(…やり直しか…)
人生の、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(題材としては、よくあるんだよな)
小説やドラマなんかの中で、と幾つも思い出すことが出来る。
人生を何処かの時点から「やり直す」こと。
けっこう人気が高いらしくて、SD体制が敷かれる前から存在していた物語。
人間が地球しか知らなかった頃から、それは一種の夢だったようだ。
(…やり直せるようになる方法の方も、それこそ色々…)
あるのだけれども、現実の世界では、成功した例は一つも無い筈。
もしもあったら、話題になっているだろうから。
(…俺にしたって、やり直すことは出来ないし…)
方法の見当もつかないけれども、やり直せたなら、どうなのだろう。
今の自分の人生の方は、まるで全く無い不満。
仕事も私生活も順調、おまけに恋人まで出来た。
前の生から愛し続けた愛おしい人と、巡り会うことが出来たから。
(しかしだな…)
その人と生きた前の生なら、やり直してみたいような気もする。
遠く遥かな時の彼方へ、戻る方法があるのなら。
今の自分の記憶はそのまま、前の人生をやり直せるなら。
(…やり直しってのは、そういうモンだしな?)
人生をやり直す小説もドラマも、記憶はそっくり抱えているもの。
自分が何処で失敗したのか、覚えていないと話にならない。
同じ過ちを繰り返さないよう、人生をやり直してゆくのだから。
(右に進んで失敗したなら、左へ行くとか…)
どちらへも行かずに真っ直ぐだとか、そうやって修正してゆく人生。
今の人生なら、そうしたいとも思わないけれど、前の自分の人生ならば…。
(やってみる価値はあるかもな?)
ちょいと想像してみるとするか、と椅子の背にゆったりもたれかかった。
どんな具合になるんだろうな、と。
SD体制が敷かれていた頃、自分は其処に生きていた。
今とは別の肉体を持って、その時代に。
(…やり直せるなら、何処から直していくのがいいんだ?)
なにしろ記憶はそのままなんだし…、と考えてみる。
小説やドラマの主人公だと、やり直す先の肉体の年齢には縛られない。
既に立派な大人だったのが、子供の頃に戻りもする。
だから自分も、子供時代に戻れるだろう。
(そうなってくると、成人検査の前ってヤツも…)
前の生の記憶に無い時代とはいえ、恐らく、戻ってゆけると思う。
今では顔も思い出せない、育ててくれた養父母の元へ。
(…それも一興…)
もしも会えたら、懐かしく思い出せそうな両親。
「こういう顔の人たちだった」と、「それに、この家で育ったんだ」と。
(…子供時代から、やり直すんなら…)
今度は上手く生きればいい。
「ミュウだ」と判断されないように。
成人検査さえ切り抜けたならば、後は順風満帆の筈。
(…前の俺の記憶があるってことは…)
あの忌まわしい成人検査も、なんとか誤魔化してパス出来るだろう。
どういった部分が「機械のお気に召さない」のかは、充分、承知していたから。
深層心理テストに似ているとはいえ、予め知っていたならば…。
(心の一部を遮蔽しとけば、引っ掛からんぞ)
ついでに記憶も失くさないな、と自信はある。
「キャプテン・ハーレイを甘く見るなよ」と、「成人検査ごときに負けるか」と。
だから成人検査が済んだら、堂々と行ける教育ステーション。
もちろん、普通の人間として。
適性をどう判断されるかは、自分でも分からないけれど。
(…料理人なのか、パイロットなのか…)
あるいは全く違う職業、そのための育成場所かもしれない。
それでも普通に生きてゆけるし、ミュウにはならずに普通の人生。
(…ふうむ…)
そいつも、なかなか面白いな、と少し興味をそそられる。
人類として生きてゆくのも、一興だろう、と。
(…しかし、だ…)
俺の記憶があるってことは…、と頭に浮かんだブルーの顔。
すっかり馴染んだ今のブルーの方とは違って、時の彼方で共に生きた人。
(俺は普通に生きていたって、あいつの方は…)
あのアルタミラの研究所の中に、囚われたまま。
過酷な人体実験を繰り返されて、心も身体も成長を止めて。
(…あいつを助けてやりたくっても…)
普通の人間になった自分では、どうすることも出来ないだろう。
運良く研究者になっていたとしても、ブルーを解放する権限など無い。
それを持つのは機械だけだし、せいぜい、待遇を良く出来る程度。
(…でもって、その内、メギド兵器でアルタミラごと…)
ブルーは消されることに決まって、自分はアルタミラを離れるしかない。
他の研究者たちと船に乗り込み、ブルーはシェルターに閉じ込めておいて。
(…そこで俺だけ脱走するか?)
そしてブルーを助けに行くか、と巡らせた思考。
シェルターの合鍵を持って逃げたら、ブルーを助け出せる筈。
(しかし、それだと…)
ブルーのサイオンは、あそこまで覚醒したのかどうか。
他のミュウたちを助け出すのは、合鍵でなんとかなるにしたって…。
(…逃走用の船も、俺が「あれだ」と指示してだな…)
ついでに操縦出来たとしたって、それから後。
ブルーのサイオンが、極限まで目覚めていなかったなら。
(…食料が尽きてしまった所で…)
旅は終わるのかもしれない。
心も身体も子供のブルーに、「奪って来い」とは言えないから。
「お前には、そういう力があるんだ」と、強制するなど、出来はしないから。
(…どうやら、その辺で詰んじまうかな…)
俺が人類のふりをして生きた場合は、と零れた溜息。
首尾よくブルーと逃れられても、飢え死にしてしまうのかもしれない、と。
(とはいえ、あいつは、あの時だって…)
誰に頼まれたわけでもないのに、食料を奪いに飛び出して行った。
だから、同じことが起きるかもしれない。
ブルーのサイオンが「目覚める」ポイント、その時が「其処」になるだけで。
(それなら、旅を続けられるな)
俺だってミュウの仲間になって、と広げる想像の翼。
なにしろ元々ミュウだったのだし、人類のふりをしていただけ。
(…研究者だった俺のことを…)
責める者たちが何人かいても、時が解決してくれるだろう。
アルタミラから逃れる時には、「ハーレイ」が活躍したのだから。
シェルターの合鍵を持って脱走して来て、閉じ込められていた仲間を助けて。
(ついでに船も操縦出来るし、こりゃ最初からキャプテンだな)
厨房時代は無いようだ、と可笑しくなる。
「キャプテン・ハーレイ」の記憶があるなら、船の操縦はお手の物。
離陸の時から「俺に任せろ」で、順調に続いてゆく航行。
飢え死にの危機を乗り越えた後は、船の改造も早めに出来そう。
(…前の俺の知識があるんだし…)
ゼルやヒルマンと協力したなら、白いシャングリラが誕生する。
自給自足のミュウの箱舟、人類軍にはモビー・ディックと呼ばれた船が。
(船さえ出来れば、ブルーの寿命がある内に…)
地球にも辿り着けただろう。
前の生では長らく謎だった地球の座標も、記憶の中にあるのだから。
(…何処にあるかを、俺が知ってりゃ…)
ソル太陽系と地球に繋がるデータも、首尾よく何処かで拾える筈。
「前の自分」には分からなかった、人類側のデータから。
(この座標が地球ではないでしょうか、と…)
前のブルーに進言したなら、其処までの道が開くと思う。
「行ってみよう」と、「駄目で元々」と。
(…よーし…)
前のあいつと地球に行けるな、と思ったけれど。
焦がれていた星を見せてやれる、と考えたけれど、地球に至る道。
人類の聖地だった地球まで、白いシャングリラで旅することは可能だろうか。
(…ステルス・デバイスがあると言っても…)
かなり危うい航路になるな、と「キャプテン・ハーレイ」だったから分かる。
ソル太陽系に近付くだけでも、人類軍に遭遇するのは確実。
(戦法は、俺の頭にあるが…)
生憎とジョミーがいないんだった、と抱えた頭。
おまけにトォニィたちもいなくて、タイプ・ブルーは、ただ一人だけ。
(…あいつが戦うことになるんだ…)
それじゃ駄目だ、と背筋に冷たい汗が伝った。
ブルーを地球まで連れて行ったら、ブルーは一人で戦うだろう。
地球の地の底深くに据えられ、SD体制を支配しているグランド・マザーと。
時の彼方で、ジョミーがキースと「そうした」ように。
人類側に味方はいないというのに、ただ一人きりで。
(……俺では、役に立たないし……)
却って足手まといなだけか、と情けなくなる。
グランド・マザーと戦う術など、自分は持っていないから。
今の自分の記憶があっても、グランド・マザーには手も足も出ない。
(…そして、あいつも…)
果たして、グランド・マザーに勝てるのかどうか。
寿命が充分に残っていたって、ジョミーと同じで相討ちになるとか。
(そうなりゃ、俺だけ生きていたって…)
仕方ないしな、と浮かんだ苦笑。
「やり直せたって、最後は同じか」と。
崩れ落ちて来る瓦礫に潰され、死んでゆく最期。
息絶えたブルーの身体を抱き締め、庇うようにして。
「俺もお前と一緒に行くから」と。
二人一緒に天へゆこうと、ただの恋人同士として、と。
(なんだか、少しも変わっちゃいないぞ)
大筋ってヤツが、と呆れてしまった、前の人生のやり直し。
今の自分の記憶があっても、どうやら同じになりそうだよな、と。
(やり直せるなら、劇的に変わりそうなんだがなあ…)
あいつがいるのが問題なんだ、とコーヒーのカップを傾ける。
ブルーと一緒に生きてゆくなら、きっと、そちらに引き寄せられてしまうから。
前のブルーが歩むだろう道、それに自分もついてゆくから。
(あいつがいない人生なんかは、俺には味気ないんだからな)
それでいいさ、と湛えた笑み。
「やり直せるなら、あいつと一緒だ」と、「たとえ結果は同じでもな」と…。
やり直せるなら・了
※人生をやり直せたら、どうなるだろう、と考えてみたハーレイ先生。前の人生の方を。
成人検査を上手くパスして、変わりそうなのに、結果は同じ。ブルーと一緒だからなのですv
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