(…今のハーレイは、学校の先生なんだよね…)
前のハーレイからは、ちょっと想像できないけれど、と小さなブルーが思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は、仕事の帰りに来てくれなかったハーレイ。
放課後に会議があったのだろうか、それとも柔道部の部活が長引いたのか。
どちらにしたって「教師ならではの」理由、其処から「学校の先生」に向かった思考。
「今のハーレイは、学校の先生なんだ」と。
遠く遥かな時の彼方では、ハーレイの仕事はキャプテンだった。
白いシャングリラの舵を握って、仲間たちを纏め上げていた前のハーレイ。
船の航路から、船内で起こる様々な事まで、常にしっかり把握し続けて。
(…んーと…?)
そう考えてみると、今のハーレイの教師の仕事も、適職と言えば言えるだろう。
前のハーレイがキャプテンでなければ、教師をやっていたかもしれない。
子供たちだって懐いていたから、まるで不向きな職ではない。
もしもハーレイに「その気」があって、そういうチャンスがあったなら。
(だけど、前のハーレイがキャプテンになる前は…)
働いていた場は、厨房だった。
シャングリラというのは名ばかりの船で、せっせと料理をしていたハーレイ。
そうなったのは「料理人の素質があったから」だと聞いている。
ある日、たまたま手伝った厨房、其処で誰よりも料理の才能を発揮したから。
野菜を切るのも、下ごしらえも、身体が勝手に動いたという。
前のハーレイには、料理をした記憶は無かったのに。
(それで厨房に入ったんだし、キャプテンになっていなかったなら…)
きっとそのまま、厨房の責任者を続けていたことだろう。
教師の仕事は巡って来なくて、厨房のトップ。
白い鯨になったシャングリラに、子供たちが来るようになった後にも。
船に「先生」という職業が出来て、ヒルマンが彼らを纏める時代が訪れても。
(……前のハーレイだと、先生は無理……)
向いてることにも、きっと気付かなかったよね、とブルーは首を傾げる。
教えるチャンスが無かったのなら、キャプテンか、厨房のトップのままなハーレイ。
(でも、ひょっとしたら…)
先生そのものにはなっていなくても、教えることは出来たかもしれない。
白いシャングリラに、それを思い付く人がいたなら。
(子供相手の料理教室…)
今の時代は、けっこう人気があると聞く。
本物の料理教室と違って、毎日通うわけではなくて…。
(ホテルとか、大きなレストランとかで、一日だけ…)
子供たちを集めて、プロの料理人が料理を教える教室。
其処で教える料理は色々、凝ったものから、ごく簡単に作れるものまで。
(シャングリラだと、食料は大事だったから…)
自給自足で飛んでいた船では、コーヒーさえも代用品で出来ていたほど。
キャロブの豆から作ったコーヒー、それにチョコレートやココアなど。
そんな船では、貴重な食材を無駄にすることは許されない。
料理に全く慣れない子供たちに、卵やバターは任せられない。
(オムレツだって、焦がしちゃったら…)
たとえ黒焦げにならなくっても、その分の卵は「無駄遣い」。
それが厨房の見習いだったら、叱られて終わりになるけれど。
「焦げた分は、お前が食べておけ!」と、厨房のトップに怒鳴られるだけ。
けれども、子供たちの場合は、そうはいかない。
おまけに子供は遊びたがるもの、フライパンから煙が出たって、よそ見をしそう。
他の子たちはどんな具合か、キョロキョロして。
挙句にオムレツが焦げていたって、「失敗しちゃった」と俯くか…。
(ペロッと舌を出しちゃって…)
ごめんなさい、と口では言っても、目だけは笑っていそうな子も。
(…お料理教室、シャングリラでは無理…)
お料理教室の先生も無さそう、と大きく頷いた。
前のハーレイには、教師という職は無かっただろう、と。
そうなってくると、教師は今のハーレイならではの仕事。
ハーレイが好きで選んだ仕事で、プロのスポーツ選手への道もあったと聞いた。
柔道も水泳も、今のハーレイはプロ級だから。
学生時代は沢山の大会に出て、幾つもの賞を取っていた。
そっちの道に進んでいたなら、そういうハーレイに出会えただろう。
(プロのスポーツ選手の方も…)
前のハーレイには無理だったよね、と時の彼方を頭に描く。
SD体制が敷かれた時代は、職業は機械が決めていた。
いくら前のハーレイが頑丈に出来ていたって、プロにはなれなかったと思う。
それほど才能があるのだったら、食材を前に勝手に身体が動くようには…。
(なってないよね?)
料理に費やすような時間は、子供時代から無かった筈。
たとえ料理が好きだったとしても、そうそう、させては貰えない。
スポーツの時間が最優先で、学校はもちろん、きっと他にも練習の場があったろう。
養父母が送り迎えをしたのか、それとも送迎バスが来たのか。
(お休みの日だって、練習だよね…)
プロのスポーツ選手の指導で、才能をもっと伸ばせるように。
料理をしている暇があったら、トレーニングに励むように、と教え込まれて。
(…あの時代だと、前のハーレイが就いてた職って…)
ミュウだと判断されていなかったならば、料理人になっていたのだろうか。
あるいは操船の才能を機械が見出し、パイロットの道に進んだろうか。
(どっちにしたって、先生は無し…)
本当に今のハーレイらしいよ、と嬉しくなるのが教師という職。
前のハーレイだと、どう転がっても、教師になるのは無理だから。
ミュウであっても、ミュウでなくても、なれそうにないのが学校の教師。
他の仕事を割り当てられて、別の道へと向かってしまう。
シャングリラならば、キャプテンか厨房の料理人。
人類の世界で暮らしていたなら、パイロットか、料理人の道へと。
(……料理人かあ……)
前のハーレイが厨房で働く姿は見たから、今のハーレイのも見たい気がする。
シェフの帽子も、寿司職人などが被る帽子も、良く似合いそう。
(うん、ハーレイならピッタリだよ)
スポーツ選手並みの身体に、料理人の白い制服、それに制帽。
なかなか絵になる姿なのだし、そっちの道に進んだハーレイに出会っていても…。
(やっぱり、ハーレイはハーレイだものね)
きっとハーレイを好きになったよ、と胸が高鳴る。
教室ではなくて、ハーレイの店が出会いの場だったとしても。
両親に連れられて入ったお店で、「いらっしゃいませ」と迎えられても。
(絶対、一目で分かるんだから!)
だって、ハーレイはハーレイだもの、と思ったけれども、どうだろう。
今のハーレイは、前のハーレイにそっくりだけれど…。
(…違う姿ってこともあるよね?)
髪と瞳の色が違うとか、肌の色が違っているだとか。
それだけで済んだら、まだマシな方で、顔立ちからして別人だとか。
(……うーん……)
今の生でも、二人揃って、そっくり同じに生まれて来た。
白いシャングリラで共に暮らした、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイに。
今の自分はチビだけれども、大きくなったら、前と同じになるだろう。
ハーレイは「キャプテン・ハーレイ」にそっくりなのだし、自分も、きっと。
けれども、これは奇跡に等しい。
違う姿に生まれていたって、不思議ではないし、嫌とも言えない。
二人一緒に、青い地球に生まれられたなら。
前の生での記憶も戻って、二人で生きてゆけるのならば。
(神様が、うんと贅沢に…)
奇跡を大盤振る舞いしてくれたお蔭で、同じ姿に生まれて来られただけ。
もしも奇跡が少なめだったら、違う姿も有り得ただろう。
自分はもちろん、ハーレイだって。
全く違う姿に生まれて、見た目だけなら別人になって。
(それでも、きっと…)
ぼくは一目で分かる気がする、と心がじんわり温かくなる。
料理人になったハーレイの店で、「いらっしゃいませ」と迎えられても。
前のハーレイとは似ても似つかない、繊細な青年が出て来たとしても。
(身体なんかも、すっかり華奢になっちゃって…)
どちらかと言えば「ソルジャー・ブルー」に近い体格、そんな青年になったハーレイ。
今のハーレイほど年を取っていなくて、若々しい姿で止めた年齢。
それが似合いの姿形で、それもセールスポイントの一つ。
「とても素敵なオーナーシェフ」が腕を振るうなら、店の人気も高くなる。
料理の腕が素晴らしい上、目の保養まで出来るとなったら、客が放っておかないから。
一度でも食事をしに訪れたら、二回、三回と通いたくなるだろうから。
(ハーレイだったら、うんと気配り出来るから…)
男性客にも、きっと大いに喜ばれる筈。
「やたらと美形な店長なんだが、店の雰囲気が最高なんだ」と。
腰が低くて、とても気が利いて、料理はどれも美味しいから、と。
(……見た目は、ハーレイらしくないけど……)
それでも、やっぱりハーレイなんだよ、と見抜ける自信は大いにある。
もしも、その店に入った時に、客の中に「ハーレイそのもの」の人がいたって。
前のハーレイにそっくりそのまま、そういう姿で、けれど中身は他人の魂。
(そんな人が食事をしてたって…)
ぼくは絶対、間違えやしない、と思うし、きっと間違えない。
「ハーレイにそっくりな客」の方には、目をくれもしないことだろう。
カウンターの向こうの繊細な青年、そちらの方に惹き付けられて。
前のハーレイには何処も似ていない、若いオーナーシェフに惹かれて。
(ハーレイの姿だけだったなら…)
ぼくは好きになんかならないものね、と浮かべた笑み。
どんな姿になっていようと、惹かれるのは、その魂だから。
ハーレイの魂を持っていてこそ、前の生から愛し続ける人なのだから。
たとえ姿は違っていても。
教師ではなくて料理人でも、うんと繊細な姿形で、逞しさの欠片も無かったとしても…。
姿だけだったなら・了
※ハーレイの仕事を考える内に、ブルー君が見たくなった料理人のハーレイ。似合いそう、と。
けれど、前のハーレイの姿でなくても、必ず好きになるのです。惹かれるものは魂v
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