(地球なあ…)
俺たちは地球にいるわけだが、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今の自分が生まれて来た地球。
当たり前のように生まれ育って、まるで気にしていなかったけれど…。
(前の俺にとっては、奇跡みたいな話なんだ)
地球に生まれて育つなんて、と時の彼方に思いを馳せる。
前の自分が生きた頃には、地球は憧れの星だったから。
(選ばれたヤツしか行けない聖地で…)
青く輝く銀河のオアシス、水の星、地球。
そんな具合に教え込まれて、母なる星に誰もが焦がれた。
人間の生き方を変革してまで、蘇らせようとしたほどの地球。
きっと素晴らしい所だろうと、夢を描いて。
(…ミュウでなくても、行くのは難しかったからなあ…)
余計に地球は美化されてしまって、聖地扱い。
それだけに、前の自分たちも懸命に地球を目指した。
前のブルーを失った後も、ミュウの未来を手に入れるために。
いつか地球まで辿り着いたら、人類との戦いの日々も終わる、と。
(…確かに戦いは終わったんだが、肝心の地球は…)
とんでもない期待外れだったな、と今も覚えている衝撃。
白いシャングリラから眺めた地球は、少しも青くなかったから。
赤茶けた砂漠に覆われた星で、死の星でしかなかった地球。
それが今では青く蘇って、今の自分が暮らしている。
(…うん、本当に奇跡だってな)
ブルーに会えたこともそうだが、と緩んだ頬。
「神様の粋な計らいってヤツだ」と、「地球って所が最高なんだ」と。
前の自分たちが焦がれ続けた、青い水の星。
其処に生まれて来られただなんて、本当に夢のようなのだから。
生まれ変わって来た自分。
前の生の記憶が戻ると同時に、生まれ変わったブルーにも会えた。
(そして今度は、この地球の上で…)
あいつと生きていけるんだよな、と嬉しくなる。
十四歳にしかならない今のブルーが、もっと大きく育ったら。
結婚出来る年になったら、二人で同じ家で暮らして…。
(何処へ行くにも、一緒だってな)
仕事はともかく、旅行も、ドライブや食事なんかも…、と夢が膨らむ。
前の生では、どれも出来なかったことばかり。
ソルジャーだった前のブルーとは、結婚さえも出来なかった。
互いの立場が邪魔をして。
皆を導いてゆくソルジャーと、白いシャングリラを預かるキャプテン。
船の頂点に立つ二人の恋など、誰も喜ぶわけがない。
(…うんと平和な時代だったなら、トップが恋人同士でも…)
祝福されたかもしれないけれども、前の生の頃は、そうではなかった。
一つ判断を間違えたならば、船が沈むかもしれなかった時代。
(…ソルジャーとキャプテンが、揃って同じ意見を述べても…)
恋人同士だと知られていたなら、皆、疑ってかかっただろう。
同意し、即座に従う代わりに、揉めて結論は出ないまま。
(だが、人類軍は待ってはくれないしな?)
揉めてる間に攻撃されて終わりだ、と零れる溜息。
「だから最後まで秘密だったさ」と、「結婚なんぞは出来なかった」と。
けれど今度は結婚出来るし、二人で同じ家で暮らせる。
白い箱舟では出来なかった旅行も、ドライブも、それに外食だって。
(…しかも、出掛けてゆく先は、だ…)
もれなく地球の上なんだよなあ、と神様の計らいに感謝する。
青い地球の上に生まれて来たから、ドライブも食事も、地球の上。
「なんて素晴らしい話なんだ」と、「前の俺には、決して出来やしなかった」と。
奇跡のように生まれて来られた、青い地球。
いつかブルーと旅行する時も、青い水の星を満喫出来る。
前のブルーが地球に描いた、幾つもの夢。
それを端から叶えてゆくのが、今のブルーとの約束だから。
(サトウカエデの森に出掛けて、出来立てのメープルシロップを…)
真っ白な雪の上に流して、出来たキャンディーを食べるとか。
森に咲いているスズランを探して、五月の一日に贈り合うとか。
(どれも、お安い御用だってな)
なんたって、此処は地球なんだから、とコーヒーのカップを傾ける。
「わざわざ出掛けてゆくにしたって、宇宙船なんかは要らないんだ」と。
同じ地球の上での移動だったら、宇宙船に乗る必要は無い。
別の地域に行くにしたって、のんびりと船で旅だって出来る。
地球の上なら、青い海を辿ってゆけるから。
船に乗って地球を一周する旅、そんなツアーもあるほどだから。
(前のあいつが見ていた夢なら、いくらでも…)
叶えてやれるさ、と思った所で、不意に頭に浮かんだ「もしも」。
ブルーと二人で生まれて来たのが、青い地球ではなかったら、と。
同じように出会って、前の生での膨大な記憶が戻って来ても…。
(…地球に住んではいなかった、ってことも…)
有り得るんだよな、と顎に当てた手。
神様の考え方によっては、そういうこともあっただろう。
「地球でなくても、二人一緒ならいいだろう」と。
其処まで面倒を見てやらずとも、と適当に決められた「地球とは違う」星。
人間が全てミュウになっている今の時代は、何処の星でも平和だから。
宇宙の何処に生まれようとも、誰でも、幸せに暮らしてゆける。
(そういう時代を満喫しろ、と…)
神様は、考えたかもしれない。
「別の星でも、充分、幸せに生きられるだろう」と。
青い地球の上に生まれなくても、二人一緒なら、いいじゃないか、と。
(……ふうむ……)
その可能性もあったんだよな、と考えてみることにした。
地球ではない星に生まれていたなら、どうだったろう、と。
今と同じにブルーと出会って、それから後。
(…地球じゃなくても、俺たちの関係は変わらんだろうな)
俺が教師で、あいつが生徒、と小さなブルーを頭に描く。
やはり聖痕がブルーに現れ、そうして記憶が戻るのだろう、と。
二人の記憶が戻って来たなら、今と同じに、小さなブルーが育つのを待つ。
結婚出来る年になるまで。
せっせとブルーの家に通って、色々なことを話しながら。
(あいつが前と同じ姿になるまでは…)
デートも出来んし、今と変わらん、と可笑しくなる。
「何処の星でも同じじゃないか」と、「地球じゃなくても」と。
ただ、違うのは…。
(地球って星が、うんと遠くにあることだよなあ…)
いくら近くても、宇宙船が無いと行けないぞ、と宇宙の広さを改めて思う。
ソル太陽系の中の何処かだとしても、地球に行くには宇宙船のお世話になるしかない。
(夜空を見たって、果たして地球が見えるかどうか…)
遠く離れた星だったならば、太陽さえも見えないだろう。
前の生で長く隠れ住んでいた、アルテメシアのような場所なら。
(…アルテメシアか…)
其処に生まれりゃ、馴染みはあるか、と思う雲海の星。
ブルーと二人で、アルテメシアに生まれていたなら、どうなったろう。
(…あそこには、前の俺たちの記念墓地ってヤツが…)
あるんだよな、と苦笑した。
墓地と言っても、亡骸が納められてはいない。
とはいえ、自分のための墓標があるのが、アルテメシア。
(いずれデートに行くしかないなあ、行き先が墓地というのも変だが…)
まあ、観光地ではあるんだし、と想像してみたブルーとのデート。
前の自分たちの墓標を眺めて、二人で笑い合うのだろうか。
「立派過ぎる」と、「まさか英雄にされるだなんて」と。
(…アルテメシアだったら、それが一番の見どころだよな)
記念墓地の墓標に、挨拶をして回るのもいい。
ジョミーや、ゼルや、ヒルマンの墓標。
「今はこんなに幸せだから」と、ブルーと二人で、手を繋ぎ合って。
前の生では明かせなかった、二人の恋を告げて回って。
(…そういや、キースの野郎の墓も…)
あるんだった、と顔を顰めて、「あいつは無視だ」とフンと鼻を鳴らす。
皆に花束を持ってゆくとしても、キースの分だけは「用意しないぞ」と。
(…しかしブルーは、キースのヤツを…)
嫌うどころか、やたらと庇う。
だから花束を「用意しない」と言った場合は、「酷い!」と文句を言うのだろうか。
「それなら、ぼくが用意するよ」と、「ハーレイの分の花まで入れて」と。
(…でもって、他のヤツらに供える花より…)
大きめになるのが、ブルーがキースに供える花束。
「だって、ハーレイが供えないから」と、「ハーレイと二人分だもの」と。
(……そいつはそいつで、俺は大いに……)
嬉しくないが、と思うけれども、仕方ない。
キースに花など供えたくないし、供えたいとも思わないから。
(…あの野郎が、立派な花束を供えて貰うのを…)
舌打ちしながら眺めたりして、またしてもブルーが「酷い!」と文句。
「どうして、そんなにキースを嫌うの」と、「ホントに心が狭いんだから」と。
(何とでも好きに言ってくれ!)
嫌いなものは嫌いなんだ、と思いはしても、ブルーを怒らせるとまずい。
せっかくのデートが台無しだから、機嫌を直して貰わねば。
(…墓参りが済んだら、とびきり美味いケーキでも…)
食べに行こう、と誘ってやったら、輝きそうなブルーの顔。
「うん、行きたい!」と、「何処のお店?」と。
そしたら、サッと腕を差し出し、エスコート。
「車で直ぐだ」と、「美味いんだぞ」と。
「ちゃんと調べておいたんだから」と、「もちろん、味も確かめたしな?」と。
(…うん、なかなかに…)
いいじゃないか、とマグカップの縁をカチンと弾いた。
「地球じゃなくても、充分、幸せに暮らせそうだぞ」と。
アルテメシアとは違う星でも、きっと、其処ならではの楽しみがある。
地球も太陽も見えないくらいに、遠く離れた星だって。
(そうさ、あいつと二人だったら…)
地球じゃなくても、幸せに生きていけるってもんだ、と浮かんだ笑み。
「あいつさえ、側にいてくれればな」と。
「それだけで充分、幸せなんだ」と、「地球じゃなくても、気にしないさ」と…。
地球じゃなくても・了
※ブルーと生まれ変わった場所が、地球とは別の星だったら、と考えてみたハーレイ先生。
別の星でも、充分、幸せに暮らしていけそう。ブルー君と一緒にいられるだけでv
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