「あーあ…。お姫様なら良かったのにな」
生まれ変わって来るのなら、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイと過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が載ったテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
お姫様だって、とハーレイは耳を疑った。
何かを聞き間違えただろうか、と鳶色の目を大きく見開いて。
「お姫様って…。お前、そう言ったか?」
「うん、言った」
お姫様に生まれて来たかったよね、と再び紡ぎ出された言葉。
新しい命を貰うのだったら、そっちの方が良かったかも、と。
(……お姫様だと……?)
こいつは気でも違ったのか、とハーレイの頭も変になりそう。
よりにもよってお姫様とは、あまりにも信じられないから。
(お姫様っていうのは、お姫様だよな…?)
王様とかの娘で、高貴な生まれの…、と懸命に整理する思考。
他には「お姫様」などいないし、それ以外には無いけれど…。
「おい、念のために訊きたいんだが…」
お姫様っていうのは何だ、とブルーに確認することにした。
もしかしたら、他にもあるかもしれない「お姫様」。
例えば学校の生徒の間で、流行している遊びだとか。
(そっちの方なら、分からんでもない)
何かのごっこ遊びだとかな、と大きく頷く。
王様ゲームというものもあるし、お姫様と名のつく何か、と。
きっとそういうものだろう、と考えた「答え」。
お姫様という何かになったら、お得なことが起こるとか。
けれど、ブルーは真剣な顔で、「お姫様だよ」と繰り返した。
「白雪姫とか、色々いるでしょ、お姫様って」
「本物のお姫様なのか!?」
なんだって、お姫様なんだ、とハーレイは仰天するしかない。
お姫様に生まれて来たかった、などと言われても…。
(…おいおいおい…)
今の時代に、お姫様なんぞはいないんだが、と、まず思う。
そもそも王族などはいないし、お姫様に生まれようがない。
だから…。
「お前なあ…。お姫様って、何処にいるんだ?」
今の時代に、と冷静に指摘してやった。
ブルーの頭の中身はともかく、その点は言っておかなければ。
「いないってことは、知ってるってば」
でも…、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
「お姫様に生まれたかったんだよ」と。
同じに生まれ変わって来るなら、お姫様の方が良かった、と。
お姫様の方が、絶対、幸せになれた筈だ、と主張するブルー。
「今のぼくより、ずっと幸せ」と、「お姫様がいい」と。
「…お姫様ってヤツは、意外と不自由なんだぞ?」
城から自由に出られやしないし、大変だぞ、と教えてやった。
「お前の方が、ずっと自由で、いい暮らしだと思うがな」と。
魔女に呪いもかけられないし、攫われもしない、と。
そうしたら…。
「でも…。魔女の呪いにかかった時って…」
王子様のキスが貰えるんだよ、とブルーは瞳を輝かせた。
「白雪姫も、眠り姫も、そう」と。
「お姫様には、王子様のキスが必要でしょ?」と。
「ちょっと待て! すると、お前は…」
キスが目当てで、お姫様になりたいのか、と呆れたハーレイ。
毒のリンゴで死んでしまおうが、百年眠り続けようが、と。
「そうだけど? だって、王子様のキスが貰えて…」
うんと幸せになれるもんね、とブルーは夢を見ているから…。
「分かった、好きにするといい」
頑張って、お姫様になれ、と今日は放っておくことにした。
いつになったら気付くだろうか、と内心、ほくそ笑みながら。
「王子様が俺とは限らないぞ」と。
ブルーがお姫様になっても、王子が誰かは謎だから。
ヒキガエルかもしれないのだし、モグラの王子ということも。
なにしろ、生まれ変わりだから。
別の人生を歩む以上は、王子様も別かもしれないから…。
お姫様なら・了
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