(ちゃんと、ハーレイに会えたんだよね)
今日は会えずに終わっちゃったけれど、と小さなブルーが思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が恋をした人。
生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人が今のハーレイ。
世界はすっかり変わったけれども、前の自分たちの恋は変わっていなかった。
(出会った途端に…)
ハーレイなんだ、と分かったものね、と胸がじんわり温かくなる。
聖痕はとても痛かったけれど、ハーレイと自分の前の記憶を運んでくれた。
二人の心の奥に沈んで、ずっと眠ったままだったものを。
(…だから、すっかり思い出したし…)
ハーレイに「ただいま」を言うことが出来た。
前の自分が言えずに終わった、とても大切な「ただいま」の言葉。
メギドに向かって飛び去ったままで、前のハーレイには言えなかったから。
ハーレイは、待っていたのだろうに。
けして聞けないとは分かっていたって、前の自分が消えた時から。
(……前のぼくだって……)
その「ただいま」を言いたかったけれど、まさか言えるとは思わなかった。
キースに撃たれた痛みのせいで、ハーレイの温もりを失くしたから。
最後まで持っていたいと願った、右手に残った微かな温もり。
それを失くして、泣きじゃくりながら死んでいった自分。
「もうハーレイには、二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
ハーレイの許へと帰りたくても、そうすることは出来ないのだ、と。
(…「ただいま」なんて、もう言えない、って…)
絶望の底に突き落とされて、闇の中へと吸い込まれた。
なのに、気付いたら、ちゃんと目の前にハーレイがいて…。
(…ただいま、って…)
言いたかった言葉を伝えた後は、恋の続きが始まった。
前の自分が焦がれ続けた、青い星の上で。
とても幸せな、今の人生。
SD体制がとうに崩壊した後、本物の両親から生まれた自分。
(…チビだったのが、ちょっぴり残念だけど…)
いつかは大きく育つ筈だし、そうなれば、全て、元通り。
(ううん、元通りどころか…)
もっと幸せになれるんだよね、と嬉しくなる。
今度は結婚出来るから。
前の生では恋を隠したけれども、今度は隠さなくてもいいから。
(結婚できる年になるまで…)
我慢するしかないんだけれど、と不満な点は、幾つかある。
唇へのキスが貰えないとか、ハーレイの家には行けないだとか。
けれど、そんなのは些細なことだと言えるだろう。
「ただいま」も言えずに、終わるよりかは。
ハーレイとは二度と巡り会えずに、それっきり恋を失うよりは。
(…そうだよ、それだけで充分、幸せ…)
恋の続きが出来るんだもの、と思った所で、ふと考えた。
「もしも、記憶が無かったら?」と。
今のハーレイと巡り会っても、記憶が戻って来なかったなら、と。
(……うーん……)
神様が起こしてくれた奇跡が、生まれ変わりと、今の自分が持つ聖痕。
前の自分が生の最後に、キースに撃たれた傷跡が現れるのが聖痕。
(…聖痕、ハーレイと出会った時に…)
その全貌を現したけれど、兆候は少し前からあった。
「ソルジャー・ブルー」の名前を聞いたら、右目の奥が痛む現象。
実際に血の涙も出たから、病院で診察を受けたほど。
(…でも、ハーレイと出会えたら…)
聖痕は姿を消してしまって、もう現れない。
あの聖痕が「合図」だったのだろう、という気がする。
今の自分とハーレイが持つ、前の生での数々の記憶。
それを再び解き放つための鍵で引き金、それが聖痕だったのだろう、と。
(…もしも、聖痕が無かったら…)
ただ二人して「生まれ変わって来た」だけだったら、どうなったのか。
聖痕が無ければ、前の生での二人の記憶は、戻って来ないままかもしれない。
巡り会えても、それだけのことで、今の自分とハーレイとが…。
(……出会うってだけ……)
それじゃ「ただいま」にならないよね、と首を捻った。
「はじめまして」な仲の二人で、今の自分が見たハーレイは…。
(…新しく来た、古典の先生…)
そういうことになっちゃうよ、と再会した日を思い出す。
今のハーレイが、今の自分がいる教室に入って来た日。
忘れもしない五月の三日で、聖痕が出たから、教室は大変な騒ぎになった。
(ぼくは痛みで気絶しちゃって、救急車が来て…)
ハーレイも救急車の中で付き添ってくれたという。
現場を見ていた唯一の大人、それに学校の教師だから。
(…でも、もう、その時には思い出してて…)
再会を遂げた愛おしい人が死なないようにと、懸命に祈っていたのだと聞いた。
なにしろ酷い出血だったし、事故だと思っていたものだから。
(…でも、聖痕が出なかったら…)
二人の記憶は戻らないまま、授業が始まったのだろう。
まずはハーレイの自己紹介から、そういう感じで。
(赴任して来るの、遅れたものね…)
本当だったら、年度初めに着任している筈だったのに。
それが遅れてやって来たから、そのことも含めて、自己紹介。
(…黒板に、「ウィリアム・ハーレイ」って書いて…)
笑顔で「今日から、よろしくな」と生徒たちに挨拶するハーレイ。
自分も記憶が無いわけだけれど、そうなってくると、その瞬間には…。
(……恋は無しかも……)
前のぼくだって、そうだったしね、と可笑しくなる。
本当は恋に落ちていたのに、気付かなかった、と。
アルタミラの地獄で出会った時から、ハーレイに恋をしていたのに、と。
前の生でのハーレイとの恋は、きっと出会った瞬間から。
お互い、そうとは気付かないまま、長い月日が経ったけれども。
(…一番、仲のいい友達…)
自分もハーレイも、ずっとそうだと思っていた。
「これは恋だ」と気が付くまでは。
だから今度も、そんな具合に違いない。
もしも記憶が戻って来なくて、ただの教師と教え子として出会っていたら。
本当は恋に落ちているのに、前と同じに、気が付かなくて。
(……男の先生に恋をするなんて、思わないものね?)
自分もそうだし、ハーレイの方もそうだろう。
教え子という点はともかく、「男の子」に恋をするなんて。
(…そうでなくても、学生時代は、うんとモテてて…)
女性ファンも多かったらしい、今のハーレイ。
それだけに、余計、「男の子」などに恋をするとは思わない筈。
ある日、「恋だ」と気が付く時まで、「今のブルー」のことは、せいぜい…。
(よく懐いている生徒かな?)
ぼくの方でも、「大好きな先生」程度なんだよ、と前の生でのことを重ねる。
前のハーレイの後をついて回っていた時代。
まだソルジャーには選ばれておらず、最強のサイオンを持っているだけのことで…。
(みんなが大事に育ててくれてた、あの頃みたいに…)
チビの自分は、「ハーレイ先生」に纏わり付くのだろう。
理由が何故かは分からなくても、大好きだから。
ハーレイ先生の顔を見たなら、それだけで元気が出るものだから。
(…柔道なんか、出来っこないのに…)
柔道部の練習を見たくて通って、いつの間にやら、すっかり常連。
そうなるくらいに、ハーレイの後を追い掛ける。
何故だか、好きでたまらないから。
(…年の離れた、お兄ちゃんかも…)
そういう風に思うのかもね、と微笑ましくなる、自分の行動。
前の生での恋のことなど、まるで全く覚えていないのに、気になるハーレイ。
いつでも姿を見ていたいほどに、柔道部に通い詰めるくらいに。
(…うん、きっと…)
前の記憶が無くっても、と確信に満ちた思いがある。
今度の生でも、「きっと、ハーレイを好きになる」と。
それが恋だと気付く前から、せっせとハーレイに纏わり付いて。
(…ハーレイだって、きっと、おんなじ…)
ぼくのこと、好きになってくれるよ、という自信。
柔道部に入部など夢のまた夢、そんな身体の弱い子供でも。
練習風景を見に通っていたって、風邪などで欠席しがちな子でも。
(…あの子は、今日も来ていないよな、って…)
また風邪なのか、と心配したりしてくれる内に、ある日、お見舞いに来るかもしれない。
「三日も来ないから、気になってな」などと、学校が休みの土曜か日曜に。
家の住所は、学校で聞けば分かるから。
(…お見舞いに来てくれたら、ビックリだけど…)
それでも、嬉しくてたまらないから、熱があっても笑顔になる。
「ハーレイ先生、来てくれたの?」と。
「ぼくは、こんなの、慣れているから」と、起き上がろうとするくらいに。
(…そしたら、「こら、病人は寝ているもんだ」って…)
額をコツンとやられるだろうか、今の自分が、よくハーレイにやられるように。
「熱があるのに、起きちゃいかん」と、「ゆっくり寝てろ」と。
(……そうだよね?)
だって、ハーレイなんだもの、と頭に浮かぶ優しい笑み。
それから、額を撫でてくれる手。
「熱いじゃないか」と、「しっかり眠って治さないとな」と。
(…その手が、とっても嬉しくって…)
もっと、もっと、と心で強請ってしまうのだろう。
「ハーレイ先生に、ずっと、こうやって側にいて欲しい」と。
「いつも先生の側にいたいな」と、「早く学校に行きたいよ」とも。
(…ぼくのサイオン、不器用だから…)
気持ちはハーレイに筒抜けになって、ハーレイは笑い出すのだろうか。
「そりゃまあ、いたってかまわないが」と、「休みだしな」と。
「しかし、お前は寝ていないとな」と、「そうだな、何か話してやるか」と。
そうやって距離が縮まってゆく。
互いに恋だと気付かないまま、少しずつ。
柔道部の試合を応援に行ったり、ハーレイが訪ねて来てくれたりと。
(…だけど、恋だと気付いてないから…)
仲のいい教師と生徒なだけだし、周りも変だと思いはしない。
二人で何処かに出掛けて行っても、ハーレイの車でドライブしても。
(…そんな風に、ずっと仲良く過ごして…)
恋だと気付く日がやって来るのは、何年も先になるのだろうか。
前の自分が、そうだったから。
ハーレイの方でも気が付かないまま、長い長い時が経っていたから。
(…そうなっちゃうかもしれないけれど…)
だけど、絶対、恋はするよ、とハーレイの姿を思い描いて、大きく頷く。
「前の記憶が無くっても」と。
全く覚えていないままでも、今度も、きっと恋をせずにはいられない。
ハーレイのことが、大好きだから。
生まれ変わっても恋をするほど、愛おしい大切な人なのだから…。
記憶が無くっても・了
※前世の記憶が無かったとしても、ハーレイ先生に恋をするよ、と思うブルー君。
時の彼方での恋と同じに、互いに恋だと気付かないまま、惹かれ合って。きっと、そうv