだ、と考えていたら…。
「今のハーレイも、試食は大切だと思うでしょ?」
だったら、試食してみるべきだよ、とブルーが言った。
「でないと味が分からないしね」と、「気に入るかも」と。
「はあ? 試食って…?」
何をだ、とテーブルの上を眺め回した。
特に変わった菓子などは無いし、紅茶も定番の銘柄の筈。
(…これから何か、出て来るってか?)
新作の菓子か、珍しい紅茶とかが…、と思ったけれど。
そういう試食だと、頭から信じていたのだけれど…。
「あのね、コレ!」
ぼくの唇、とブルーが指差した自分の唇。
「子供の頃のは知らないでしょ」と、「前のぼくのも」と。
「だから試食」と、「美味しいかどうか試してみて」と。
「そういうことか!」
馬鹿野郎、とブルーの頭に落とした拳。
コツンと軽く、痛くないように。
「そんな試食は断固断る」と、「悪ガキめが」と…。
試食は大切・了
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