(今度は年の差が小さかったな…)
前よりはな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、書斎の椅子に腰掛けて。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日は会えずに終わったブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
青い地球の上で出会ったブルーは、十四歳のチビだった。
よりにもよって自分の教え子、教師と生徒というだけでも…。
(年の差は、そこそこ、あるってモンだが…)
自分たちの場合は、干支が二回り分も離れていた。
同じウサギ年で、ブルーは十四、今の自分は三十八歳。
(出会った時には、俺は三十七だったがなあ…)
誕生日が来たもんだから、と零れた苦笑。
「あそこで一歳、年を食っちまった」と、「ちと離れたな」と。
ブルーの誕生日は三月の末だし、それまでは差は縮まらない。
とはいえ、前の生での、自分たちと比べてみたなたらば…。
(年の差は、うんと小さいってな)
たったの二十四年なんだし、と考えてみると、可笑しくなる。
前の生では、もっと年の差があったというのに…。
(…出会った時には、あいつは今と変わらなくって…)
チビだったんだ、とアルタミラの地獄で出会ったブルーを思い出す。
前の自分の目で見たブルーは、ほんの子供に過ぎなかった。
けれど、見かけとは全く違って、そのサイオンは…。
(俺たちが閉じ込められていたシェルターを、木っ端微塵に…)
吹き飛ばしたほどで、凄い子供だと思ったものだ。
脱出する船に乗り込んだ後も、子供だと思い込んでいたのに…。
(…見た目も中身も子供だったが、年だけは…)
うんと年上だったんだよな、と今でも覚えている衝撃。
「嘘だろう!?」と驚いたことを。
「まさか、ブルーが年上だなんて」と、誰もがポカンとしていたことを。
それほどの年の差だったけれども、今度は、ほんの二十四年。
ついでに自分が年上なことも、違和感が無くて、丁度いい。
(前の俺は、あいつよりもかなり年下だったが…)
アルタミラの研究所で人体実験を繰り返されたブルーは、その成長を止めていた。
生きていたって、いいことは何も無かったから。
育ったところで未来など無いし、希望の欠片も見えなかったから。
(成人検査を受けた直後で、そのまま全てを止めちまって…)
心も身体も子供のままで、長い長い時を過ごしたブルー。
だからブルーは、年上なだけで、実際は、見た目通りの子供。
そこから少しずつ育ってゆくのを、前の自分は側で見ていた。
今度も、それと同じこと。
違いと言ったら、今のブルーが…。
(正真正銘、十四歳のチビっていうことだよな)
神様も粋なことをなさる、と嬉しくなる。
前の生での出会いの時より、今の自分は年を食ってはいるのだけれど…。
(これぞ、キャプテン・ハーレイってな!)
そういう姿になっているから、ブルーにとっては、頼もしいのに違いない。
それに、ブルーは…。
(…前のあいつは、メギドで俺の温もりを失くしちまって…)
泣きじゃくりながら死んだと聞いた。
「もうハーレイには二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
絶望の底で死んでいったブルーが、もう一度、「ハーレイ」に出会うのならば…。
(今の姿の俺でないとな)
若かりし日の俺じゃ駄目だ、と大きく頷く。
前のブルーが失くした温もり、それをブルーに与えた「ハーレイ」。
メギドに向かって飛び立つ前に、「頼んだよ」と、ブルーが触れていった腕。
(そいつを持ってた、キャプテン・ハーレイ…)
この姿で再会してこそなんだ、と思っているから、これでいい。
二十四歳も年上だろうと、ブルーがチビの子供だろうと。
ブルーが大きく育つまでには、まだ何年も待たされようと。
流石は神だ、と感謝するしかない粋な計らい。
チビのブルーの方はといえば、不平と不満で一杯だけれど。
「どうして、今のぼくはチビなの」と、「ハーレイとキスも出来やしない」と。
(…そこが素敵なところなんだが、あいつには、まだ…)
分からんだろうな、とコーヒーのカップを傾ける。
前のブルーも、前の自分も、成人検査よりも前の記憶は無かった。
子供時代の記憶どころか、養父母の顔も名前も、育った場所も、何も覚えてはいなかった。
その分、今の新しい生で、子供時代を満喫すべき。
今の自分が、そうだったように。
(あいつと違って、俺の場合は、前の生の記憶は無かったんだが…)
子供時代は楽しかったし、ブルーも、存分に楽しまなくては。
どんなに年の差が不満だろうと、子供時代は大切だから。
(…子供時代か…)
いいモンだよな、と思ったはずみに、ポンと浮かんで来た「もしも」。
今のブルーと自分の年の差、それが神様の計らいならば…。
(……あいつと俺とを、同い年にだって……)
出来たんだろうな、と顎に当てた手。
「そうなっていたら、どうなったんだ?」と。
自分とブルーに年の差が無ければ、どんな具合になったのだろう、と。
(出会いの年は、今のブルーの年でいいよな)
あいつも、俺も十四歳だ、と決めた年齢。
その年になったら、ブルーと出会う。
自分と同い年の少年の姿の、今のブルーと。
(その頃だと、俺は隣町で暮らしていたからなあ…)
再会の場所は、教室ではなく、この町の何処か。
あまり出歩かないブルーと違って、少年だった頃の自分は、この町にだって何度も来た。
遠征試合で来たこともあるし、家族で来たこともあるけれど…。
(…遠征試合の帰り道とかか?)
この町で打ち上げもやっていたしな、と少年時代の記憶を辿る。
「試合の相手だったヤツらと、飯とかを食いに行ったっけな」と。
試合の後に、友達や対戦相手と一緒に、町に繰り出した自分。
そこでバッタリ、ブルーと出会う。
自分と変わらない年のブルーと、出会った途端に…。
(…あいつに、聖痕…)
そして自分の記憶も戻って、けれど、周りは大騒ぎだろう。
血まみれになって倒れたブルーを、大勢の大人たちが取り囲んで。
「救急車を呼べ」と叫ぶ者やら、手当てをしようと屈む者やら。
(…救急車が来たら、あいつと一緒に乗って行くのは…)
ブルーに連れがいたとしたなら、その人になる。
家族ではなくて、同い年の友達だったって。
ブルーが一人だったとしたって、赤の他人の自分なんかは…。
(下がってなさい、と大人に後ろに下がらされて…)
代わりに大人の中の誰かが、救急車に乗ってゆくのだろう。
現場を目撃していたわけだし、病院の医者に事情を説明出来るから。
医師や看護師の資格は無くても、立派な大人なのだから。
(…俺は、置き去り…)
なんて出会いだ、と情けない限り。
おまけに、自分の友人たちは…。
(凄い現場を見ちまった、って野次馬根性丸出しで…)
その場を離れて食事に行っても、話に花が咲くのだろう。
「今日の夕刊に出ると思うか?」だとか、「明日の朝刊に載りそうだよな」とか。
ワイワイ騒ぐ彼らに囲まれ、其処でも自分だけが置き去り。
野次馬どころか、頭の中はブルーで一杯。
「あんな酷い怪我をして、大丈夫だろうか」と。
「何処の病院に運ばれて行ったんだろう」と、「あいつの名前も聞けていない」と。
(……うーむ……)
出会いからして厄介だよな、と眉間の皺をトンと叩いた。
「あいつが怪我をしていないことさえ、当分の間、分からんぞ」と。
「もう一度、あいつに会おうとしたって、俺だけの力じゃ、どうにもならん」と。
救急車に置き去りにされた自分が、今のブルーに会う方法。
どう考えても、父に頼むしかなさそうだけれど…。
(恋人なんだ、なんて言えやしないぞ)
今の俺は、親父たちに言っちまったが、と、またも難関。
「男の子に一目惚れしたから、探して欲しい」などと、十四歳ではとても言えない。
(…事故の現場に居合わせたから、心配なんだ、と…)
大嘘をついて、探して貰うしかないだろう。
なにしろ、ブルーの方も少年、「ハーレイ」を探す方法は無い。
その上、現場に居合わせただけの少年なんかは、何の手掛かりも無いのだから。
(俺が頑張って、親父に探し出して貰って…)
ようやくブルーが見付かったならば、父の車に乗せて貰って、ブルーの家へ。
「お見舞いに来たんです」と、これまた大嘘、お見舞いの品も母に用意して貰って。
(…親父ごと、お邪魔することに…)
なっちまうな、と、これまた情けない話。
ブルーと水入らずの再会どころか、双方の家族でテーブルを囲むという光景。
きっと、ブルーが「ぼくの部屋に来る?」と、誘ってくれるまで。
「せっかく友達になれたんだから」と、二人で二階の部屋に行くまで。
(…あいつにエスコートされちまうのか…)
なんともはや、と情けない気持ちが膨らむけれども、仕方ない。
ブルーの家に押し掛けておいて、リードなんか出来るわけがないから。
「君の部屋を見せて貰えるかな?」なんて、厚かましいことは言えないから。
(……これじゃ、あいつの部屋に着いても……)
俺は借りて来た猫なのかもな、と思ったけれども、相手はブルー。
しかもメギドで泣きながら死んだブルーの生まれ変わりで、寂しがり屋な所は同じ。
部屋で二人きりになった瞬間、飛び付くようにして抱き付くのだろう。
「会いたかった」と。
「ずっとハーレイに会いたかった」と、「帰って来たよ」と。
(…そうなったら、俺も…)
ブルーを強く抱き締め返して、思いのままにキスを贈ると思う。
十四歳の少年らしく、互いの唇が触れ合うだけの。
(……やっちまうんだろうな……)
多分な、と頬をポリポリと掻いた。
「同い年のあいつと出会っちまったら、そうなっちまう」と。
それからは、何かと理由をつけては、ブルーとデート。
試合の無い休日は、隣町からせっせと通って、ブルーと二人で遊んで、食事。
(…こりゃ、学校の成績だって…)
下がっちまいそうだな、と思いはしても、もう止められないことだろう。
ブルーに夢中で、ブルーしか見えなくなるだろうから…。
(…今の俺の年で出会うのが、一番だってな)
年の差が無ければ、とんでもないことになっちまうから、と傾けるコーヒーのカップ。
「あいつはともかく、俺は赤点で追試だしな」と。
「溺れちまって身の破滅だぞ」と、「結婚以前の問題なんだ」と…。
年の差が無ければ・了
※ブルー君と年の差が無かった場合の、ハーレイ先生とブルー君。色々と変わって来る事情。
早々にキスは出来そうですけど、ハーレイ少年の成績は下がりそう。ダメすぎますねv
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