(人生をやり直すっていうのが…)
あるんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…小説とかだと、けっこう人気があるヤツなんだよ)
人生をやり直すというストーリー。
何かのはずみで出来た切っ掛け、過去に戻って、自分の人生をやり直す。
「あそこで失敗した筈なんだ」と思う時点を、失敗しないように修正して。
(…右に行かずに左に行くとか、立ち止まるとか…)
ほんの小さな修正だけで、やり直せてしまう自分の人生。
とても人気のテーマだけれども、現実の世界で「やり直せた」人は…。
(……いないと思う……)
人間が全てミュウになった今の世界でも、それは不可能だと思う。
もしも誰かが「やり直せた」なら、きっと話題になっている筈。
今の時代は平和なのだし、隠さなくてもいいのだから。
それに「自分だけの秘密」にするより、他の人にも教えてあげれば役に立つ。
どうすれば「やり直す」ことが出来るか、アドバイスをして。
(前のぼくたちの世界じゃないしね?)
人生で失敗すると言っても、致命的なミスは起こらない。
「あそこで喧嘩をしなかったならば、恋人に振られはしなかった」という程度。
小説の世界では、もっとスリリングで、ドラマチックに描かれるけれど。
「やり直す」主人公にしたって、歴史上の人物だったりもして。
(…人生のやり直し…)
今のぼくだと、意味が無いよね、と考えるまでもない自分の人生。
十四歳にしかなっていないし、やり直したいことも、まだ起きていない。
(……ハーレイとの再会で、失敗してたら……)
二度と会えなくなっていたなら、やり直さないといけないけれども、無事に出会えた。
「前の自分と同じ姿で出会いたかった」件については、やり直しても無駄。
どう頑張っても、生まれる前の時点に戻って「もっと前から」は不可能だから。
やり直すべきことも無ければ、やり直したいことも無いのが、今の人生。
そうなってくると、「人生をやり直す」ことが出来るのならば…。
(…前のぼくだよね?)
あっちだったら、うんと劇的に変わるんだよ、と赤い瞳を瞬かせる。
なにしろ「ソルジャー・ブルー」だから。
ミュウの時代の礎になった、大英雄が「ソルジャー・ブルー」。
(…前のぼくが、人生をやり直すってヤツ…)
誰かが小説にしているかも、と思うくらいに、前の自分は名高い歴史上の人物。
やり直せるなら、どうなるだろう、と想像する価値は充分にある。
(…前のぼくの人生、やり直せるんなら…)
どの時点に戻ればいいのかな、と振り返ってみた前の人生。
やり直すのなら、今の記憶を持ったままで、其処へ戻ってゆける。
今の記憶を持っていないと、やり直す意味が無くなるから。
(……えーっと……?)
前の自分の最初の記憶は、成人検査を受ける直前。
検査を受けるための施設の中の、待合室に座っていた時のもの。
(…其処からしか残っていなくって…)
それよりも前は皆無だけれども、やり直すのなら、事情は変わる。
今の自分が覚えてはいない、子供時代にも戻れるだろう。
もちろん、記憶を持ったまま。
「その後の自分」がどうなったのかを、しっかりと記憶したままで。
(…そういうことなら…)
顔も覚えていない養父母、何処にあったかも分からない家。
其処に戻って、やり直すのもいいかもしれない。
今度は、ミュウだとバレないように。
成人検査で正体がバレて、捕まってしまわないように。
(…そしたら、あの時のパパやママの顔も…)
忘れることなく、生きてゆくことが出来るだろう。
成人検査は上手くやり過ごして、教育ステーションに入学して。
メンバーズ・エリートには選ばれなくても、平凡な一般市民として。
それもいいかも、と思ったけれど。
「前の自分」がミュウとして覚醒しなかったならば、歴史も変わって来そうだけれど…。
(…ホントに、ぼくがミュウでなければ…)
アルタミラの悲劇は起きずに済んだか、其処の所が自信が無い。
人体実験をしていた研究者たちは、そのように言っていたけれど。
「タイプ・ブルー・オリジン」が存在するから、次々にミュウが生まれて来る、と。
(だからアルタミラを、メギド兵器で…)
星ごと砕いてしまったけれども、それでもミュウは「生まれ続けた」。
アルタミラがあった育英惑星、ガニメデが滅びてしまった後も。
宇宙に散らばる育英都市で、それこそ、ジョミーが生まれて来た時代に至るまで。
(…前のぼくのせいで加速したのか、それは謎だけど…)
そうだったとしても、前の自分が姿を消したら、それで終わりではなかっただろう。
やっぱりミュウは生まれただろうし、人類は、ミュウを滅ぼそうとする。
(…ぼくが一般市民になったら…)
そのミュウたちを助けられないよね、と心がツキンと痛んだ。
「ぼくは良くても、他のみんなが困っちゃう」と。
(…それじゃ駄目だし…)
研究者になって、ミュウの研究に携わったなら、仲間を逃亡させられるだろうか。
アルタミラの惨劇が起こる直前に、研究者たちを裏切って。
船を確保し、シェルターに閉じ込められた仲間を、合鍵で端から解放して。
(…いいかもだけど、その頃まで生きていたんなら…)
前の自分も、とうにミュウだと判断されていることだろう。
老けない上に、寿命が異常に長いのだから。
(…何処かの時点で、ちょっと来い、って…)
連行されて、検査をされる羽目になる。
「こいつもミュウの可能性がある」と、「奴らは老けないらしいからな」と。
(そうなる前に、逃げ出さないと…)
そして仲間を助けなくちゃ、と思うけれども、そうなるのなら…。
(最初から、研究者になんかならなくて…)
一般市民の道へも行かずに、仲間を助ける時が来るのを待つべきだろう。
成人検査を受けずに逃げ出し、「その時」まで、何処かに隠れ住んで。
(…隠れる場所には、困らないよね?)
本当だったら、成人検査が引き金になって覚醒する筈のサイオン。
とはいえ、今の記憶を持ったままで「やり直せる」なら、きっと最初から使えるだろう。
今の自分のサイオンは不器用だけれど、前の自分は違ったから。
(…今のぼくとは違うもんね?)
成人検査を切り抜けることが出来るくらいに、巧みにサイオンを使いこなせる自分。
検査から逃れて逃亡するのも、お安い御用。
(上手く機械の目から逃れて…)
暮らせる場所を探し出すことも、サイオンがあれば早くて簡単。
其処に隠れて、食料や衣服も、自分で調達。
(たまには、人類の中に紛れて食事も…)
出来る筈だよ、と夢は広がる。
機械の目さえ誤魔化せたならば、人類のふりをするのは容易い。
レストランで食事と洒落込んだって、誰一人として気付きはしない。
(…一人で食事をしに来た子供の正体が…)
成人検査を受けずに逃げた、異分子だなんて。
「ご馳走様」と店を出る時に払ったお金が、何処かから奪ったお金だなんて。
(そうやって隠れて、隠れ続けて…)
メギド兵器が持ち出された時、仲間を助けに飛び出してゆく。
シェルターを端から開けて回って。
「早く逃げて」と、「向こうにある船に、早く乗って」と。
(…サイオンは、ちゃんと使えるんだし…)
メギドの炎が起こした地震で、壊れてしまったシェルターだって、その前に救える。
研究者たちが逃げた時点で、シールドすればいいのだから。
仲間が閉じ込められたシェルターは、全て。
(…それに、ハンスも…)
アルタミラから脱出する時、乗降口から転落して死んだゼルの弟。
彼の悲劇も、未然に防げる。
乗降口を開け放したまま、離陸なんかはさせないから。
「しっかり閉めて」と指示を飛ばして、余裕を持って離陸させるから。
(うん、いい感じ…!)
この後だって、上手くいくよ、と溢れる自信。
船に積み込んであった食料、それが尽きると前のハーレイは嘆いたけれど…。
(そうなる前に、きちんと調達できちゃうし…)
「今度は、何を奪えばいい?」と、前もって質問できるほど。
ハーレイが料理したい食材はもちろん、船にあったら便利なあれこれ。
そういったものを揃えていったら、船の暮らしは快適になるし、改造だって…。
(うんと早くに出来ちゃうよね!)
白いシャングリラが完成するよ、と頭に描ける人生の航路。
船さえ出来れば、地球にだって行ける。
座標を必死に探さなくても、今の自分が知っているから。
その知識を元にデータを漁れば、「これが地球だ」と仲間を納得させるデータも…。
(絶対、ある筈…)
地球に行ければ、グランド・マザーを破壊するだけ。
どんなに手強い相手なのかは、歴史の授業や今のハーレイの話などで承知しているから…。
(…一人で行くような無茶はしないし、壊し方だって、考え抜いて…)
失敗なんかはしないものね、と漲る闘志。
「負けやしない」と、「SD体制を倒して、自由になるんだから」と。
ミュウの時代がやって来たなら、白いシャングリラは、もう要らない。
ソルジャーも、それにキャプテンだって。
(…ぼくもハーレイも、ただのミュウになることが出来るから…)
青い地球など何処にも無くても、他の星で二人で暮らしてゆける。
ノアでもいいし、アルテメシアでもいい。
もっと辺境の地味な星でも、ハーレイと生きてゆけるなら…。
(…うんと幸せ…)
人生をやり直した甲斐があるよ、と思ったけれど。
最高に幸せな日々を送れる、と考えたけれど…。
(…ちょっと待ってよ?)
アルタミラに長く潜伏していて、仲間たちを無事に逃がした自分。
「船はこっち」と皆を導き、ソルジャーになるのはいいのだけれど…。
(…見た目の姿は、ちゃんと子供のままだったとしても…)
成長を始めるのはアルタミラを脱出してから、そうすることは簡単だけれど。
サイオンで調整できるけれども、中身の方。
「時が来るまで」隠れていたなら、精神は確実に成長する。
長い長い時を隠れ続けて、ミュウの未来を考える内に。
どうしたら上手くゆくだろうかと、人生のやり直しを検討している間に。
(…だから、ハーレイと出会った時には、姿は子供でも、中身はすっかり…)
大人なのだし、その後の事情が変わって来る。
果たしてハーレイに恋をするのか、ハーレイは恋をしてくれるのか。
(…恋は出来ても、ぼくの方が、うんと年上だなんて…!)
悲劇だってば、と抱えた頭。
「そんなの困る」と、「ぼくはハーレイより、子供でなくちゃ」と。
(…やり直せるんなら、何もかも上手くいきそうだけど…)
やり直さないのがいいに決まってる、と出した結論。
前のハーレイとは、前と同じ恋をしたいから。
自分の方が年上だなんて、絶対に御免蒙りたいから…。
やり直せるんなら・了
※前の人生をやり直すのなら、こんな感じ、と想像してみたブルー君。地球にも行けそう。
けれど、前のハーレイよりも年上になりそうな精神年齢。やり直さないのが一番ですよねv