(…夢で会えればいいんだがなあ…)
今日は会えずに終わっちまったし、とハーレイが、ふと考えたこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日は会えずに終わったブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
十四歳にしかならないブルーは、今の自分の教え子の一人。
学校に行けば会えるけれども、今日は運悪く、一度も会えずに終わってしまった。
仕事の帰りにブルーの家に出掛けてゆくのも、長引いた会議が邪魔をして…。
(行けずに終わって、あいつの顔を見てないし…)
せめて夢で、と考えた。
夢の中なら会えるだろうし、それが出来たら素敵なんだが、と。
(…しかしだな…)
思い通りの夢というのは、そう簡単には見られないもの。
前のブルーも得意としていた、サイオニック・ドリームのようにはいかない。
自分自身に暗示をかけても、他人の夢を操るのとは全く違うから。
(思い通りになるんだったら、前のあいつも…)
きっと何度も、地球に行く夢を見ていただろう。
前のブルーが焦がれ続けた、青い星の夢を。
(…出来たとしたって、あいつのことだし…)
自分に厳しい決まりを作って、夢を見る日を決めただろうか。
毎日、地球の夢ばかり見続けたならば、夢から覚めたくなくなるから。
目を覚ましたなら、過酷な現実が待つだけの世界に嫌気がさして。
「嫌な現実は目にしたくない」と、夢の世界に閉じ籠って。
(…前のあいつなら、出来たんだ…)
誰にも起こすことが出来ない、深い夢の底に沈み込むこと。
船も仲間も何もかも捨てて、ひたすらに眠り続けること。
いつか寿命が尽きる時まで、何も知らずに、ただ幸せな夢の世界で暮らしてゆく。
茨に埋もれて忘れられた城で、眠り続けた姫君のように。
けれど、ブルーは、そうしなかった。
青い地球の夢に溺れはしないで、真っ直ぐに捉え続けた現実。
意のままに夢を紡いでゆくこと、それが出来たか、出来なかったかは…。
(…あいつ自身も、考えたこともなかったかもなあ…)
そういう話を交わした記憶は全く無いから、そうかもしれない。
なにしろ前のブルーはソルジャー、夢を追うだけでは生きてゆけない。
どれほど地球に焦がれようとも、まず現実を見なければ。
地球という星は何処に在るのか、どうすれば其処へ辿り着けるか、そういったこと。
そうした日々を過ごしていたから、夢の世界を「思い通りに」するなどは…。
(きっと考えちゃいないな、うん)
もし、仮に思い付いたとしたって、即座に否定していただろう。
「それは駄目だ」と。
「夢に溺れて、二度と起きたくなくなるから」と、その危険性に気が付いて。
青い地球の夢は、まるで麻薬で、溺れてしまえば、おしまいだから。
(……でもって、今の時代でも……)
夢が意のままになるとは聞いていないし、今の自分も、当然、出来ない。
恐らく、思い通りの夢など、今も昔も、誰にも見られないのだろう。
前のブルーくらいのサイオンがあれば、あるいは可能かもしれないけれど。
(そうは言っても、そんな話も聞かんしなあ…)
出来ないんだろうな、とコーヒーのカップを傾ける。
「出来ないからこそ、夢は夢だ」と、「だからこそ、夢があるってもんだ」と。
夢が思いのままになるなら、人間は努力を忘れてしまう。
眠りさえすれば、思い通りの世界が全て手に入るから。
起きてコツコツ努力しなくても、何もかも、夢の世界で得られる。
そうなれば、ヒトは「夢」を忘れて…。
(人生の夢を忘れちまって、眠り姫だな)
ただひたすらに眠り続けて、目覚めようとしなくなるだろう。
寝ている間に、身体が衰弱しようとも。
そのまま弱って死んでしまっても、死んだことにも気付かないままで。
「そいつは御免蒙りたいな」と、肩を竦めてしまった世界。
思い通りの夢が見られれば、そうなる恐れがある、とは思う。
だから今でも、夢は意のままにならないのだろう。
神々がそれを禁じているのか、ヒトの本能かは謎だけれども。
(…もっとも、そうは思ってもだ…)
たまには、そういう夢もいいよな、と最初の地点へ戻った思考。
今日は会えずに終わったブルーに、夢で会えればいいんだが、と。
(そうすりゃ、うんとツイてるわけで…)
起きた時にも御機嫌なんだ、と小さなブルーを思い浮かべる。
学校で会う夢もいいのだけれども、同じ会うなら、やっぱりブルーの家がいい。
庭で一番大きな木の下、其処に据えられた白いテーブルと椅子。
二人でゆっくりお茶を楽しむ、幸せな時間。
(…そいつもいいし、あいつの部屋でお茶でもいいよな)
とにかく、二人きりがいい、と見てみたい夢を描き始めて、ハタと気付いた。
「おいおい、夢の世界なんだぞ?」と。
「律義に現実をなぞらなくても」と、「好きなようになるのが夢じゃないか」と。
(あいつが、チビでなくてもいいんだ)
一足飛びに育ったブルーと、ドライブに出掛ける夢だっていい。
お茶の時間の夢にしたって、ブルーの家にこだわらなくても…。
(…デートの途中で、見付けた喫茶店に入って…)
ゆっくり楽しむ、うんと幸せなティータイム。
それが出来るのが夢の世界で、そっちの方が素晴らしいぞ、と。
(…育ったあいつと、ドライブもいいな)
デートに行くのも楽しそうだ、と夢を広げてゆく内、浮かんで来た、もっと素敵な夢。
今のブルーが育った姿も、夢に見る価値があるのだけれど…。
(…前のあいつの夢っていうのも…)
いいじゃないか、とポンと手を打つ。
「前のあいつと、今の世界でデートに、ドライブ」と。
前のブルーが焦がれ続けた、青い地球が此処にあるのだから。
(同じ夢なら、前のあいつと地球でデートだ)
俺の方は今の俺のままでな、と見てみたい夢を描いてみることにした。
せっかくなのだし、あくまで自分は「今の自分」で。
(とはいえ、やっぱり敬語だろうなあ…)
前のあいつに出会っちまったら、と苦笑する。
遠く遥かな時の彼方で、すっかり身についてしまった敬語。
前のブルーと二人きりの時も、敬語を使って話し続けた。
シャングリラの頂点に立つソルジャーとキャプテン、そうした立場に相応しく。
ブルーとの仲を、船の仲間に気付かれないよう、細心の注意を払い続けて。
(夢の世界で、前のあいつと再会しても…)
きっと敬語になっちまうんだ、と可笑しいけれども、仕方ない。
夢の世界では「前のブルー」は、「本物」だから。
机の引き出しに大切に仕舞ってある、写真集の表紙の「ブルー」とは違う。
そちらのブルーに話す時には、普段の言葉遣いだけれど…。
(…それは、思い出の中のあいつだからで…)
本物のブルーとは違うからな、と自分の意識の違いを思う。
思い出の世界に存在しているブルーと、「正真正銘、本物のブルー」。
自然と自分の姿勢も変わる、と夢の世界に思いを馳せて。
(どんな具合に出会うんだろうな、前のあいつと)
いきなり、ヒョイと現れるのかも、と想像してみる出会いのシーン。
何処で出会うのがドラマチックか、あるいは効果的なのか。
(…どうせだったら、メギドに飛んで行っちまった、あいつ…)
それきり戻らなかったけれども、その後のブルーにも、夢なら会える。
夢の世界だし、傷一つ無い、美しい姿のままで。
とびきりの奇跡が起こったという、シチュエーションで。
(…どうして、ぼくは生きているんだ、って…)
驚くブルーに会いたいもんだ、と夢は広がる。
そういうブルーを出迎えるのなら、「俺の家だな」と。
「リビングもいいが、キッチンもいい」と、「今の俺の生活の場がいいな」と。
ブルーの瞳が、大きく見開かれそうだから。
「どうして君が?」とビックリ仰天、そんな顔が見られそうだから。
(……デートにドライブ、と思っていたが……)
それよりも前に、まずは手料理を御馳走するか、と傾けるコーヒーのカップ。
キョロキョロ周りを見回すブルーに、「まず、落ち着け」と、紅茶を淹れる所からだ、と。
(…おっと、そこは、だ…)
「落ち着いて下さい、ブルー」だっけな、と自分の言葉遣いを直したけれど。
そうなる筈だと思うけれども、普通に喋ってしまうのだろうか。
「まず、落ち着け」と、メギドから来た「前のブルー」に。
「美味いぞ、地球の紅茶だからな」と。
(…そうかもしれんな…)
そしてブルーが落ち着いたならば、色々なことをブルーに話してやりながら…。
(今の俺の飯も、美味いんだぞ、と…)
あいつが知らない、和食ってヤツを御馳走するんだ、と描いてゆく夢。
きっと料理をしている間も、ブルーは興味津々だろう、と。
「こんな料理は、ぼくは知らない」と、「これは、何という食材なんだい?」と。
(…そうだな、あいつと飯が食えるだけで…)
とびきり幸せな夢になるさ、と思うものだから、今夜の夢に期待しようか。
「夢に見るなら、前のあいつだ」と。
「メギドから俺の家まで飛んで来てくれた、前のあいつ」と。
(…今のブルーが知ったら、膨れっ面になるんだろうが…)
夢は思い通りにならないんだし、いいだろうさ、とクスリと笑う。
「もしも見られたら、ツイているぞ」と。
「夢に見るなら、今夜は、前のあいつなんだ」と…。
夢に見るなら・了
※夢の世界で会うのだったら、前のブルーの方が素敵だ、と考え付いたハーレイ先生。
とてもいい夢になりそうですけど、思い通りに見られないのが夢。見られるといいですねv