(…今のあいつなあ…)
どうしようもなくチビなんだがな、とハーレイが思い浮かべたブルーの姿。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(チビでも、確かに俺のブルーだ)
失くしちまった時に比べりゃチビの子供でも、と大きく頷く。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛したブルー。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた愛おしい人。
十四歳にしかならないブルーは、前の自分が別れた時より、ずっと小さい。
あと四年くらいは経ってくれないと、あの美しく気高い姿は、戻っては来ないことだろう。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた時代の、前の自分が恋をした人は。
(…そうは言っても、前の俺は、だ…)
自分では自覚していなかっただけで、もっと前から恋していた。
多分、アルタミラで初めて出会った時から、まだチビだった前のブルーに。
年だけはかなり上だったけれど、見た目も中身も、幼いままだった頃のブルーに。
(だから今でも、チビのあいつに…)
やっぱり恋しているんだろうな、と可笑しくなる。
前のブルーと同じ背丈に育つまでは、と唇へのキスを禁じていても。
ブルーが口付けを強請ってくる度、「駄目だ」と叱り飛ばしていても。
(…前のあいつと、ウッカリ重なっちまったら…)
自分でも歯止めが利かなくなるから、そういう決まりを作っただけ。
なにしろブルーはブルーなのだし、恋した人には違いない。
今のブルーが小さくても。
見た目通りに十四歳の子供で、前のブルーより遥かに幼くても。
(……今は待つしか無いってわけだ)
チビのあいつが育つのを…、とコーヒーのカップを傾ける。
まだ何年も待たされるけれど、その間だって至福の時だ、と。
これから育ってゆくブルー。
再会した日から少しも育っていないけれども、いつかは育つ時が来る。
そうなったならば、一日ごとに、前のブルーに近付くだろう。
会う度に、ハッとするほどに。
「俺のブルーだ」と、前のブルーの姿が鮮やかに蘇るほどに。
日に日に育つブルーを見るのは、きっと素敵に違いない。
前の自分もそれを目にした筈なのだけれど、まるで覚えていないから。
(…記憶が抜けているんじゃなくて…)
意識して見ちゃいなかったんだ、と苦笑する。
あの頃は、多忙だったから。
とうにキャプテンの任に就いていた上、シャングリラという船の中だけでの日々。
余裕のある暮らしを心がけていても、それには自然と限界があった。
今の自分なら、こうして毎日、寛ぎの時を持つことが出来る。
週末は仕事も休みになるから、ブルーと過ごすことだって。
(だが、前の俺は…)
そういうわけにはいかなかったし、ブルーだけを見てはいられなかった。
ついでに恋の自覚が無いから、会っても注目してなどはいない。
(…前のあいつが、ソルジャーではなかったとしても…)
ソルジャーとキャプテンという関係でなくても、状況は変わらなかっただろう。
何処かでバッタリ顔を合わせても、友達に会うのと同じこと。
食堂で一緒に食事をしたって、他愛ない話に興じるだけ。
前のブルーの顔を、姿を、注意して見ることなどは無い。
「親しい友達」なのだから。
一番古い友達なだけで、恋人だとは思っていないから。
(…そして、あいつが育ってから…)
やっと恋だと気付くわけだし、それまでの姿を覚えてはいない。
どんな具合に蕾が綻び、ふわりと花を咲かせたのか。
艶を含んだ柔らかな花弁、それが蕾から覗くようになったのは、いつなのかを。
けれど、今度の自分は違う。
ブルーへの恋を最初から自覚しているのだから、見逃さない。
まだ十四歳にしかならないブルーが、前のブルーと同じ姿に育つのを。
少しずつ大人び、背丈も伸びて、日毎に変わってゆくだろう時を。
(…実に贅沢なお楽しみだな)
毎日、写真を撮りたいほどだ、と思うくらいに待ち遠しい時。
今のブルーが育ってゆくのを、胸をときめかせて眺められる日々。
(自制するのは大変だろうが、それも醍醐味というヤツだ)
素晴らしい御褒美が貰えるんだし、と顔が綻びそうになる。
いつかブルーが育った時には、その唇にキスをする。
「俺だって、ずっと待たされたんだ」と、もったいぶって。
高鳴る鼓動を懸命に隠して、大人の余裕たっぷりに。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が失くした姿を、目の前にして。
(本当に、俺のブルーなんだ、と……)
きっと涙が零れてしまうに違いない。
ようやく戻って来てくれたブルーの姿に、胸が、心が、一杯になって。
「俺が失くしたブルーなんだ」と、ブルーの身体を、力の限りに抱き締めて。
(今だって、ブルーはブルーなんだが…)
やっぱり何処かが違うんだよな、と自分でもハッキリ自覚はある。
書斎の机の引き出しの中に、大切に仕舞ってある写真集。
前のブルーの一番有名な写真が表紙の、『追憶』というタイトルの本。
表紙に刷られたブルーを見る度、今も悲しみに囚われてしまう。
「その人」を自分は失くしたから。
憂いを秘めた瞳をしていた、美しい人を。
誰よりも気高く、強かったブルー。
ミュウの未来を拓くためだけに、その身を、命を捨て去った人を。
(…あの時の姿に育つまでは、だ…)
前のブルーを本当の意味で「取り戻した」とは言えないだろう。
現にこうして、「前のブルー」を想い続ける自分がいるから。
引き出しの中から写真集を出しては、表紙のブルーに心で語り掛ける自分が。
(……あの姿が戻って来るまでは……)
胸の痛みも消えないのだろう、と前の自分の苦しみを思う。
「どうして一人で逝かせたのか」と、取り残された悲しみの中で生き続けた日々。
そうするしか無かったと分かっていてなお、生ける屍だった歳月。
今でも忘れることは出来なくて、それを消すには、あの姿のブルーを待つしかない。
十四歳にしかならない今のブルーが、その身に秘めている姿。
いつか大きく育つ時まで、目にすることは出来ないブルー。
(…もう一度、あいつに出会わないとな…)
何年待つことになろうとも、と思うけれども、果たして、それは正しいだろうか。
前の自分が失くした通りの、ブルーの姿に巡り会うこと。
「ソルジャー・ブルー」の姿そのまま、生き写しの人に会うということ。
(……今の俺だと、確実に会うことが出来るんだろうが……)
チビのブルーが育った時には、必ず「そうなる」と分かってはいる。
前のブルーとそっくり同じな銀色の髪と、赤い瞳を持ったアルビノ。
誰が見たって「小さなソルジャー・ブルー」そのものな姿の、今のブルー。
だから期待をしてしまうけれど、そうでなければ、どうだったろう。
今のブルーが、前の姿と違っていたら。
銀色をした髪の代わりに、金色の髪を持っていたとか。
赤い瞳をしてはいなくて、海の色の水色だったとか。
(…前のあいつが、成人検査を受ける前には…)
その色だったと聞いているから、まるで有り得ない話ではない。
髪や瞳の色だけではなく、姿からして違っていたかもしれない。
前のブルーとは似ても似付かない、全く別の面差しになって。
体格さえも別物になって、見る影もないほど違ったとか。
もしも、そういうブルーに会ったら、どうしただろう。
ちゃんと記憶は戻って来たのか、それとも戻らなかったのか。
(…聖痕も出て来なかったなら…)
それが「ブルー」だと分かりはしなくて、右と左に別れただろうか。
同じように教室で巡り会っても、ただの教師と生徒のままで。
ブルーが学校を卒業したなら、二人の縁も切れてしまって。
(……うーむ……)
しかし、と心の奥がざわめく。
ブルーが違う姿であっても、自分は同じに「見付ける」だろう、と。
前の自分の記憶が戻るよりも前に、選んで買った愛車の色。
「白い車は好きだが、嫌だ」と、前の自分のマントと同じ濃い緑色の車を買った。
白い車は、白いシャングリラのようだから、と自分でも気付かない内に。
「ブルーがいないのに、白い車を運転したって意味が無い」と。
(…それと同じで、あいつに会ったら…)
きっと自分は一目で恋に落ちるのだろう。
「俺が探していた人だ」と。
前のブルーとはまるで違って、可愛らしくさえなかったとしても。
柔道部に似合いのゴツイ生徒で、わんぱく小僧だったとしても。
(…でもって、その時…)
そんなブルーと同じ学年に、銀色の髪で赤い瞳の子がいたら。
時の彼方で失った人と、面差しの似た生徒がいたら…。
(恋をするか、って訊かれたら…)
答えは「否」だ、と瞬時に言える。
前の自分が恋をしたのは、姿ではなくて、ブルーの魂。
だから記憶があっても無くても、「あの魂」を持った人に惹かれる。
姿ではなくて、その中身に。
互いの記憶がどうであろうと、互いに、心で求め合って。
(…姿だけなら…)
好きになったりしやしないさ、とカチンと弾いたマグカップ。
「たとえ絶世の美人でなくても、俺はいいんだ」と。
小さなブルーが前と同じに育ってゆくのは、楽しみではある。
それを見るのも幸せだけれど、まるで違ったブルーに出会って、恋に落ちても…。
(間違いなく、俺は幸せなんだ)
あいつと一緒にいられればな、と湛えた笑み。
姿だけなら、俺は絶対に惚れやしない、と。
前のブルーにそっくりな人が、今、目の前に現れても。
小さなブルーの方の姿は、前のブルーに似ていなくても。
前の自分が恋をしたのは、「前のブルー」が持っていた、あの魂だから。
いくらそっくりな姿であっても、魂が別なら、けして選びはしないのだから…。
姿だけなら・了
※いくら前のブルーにそっくりな人でも、魂が違えば惚れはしない、と思うハーレイ先生。
そっくりな人が目の前にいても、ブルーの魂を持っている人の方に惹かれるのですv
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