(今度は年上なんだよね…)
正真正銘、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
ブルーが通っている学校で、古典の教師をしているハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…前だって、ぼくはチビだったけど…)
出会った時には、子供だったんだけど、と時の彼方の記憶を辿る。
アルタミラの地獄で初めてハーレイに会った時には、前の自分は今と同じで子供。
姿も今とそっくり同じな、十四歳のチビだったけれど…。
(身体も心も、十四歳のままだったのに…)
成長を止めてしまっていただけのことで、本当の年は、ハーレイよりも遥かに上。
アルタミラから脱出した仲間たちの中でも、自分が一番の年上だった。
まるで全く自覚は無くて、他の仲間も、子供として扱ってくれたけれども。
「自分たちが育ててやらなければ」と、誰もが心を配ってくれて。
(だから、ハーレイも…)
前の自分を子供扱い、甘やかしたり、時には叱ったり。
そうして育って、ソルジャーとして立った後にも、前のハーレイを頼りにしていた。
「ずっと年上の大人」として。
「ぼくなんかよりも、ハーレイの方が大人だから」と。
(…ホントに、ハーレイの方が大人なんだ、って…)
すっかり思い込んでいたというのに、時の流れは残酷だった。
突然、やって来た「終わりの時」。
前の自分の身体が弱って、寿命が尽きると分かった瞬間。
(……前のぼく、年寄りだったんだよ……)
自分じゃ分かってなかっただけで、と、今、考えても悲しくなる。
誰よりも愛した前のハーレイ、その人の側に、いられなくなると思い知らされた時。
寿命は、どうしようもなかったから。
どんなに「嫌だ」と泣き叫ぼうとも、時の流れは止まらないから。
あの時の、前の自分の深い悲しみ。
「どうして先に生まれたのか」と、「年下だったら良かったのに」と、何度も思った。
ハーレイよりも年下だったら、そんな別れは起こらないから。
恋人の寿命が尽きる時まで、側にいることが出来たから。
(…それが悲しくて、何度も泣いて…)
辛くてたまらなかったけれども、結局、前の自分の最期は…。
(……ハーレイを置いて逝っちゃった……)
おまけに、ぼくは独りぼっち、とメギドの記憶が降って来たから、頭を振って振り払う。
「あんなの、思い出したくない」と。
「今のぼくは、うんと幸せだから」と、「幸せなことを考えなくちゃ」と。
(ハーレイも、ホントに年上だしね?)
ぼくが、ちょっぴり、チビすぎるけど、と、それだけが不満。
とはいえ、前の生でも今の姿で出会ったのだし、文句を言うのは筋違いだろう。
(神様だって、きちんと考えてくれて…)
この年の差にしたんだよね、と大きく頷いてから、ハタと気付いた。
「ハーレイの方は、同じじゃないよ?」と。
「アルタミラで出会った時のハーレイ、若かったよ」と。
(…えーっと…?)
あのハーレイは何歳くらいなのかな、と頭を巡らせ、出した答えは二十代。
まだ充分に青年だったし、今の世界なら、上の学校を卒業する年から…。
(二年か三年、…ううん、卒業したてなのかも…?)
個人差ってヤツがあるものね、と考えたけれど、若いことだけは間違いない。
(…どうして、そこで出会わなかったの?)
前の通りの出会いでいいのに、と尖らせた唇。
「ぼくなら、待てるよ」と、「ハーレイが前の姿になるまで」と。
前のハーレイがそうだったように、青年から、威厳のある姿になってゆくまで。
自分が先に年を止めても、ハーレイは叱らないだろう。
前の自分もそうだったのだし、何の問題も無いのだから。
(…だけど、ハーレイが若過ぎちゃうと…)
新米の教師になってしまって、何かと難しいかもしれない。
守り役になることは出来ても、思うように時間が取れないだとか。
(……うーん……)
その可能性はありそうだよね、と教師の仕事を数えてみた。
授業の他にも、ハーレイは色々、忙しそう。
現に今日だって、帰りに寄ってはくれなかったし…。
(まだ駆け出しの先生だったら、研修だって、うんと多くて…)
仕事の帰りに寄れる日、ずっと少ないかもね、と思うと、これでいいのだろう。
ハーレイの方が「ずっと年上」、そういう年の差に生まれても。
自分は前と同じにチビでも、ハーレイは「うんと年上」の姿でも。
(今度は本当に年上なんだし、その分、甘えられるから…)
神様がそうしてくれたんだよね、と納得してから、違う方へと向かった思考。
(…それなら、神様が、やろうと思えば…)
同い年になっていたのかも、と。
ハーレイとの年の差は全く無くて、同じ学年の生徒だったかも、と。
(…うんと若くて、十四歳のハーレイ…)
どんなのだろう、と瞬かせた瞳。
前の自分は、そんな姿のハーレイは知らない。
もちろん、今の自分にしても…。
(…アルバムか記憶を、ハーレイに見せて貰わないと…)
分かりはしないし、当然、馴染みがあるわけがない。
それだけに、「十四歳のハーレイ」は新鮮で、出会ってみたい気がする。
同い年の二人に生まれ変わって。
どんな出会いになっていたのか、出会った後は、どうなったのか。
(…今のハーレイ、育ったのは隣町だから…)
学校の教室で再会することは無かった筈。
だから偶然、何処かでバッタリ出会うのだろう。
隣町から来たハーレイと、たまたま歩いていた自分とが。
(…遠征試合で、ぼくの学校にも来たりする?)
それとも試合の帰りなのかな、と想像の翼を羽ばたかせる。
「十四歳のハーレイと、今のぼくとが出会うんだよ」と。
「出会った途端に記憶が戻って、ちゃんと再会出来るんだよね」と。
同い年になったハーレイと、青い地球の上で巡り会う。
とても素敵な思い付きだ、と広がる夢。
(…街角とかで、試合帰りのハーレイと…)
行き会うとしたら、ハーレイはきっと、クラブの仲間と一緒だろう。
柔道にしても、水泳にしても、元気一杯の少年たちのグループ。
(何処のお店に入ろうか、って賑やかにしてて…)
遠目にも目立つ、命の輝きに溢れた少年たち。
身体の弱い自分の目には、眩しいほどに違いない。
(楽しそうだよね、って…)
羨望の眼差しで見ながら近付き、擦れ違おうとした瞬間に…。
(右目の奥が、ズキッて痛んで…)
目から、肩から、溢れる鮮血。
神様が自分にくれた聖痕。
(ぼくは、ハーレイ、見付けられるけど…)
あの少年がハーレイなのだ、と気付くと同時に、痛みで消えてゆく意識。
膨大な記憶が戻って来たって、身体は痛みに耐えられないから。
(…ハーレイも、見付けてくれるだろうけど…)
慌てて駆け寄り、「大丈夫か!?」と叫ぶ姿が目に浮かぶよう。
意識を失くしてしまった自分を、抱き起こして。
「誰か、救急車を呼んで下さい!」と、周りの大人たちに頼む所も。
(…そっか、救急車が来ても…)
同い年のハーレイは、一緒に救急車には乗ってゆけない。
通りすがりの子供なだけで、知り合いでも何でもないのだから。
(もしも周りに、お医者さんとか、看護師さんがいたら…)
その人が名乗りを上げた時点で、ハーレイは退場するしかない。
「君は下がって」と、応急手当が始まって。
(…そうでなくても、ぼくに付き添って行くんなら…)
いくらハーレイが「試合は終わりましたから」と言ったとしても、所詮は子供。
「誰か、目撃していた人は?」と救急隊員が頼むとしたら、大人だろう。
「一緒に救急車に乗って貰えませんか」と、「お忙しいでしょうが、お願いします」と。
つまり、出会った途端に、お別れ。
少年のハーレイはその場に置き去り、ただ呆然とするしかない。
運ばれて行った少年が誰か、名前さえ分からないままで。
一緒にいたクラブの仲間たちの方は、すっかり野次馬騒ぎだろうに。
「凄い現場を見ちまったよな」と、「明日の新聞に載るのかな?」などと。
(…帰りに食事をするんだったら、その間だって…)
目撃した事件の話題でワイワイ、其処でもハーレイは置き去りになる。
きっとハーレイの頭の中は、「ブルー」で一杯だろうから。
「怪我は大丈夫なんだろうか」と、「何処の病院に行ったんだろう」と。
(…聖痕だなんて知らないから…)
大怪我をしたと思い込んだまま、過ごしてゆくしかないハーレイ。
「俺は今度も、ブルーを失くしちまったのか?」と、気が気ではなくて。
「出会った途端に、ああなるなんて」と、「前よりも、ずっと酷いじゃないか」と。
(……うんと心配しちゃうよね……)
そして不安でたまらないよね、と思うけれども、自分にはどうすることも出来ない。
病院で意識を取り戻した時には、もうハーレイはいないから。
「ぼくが倒れた時に、抱き起こしてくれた人は誰?」と、尋ねても、多分、無駄だろう。
救急車に乗って来てくれた大人は、とうの昔に帰った後。
仮に残ってくれていたって、その人は「ハーレイ」なんかは知らない。
救急隊員にしても同じで、「さあ…?」としか答えられないと思う。
ハーレイは名乗る暇も無ければ、名乗るほどのことさえ「していない」から。
(…そうなってくると…)
探す手掛かりがあるとしたなら、制服くらい。
ただし、ハーレイが「制服姿で」いたならば。
(…だけど、制服…)
遠征試合に出掛ける時にも、着るかどうかは分からない。
部活のための服があるなら、当然、そっちの方が優先。
(…強豪校なら、有名なのかもしれないけれど…)
今の自分は、制服にさえも興味が無いから、探すのはとても大変だろう。
「何処の学校の生徒だろう」と、どんなに知りたくてたまらなくても。
両親に「お願い!」と縋ってみたって、両親も詳しい筈が無いから。
(きっと、ハーレイが探し出す方が…)
早くなるよね、とチビの自分にも分かる。
ハーレイの方には、手掛かりがドッサリあるのだから。
なにしろ「事故に遭った少年」、新聞の記事にはならなくっても…。
(救急車を出した所に聞いたら、きっと教えてくれるから…)
ある日、いきなり、ハーレイが訪ねて来るのだろう。
隣町から、父が運転する車に乗って。
「事故の時に、側で見ていたんです」と、「とても心配で、お見舞いに来ました」と。
(…ハーレイのお父さんも、一緒だから…)
二人きりの再会は、うんと遅れるのに違いない。
ハーレイを部屋に誘わない限り、二人きりにはなれないから。
「ぼくと友達になってくれる?」とでも言って、部屋へと案内して。
(…なんだか、ちょっぴり…)
恥ずかしい気もするのだけれども、部屋で二人で抱き合ったなら…。
(…唇にキス…)
ただ触れるだけの幼いキスでも、貰えそうな気がしてしまう。
同い年になったハーレイだったら、今の大人のハーレイよりも…。
(うんと素直で、好きって気持ちをぶつけてくれそう…)
いいな、と夢を見るのだけれども、生憎と、今のハーレイは大人。
それは今更、変えられないから、心の中で呟いてみる。
「年の差が無かったら、素敵だったのに」と。
「キスを貰えて、デートにも行けて、幸せ一杯だったのにね」と…。
年の差が無かったら・了
※ハーレイ先生と同い年に生まれ変わっていたら、と想像してみたブルー君。
再会した後、次に会えるまでが大変ですけど、幸せなお付き合いが出来るのかも…v
- <<試食は大切
- | HOME |
- 年の差が無ければ>>