(あいつ、今頃、どうしてるかなあ…)
今日は会えずに終わっちまったが、とハーレイが頭に描いたブルー。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(寂しがってるか、寝ちまってるか…)
どっちだろうな、とブルーに思いを馳せる。
学校でも顔を見られなかったし、ブルーの方でも、恐らく同じことだろう。
(俺が何処かを歩いてる時に…)
チラと見たかもしれないけれども、その可能性は無いと言ってもいい。
なにしろ、今のブルーときたら…。
(サイオンが思いっ切り、不器用だからな)
本当にタイプ・ブルーなのか、と可笑しくなる。
前のブルーと全く同じに、今のブルーもタイプ・ブルー。
けれどあまりに不器用すぎて、思念波さえもろくに紡げないレベル。
(だから、あいつの心はポロポロ零れて…)
心を読まなくても拾い放題、そういった具合。
それだけに、もしも学校でブルーが「ハーレイ先生」を見かけていたら…。
(俺が気付くまで、懸命に手を振りかねないし…)
手を振らないなら、じっと姿を追い続ける筈。
そんなブルーが寄越す視線に、全く気付かないようでは…。
(…俺は柔道引退だな)
気配が読めなくなったら終わりだ、とクックッと笑う。
もっとも柔道の試合の場合は、熱い視線が来るのではなくて、殺気だけれど。
技を繰り出す前の一瞬、相手が抱く必殺の闘志。
(そいつに気付いて、躱すか、攻めるか…)
其処が勝負の分かれ目だしな、と今も大いにある自信。
「サイオンなんぞに頼らなくても、直ぐに分かるさ」と。
「ブルーの視線も同じことだ」と、「今日は、あいつも俺を見かけていないだろう」と。
不器用になってしまったブルー。
それは「いいこと」なのだと思う。
小さなブルーは不満たらたら、不器用な自分を呪っていても。
「前のぼくだったら…」と何度も零して、最強のサイオンに憧れていても。
なんと言っても、今の時代は…。
(サイオンは、使わないのがマナーで…)
人が人らしく生きてゆく世界、それが「人間が全てミュウになった」平和な時代。
サイオンは出来るだけ使わないのが、マナーで、ルール。
(子供の場合は、あまり守っちゃいないがな)
雨が降ったらシールドなんだ、と学校の生徒たちを思い出す。
もちろん、きちんと傘を差す子も、多いのだけれど。
(今のあいつは、それさえも無理で…)
傘を忘れて困っていたのを見かけたほど。
その時、傘を貸してやったら…。
(バス停までは、俺の傘に入れてやったから…)
大感激で嬉しそうだったブルー。
不器用なサイオンに感謝しただろうと思うけれども、普段は、やはり…。
(不器用なのを恨んでるんだよなあ…)
出来ないことが多すぎるしな、とコーヒーのカップを傾ける。
「俺としてはだ、それで大いに助かってるが」と。
「ヒョイと家まで来られちゃ、たまらん」と、「寛げやしない」と。
現に一度だけ、ブルーが夜中に、無意識に「飛んで」来た時は…。
(…ベッドでピタリとくっつかれちまって、俺が寝不足…)
あれは参った、と今でも溜息が出る。
いくらチビでも、ブルーは今も恋人だから。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
その温もりが側にあるのでは、安眠どころか…。
(……万一の場合が怖くってだな……)
とても寝るわけにはいかんじゃないか、と額を指でコツンと叩いた。
「寝ぼけちまったら、危なすぎるぞ」と、「前のあいつと間違えそうだ」と。
それでウッカリ手を出したならば、大変なことになるのだから。
(あいつが不器用で、本当に良かった)
色々な意味で、と心から思う。
「人間らしく生きて欲しい」という点からも、「チビのブルーの恋人」としても。
ブルーのサイオンが不器用でなければ、あらゆることが「違った」だろう。
(人間らしく、って面の方なら、今は本物の親がいるから…)
きっとブルーをしっかり躾けて、「普通の子らしく」育てている筈。
瞬間移動でヒョイと飛ぶ度、「それは駄目だと言っただろう」と、父が叱って。
ブルーの母も、「普通の子供は、そんなことをしていないでしょ?」と。
(おやつ抜きとか、そんなトコかな)
お仕置きってヤツは、と考える。
これが自分の両親だったら、雷が落ちる所だけれど。
おやつどころか、好物のおかずも、当分、姿を消しそうだけれど。
(ついでに、頭に一発、ゲンコツ…)
親父のがな、と思うけれども、ブルーの両親なら、それはやらない。
身体の弱い一人息子に、ゲンコツなんて。
(おやつ抜きだって、やらないかもなあ…)
あいつには、しっかり食べさせないと、と思うくらいに虚弱なブルー。
前のブルーは、その虚弱さを補うかのように「強かった」。
肉体の力が使えない分、誰よりも強いサイオンを誇っていた「ソルジャー」。
けれども、今のブルーは違う。
いくら虚弱でも、ミュウが抹殺される時代は終わって、ごく平凡な生を送れる。
サイオンの力に頼らなくても、ちゃんと両親に愛されて。
(きっと神様の計らいなんだ、あいつが不器用に生まれたのは)
いいことじゃないか、と微笑んだけれど、違っていたなら、どうだったろう。
今のブルーが不器用でなければ、サイオンを使いこなせたならば。
最強と謳われた前と同じに、タイプ・ブルーに相応しかったら。
(……どうなってたんだ?)
ちょいと考えてみるとするかな、とコーヒーのカップをカチンと弾く。
「それもたまには面白そうだ」と、「サイオンが不器用でない、あいつ」と。
寛ぎの時間に想像するなら、それも愉快だと思うから。
もしも、ブルーが不器用でなければ、起こりそうなこと。
まず一番に浮かんで来るのが、「瞬間移動で飛んで来る」こと。
こうして寛ぐ時間にさえも、遠慮なく。
「ハーレイ?」と、「今日もコーヒーなの?」と。
(…チビはとっくに寝る時間だぞ、と叱っても…)
素直に帰って行く筈もなくて、書斎に居座りそうなブルー。
「何を読んでるの?」と本を覗き込み、「ぼくにも何か、飲み物、ちょうだい」と。
(お前は、歯磨き、済んだだろうが、と言ったって…)
聞きやしないな、と容易に分かる。
小さくなってしまったブルーは我儘、ついでに前と同じに頑固。
何か飲み物を出してやるまで、なんだかんだと言うのだろう。
「歯磨きだったら、ちゃんと帰って磨くから」だの、「でもコーヒーは要らないよ」だのと。
(意地悪でコーヒーを出してやったら…)
コーヒーが苦手なブルーのことだし、「お砂糖は?」と睨んで「それにミルクも」と。
膨れっ面になるのだろうけど、貰ったコーヒーは飲んでゆく。
そのせいで眠れなくなろうとも。
(…でもって、目が冴えちゃって眠れないよ、と…)
帰ったくせに、また来るんだな、と「見えている」結果。
今のブルーも前のブルーも、コーヒーには弱いものだから。
どんなに砂糖とミルクを入れても、目が冴えて眠れなくなるブルー。
(…前のあいつなら、恋人らしく…)
寝かしつけようもあるのだけれども、チビのブルーでは、そうはいかない。
手を出すわけにはいかないのだから、コーヒーで目が冴えたなら…。
(昔々、ある所に、と…)
眠くなるまで語って聞かせて、「そろそろ帰って寝たらどうだ」と言うしかない。
小さなブルーが、眠そうに目を擦り始めたら。
あるいは欠伸を噛み殺しながら、「それで、続きは?」と強請ったら。
(…そいつも、なかなか楽しいかもなあ…)
普段はホットミルクでいいか、と思いはしても。
たまには小さなブルーと二人で、夜が更けるまで物語もいい、と。
(そんなのもいいし、いつでもヒョイと現れるんなら…)
料理している時でもいいな、と思い付いた。
ブルーの家には寄れなかった日でも、会議で遅くなった時などならば…。
(きちんと飯を作るわけだし…)
もう夕食を終えたブルーが、其処へヒョッコリ現れる。
「何が出来るの?」と、興味津々で。
前のブルーが、遠い昔に、そう言って厨房に来ていたように。
(そしたら、「味見してみるか?」と、だ…)
小皿に少し取り分けてやって、ブルーに差し出す。
「美味いんだぞ」と。
「この料理はな…」と説明しながら、「食って行くか?」とも。
とっくに夕食を食べたブルーは、どうせ少ししか食べられないから。
(俺の取り分は、大して減りやしないし…)
減った分は今ならではの食べ物、「御飯」で充分、取り戻せる。
白い御飯を食べるための「お供」も、今の時代は色々、沢山。
漬物でもいいし、ふりかけだって。
(うん、ブルーにも食わせてやっても…)
俺の食事は大丈夫だな、と思うものだから、大歓迎。
料理中に、ブルーが顔を見せても。
「ホントに、ぼくも食べていいの?」と、いそいそと椅子に腰掛けても。
(…今のあいつが家に来るのは、禁止したんだが…)
瞬間移動で来るブルーの方だと、そんな決まりは作っても無駄。
そして「いつでも来られる」ブルーも、不器用なブルーの方とは違って…。
(きっと気持ちに余裕たっぷりで、前のブルーがチビだった頃と…)
同じに無邪気で、キスを強請って来はしないさ、という気がする。
「こいつは、俺の勘なんだがな」と。
だから、今のブルーが不器用でなければ、楽しく過ごせたかもしれない。
料理の味見をさせてやったり、夜が更けるまで物語とか。
(…まあ、夢なんだが…)
そういう暮らしも良かったかもな、と「もしも」の世界に笑みを浮かべる。
「あいつが、不器用でなかったならな」と、「そんなあいつも、悪くないぞ」と…。
不器用でなければ・了
※もしもブルー君のサイオンが、前と同じに不器用でなければ、と考えたハーレイ先生。
瞬間移動でヒョイと来られたら、物語を聞かせたり、味見をさせたり。それも楽しそうv
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