(……聖痕か……)
あれには驚かされたよな、ハーレイが、ふと思い出したこと。
ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを味わっていた時に。
今のブルーと再会した時、目にした現象。
十四歳にしかならないブルーは、転任して来た先の学校にいた。
そうとも知らずに入った教室、其処で目にした一人の生徒。
(とても珍しいアルビノなんだが、それに気付くより前にだな…)
生徒の瞳から溢れ出した血。
それに脇腹、両方の肩からも鮮血が溢れて、教室のあちこちで上がった悲鳴。
(てっきり事故だと思ったんだ…)
生徒が大怪我をしたのだろうと、倒れたブルーに駆け寄った。
「大丈夫か?」と抱き起こした途端に、流れ込んで来た膨大なブルーの記憶。
同時に自分自身の記憶も、湧き上がるように蘇った。
「ブルーなんだ」と。
遠く遥かな時の彼方で、誰よりも愛したソルジャー・ブルー。
ただ一人きりの、愛おしい人。
自分が「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれていた頃、前のブルーと育んだ恋。
「何処までも共に」と誓っていたのに、前の自分はブルーを失くした。
前のブルーは、「ハーレイの恋人」であるよりも前に、ミュウを導く者だったから。
ミュウの仲間を乗せていた船、白いシャングリラを守るソルジャー。
白い箱舟をメギドの炎から守り抜くために、前のブルーは命を捨てた。
「頼んだよ、ハーレイ」と、後を託して。
シャングリラを地球まで運んで行くよう、前の自分に密かに頼んで。
(…だから前の俺は、生きるしかなくて…)
愛おしい人のいない世界で、務めを果たすためだけに生きた。
「いつか地球まで辿り着いたら、自由になれる」と。
その日が来たなら、ブルーの許へと旅立てるのだ、と自分に懸命に言い聞かせて。
いつか、その日は来る筈だった。
実際、やって来たのだけれども、残念なことに記憶が無い。
「これでブルーの所へ行ける」と、夢見るように考えた後の、一切が。
燃え上がる地球の地の底深くで、崩れ落ちて来た大量の瓦礫。
その下敷きになって死んだことだけは、間違いのない事実だけれども…。
(……あいつに会った記憶が無いんだ)
魂が身体から解き放たれた後は、どうなったのか。
真っ直ぐに何処かへ飛んで行ったか、それともブルーが迎えに来たか。
(…何も覚えちゃいないんだよなあ…)
困ったもんだ、と思うのだけれど、こればかりはどうすることも出来ない。
ついでに、生まれ変わって来たブルーの方も…。
(やっぱり覚えちゃいないと言うから、生まれ変わって来る時には…)
天国の記憶は消えちまうんだな、と納得するより他に無かった。
「もしも天国を覚えていたなら、きっと帰りたくなっちまうんだ」と。
何と言っても天国なのだし、それは素晴らしい世界だろう。
青い地球がどんなに美しくても、前のブルーが焦がれた星でも、地球は地球。
神様の国に敵いはしないし、天国の記憶を持っていたなら、欲張りになる。
「あちらの方が、ずっと良かった」などと、贅沢を言って。
せっかく青い地球に来たのに、青い水の星に不満を抱き続けて。
(それじゃ駄目だと、神様が消してしまったんだな)
前のあいつとの再会とかは、と苦笑する。
再び会えた時の喜び、それに抱擁、そういったものも。
前のブルーが流した涙も、前の自分が流した涙も。
(…綺麗サッパリ忘れちまって…)
愛おしい人との再会の記憶、それは聖痕の鮮血で始まる。
前のブルーがキースに撃たれた、痛ましい傷。
赤く輝く右の瞳まで、キースは容赦なく撃った。
まるでブルーを弄ぶように、致命傷を負わせないままで。
苦痛を与え続けた挙句に、仕上げの屈辱を投げ付けるように。
(……とんでもないことをしやがって……)
キースの野郎だけは許せん、と奥歯をギリッと噛み締めた。
前の自分は、ブルーの最期を知らなかったから…。
(…キースの野郎に出会った時に…)
相手は国家主席で人類の代表、キャプテンとして礼を尽くさねば、と挨拶をした。
沢山の犠牲を払った果てに、ようやく辿り着いた地球。
ミュウと人類の会談の場が設けられた以上は、平和的に話し合わなければ、と。
(それは分かっているんだが…)
前の俺だって分かっちゃいたが、とギュッと握り締める手。
「それでも、ブルーの最期を知っていたなら、俺はキースを殴っただろう」と。
もちろん、会うなり殴りはしない。
その程度の常識は心得ているし、自制心だって充分にあった。
だから、キースを殴るなら…。
(ユグドラシルの中で、何か口実を設けてだな…)
国家主席と「キャプテン」だけの私的な話し合いの場所。
それをキースに用意させた上で、出掛けて行って殴ったと思う。
「よくも、俺たちのソルジャーを」と。
あくまでブルーの恋人ではなく、キャプテンとしての立場に立って。
でないと、全てが無駄になるから。
前のブルーと隠し続けた、大切な恋が明るみに出て。
(…人類との戦いが終わった以上は、別にバレてもいいんだが…)
どうせブルーの後を追うのだし、そうなればミュウの仲間にも知れる。
とはいえ、ブルーとの恋を最初に知るのが…。
(キースというのは、腹立たしいなんてモンじゃないしな)
要は殴れればいいんだから、と思いはしても、その機会は永遠に無くなった。
前の自分はとっくの昔に死んでしまって、キースもいない。
生まれ変わって来ていたとしても、殴り飛ばすのは…。
(時効ってヤツで、キースにしたって…)
新しい人生を生きているから、前のキースとは違う筈。
「殴っていいぞ」と詫びて来られても、殴れない。
そうして謝る殊勝なキースは、もう「仇」ではないのだから。
(…なんとも複雑な感じだな…)
恨みの持って行き場も無いというのはな、とコーヒーのカップを傾ける。
今のブルーに現れた聖痕、それで全てを知ったのに、と。
ブルーの聖痕を見なかったならば、知らないままでいたかもしれない。
前のブルーが生の最後に、どんな惨い目に遭ったのか。
生まれ変わったチビのブルーに、聖痕が現れなかったならば。
(……そうかもしれん……)
しかし、それでも出会えたろうな、と別の方へと向かった思考。
今の自分も、今のブルーも、聖痕で記憶が戻ったけれど…。
(あれが現れなかったとしても…)
聖痕が無くても、きっと出会えた、そんな気がする。
前のブルーと自分の絆は、切れることなど無いだろうから。
青い地球の上で出会わなくても、聖痕が無くても、互いに互いを見付けるだろう。
神の助けを借りずとも。
聖痕という神の奇跡の力が、ブルーの上に働かなくても。
(…うん、きっとそうだ)
そうでなくちゃな、と溢れる自信。
「俺はブルーを見付けられる」と、「ブルーも、俺を見付けてくれる」と。
何故なら、誓い合ったから。
遠く遥かな時の彼方で、「何処までも共に」と。
前のブルーは誓いを破って、一人きりでメギドへ飛んだけれども…。
(…それでも俺たちは、ちゃんと出会えた)
青く蘇った地球の上でな、と今の自分の手を見詰める。
前の自分とそっくり同じな、その手のひら。
ブルーはチビになったけれども、いずれは育って、前のブルーと同じ姿になるだろう。
そこまで強い絆で結ばれ、こうして地球までやって来た。
先に生まれた今の自分を追い掛けるように、ブルーが生まれて。
隣町で生まれた今の自分は、ブルーが生まれる前に、この町に引っ越して来て。
だから、必ず会えたと思う。
今のブルーに聖痕が無くても、きっと何処かで。
(…そういう出会いも悪くないよな)
聖痕は抜きで、奇跡の再会、と描いてみる夢。
何処でブルーと出会っただろうか、記憶は直ぐに戻ったろうか、と。
(あいつなんだ、と気付いたら…)
記憶は直ぐに戻ると思う。
出会った場所が公園だろうと、街角でバッタリ出くわそうとも。
そして互いに気が付いたならば、そのまま擦れ違うことはしないで…。
(絶対、あいつを呼び止めるんだ)
ブルーが遠慮していたならな、と大きく頷く。
十四歳にしかならないブルーは、自分から大人に声を掛ける勇気は無いだろう。
サイオンもとても不器用なのだし、「ハーレイなの?」と思念で聞けはしないし…。
(俺に気付いた、って顔に出てても、恐らくは…)
何も言えずにいるだろうから、「ブルーじゃないか?」と呼び掛ける。
「もしも人違いだったら、すまん」と、一応、詫びの言葉も入れて。
(……そうしたら……)
たちまち、あいつは飛び付いてくるな、と緩んだ頬。
今のブルーなら、きっとそうなる。
「ハーレイ!」と、顔を輝かせて。
白いシャングリラの頃と違って、二人の恋を隠さなくてもいいのだから。
(とはいえ、やっぱり人目はあるし…)
ついでに子供にキスは出来ん、と可笑しくなった。
チビのブルーが飛び付いて来ても、「そこまでだな」と。
「ちょっと、お茶でも飲まないか?」と、最初のデートに誘いはしても。
(でもって、あいつは不満たらたら…)
今と大して変わらないぞ、と想像してみて、「やっぱり会えるな」と確信した。
前のブルーの悲しい最期を表す聖痕、あれが無くても。
何処かでブルーに巡り会えるし、記憶も戻って来るのだろう、と。
(しかし、キースの野郎は許せん)
やっぱり、聖痕を見ておかないと、と思いもする。
聖痕が無くても会えるけれども、それでは片手落ちだから。
前のブルーの悲しい最期は、どうしても知っておきたいから…。
聖痕が無くても・了
※ブルー君に聖痕が現れたことで、再会したハーレイ先生と、ブルー君。でも…。
聖痕が無くても、きっと再会出来た筈。そういう出会いも幸せですよね、片手落ちでもv
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