(今日はハーレイに会えなかったよ…)
ツイてないな、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日も学校に行ったのだけれど、ハーレイには会えずに終わってしまった。
ハーレイの古典の授業が無い日で、廊下などでも出会えていない。
仕事の帰りに寄ってくれるかと、何度も窓辺に行ったけれども、見慣れた車は来なかった。
前のハーレイのマントの色と同じの、濃い緑色をした車は。
(…部活だったのかな、それとも会議が長引いちゃった?)
どっちなんだろう、と考えてみても答えは出ない。
もしかしたら、そのどちらでもなくて、食事に出掛けたのかもしれない。
同僚の先生たちに誘われて、愛車で運転手を引き受けて。
何処かの店で楽しく食事で、その後は先生たちを順に家まで…。
(車で送って行ったのかもね)
ついでにドライブしているのかも、と窓のカーテンの方を眺める。
チビの恋人のことなど忘れて、鼻歌交じりに車を運転しているだろうか。
「まだ帰るには、少し早いしな?」などと、ハンドルを切って、気ままにドライブ。
(……そうなのかも……)
だってハーレイは大人だもんね、と思ってしまうと、少し寂しい。
自分がチビでなかったならば、一緒にドライブ出来たのに。
何より今頃はとうに二人で、同じ家で暮らしていたのだろうに。
(…神様の意地悪…)
どうして、今のぼくはチビなの、と涙が溢れそうになる。
ハーレイよりも二十四歳も年下のチビで、十四歳にしかならない子供。
そんな子供でなかったのなら、とっくに結婚出来ていた筈。
今のハーレイと地球で再会して、前の生の記憶が戻って来たら。
ハーレイも全てを思い出してくれて、「俺のブルーだ」と言ってくれたなら。
(……あんまりだよ……)
お蔭で今も独りぼっち、と涙が一粒、頬を伝った。
こうして泣いているのを見たなら、ハーレイも気付いてくれるだろうか。
「あいつを寂しがらせちゃダメだ」と。
どんなに仕事が忙しい日でも、せめて通信は入れないと、などと。
(…来られない時は、何か口実…)
両親が不審がらないように、理由をつけて通信が欲しい。
ハーレイの声が聞けるだけでも、きっと心が温まるから。
(…でも、パパとママが…)
やっぱり変に思っちゃうよね、と分かっているから、無理は言えない。
それでも、ハーレイに「寂しいんだよ」と涙交じりに訴えたなら…。
(仕事の時は仕方なくても、他の先生との食事とかは…)
断わって帰ることにしよう、と考えてくれるかもしれない。
ハーレイにとっては「楽しい時間」に、チビの恋人が泣いているのなら。
こうして夜に独りぼっちで、涙を零していると知ったら。
(泣かれちゃったら、ハーレイも降参しそうだもんね)
次に会えたら泣いちゃおうかな、とハーレイの姿を思い浮かべた。
「この前は、とっても寂しかったよ」と泣きじゃくったなら、どうするだろう。
「俺が悪かった」と詫びてくれるとか、「もうやらない」と誓ってくれるとか。
誓いを立てるのは無理にしたって、とてもすまなそうな顔をして…。
(絶対、謝ってくれるよね?)
本当に泣いてやろうかな、と思ったけれども、よく考えたら…。
(楽しくドライブしてるにしたって、そうなったのは…)
他の先生たちと食事したせいで、そういう付き合いも大切なこと。
一緒に仕事をしているのだから、シャングリラの仲間のようなもの。
(みんな仲間で、だから食事に誘うんだしね…)
それを断るのもどうかと思う、と前の生での記憶からも分かる。
人と人とは、仲がいいのが一番だから。
たとえ喧嘩になったとしたって、仲がいいのが「仲間」だから。
そういうことなら、無理は言えない。
ハーレイの前で涙を零して、「ぼくと会うのを優先してよ」と責めるだなんて。
(……それは反則……)
泣かれてしまうと、人の心は揺らぐもの。
「泣き落とし」という言葉があるほど、人間は相手の涙に弱い。
(…ぼくだって、ハーレイに泣かれちゃったら…)
きっと何でも「うん」と言っちゃう、と容易に想像出来ること。
あのハーレイが涙を流して、深々と頭を下げて来たなら…。
(…どんなことでも、許しちゃうしか…)
無さそうだよね、とフウと溜息。
だから自分が同じ手段を悪用しては駄目だろう。
家に来てくれないなんて嫌だ、とハーレイに無理を言うなどは。
(…もしも、ハーレイに…)
出会う前から恋人がいたら、とポンと頭に浮かんだ考え。
この地球の上で再会するより、もっと前から「今のハーレイ」が好きだった人。
ハーレイの年から考えてみると、いてもおかしくない恋人。
婚約どころか、とっくに結婚していたとしても…。
(おかしくないよね、自分の家もあるんだもの)
おまけに子供部屋まであるし…、とハーレイの家を頭に描いた。
一度だけしか行っていないけれど、一人暮らしには広すぎる家。
其処にハーレイの奥さんがいたって、何の不思議も無さそうな家。
子供部屋にも、持ち主がいても。
今のハーレイの大事な子供が、其処で元気に暮らしていても。
(……そうなってたら……)
再会して喜びの涙を流した直後に、ハーレイは泣いていたのだろうか。
「すまん」と、それは苦しそうな顔で。
「お前とは一緒に暮らせないんだ」と、「今の俺は、結婚しているから」と。
愛する女性も子供もいるから、その人たちを大事にしたい、と。
(……そう言われたら……)
そしてハーレイに泣かれちゃったら、とズキンと心の奥が痛んだ。
ハーレイの頬を伝う涙は、正真正銘、本物の涙。
ずるい「泣き落とし」などとは違って、心の底から溢れて来るもの。
今のハーレイの大切な人を、失うことは出来ないから。
遠く遥かな時の彼方で愛した人より、今の生で愛して来た人の方が…。
(ずっと大事に決まっているよね?)
ハーレイが青い地球に生まれて、出会って、心から好きになった人。
「この人と一緒に生きてゆこう」と、決めて誓って、プロポーズした人。
恋が叶って結婚したなら、もうハーレイは「その人のもの」。
もちろん相手にとっても同じで、その人はハーレイのものになる。
互いに愛して、共に暮らして、やがて可愛い子供も生まれて…。
(すっかり家族になっているのに、そんな所へ、ぼくが来たって…)
今のハーレイには、どうすることも出来ないだろう。
誰よりも愛する人がいるのに、その人を捨てることは出来ない。
その人との間に生まれた子供も、とても見捨ててしまえはしない。
たとえ記憶が蘇っても。
前の生で交わした幾つもの誓いを、鮮明に思い出したとしても。
(……そこで自分の奥さんと子供を、捨ててしまえるような人なら……)
けして愛してはいなかったろう。
本物の家族が無かった時代に、生まれ育った「前の自分」でも。
赤ん坊は人工子宮の中から生まれて、養父母が育てていた時代でも。
(…前のぼくたちは、人類とは…)
違う生き方をしていたのだから、血の繋がらない子供たちでも、大切にした。
白いシャングリラに迎えた子供は、一人残らず、あの船の仲間の家族たち。
誰でも進んで面倒を見たし、愛を注いで育てたもの。
だから本物の家族でなくても、「捨てる」ことなど、誰にも出来ない。
そうすることが出来るとしたなら、その人は、ミュウの仲間ではなくて…。
(システムに忠実な、人類なんだよ)
前のハーレイである筈がない、と言い切れる。
そんな人を愛することなどは無いし、冷たく観察しただけだろう、と。
ハーレイの生まれ変わりだからこそ、捨てることが出来ない、今の生の家族。
「前のブルー」より、今の生での妻や子供が遥かに大切。
分かっているから、ハーレイが涙を流して言うなら、今の自分は頷くしかない。
「そうだよね」と。
「その人を大切にしてあげなきゃね」と、ポロポロ涙を零しながら。
今の生では叶わない恋、その悲しみに心を引き裂かれても。
(…ぼくがハーレイを奪っちゃったら…)
奥さんも子供も、とても辛い思いをするのだろうし、ハーレイだって辛い筈。
口では「今の俺にはお前だけだ」と言ってくれても、本当は決して、そうではない。
いつも何処かで、捨てて来た家族を想い続けて、心の中には…。
(血の色をした涙が流れているんだよ…)
二つに裂かれた心の傷から、止まることなく。
今のハーレイの生が終わる時まで、血を流す傷は塞がらないままで。
(……そんなこと、ハーレイにさせられやしないよ……)
それくらいなら、ぼくが諦めるから、と噛んだ唇。
ハーレイを一生泣かせるよりかは、最初の涙で諦めるよ、と。
「すまん」と頭を下げられた時に。
「今の俺には、家族がいるんだ」と残酷な事実を告げられた時に。
目の前が暗くなるようだけれど、そこで自分が諦めて去って行かなかったら…。
(ハーレイも辛いし、ぼくだって、きっと…)
一生、後悔するのだろうから、傷はまだ、浅い方がいい。
「今のハーレイとは、一緒に暮らせないんだ」と、再会するなり失恋しても。
今度の生では恋は実らず、涙ながらに暮らすことになっても。
(…だって、ハーレイに泣かれちゃったら…)
弱いもんね、と溜息をついて、今の幸運に感謝する。
この地球の上で再会した時、ハーレイに恋人はいなかったから。
泣きながら「すまん」と言われはしなくて、いつか結婚できるのだから。
(……我儘は言わずに、我慢しなくちゃ……)
ハーレイに会えないことがあっても、とパチンと軽く叩いた頬っぺた。
「泣かれちゃったら、ぼくもハーレイも、弱いんだから」と。
泣きながら我儘は言わずにおこうと、「無理を言ったらいけないよね」と…。
泣かれちゃったら・了
※ハーレイは泣かれたら弱い筈、と考え始めたブルー君。けれど、自分も弱いのです。
もしもハーレイに奥さんがいても、泣かれてしまったら…。そうならなくて良かったですねv
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