「あのね…。ぼく、ハーレイに…」
謝らなくちゃ、とブルーが突然、曇らせた顔。
二人きりで過ごす休日の午後、お茶の時間の真っ最中に。
向かい合わせで座ったテーブル、其処で項垂れて。
「…なんだ、いきなり、どうしたんだ?」
お前、何もしていないだろうが、とハーレイは途惑った。
今の今まで、和やかに笑い合っていたから、尚のこと。
ブルーが謝るようなことなど…。
(何一つ無いと思うんだがな?)
それとも今日のことじゃないのか、と記憶を辿るハーレイ。
昨日は学校で何かあったか、その前は…、と。
(……いや、何も……)
無い筈だが、と考える間に、思い当たったことが一つ。
(…さては、今日の菓子か…)
きっとそうだな、と心の中で頷いた。
ブルーの母が焼いたケーキは、美味しいのだけれど…。
(パウンドケーキじゃないんだ、うん)
俺の大好物のヤツな、と考えただけで胸が弾むケーキ。
ハーレイの母が作るケーキと、そっくり同じ味がするもの。
多分、ブルーは、母に頼もうとしたのを忘れていて…。
(違うケーキになっちまった、と)
そういうことか、と納得したから、ブルーに笑顔を向けた。
「謝らなくてもいいんだぞ? 大した事じゃないんだから」
俺は何にも気にしちゃいない、とケーキを口へと運ぶ。
「パウンドケーキは、またの機会に取っておくさ」と。
けれど、ブルーは、「そうじゃないよ」と首を横に振った。
「ぼくが謝らなくちゃ駄目なの、ケーキじゃなくて…」
前のぼくがやってしまったこと、と赤い瞳が伏せられる。
「ぼく、ハーレイを置いてっちゃった」と。
「はあ?」
「忘れてないでしょ、メギドの時だよ」
あの時、置いて行っちゃったから…、と小さくなる声。
「ハーレイ、独りぼっちになっちゃった」と。
「ぼくも一人になっちゃったけれど、ハーレイも…」と。
(なんだって…!?)
そりゃまあ、そうには違いないが…、とハーレイは慌てる。
前から何度も、ブルーはそれを詫びて来た。
「ホントにごめん」と「ハーレイだって辛かったよね」と。
それを言うのなら、ブルーの方が、もっと辛かったのに。
最後まで持っていたいと願った、温もりを失くして。
「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、泣きじゃくって。
(右手が凍えて、泣きながら死んでいったのが…)
前のあいつで、今も引き摺ってる、と充分、承知している。
今でも右手が冷えてしまうと、ブルーは思い出すのだと。
肌寒い夜には、メギドの悪夢を見たりもする、と。
(そんなブルーに比べたら…)
俺なんかは、問題にもならん、と心から思う。
「ブルーが謝ることなどは無い」と。
何も謝る必要は無いし、これからだって、と。
だからブルーの瞳を見詰めて、温かな笑みを湛えて言った。
「気にするな」と。
「お前は謝らなくていいんだ」と、「本当にな」と。
そう言ったのに、ブルーは「ううん」と、悲しそうな顔。
「それじゃ、ハーレイに悪いもの」と。
「お願いだから、謝らせてよ」と、縋るような目で。
「謝るなと言っているだろう? だが、それで…」
お前の気が済むと言うのなら、とハーレイは返してやった。
「喜んで詫びを受け入れてやる」と、「実に光栄だ」と。
「本当に? だったら、ちょっと目を瞑ってくれる?」
お詫びのプレゼントを渡したいから、と微笑んだブルー。
「目を瞑ってね」と、「その間に、ちゃんと渡すから」と。
「プレゼント?」
「そう、ぼくからのお詫びの印」
だから目を閉じて待っていてね、とブルーは瞳を輝かせる。
「ほんのちょっとの間だから」と。
「うんと楽しみに待っていてよ」と、「お詫びの印」と。
(……はて……?)
何をくれると言うのだろう、と思いながらも目を閉じた。
どんなプレゼントを渡されるのか、少しドキドキしながら。
そうしたら…。
(…ちょっと待て…!)
ブルーが近付いて来る気配。
すぐ側まで来たら、屈み込んで…。
「馬鹿野郎!」
ハーレイが、カッと開いた両目。
目の前にいるブルーを片手で捕まえ、もう片方の手で…。
「キスのプレゼントは、断固、断る!」
クソガキめが、と銀色の頭に落とした拳。
コツンと、痛くないように。
「その手は食うか」と、「騙された俺が馬鹿だった」と…。
謝らなくちゃ・了
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