(生まれ変わりなんだよなあ…)
あいつも、俺も、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
十四歳にしかならない、小さなブルー。
遠く遥かな時の彼方で恋をしていた、愛おしい人の生まれ変わり。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれていた人、前の自分が誰よりも大切にしていた人。
その人と、再び巡り会えた。
気が遠くなるほど長い長い時が、流れ去った後で。
前の自分たちが焦がれ続けた地球、死の星だった星が青く蘇って来た、その場所に。
そして始まった、恋の続き。
果たせずに終わった沢山の夢を、約束を叶えてゆくために。
(まだまだ、先は長いんだがな…)
ブルーが育ってくれない内は、と分かってはいる。
結婚できる年の十八歳にならない限りは、ブルーとの恋は、当分、お預け。
(…あいつは、キスを強請って来るが…)
子供にキスは早すぎるから、強請られる度に叱っている。
そういう日々が、まだ何年も続くのだろう。
ブルーの方は不満たらたら、けれど、自分も残念ではある。
再会した時、ブルーが充分に成長していて、前と同じ姿だったら、と。
そうだったとしたら、迷いもしないで、直ぐにプロポーズをしたことだろう。
「俺と暮らしてくれないか」と。
「今度こそ、共に生きてゆこう」と、「誰よりも幸せにしてやるから」と。
前の自分たちを縛っていた枷、それはとっくに失せているから。
もうソルジャーでもキャプテンでもなくて、ただのブルーとハーレイだから。
(…そいつが、ちょっぴり残念なんだが…)
チビのブルーと過ごす時間も、前の生では得られなかった幸せなもの。
「だから不満を言いはしないさ」と思うし、現に、満足している。
いくらブルーがチビであろうと、中身の方も子供だろうと。
そんなブルーに恋をしたのは、忘れもしない五月の三日。
今の学校に赴任して来て、入ったブルーの教室で起きた事件のせい。
(あいつの右目から、血が流れ出して…)
驚く間もなく、両の肩から、左の脇腹から、溢れ出して来た大量の鮮血。
後に聖痕だと分かったけれども、あの瞬間には怪我だと思った。
生徒が事故に遭ったのだ、と。
(でもって、ブルーに駆け寄ってだな…)
抱き起こした途端に、膨大な記憶が交差した。
ブルーのと、それに自分の分と。
時の彼方で何があったか、自分たちは誰であったのか、と。
(思い出したら、もう、あいつしか…)
見えなかったし、心はブルーで一杯になった。
「俺のブルーが帰って来た」と。
赤いナスカでの惨劇の時に、失くしてしまった愛おしい人。
たった一人でメギドへと飛んで、二度と戻らなかった人。
「幽霊でもいいから、一目会いたい」と、何度願ったことだろう。
独りぼっちで残された船で、生ける屍のように暮らしてゆく日々の中で。
ブルーが自分に遺した言葉は、「頼んだよ、ハーレイ」だったから。
ジョミーを支えて地球に行くよう、ブルーは望んでいたのだから。
(そのせいで、あいつの後も追えなくて…)
どれほど辛い毎日だったか、思い出しただけで胸がズキリと痛む。
「よくまあ、耐えていられたもんだ」と、「今の俺なら無理かもしれん」と。
そうやって失くした、前の自分が愛した人。
「俺が死んだら、きっと会える」と思っていたのに、奇跡のように巡り会えた。
自分もブルーも、生きた姿で。
前の生で「行こう」と誓い合った地球に生まれ変わって。
お蔭で、今は幸せな日々。
今日のようにブルーに会い損なっても、きっと明日には会えるだろう。
明日が駄目でも、週末になれば、ブルーの家まで出かけてゆける。
そして二人でゆっくり話して、前の生での思い出話をすることだって。
(……幸せだよなあ……)
もう一度、あいつに会えたってこと、と思った所で、掠めた思考。
「もしも、記憶が無かったとしたら?」と。
自分もブルーも、生まれ変わって来たのだけれども、前の生での数々の記憶は…。
(…あいつに聖痕が現れるまでは…)
まるで全く無かったのだった、自分も、それにブルーの方も。
今にして思えば「あれが、そうか」と思う痕跡、それは幾つかあるのだけれど。
(白い車を勧められても、どうも気乗りがしなかったとか…)
そんな具合で、名残りならあった。
けれども、それらは「今だから分かる」というだけのこと。
記憶が戻っていない間は、特に不思議にも思わなかった。
(…ということは、お互い、記憶が戻らなかったら…)
今度の恋は無かったろうか、と傾げた首。
自分はブルーに恋をしなくて、ブルーの方でも、恋はしないで終わったろうか、と。
(……うーむ……)
どうなんだろう、とコーヒーを一口、喉の奥へと流し込む。
今のブルーに巡り会うまで、男性に恋をしたことは無い。
女性にだったらモテていたけれど、彼女たちを嫌うことも無かった。
(試合の応援に来てくれた時に、花束や差し入れを貰ったら…)
それは素直に嬉しかったし、子供部屋がある今の家だって…。
(いつか嫁さんと暮らすもんだ、と思ってたよなあ…)
ブルーじゃなくて、女性の嫁さん、と「ブルーに出会う前」を考えてみる。
そういう普通の思考の持ち主、ごくごく平凡な古典の教師。
教室でブルーに出会った途端に、見染めるのかと問われたら…。
(…有り得ない気が…)
ただのガキだぞ、と首を振る。
十四歳の子供なんかに、一目惚れは有り得ないだろう、と。
(どう考えても、俺の守備範囲から外れてるしな?)
子供な上に、男だ、男、と冷静に弾き出す答え。
いくらブルーが「小さなソルジャー・ブルー」な外見だろうと、たったそれだけ。
「なんとも可愛らしい生徒がいるな」と目を丸くして、きっと感心するだけだろう。
一目惚れなんかはするわけがないし、「授業を始める」と告げておしまい。
(…ブルーの方でも、やたら体格のいい教師が来たな、と…)
思って見ているだけだろうな、と容易に想像がつく出会い。
これでは恋が芽生えはしないし、「前の記憶」が無かったならば…。
(…恋はしないで、それっきりなのか?)
なんとも寂しい話なんだが…、と零れる溜息。
前の生では、あんなにも誓い合ったのに。
「何処までも共に」と、ブルーの命が尽きる時には、追って逝くとまで。
(……そこまでの恋が、消えちまって……)
出会えたとしても、教師と生徒で終わるだなんて、あまりに切ない。
自分たちには自覚が無くても、なんとも思っていないとしても。
(…せっかく二人で、青い地球まで来たっていうのに…)
前の俺たちの恋は跡形も残らないなんて、と考えるだけで悲しくなる。
遠く遥かな時の彼方で、失われて、それっきりなんて。
もう一度、巡り会えたというのに、気付きもしないでおしまいなんて。
(しかし、記憶が無いのでは…)
そうなるのも、やむを得ないだろうか、と深い溜息をついたはずみに、前の記憶が蘇った。
前のブルーと初めて出会った、アルタミラ。
メギドの炎で滅ぼされる前、シェルターの中に閉じ込められた。
そのシェルターを、サイオンで破壊したブルー。
けれどブルーは逃げもしないで、ただ呆然と座り込んでいた。
そこへ「凄いな、お前」と声を掛けたのは、誰だったのか。
子供にしか見えなかったブルーを相棒に選び、仲間を助けて回ったのは。
(……俺だったんだ……)
何も考えずに、あいつを選んだ、と思い出した時の彼方の記憶。
「理由なんかは何も無かった」と、「俺があいつを選んだだけだ」と。
そうやって出会い、始まった前のブルーとの日々。
時を経て、やがて恋が芽生えて、互いに求め合うようになった。
(ブルーにしたって、初めて出会った、あの瞬間から…)
阿吽の呼吸で、燃えるアルタミラを走り回って、共に乗り込んだ宇宙船。
後にシャングリラと名付けられた船へと、迷いもせずに。
あの時、互いの名前以外は、何一つ知らなかったのに。
本当に「出会った」というだけのことで、自己紹介さえしなかったのに。
(……ということはだ、俺とブルーは……)
何もしなくても引かれ合うんだ、と確信に満ちた思いが湧き上がる。
出会って直ぐから、誰よりも信頼し合っていた仲。
互いが誰かも、深く知らない間から。
ただ魂が引かれ合うから、突き動かされるように、手を取り合って。
(…そういうことなら、記憶が無くても…)
俺たちは恋をしたんだろうな、と浮かんだ笑み。
小さなブルーが子供の間は、ただの友達だったとしても。
仲のいい教師と生徒としてしか、互いを見てはいなくても。
(…そうだな、いつか時が満ちたら…)
きっとプロポーズをするんだ、俺は、と育ったブルーを思い浮かべる。
「お前が好きだ」と、「俺と一緒に暮らして欲しい」と。
ブルーの方でも、その時を待っていたかのように…。
(頷いて、「うん」と言ってくれるさ)
記憶が無くても、俺たちは、ずっと一緒なんだ、という気がする。
遠く遥かな時の彼方から、互いに恋をして来たから。
これから先も、ずっと遥か先も、ブルーと恋をしてゆくと思う。
たとえ、互いを忘れていても。
前の自分が誰だったのかを、全く思い出せなくても。
お互い、まるで記憶が無くても、互いに引かれ合うのだから。
自分はブルーを見付けるだろうし、ブルーも見付けてくれるだろうから…。
記憶が無くても・了
※もしも前世の記憶が無くても、互いに恋をしていただろう、と思うハーレイ先生。
この二人なら、そうなるに違いありませんけど、前の生の記憶があるのが一番ですよねv
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