(今度は年上なんだよね…)
正真正銘、ハーレイの方が、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
そのハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
青く蘇った水の星の上で、ハーレイは待っていてくれた。
チビの自分が、「ソルジャー・ブルー」だった魂が、再び生まれて来る時を。
二十四年も先に生まれていたというのに、他の誰かに恋もしないで。
(…ふふっ…)
ホントにハーレイの方が年上、と改めて考えて、嬉しくなった。
前の生では、違ったから。
外見だったら、ハーレイの方がずっと年上だったのだけれど…。
(本当の年は、前のぼくの方が…)
ずっとどころか、遥かに年上。
最初の間は、誰も気付いていなかったけれど。
なにしろ見た目は、誰よりも幼い、成人検査を受けたばかりの子供の姿。
それでは分かるわけがない。
本当の年は誰よりも上で、一番最初のミュウだったなんて。
(……自分でも、分かっていなかったかも……)
みんなに甘えていたんだものね、とアルタミラから脱出した船を思い出す。
まだ若かったゼルやヒルマン、ブラウにエラ。
みんな、「ブルー」を可愛がってくれた。
「まだ小さいんだから、沢山食べな」と言ってくれたり、頭を撫でてくれたり。
本当の年が分かった後にも、それは変わりはしなかったけれど。
(…だって、中身もチビの子供で…)
心も身体も成長を止めた、とても可哀想な「小さな子供」。
それをしっかり育ててやろう、と誰もが心を配ってくれた。
中でも一番、前の自分が頼っていたのが、前のハーレイ。
アルタミラから逃れる前から、ずっと二人でいたものだから。
前のハーレイと二人で懸命に駆けた、崩れ、燃え上がるアルタミラの地面。
他の仲間たちを助け出そうと、幾つものシェルターを開けて回って。
(…誰よりも息が合ったから…)
アルタミラから逃れた後の船でも、ハーレイについて回っていた。
「俺の一番古い友達だ」と、他の仲間に紹介してくれた、ハーレイに。
お蔭で、タイプ・ブルーを恐れ、遠巻きに見ていた仲間の視線も、優しくなった。
ハーレイは誰とも直ぐに打ち解け、信頼される人柄だったから。
(ホントに色々、助けて貰って…)
ついにはキャプテンにまで、なったハーレイ。
厨房で料理をしていたというのに、百八十度の方向転換をして。
「フライパンも船も、似たようなものさ」と、操舵まで出来るキャプテンに。
(…前のぼくが、ハーレイを推したから…)
前のハーレイは、キャプテンの道に進んでくれた。
誰よりも頼りになったキャプテン、前の自分の右腕だったハーレイ。
(ハーレイがキャプテンだったから…)
前の自分は、しっかりと立っていられたのだ、と確信できる。
ソルジャーという皆を導く立場に、その重圧に押し潰されることもなく。
いつも毅然と前を見詰めて、ただ一人きりのソルジャーとして。
(…だけど、中身は…)
前のハーレイに甘えっ放し、とクスッと笑う。
恋人同士になるよりも前から、ずっと甘えて、恋人同士になった後まで。
最後の最後まで甘え続けて、そのせいで…。
(超特大のツケが来ちゃった…)
メギドで独りぼっちになっちゃって…、と笑みが苦笑に変わった。
今でも右手が冷えた時には、あの悲しみを思い出す。
最後まで持っていたいと願った、右手に残った前のハーレイの腕の温もり。
キースに銃で撃たれた痛みで、知らない間に失くしていた。
死んでゆく間際に、凍えた右手。
ハーレイとの絆は切れてしまって、もう会えないのだと、突き落とされた絶望の淵。
前の自分は、泣きじゃくりながら死ぬことになった。
誰よりも頼りにしていたハーレイ、大切な恋人を失くしてしまって。
酷い目に遭った前の自分だけれども、神様がくれた、粋な計らい。
気が遠くなるような時を飛び越え、青い地球の上に生まれて来たら…。
(ハーレイの方が、ちゃんと年上…)
何の遠慮も要らないんだよね、と心がじんわり温かくなる。
ハーレイの方が遥かに年上なのだし、どんなに甘えても構わない。
傍から見たって可笑しくはないし、安心して甘えて、我儘も言える。
これが逆だったら、そういうわけには…。
(……いかないよね?)
ぼくの方が年上だったなら…、と想像してみて、肩を竦めた。
「そっちの方でなくて良かった」と。
もしも前の生での順番通りに、自分が先に生まれていたなら、ハーレイは…。
(…まだ生まれてもいないってこと?)
ぼくは十四歳だものね、と指を折る。
前の生での年の差だったら、ハーレイは、まだまだ生まれて来ない。
生まれるどころか、今のハーレイの両親だって、結婚しているかどうか怪しい。
(……うーん……)
今のハーレイとの年の差でもダメ、と愕然とする。
二十四歳も違うのだから、今のハーレイは、あと十年ほど経たないと…。
(…生まれて来てはくれないんだ…)
十年なんて長すぎるよ、と天井を仰いで溜息をついた。
今のハーレイは、長い年月を待ってくれたのだけれど、自分には無理な感じがする。
いくら記憶が無かったとはいえ、二十四年という歳月は長い。
それだけの間、他の誰にも目を向けないで、恋もしないでいられるかどうか。
けれど、神様の計らいがなければ、そうなっていたわけだから…。
(…ちょっとだけ…)
逆の世界を考えようかな、と好奇心が頭を擡げて来た。
「逆だったならば、どうなるわけ?」と。
今の自分が先に生まれて、ハーレイを待っていた場合。
どういう二人になっただろうかと、ちょっぴり「もしも」の世界を見よう、と。
(……んーと……)
待っている間の話は抜きで、と世界の設定を簡単にした。
他の誰かに恋をしたなら、厄介なことになるだろうから、ハーレイと出会う所から。
(逆にするんだし、年の差だって…)
今のぼくたちと同じでいいや、と二十四歳にしておくことに。
ただし、自分の方が年上。
出会いの年も、今の自分たちと同じでいいだろう。
(…ぼくの姿だって、前のぼくでいいよね)
今のハーレイの年になっちゃったら、前のぼくとは別になるから、と外見の年齢も決めた。
聖痕の方も、無視しておけばいいだろう。
どうせ「もしも」の世界なのだし、聖痕は抜きで、偶然の出会いということでいい。
(ぼくの仕事も、なんにも思い付かないから…)
ハーレイと同じで古典の先生、と、とびきり単純な世界を作った。
そういう世界で出会った二人は、どんな風に恋を育むのだろう。
(まず、ハーレイが十四歳で、ぼくの生徒で…)
うんと若くて、まだ子供だよ、と「十四歳のハーレイ」を頭に描く。
今のハーレイから、色々と話を聞いているから、ポンと浮かんだ元気一杯な少年の姿。
(きっと小さくても、ハーレイの面影、ある筈だよね)
どんな感じかな、と面差しを想像してみるけれど、どれが当たりか、よく分からない。
ヘアスタイルだって、どうだったのかは知らないし…。
(もしかして、それだけでも、うんと新鮮?)
前のぼくは知らない姿だもの、と気が付いた。
アルタミラの地獄で出会った時には、青年だった前のハーレイ。
成人検査よりも前の記憶は失くしていた上、その後の記憶も、曖昧なもの。
繰り返された激しい人体実験、それが記憶を切り刻んだから。
そのせいで、前のハーレイは…。
(ぼくと違って、成長を止めていなかったから…)
子供時代の自分の姿を、すっかり忘れてしまっていた。
だから、当然、前の自分も知るわけがない。
十四歳だった頃の前のハーレイ、その面差しがどうだったかは。
逆の立場で出会った場合は、珍しいものが見られるらしい。
十四歳の頃のハーレイに出会って、そこから青年に育ってゆくのを。
(なんだか凄い…)
それもいいかも、と胸がときめく。
ハーレイが十四歳だった場合は、今と同じで、やっぱりキスはお預けだろう。
どうしてハーレイが「ダメだ」と言うのか、それもちょっぴり分かる気がする。
(…いい年の大人が、チビの子供とキスなんて…)
良くはないよね、と素直に頷いたけれど、それは相手が「十四歳のハーレイ」だから。
キスをくれる立場のハーレイの方が、小さな子供になっているから。
(もっと育ったハーレイじゃないと…)
ぼくだって、変な感じになるよ、と思考の中身は、うんと我儘。
「キスをしてくれるハーレイ」の姿は、前と同じで頼れる姿の方がいい。
せめて青年と呼べる年まで、大きく育ってくれなくては。
(…そのためには、栄養…)
沢山食べて、早く育って貰わないと、と思う気持ちは、ハーレイの方も同じだろう。
十四歳の子供のままでは、「ブルー先生」とデートしたって…。
(…どう考えても、微笑ましいだけ…)
全然、絵にもならないよ、と分かっているから、ハーレイも急いで育ちたい筈。
前のハーレイほどの年になるには、うんと時間がかかるから…。
(目標は、アルタミラで出会った頃の姿かな?)
あの頃は、恋はまだだったけど…、と考えるけれど、新しい生だから、かまわない。
青年の姿に育ったハーレイ、そのハーレイとデートしたって。
「ソルジャー・ブルー」だった頃の姿なら、あのハーレイと充分、釣り合う。
それまでの間、キスは我慢で、ハーレイとデートするのなら…。
(早く大きく育つといいね、って…)
食事に行くのが多いのだろうか、ハーレイが喜びそうな店へと。
洒落たレストランや喫茶店よりも、子供が山ほど食べられる場所。
(…丼だとか、ラーメンだとか…?)
今のぼくには馴染みが無いけど、と小食な自分を呪うけれども、ハーレイのためなら…。
(ハーレイが山ほど食べてる隣で、ぼくは見てるだけ…)
それでもいいから、頑張らなければ。
ハーレイが育ってくれない限りは、キスもお預けなのだから。
(うんと頑張って、ハーレイを育てて…)
青年の姿になってくれたら、晴れて本物のデートに出掛けて、それからキス。
きっと幸せ一杯になって、涙が溢れて来るかもしれない。
「やっとハーレイと、本物の恋人同士になれる」と。
青年になったハーレイだったら、結婚も出来る年なわけだし、もうそれ以上は…。
(待たなくっても、結婚しちゃってかまわないよね?)
さて、その後は…、と突き当たった壁。
ハーレイが「前のハーレイ」とそっくり同じになるのがいいか、青年の姿の方がいいのか。
(…えーっと…?)
似合いなのは、青年のハーレイとのカップルかもしれない。
けれど、年を重ねた「前のハーレイ」の姿も捨て難い。
(……どっちにするの?)
年を取ったら、もう逆戻りは出来ないのだから、悩ましい。
ハーレイが年を重ねた後で、「若い頃の方が良かったかも」と考えたって、もう手遅れ。
(…それだけで、凄く悩んじゃうから…)
やっぱり今の通りでいいや、と想像するのは、其処までにした。
逆だったならば、先の未来で後悔するかもしれないから。
「どうして、若いままでいてくれなかったの?」と。
そうはならないとは思うけれども、不安は残るし、自分に自信も無いものだから。
なんと言っても長い人生、先のことなど、誰にも分かりはしないのだから…。
逆だったならば・了
※ハーレイ先生との年の差が逆だったならば…、と考えてみたブルー君。どうなるのかと。
青年のハーレイには出会えますけど、その後が問題。何処で年齢を止めて貰うか、悩みそうv