(今日は一度も会わなかったよね…)
教室でも廊下でも会えなかったよ、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
一日中だって側にいたいのに、こうして会えない日だってある。
(…ハーレイの授業、今日は無かったし…)
学校の廊下で会うことも無くて、挨拶さえも交わさないまま。
仕事帰りに寄ってくれるかと、首を長くして待っていたのに、そちらも空振り。
(会議だったのかな、柔道部かな…)
それだって分からないんだよ、と悲しくなる。
少しばかり遅くなってもいいから、帰りに寄って欲しかったのに。
一度も会えずに今日が終わるなんて、なんとも残念でたまらないから。
(前のぼくなら、ハーレイに会えない日なんか、一度も…)
無かったのにな、と遠く遥かな時の彼方へ思いを馳せる。
白いシャングリラでも、改造する前の船の中でも、ハーレイに会えない日など無かった。
必ず何処かで顔を合わせたし、ソルジャーとキャプテンになってからだと…。
(会わないだなんて、周りも許さなかったよね?)
皆を導く立場のソルジャー、皆を乗せた船を預かるキャプテン。
そんな二人が会わずにいたなら、色々な面で支障が出る。
そうならないよう、設けられていた朝食の時間。
(一緒に食事をしてる間に、報告を聞いて…)
船の中の出来事などを把握していた、かつての自分。
本当は報告を受けずにいたって、把握していたのだけれど。
白いシャングリラに張り巡らせていた、思念の糸から、全てを掴んで。
(だけど、言葉は大切だから…)
どんなにキャプテンが多忙だろうと、食事はする。
だから選ばれたのが朝食の時間、其処なら必ず会って話せる、と。
そういったわけで、前の自分は、一日に一度はハーレイに会えた。
夜の報告は無理な時でも、朝食の時間はやって来るから。
ハーレイが仕事に追われていたって、食事は摂らねばならないから。
(でも、今のぼくは…)
今日みたいな日が少なくないよ、と溜息がまた零れ落ちる。
運が悪いと、二日も三日も会えない時も。
(仕方ないけど、悲しくなっちゃう…)
本だって読む気になれないくらい、と机に置かれた本を眺めた。
夢中で読んでいたとしたなら、とっくに読み終えていただろう本。
それは栞が挟まれたままで、まるでページが繰られていない。
机の前に座っていた時、何度も窓へと目を向けていた。
「今日はハーレイ、来てくれるかな?」と。
もしも学校で会えていたなら、その合間にも読み進めただろう。
何ページか読んだら窓の方を見る、といった具合に。
なのに、ハーレイには会えずに終わった、今日の学校。
だから心配が募ってしまって、少し読んでは、見ていた窓。
「ハーレイが来てくれますように」と、祈るような気持ちで。
(そっちに心がいっちゃってたから…)
本の世界に入り込めなくて、同じ箇所ばかりを読み返す始末。
時計の針が進んでゆくほど、どんどん酷くなった症状。
(この時間だと、もう来ない、って…)
ハッキリ分かってしまった後には、本の世界は、もっと遠くなった。
溜息ばかりが零れてしまって、それどころではなかったから。
栞を挟んでパタンと閉じては、また開いての繰り返し。
それでは少しも進みはしなくて、栞は今も挟まれたまま。
ハーレイが来てくれた日だったならば、別れた後にも、また読めたのに。
「今日は素敵な日だったよね」と、うんと幸せな気分になって。
本の残りも読んでしまおうと、弾んだ気持ちで。
「これを読んだら、次はあの本」と、新しい本にも心を向けて。
けれども、会えずに終わったハーレイ。
本のページはサッパリ進まず、気持ちの方も落ち込んだまま。
(……こんな日が、いっぱい……)
本当は、さほど多くもないのに、そういう気分になってくる。
前の生では、会えない日などは、一度も無かったのだから。
(…今のハーレイと会う前だったら…)
別の意味では全く無かった「会えない日」。
ハーレイと出会っていない以上は、会えない日だってあるわけがない。
全く意識していない人では、「会えない」も何も無いのだから。
一度も会えずに終わっていたって、そのことを意識しさえもしない。
(…お隣さんとか、学校の帰りに前を通る家の御主人だとか…)
そういう人たちの方が、会えなかったら気になるだろう。
「今日は表に出ていなかったよ」とか、「今日は挨拶、していないよね?」などと。
けれど「出会っていないハーレイ」は、顔さえ知らない他人でしかない。
何処かで擦れ違うことがあっても、たったそれだけ。
(ハーレイは、うんと背が高くって…)
体格もいいから、「今のおじさん、大きかったよね」と思う程度だろうか。
そうして直ぐに忘れてしまって、それっきりになることだろう。
ただ擦れ違っただけの人など、いちいち覚えていないのだから。
(もしかしたら、ハーレイと出会う前には…)
そういったことが、何処かで起こっていたかもしれない。
お互い、そうだと気付かないまま、擦れ違うことが。
十四年間も同じ町で暮らして来た間に、一度くらいは。
(今でも、出会っていなかったなら…)
ハーレイは「ただの同じ町の住人」、ハーレイの車を見たって同じ。
濃い緑色の車が走っているだけ、チラと眺めてそれでおしまい。
忘れもしない五月の三日に、ハーレイと出会わなかったなら。
ハーレイが今の学校に来ずに、別の学校にいたならば。
なにしろ、出会わないのだから。
出会わなかったら、記憶も戻って来ないのだから。
(…そうなってたら…)
今の苦労は無かったよね、と読めずに終わった本に目を遣る。
「ハーレイに会えずに終わっちゃったよ」と、溜息ばかりで読めなかった本。
もしもハーレイに出会わなかったら、今日は、ごくごく普通の一日。
学校から家に帰って来たら、「ただいま」と母に挨拶をして…。
(焼いてくれてたケーキを食べて、紅茶を飲んで…)
おやつの時間を楽しんだ後は、ゆっくり読書をしたことだろう。
途中で窓を見たりはしないで、夢中になって。
本の世界に入ってしまって、母に「晩御飯よ」と呼ばれても…。
(はーい、って返事だけしたら、まだいい方で…)
呼ばれたことにも気付かないほど、読み耽っていたのかもしれない。
辺りがすっかり暮れてしまって、部屋の中も暗くなっていたって。
机のライトだけしか点けずに、それでも「暗い」と思いさえせずに。
(…うん、きっと、そう…)
ハーレイと出会っていない以上は、自分はただの十四歳の子供なだけ。
それに相応しい日々を送って、溜息なんかは滅多につかない。
今日のように悲しくなりもしないし、寂しい思いもするわけがない。
恋などは、していないのだから。
ハーレイの存在は知りもしないし、愛おしいとも思わないから。
(…そうなってたら、今の苦労は無いんだけれど…)
前のぼくだと、どうだったかな、と時の彼方で生きた自分を考えてみた。
そちらの自分が、前のハーレイと出会わなかったなら、と。
苦労を知らずに生きていたのか、どんな具合の人生だろう、と。
(……んーと……?)
出会ったのはアルタミラだったよね、と思い出すのは燃え盛る地獄。
メギドの劫火に焼かれ、砕かれたジュピターの衛星、ガニメデにあった育英都市。
前のハーレイとは、其処で出会った。
アルタミラがメギドに滅ぼされた日に。
人類がミュウの殲滅を決めて、星ごと砕いてしまった時に。
(…前のぼくも、シェルターに閉じ込められて…)
焼き払われる時を待っていた。
研究者たちが、そう告げたから。
首に付けられていた、サイオンを封じる銀色のリングを外した時に。
「お前たちは皆、滅びるんだ」と、シェルターに押し込み、鍵を掛けて。
(…大勢のミュウが、泣き叫んでて…)
死にたくない、と騒いでいたのだけれども、自分に何が出来るだろう。
どうすることも出来はしないし、その方法も分からない。
自分に途方もない「力」があるとは、夢にも思わなかったから。
だからこそ人類が恐れていたのを、前の自分は知らなかったから。
(……死んじゃうんだな、って……)
思ったけれども、それから何がどうなったのか。
ふと気が付いたら、地面に座り込んでいた。
シェルターは微塵に砕けてしまって、皆が我先に逃げ出してゆく。
それをぼんやり眺めていた時、「お前、凄いな」と声を掛けられた。
逃げないでいた、前のハーレイに。
他の者たちは逃げたというのに、一人だけ残っていたハーレイ。
幾つものシェルターに閉じ込められていた、大勢のミュウを救おうとして。
(…シェルターの鍵、外から開けられるから…)
前のハーレイは、仲間たちを助けに行こうと言った。
そうするためには、一人でも多い方がいい。
それにシェルターを壊した力は、必ず、役に立つ筈だから。
「チビでも充分、相棒になる」と判断して。
(……もしもあの時、ハーレイと出会わなかったなら……)
前の自分は、アルタミラで死んでいたのだろう。
いくらシェルターを破壊したって、逃げなければ意味が無いのだから。
あのまま座り込んでいたなら、きっと命は終わっていた。
燃える炎に巻き込まれていたか、地震で出来た地割れに飲まれて。
砕け散る星と共に焼かれて、宇宙を漂う塵になって。
(…そうなってたよね…)
そして何もかも終わってたよね、と今だから分かる。
前のハーレイと出会わなかったら、シャングリラでの旅路など無い。
青い地球を目指す旅の代わりに、黄泉の国へと旅立っただけ。
そうやって終わった生の先には、今の人生だって無い。
今のハーレイと出会いもしないし、戻って来るべき記憶さえ無い。
遠く遥かな時の彼方で、ハーレイと出会わなかったなら。
前のハーレイと長い時を生きて、互いに恋をしなかったなら。
(…出会えたから、今があるんだし…)
ちょっぴり苦労もしておこうかな、と浮かべた笑み。
ハーレイに会えない日はあるけれども、それも出会えたお蔭だから。
前のハーレイに出会わなかったら、今の幸せも無いのだから…。
出会わなかったなら・了
※ハーレイ先生に会えずに終わって、悲しいブルー君。苦労してるよ、と溜息をついて。
けれど、そうやって苦労しているのは、出会えたからこそ。時の彼方で、前のハーレイとv
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