(今日は会えずに終わっちまったなあ…)
残念ながら、とハーレイが零した小さな溜息。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日は学校で会えずに終わってしまった、ブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今はすっかりチビだけれども、愛おしい人には違いない。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が恋した人。
「何処までも共に」と誓っていたのに、前の自分は失くしてしまった。
誰よりも愛していた人を。
気高く美しかった恋人、ソルジャー・ブルーと呼ばれた人を。
(……俺のせいではなかったんだが……)
それとも俺のせいだったろうか、と今更のように思わないでもない。
キャプテンとしての前の自分の判断、それが誤っていたのだろうか、と。
(…ジョミーの意見を容れる代わりに…)
長老たちの意見に従っていたら、全ては違っていたかもしれない。
赤いナスカを調査しに来た、あのメンバーズを殺していたら。
今でも憎くてたまらない男、キース・アニアンの命を断っていたなら。
(…殺せとまでは言われなかったが…)
あの時、ゼルたちが言っていたのは、それと同じなことだった。
ジョミーは対話を望んだけれども、長老たちの意見は「調べ尽くす」こと。
精神崩壊してもいいから、キースの真意を、地球の情報を、引っ張り出して。
(そうなっていたら、キースは発狂…)
狂った人間に用など無いから、恐らくは、放り出しただろう。
死ぬのを承知で、真っ暗な宇宙空間に。
なにしろ人類がミュウにしたことは、それに似たことばかりだから。
(そしたら、キースは死んでしまって…)
もうメギドなどは持ち出せないから、ブルーを失わなかったろうか。
いつかメギドが来たとしたって、その頃までには、きっと備えがあったろうから。
(…俺のせいだったのかもしれないなあ…)
間接的にはそうかもしれん、と思うけれども、自業自得の報いなら受けた。
前のブルーを失くした後には、果てさえ見えない辛い道のりが待っていたから。
(あいつと約束してたのに…)
ブルーの寿命が尽きてしまうことが、白い箱舟の中で分かった時。
ドクター・ノルディが悲しい告知を口にした後、前の自分はブルーに誓った。
「何処までも一緒に参りますから」と。
ブルーの命の灯が消えた時は、自分も後から追ってゆくから、と。
キャプテンとして、ソルジャーの葬儀を終えたなら。
(…その時のためにシドを選んで、薬も用意してたんだがな…)
そのつもりで生きていたというのに、ブルーはそれを許さなかった。
最後の最後に、「ソルジャー」として下した命令。
恋人としての願いではなく、ソルジャーからの願いとして。
「頼んだよ、ハーレイ」とブルーが紡いだ言葉が、前の自分を縛り付けた。
ジョミーを支えて、地球までの道を歩んでゆくことに。
ブルーを失い、魂は既に死んでいようと、白いシャングリラを地球まで運んでゆく道に。
(…本当に、生ける屍だったよなあ…)
いくら顔では笑っててもな、と思い返すと今も苦しい。
キャプテンだからと自分を叱咤し、懸命に繕い続けた外見。
仲間たちを励まし、共に喜び、勝ち抜いていった人類軍との戦いの日々。
「此処まで来られた」と歓声が船を揺るがせる度、笑顔の裏で思っていたことは…。
(これで、あいつに…)
会いに行ける日がまた近付いた、ということだけ。
船が地球まで辿り着いたら、そして人類に勝利したなら、ブルーに頼まれた役目は終わる。
そうしたら、晴れて旅に出られる、と。
(先に逝っちまった、あいつを探しに…)
身体を離れて飛んでゆける、と思っていた。
その日が、早く来てくれないかと。
一日も早くブルーの許に、と、ただ、それだけを頼みに生きた。
自分の身体を捨ててゆく日に憧れ、それを望み続けて。
(思っていたのと、少々、違っちまったが…)
前の自分は地球の地の底で死んで、そうしてブルーと、また巡り会えた。
青く蘇った、この地球の上で。
前のブルーが焦がれ続けた、青い水の星で。
(あいつに会うって夢は立派に叶ったな)
それも最高の形で会えた、と考えただけで嬉しくなる。
前の生でブルーと共に描いた、「地球に着いたら」という夢の数々。
ブルーの寿命が尽きると分かって、諦めるしかなかった夢たち。
それを二人で叶えてゆけるし、そうなる時が待ち遠しい。
チビのブルーが前のブルーと同じ姿に育って、結婚式を挙げる日が。
今度こそ二人で生きてゆけるし、同じ家で暮らせるようになるから。
(それもこれも、あいつに出会えたからで…)
幸せだよな、と頬が緩んでしまう。
記憶が戻って来るよりも前は、想像さえもしなかった人生。
恋人が出来て、結婚式を夢見るなんて。
その恋人に会えなかったと、溜息をつく日が来るなんて。
(…もしも、あいつに出会わなかったら…)
今日も普通に授業を済ませて、会議をしていたことだろう。
「会議があるとは、ツイてないな」とは思わずに。
そのせいで恋人に会いに行けない、とガッカリしたりは全くせずに。
(いそいそと会議に出掛けて行って、それが終わったら…)
愛車を家に向かって走らせ、途中で買い物。
今日の自分も、買い物には寄って来たけれど…。
(…あいつの顔が浮かんじまって…)
御機嫌と言えはしなかった。
家に帰って夕食の支度、その間だって。
ブルーに出会う前だったならば、鼻歌交じりに楽しく料理をしたのだろうに。
何もかも変わっちまったな、と思う「出会ってからの日々」。
前の自分もそうだったろうか、と時の彼方に思いを馳せる。
今はこれほど幸せなのだし、前の自分はどうだったろう、と。
前のブルーと出会った後には、人生がすっかり変わったろうか、と。
(…前のあいつとは…)
燃えるアルタミラで出会ったんだ、と遠い記憶の糸を手繰った。
増え続けるミュウに恐れをなした人類が決めた、星ごと滅ぼしてしまうこと。
実験体だったミュウは一人残らず、シェルターの中に閉じ込められた。
「人類の敵」を檻に押し込めた後は、宇宙船で逃げて行った人類。
それからメギドが照準を定め、地獄の劫火が解き放たれた。
アルタミラがあったジュピターの衛星、ガニメデに向けて。
ミュウが一人も生き残らぬよう、跡形もなく燃やし、消し去るために。
(シェルターの中で、とんでもない地震に見舞われて…)
これで死ぬのだ、と泣き叫ぶミュウたちに囲まれながら思った。
地獄だった日々も此処で終わると、それもいいかもしれないな、と。
(…少々、苦しい死に方をしても…)
自分の命は其処で終わりで、二度と人体実験は無い。
死んでしまえば、あの苦痛からは解放される。
「死にたくない」と騒ぐミュウたち、彼らは「気付いていないだけ」。
解放されるということに。
不幸な形には違いないけれど、生き地獄は終わるということに。
(…どのくらいの間、そう思ってたんだか…)
長かったように思うけれども、実際は、一分も無かっただろう。
何故なら、自分は「本当に」解放されたから。
木っ端微塵に砕けたシェルター、閉じ込める檻は一瞬の内に消え失せたから。
(あの時、真っ直ぐ、逃げ出していたら…)
ブルーとは出会わなかったのだろう。
前の自分の人生もまた、それから間もなく終わったと思う。
燃えるアルタミラから逃げ出せていても、前のブルーがいないから。
前のブルーがいなかったならば、誰も生き延びられないから。
(あそこで人生、変わったんだな)
前のあいつと出会ったから、と深く頷く。
「人生、すっかり変わっちまった」と、「今の俺とは違う形で」と。
シェルターが砕け散った瞬間、それをやってのけた少年を見た。
青いサイオンの光を放って、皆を自由にした少年を。
(しかし、あいつは…)
自分がそれをやったことさえ、まるで気付いていなかった。
その場にペタンとへたり込んだまま、動こうともせずに。
自由を得られたミュウたちは皆、我先に逃げて行ったのに。
何処へ向かって逃げるというのか、目標さえも定めないまま、一目散に。
(…俺は冷静だったんだろうか…)
それとも単に鈍かっただけか、それは今でも分からない。
けれど自分は、逃げ出さなかった。
代わりに「皆を助けなければ」と、他のシェルターのことを思った。
そうするためには、一人でも多い方がいい。
その上、助けてくれた少年、彼を見捨ててなどは行けない。
(…だから、あいつを助け起こして…)
「お前、凄いな」と声を掛けてやって、そこから全てが始まった。
他のシェルターでの救出劇も、アルタミラからの脱出も。
脱出した後、シャングリラで長く宇宙を旅して、アルテメシアに辿り着いてからの日々も。
(……もしも、あいつと出会わなかったら…)
何もかも、あそこで終わっていた上、今の人生も無いのだろう。
前のブルーと出会ったからこそ、こうして二人で生まれ変わって来たのだから。
(…うん、最高の出会いだったな)
そして今もな、と浮かべた笑み。
前の自分も、今の自分も、ブルーと出会って幸せだから。
もしもブルーと出会わなかったら、今の人生は無いのだから…。
出会わなかったら・了
※ハーレイ先生が考えたこと。ブルー君と出会って変わった人生、前もそうだった、と。
前のブルーに出会わなかったら、恋はもちろん、白いシャングリラでの旅も無かったのですv