(会えなかったんだよね…)
今日は一度も、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わった恋人、前の生から愛し続けた、愛おしい人。
青く蘇った地球に生まれ変わって、再び巡り会えたのだけれど…。
(学校でも一度も会えなかったし、帰りに寄ってもくれなかったよ…)
前のぼくなら、こんな日なんかは無かったのに、と時の彼方を思い出す。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた頃なら、会えない日などは一度も無かった。
キャプテンだった前のハーレイには、それも仕事の内だったから。
(一日の報告に来られなくても、次の日の朝には…)
必ずやって来たハーレイ。
「ソルジャーと一緒に朝食を食べる」のが、前のハーレイの仕事で習慣。
二人で朝食を食べる間に、報告や情報交換をする。
食事を摂らずに仕事をするなど、論外だから。
同じ食事をするのだったら、そのための時間も有意義に、と。
(…だけど、ホントは…)
船の仲間たちが知らなかっただけで、朝食の時間は一種のデートでもあった。
確かに情報交換もしたし、報告も聞いていたけれど…。
(もっと普通のお喋りだって…)
和やかに交わして、視線も恋人同士のそれ。
ただし、気付かれないように。
朝食の係をしていた仲間が、「変じゃないか?」と思わないように。
(それでも毎朝、きちんと会えたし…)
今とは全然違ったよね、と寂しくなる。
「あの頃だったら良かったのに」と、ちょっぴり思ってしまうほど。
とても幸せな今の暮らしより、そちらが少し羨ましい。
「前のぼくなら」と。
いいな、と思った、前の自分の暮らしぶり。
ハーレイに会えない日などは無かった、ソルジャー・ブルー。
(そりゃ、今のぼくは、地球に住んでて…)
本当に本物の両親までいて、恵まれた日々を送っている。
今はチビだから無理だけれども、ハーレイとも今度は結婚出来る。
(……だけど……)
前のぼくが羨ましくなっちゃう、と思ったはずみに、ハタと気付いた。
「今のぼくなら、不器用じゃないよ」と。
(…手先だったら、今のぼくの方が…)
器用だよね、と自信がある。
なにしろ、前の自分ときたら…。
(ハーレイの制服の袖が、ほつれてたのを…)
「直してあげるよ」と豪語したのに、とんでもないことになってしまった。
服飾部門から拝借して来た、針と糸を使っただけなのに。
(…直すどころか、服飾部門に修理に出さなきゃダメなくらいに…)
袖をメチャメチャにしたものだけれど、今の自分なら大丈夫。
家庭科の授業で使う針箱、それの中身で器用に直せる。
その点では、前の自分より…。
(うんと器用だけど、前のぼくなら…)
とても不器用な手先の代わりに、サイオンの扱いに優れていた。
ハーレイの制服で失敗した後、凄い代物を作ったほどに。
(…スカボローフェア…)
人間が地球しか知らなかった時代の、古い古い歌が『スカボローフェア』。
恋歌のようなものだけれども、幾つも出される難題の一つが…。
(縫い目も針跡も無い、亜麻のシャツを作って下さい、って…)
けして作れるわけもないシャツ、それなのに、前の自分は作った。
ハーレイが、その歌を歌ったから。
「ぼくなら出来る」と、「作れたら、本当の恋人なんだろう?」と。
サイオンを使って器用に仕立てた、縫い目も針跡も無かった亜麻の布のシャツ。
もっとも、着られなかったのだけれど。
サイズぴったりに作られたそれは、着るための余裕が何処にも無くて。
(…ホントに不器用だったよね…)
前のぼくは、と可笑しくなる。
亜麻の布でシャツを作るためには、ハーレイのサイズだけでは無理。
布の性質を見極めた上で、相応しい寸法にしてやらないと。
それも知らずに、布だけサイオンでくっつけたなんて。
縫い目も針跡も無かったけれども、今の自分には作れはしないシャツなのだけど。
(…今のぼくだと、あんなシャツは作れやしないよ…)
サイオンが不器用になっちゃったから、と嫌というほど分かっている。
思念波もろくに紡げないほど、今の自分のサイオンは不器用。
サイオン・タイプは、前と全く同じなのに。
確かにタイプ・ブルーだというのに、人並み以下でしかないサイオン。
(…お裁縫の腕は、前より器用なんだけど…)
どっちがいいかな、と考えるまでもなく、器用なのがいいに決まっている。
前の自分と同じくらいに、サイオンを自在に操れたならば…。
(…今日みたいに、会えなかった日だって…)
ハーレイに会いに行けるもんね、と窓の方へと目を遣った。
何ブロックも離れた所に、今のハーレイが住んでいる家がある。
遊びに行ったのは、たった一度だけ。
(寝てる間に、無意識に…)
瞬間移動で飛んで行ってしまったこともあるのに、二度と出来ないままの芸当。
(…それに、遊びに行くのは、禁止…)
いつか大きく育つ時まで、ハーレイは家に招いてくれない。
けれども、今の自分のサイオンが…。
(不器用じゃなければ、ハーレイだって…)
断れるわけが無いじゃない、と思うのが、不意打ちで出掛けてゆく訪問。
例えば、今すぐ、瞬間移動で飛んで行くとか。
「こんばんは」と、「遊びに来たよ」と。
この時間なら書斎だろうか、其処で寛ぐハーレイの所へ。
パジャマのままだと叱られそうだし、上着でも軽く羽織っておいて。
いきなり、ヒョイと現れてしまうチビの恋人。
ハーレイがいくら「駄目だ」と言っても、来てしまうものは、どうにも出来ない。
(いくらシールドを張ったって…)
瞬間移動でやって来るのを防ぐ力は、タイプ・グリーンのハーレイには無い。
タイプ・グリーンが誇るシールド、高い防御力は、その方面には働かないから。
(それに追い出しても、無駄だしね?)
アッという間に戻ってやるだけ、瞬間移動で元の場所へと。
書斎だったら書斎に戻るし、リビングだったらリビングへと。
(…追い掛けっこ…)
その内にハーレイが降参するのは、目に見えている。
「キスは駄目だ」と叱っていようが、「チビは客として扱うからな」と言い放とうが。
(お客さんでも、キスは駄目でも…)
ハーレイの側にいられるのなら、文句は言わない。
「読書の邪魔は許さんぞ」と、まるで構ってもらえなくても。
(…ハーレイを見ていられるだけで幸せ…)
本を読み続ける背中だけでも、見ていられたなら幸せだろう。
椅子にチョコンと腰を下ろして、静かにして。
(それに、ハーレイはきっと、コーヒーを飲んでいるんだろうし…)
お客さんにも、何か飲み物をくれると思う。
コーヒーが苦手なチビの恋人にも、ホットミルクの一杯くらいは。
(何度も、出掛けて行く内に…)
ハーレイの方も慣れてしまって、飲み物を用意するかもしれない。
「どうせ、あいつが来るんだからな」と、ハーレイの家には無さそうなものを。
ハーレイだけなら飲まないココアを、わざわざ缶で買ったりして。
(うん、ハーレイなら、買ってくれそう…)
前と同じで優しいものね、と顔が綻ぶ。
「ぼくが何度も行くんだったら、きっと飲み物、あると思う」と。
瞬間移動で現れたならば、「おっ、来たのか?」と微笑むハーレイ。
「よし、待ってろ。直ぐにココアを淹れてやるから」と、椅子から立って。
読んでいた本に栞を挟んで、飲み物を作りにキッチンへと。
(…そっか、キッチン…)
それもいいかも、と切り替わる思考。
前のハーレイは厨房出身だったけれども、今のハーレイも料理が得意。
だったら、ハーレイが来てくれなかった日に、遅い夕食を作っていたなら…。
(…キッチンに行って、ハーレイがお料理している所を…)
のんびり見学するのもいい。
「何が出来るの?」と、前の自分みたいに。
厨房にいた頃の前のハーレイ、その仕事場に出掛けて行ったみたいに。
(…あの頃とは、すっかり世界が変わって…)
料理も食べ物も実に色々、腕の振るい甲斐がある時代。
今のハーレイが作る料理も、前よりもずっとバラエティー豊か。
(見学するだけでも、充分、幸せで、楽しくて…)
心が浮き立つだろうけれども、試食もさせて貰えそう。
前のハーレイがそうだったように、「食ってみるか?」と差し出してくれて。
スプーンだったり、小皿だったり、作っている料理に似合いのもので。
(…美味しそう…)
ぼくのサイオンが不器用じゃなければ、出来るんだよね、と広がる夢。
料理を作るハーレイの隣で、手許をじっと眺めることやら、試食をさせて貰うこと。
きっと幸せ一杯になって、嬉しくてたまらないのだろう。
ハーレイとキッチンにいるだけで。
キスは許して貰えなくても、お客様という扱いでも。
(…不器用じゃなければ、出来るのにね…)
凄く残念、と溜息をついて、其処で気付いた「不器用」な自分。
サイオンも不器用なのだけれども、料理の腕前。
(…前のぼくだと、キッチンでジャガイモの皮を剥いたり…)
タマネギを切ったり、大活躍をしていたもの。
前のハーレイの厨房時代に、チビだけれども、助手を気取って。
(でも、今のぼくは…)
調理実習をやった程度で、ジャガイモの皮を剥くのも危うい。
タマネギだって、きっと怖々、そんな風にしか切れないと思う。
前の自分は器用にこなして、ハーレイの助手を気取っていたのに。
キッチンでは不器用になってしまうのが、今の自分。
裁縫だったら、前の自分より凄いのに。
(…ハーレイのお手伝い、出来ないよ…)
見てることしか出来ないみたい、と嘆いたけれども、其処で閃いたこと。
調理実習なら出来るのだから、料理だって、それと仕組みは同じ。
(それ、どうやって作るの、って…)
ハーレイに訊けばいいんだよね、と素晴らしいアイデアが降って来た。
料理が得意なハーレイなのだし、きっと教えるのも上手いだろう。
まずは食材の扱い方から、「これは、こんな風に洗って、切って」と。
(…そしたら、お料理…)
いつの間にやら、自分も色々教えて貰って、料理上手になれると思う。
いつかハーレイと結婚したって、その日からキッチンに立てるくらいに。
「ねえ、ハーレイは何が食べたい?」と、注文を聞いて作れるほどに。
(お料理、習いに行かなくっても、いいお嫁さんになれそうだよね…)
不器用じゃなければ、そう出来るのに、と悔しい気分。
「どうして、ぼくのサイオン、こんなに不器用になっちゃったの」と。
器用だったら、ハーレイの所に行けるのに。
料理も習いに行けそうなのに、不器用な自分は出来ないから。
前の自分よりも器用な部分があっても、サイオンが器用な方がお得に思えるから…。
不器用じゃなければ・了
※サイオンが不器用になってしまった、ブルー君。不器用でなければ、出来そうなあれこれ。
ハーレイ先生の家に出掛けて、料理も習えそうですが…。不器用な今は、夢のまた夢v
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