(今日はハーレイに、一度も会えなかったよね…)
学校でも会えなくて、家にも寄ってくれなかったし、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイと会えずに終わった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は一度も会えなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
出来ることなら、毎日だって会っていたいし、一緒に暮らしたいくらい。
それなのに、今の自分は十四歳にしかならない子供で、今のハーレイは学校の教師。
(学校で会えても、ハーレイ先生なんだよ、ハーレイ…)
恋人らしい会話は出来ない、学校という場所。
それでも会えないよりはいいから、今日も何度も見回した。
廊下や階段や、校舎の外やら、グラウンドなどで。
「ハーレイ、何処かにいないかな?」と。
遠目であっても、見掛けたら、声を掛けられる。
「ハーレイ先生!」と大きく手を振り、ハーレイが気付いてくれたなら…。
(元気そうだな、って…)
あの好きでたまらない素敵な笑顔で、ハーレイも大きく手を振ってくれる。
「ハーレイ先生」は人気者だし、誰も変には思わない。
(ぼくが見付けて、手を振ってたら…)
他の生徒も「ハーレイ先生!」と大歓声で、たちまち賑やかになる周り。
そんな生徒の中でもいいから、ハーレイの姿を見たかった。
仕事の帰りに、家に寄ってはくれないのなら。
「今日は会えずに終わっちゃったよ」と、夜に溜息をつくよりは。
(…あーあ…)
残念、と思っても、自分には、どうにも出来ない。
ハーレイだって、わざと寄らずに帰ったわけではないのだから。
放課後に長い会議があったか、柔道部の部活が長引いたのか。
何か理由がある筈なのだし、文句を言っても始まらない。
それがハーレイの今の仕事で、ハーレイは「ハーレイ先生」だから。
分かってはいても、寂しい気持ちは消えてくれない。
「会いたかったよ」と思う心も、無くなってくれるわけもない。
ハーレイに会いたくてたまらないけれど、家に行くことなど出来ないし…。
(第一、ハーレイの家には、ぼくが大きく育つまで…)
来てはいけない、とハーレイ自身に言われてしまった。
再会してから暫く経った頃、初めて遊びに出掛けた時に。
ドキドキしながら、「今のハーレイの家」で二人で過ごした日に。
(瞬間移動で、飛んでったことも、一回だけ…)
あるのだけれども、あんな素晴らしい経験なんて、二度と出来ないことだろう。
今の自分のサイオンときたら、どうしようもなく不器用だから。
思念波さえろくに紡げないほどで、タイプ・ブルーだとは誰も思ってくれない。
「ホントに、タイプ・ブルーだってば!」と、懸命に主張してみても。
「嘘じゃないよ」と頑張ってみても、笑いの混じった目で見られるだけ。
「それって、サイオン・タイプだけだろ?」と。
「タイプ・ブルーでも、実際は、何も出来ないんだし」と。
赤ん坊の頃から、母には、それで迷惑をかけた。
人間が全てミュウの今では、赤ん坊だって、形にならない思念を紡ぐ。
「お腹が空いたよ」とか、「眠くなったよ」とか、訴えるように。
なのに、赤ん坊だった自分ときたら…。
(泣きじゃくるだけで、何がしたいのか、ママには全然…)
伝わらなくて、そのせいで、とても苦労した母。
眠いのか、ミルクか、サッパリ分からないのだから。
(…筋金入りの不器用だよね…)
瞬間移動なんて、絶対に無理、と肩を落としてフウと溜息。
ハーレイに会いに行くのは不可能、つまり明日まで会えない恋人。
きっと明日には、学校か、家か、どちらかで会えるとは思うけれども…。
(…それまでは、どう転がっても…)
会えないんだよね、と残念な気持ちが止まらない。
「なんとか、会えればいいのに」と。
「ハーレイの家には行けなくっても、姿だけでも見られないかな?」と。
前の自分なら、そうすることは簡単だった。
ハーレイが船の何処にいようと、サイオンで居場所を探し当てて。
青の間から一歩も動きもしないで、ハーレイの姿を好きなだけ眺めて…。
(誰かと話をしているんなら、その中身だって…)
手に取るように分かっていたのに、今の自分は、それも出来ない。
それが出来たら、ハーレイの家を覗けるのに。
「今の時間は、書斎かな?」と、ベッドに腰を下ろしたままで。
(…だけど、不器用すぎるから…)
無理だし、明日まで会えないんだよ、と嘆くしかない。
ハーレイの姿を見られるのは明日、夜がすっかり明けてからのこと。
これから、長い夜があるのに。
ベッドに潜り込んで寝ないことには、明日という日は来てくれないのに。
(……あーあ……)
まだ早いけど、寝ちゃおうかな、と思ったはずみに、ふと閃いた。
ベッドに入って眠ったならば、別の世界があることに。
(そうだ、夢…!)
夢の世界なら、ハーレイにだって会えるんだよね、と弾んだ心。
なにしろ夢の世界と言ったら、現実の世界とは違うから。
実際には出来ない色々なことも、夢の中なら、魔法みたいに出来るのだから。
(夢で会えれば、ツイてるんだけど…)
どうなんだろう、と考えてみる。
夢の世界は、思い通りにならないことも多いから。
こんなに幸せに暮らしていたって、怖い夢を見る夜だってある。
(……メギドの夢……)
あれが一番怖いんだよね、と肩をブルッと震わせた。
前の自分が死んでゆく夢、前の生の終わりに泣きじゃくる夢。
右手に持っていたハーレイの温もり、それを失くして。
「もうハーレイには、二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
幸せな夢も見られるけれども、夢の中身は選べない。
思い通りの夢を見るなど、前の自分にも出来はしなかった。
サイオニック・ドリームを操ることは出来ても、自分にはかけられなかったから。
(…うーん…)
前のぼくでも絶望的、と分かってはいても、夢の世界に憧れる。
「夢でハーレイに会えたらいいな」と。
運良く、神様が聞いてくれたら、願いは叶うかもしれない。
ベッドに入って眠った世界で、ハーレイに会えて。
(…どうせだったら…)
うんと素敵な夢がいいな、と欲張りな心がムクムクと頭をもたげてくる。
夢の世界だと、魔法みたいに、色々なことが出来るから。
一足飛びに大きく育って、ハーレイとデートをすることだって。
(…ハーレイの車で、デートにドライブ…)
素敵だよね、とウットリしそう。
ハーレイの車で出掛けてゆくなら、いったい何処がいいだろう。
沢山交わしたドライブの約束、行き先は山とあるけれど…。
(海とか山とか、地球の自然を楽しめる場所…)
そういう所が最高だろうか、ハーレイの車で行くのだから。
今のハーレイの、「シャングリラ」で。
白い鯨ではないのだけれども、二人だけのために走ってくれるシャングリラ。
(ハーレイ、そう言っていたもんね)
今のハーレイの愛車は、シャングリラだ、と。
濃い緑色の車だとはいえ、それは「白いのを選べなかった」から。
(白もいいな、と思ったらしいけど…)
ハーレイが選んだ車の色は、前のハーレイのマントの色。
「そちらの方がいい」気がして。
「白は駄目だ」と、何故か、思って。
(ぼくとは、出会っていなかったけど…)
今のハーレイは、「ソルジャー・ブルー」を覚えていた。
記憶は戻っていなかったけれど、心の底で。
「白いシャングリラは、ブルーと一緒に乗るものだ」と。
なのに「ブルー」がいないものだから、濃い緑色の車を選んだ。
いつか買い換える時が来るまで、そのシャングリラに二人で乗ってゆく。
海へも山へも、約束している沢山の場所へ、ハーレイがシャングリラを運転して。
今のハーレイの、濃い緑色のシャングリラ。
それでドライブする夢がいい、と考える内に、「そうだ!」と、ポンと手を打った。
夢の世界は、色々なことが出来る場所。
思い通りの夢は見られなくても、現実では出来ないことだって出来る。
そういう素敵な、夢の世界で会うのなら…。
(…前のハーレイ!)
夢に見るんなら、前のハーレイに会うのもいいかも、と思い付いたこと。
なにしろ夢の世界なのだし、前のハーレイが今の時代の地球に現れたって…。
(ちっとも不思議じゃないものね?)
前のハーレイに見せてあげたいな、と夢が大きく膨らんでゆく。
遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイと「一緒に行こう」と約束した地球。
其処に二人で来たのだけれども、お互い、生まれ変わってしまった。
今のハーレイに、前のハーレイの記憶はあっても…。
(…ぼくと会うまで、三十年以上も…)
ハーレイは普通に暮らして来たから、すっかり地球に馴染んでいる。
地球は青くて当たり前だし、豊かな自然も見慣れたもの。
前の生での記憶と比べて、改めて驚くことはあっても、たったそれだけ。
新鮮な驚きを感じたとしても、前のハーレイのようにはいかない。
今のハーレイが経験して来た様々なことが、新鮮さを削いでしまうから。
当たり前になってしまった暮らしが、オブラートのように、感動を包んでしまって。
(…夢に見るんなら、前のハーレイ!)
そっちに会いたい、と広がる夢。
前のハーレイが今の地球に来たら、どんなに驚くことだろう。
「地球は本当に青いのですね」と言うのだろうか、青い海を見て。
そう、宇宙から見るわけではないから、水平線を眺めながら。
(前のハーレイでも、車を運転できるかな?)
でないと、ドライブ出来ないんだけど、と首を傾げて、「大丈夫!」と大きく頷いた。
元は厨房にいたというのに、キャプテンに転身したのがハーレイ。
宇宙船を動かすことに比べたら、車なんかは…。
(きっと朝飯前なんだよ)
無免許運転になってしまっても、かまわない。
前のハーレイも、そうだったから。
パイロットの免許は持っていなくて、無免許運転だったのだから。
(…よーし、今夜は…)
神様が叶えてくれるんだったら、前のハーレイとドライブだよ、と夢は膨らむ。
自分はチビのままでいいから。
ハーレイは驚くだろうけれども、その方が…。
(ちゃんと本物の地球なんだよ、って…)
説得力があるものね、と右手をキュッと握って、開いた。
どうせだったら、「ソルジャー・ブルー」を失くした後のハーレイがいい。
魂はとうに死んでしまって、生ける屍だったと聞くから。
白いシャングリラを地球まで運んでゆくためにだけ、ハーレイは生きていたというから。
(ぼくはこんなに幸せなんだし、大丈夫だよ、って言ってあげたいな)
夢の世界のハーレイでもね、と浮かべた笑み。
「夢に見るんなら、前のハーレイ」と。
「ぼくを失くした後のハーレイ」と、「そのハーレイと、地球でドライブ」と。
同じ会うなら、ハーレイにだって、幸せになって欲しいから。
夢の世界で会うのだったら、特別な出会いが最高だから…。
夢に見るんなら・了
※ハーレイ先生に会えなかった日に、夢で会いたいと思ったブルー君。前のハーレイと。
夢の世界で前のハーレイとドライブ、チビのままでもいいのです。ハーレイが幸せならv